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「わたし、餅、売って、生きていきます。」
2022年3月、遅くまで仕事が終わらず、ひとり仕事場に残る連日のある夜の出来事をどうしても覚えておきたくて、書く。
釜ヶ崎の商店街で出会った、赤いジャケットのみどりさんのことを。
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その夜23:30頃だったと思う。
店先に停めてある自転車に鍵をさしこんだときに、
背後で女性の声が聞こえた。
「この近くに800円で泊まれる宿があったんですけど、
ご存知ないですか。」
聞かれている一人の男性は首をかしげている。
夜遅くて、人通りはさほど多くない動物園前商店街。
このあたりの宿のチェックインは早く、
深夜に開けてくれるところはほとんどない。
たぶん、話しかけたら長くなるだろうな、という予想はした。
明日の朝の仕事の段取りを考えると早く帰って寝たいけれど、
わたしは声をかけた。
「この時間で泊めてくれる宿はないですよ」
女性は赤いジャケットを着ていて、
目元には綺麗にアイシャドウをしている。
歳の頃は40歳前後だろうか。
「阿倍野のほうにいけば、ホテルやネットカフェもあるけど、
お金はお持ちですか」
すると、
「お金は・・・さっき5000円・・・買ってくれたんだけど、
またそれを・・・取られて」と要領を得ない。
「そうなんですね、もし無料で泊まれることができるなら、
そういうところがあるから、聞いてみましょうか」
彼女は「はい」とうなづき、
わたしは釜ヶ崎のシェルターに電話をかけた。
事情を話すと、
「・・・わかった。ほんで、お腹はすいてる?」と聞かれた。
(さすが、緊急事態に尋ねることは、空腹かどうかなんだな。)
彼女に尋ねると、
「いいえ」と返事が返ってきた。
「ここから歩いて7分ほどだから、いっしょに行きましょう。
自転車の後ろに荷物置いてくれたらいいですよ」と歩きだすが、
彼女はごろごろと布製のキャリーバックを引っ張ってゆく。
親切にありがとうございます、と言うと、
矢継ぎ早に彼女は話し出した。
大阪市よりさらに北の街に住んでいて、有名大学を卒業し、
大学院で研究し、人々の寿命をのばすべく借金をして研究を重ね、
LGナントカやナントカナンカなどをふんだんにいれたアンコをつくり、
それを餅にして、
釜ヶ崎の人たちは寿命が短いから、
この餅を食べてもらおうと思って、売りにきたんです、と。
あっけにとられながら、相槌をうつ。
それでも、聞いておかねばと思い、
「お名前教えてくれますか。わたしはカナヨです。」
彼女は一瞬、口ごもったが、「みどりです」。
「赤いジャケットのみどりさんですね」
わたしは言った。
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商店街のカラオケ居酒屋もシャッターを閉めていて、
わたしたちの足音とキャリーバックを引っ張る音と
自転車の車輪がまわる音しかしない。
時折、通りがかる男性たち。
みどりさんは、餅の話をつづける。
その餅が、そのアンコが、どれだけ素晴らしいものか、
台所で研究した話をしてくれる。
質問をはさみながら、みどりさんのことを知ろうとする。
ひとりで暮らしているようだ。
身体の調子はどうか、病院には通っているのか。
「病院なんて行きません!」
すこし、聞きすぎたかもしれない、と思った瞬間、
「おねえさん、親切にありがとうございます。
もうけっこうです。
わたし、餅、売って生きていきます!」
強い口調で、踵を返そうとする。
「夜、寒いですよ。布団でやすんでください。」
と声をかけるが、もう彼女の身体は反対方向を向いていた。
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呆然と後ろ姿をみつめる。
待ってくれているシェルターのTさんに電話をして、この状況を伝えた。
「場所は?」と聞かれ、今立っている場所を言う。
わたしの家は、シェルターの前を通ってすぐだ。
門のところにスタッフが立っている。
いつもなら閉まっている時間なので、
みどりさんを待っていてくれたのだろう。
「ごめんなさいね」
「いえ。はい、連絡きましたから。無事だといいですね」。
ああ、ほんとに。
家に帰りついても、落ち着かなかった。
電話が鳴る。
シェルターのTさん。
すぐに、自転車でわたしたちが別れた場所まで行ったそうだ。
すると、みどりさんらしき女性が声をかけてきた。
「餅、買ってくれませんか」と。
そして、Tさんは、
この人は自分でなんとかするのだろうと感じて、
シェルターのことは伝えなかった、と言う。
いったん電話を切ったが、再び、警察に連絡しておいたほうがいいだろうかと思いなおし、またTさんに電話をかけた。
すると、Tさんは、「俺にも、家は近所かどうか聞いてきたんだな。
たぶん、そうやって泊まるとこさがして、生き延びていくんやろうから、
警察に言うこともないやろう。」
警察に話しても、この時点ではどうしようもないことは想像がついた。
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「わたし、餅、売って生きていくんです!」
赤いジャケットの背筋がのび、毅然とした声が忘れられない。
みどりさんは、現在の桃太郎かもしれない。
餅をかついで、売って、生きていく。
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3月の、夜になると、ひんやりする路上。
誰もが安らかに布団のなかで眠れるわけもなく、
歩きつづける人がいて、
自分の生き方をみつけるために、
餅をつめた鞄を持って顔をあげる人がいる。
街角を曲がる赤いジャケットの女性がいたら、
あなたに餅を売りつけるみどりさんかもしれない。
2022/04/19 上田假奈代
現在、ココルームはピンチに直面しています。ゲストハウスとカフェのふりをして、であいと表現の場を開いてきましたが、活動の経営基盤の宿泊業はほぼキャンセル。カフェのお客さんもぐんと減って95%の減収です。こえとことばとこころの部屋を開きつづけたい。お気持ち、サポートをお願いしています