サマーワンダーランド


 たとえば、彼が「僕の好きそうな何かを買ってきて。」と私に財布を渡してお使いを頼む。私は、まず恒例行事として彼の財布の匂いを嗅ぐ。なにも匂いはしなかったけど、毎回嗅いでた。我ながら怖い。(私は匂いフェチだ。大の。)そして、僕のすきそうなものを、と頼まれた私は、彼の好きなホワイトチョコレートではなく、いつも私の好きなビターチョコレートを選んだ。彼がビターチョコレートを食べた時に私のことを一番に思い出せばいいと思っていた。もうこの時には、私は、完全に堕ちていたのだろう。

 
 ある日、バイト先で飲み会があった。彼から朝一番に、「僕の好きな服を着てきて。」と連絡が来た。だけど、私は私の好きな服をきて、彼にかわいいと言われたかった。いつも仕事上言いなりになるしかない関係であったし、いつも素直に「はい!」が言える子でいた。だけど、この日何故か、"言いなりにならない私もいるの。"と、主張ししてみたくなった。私のままを知って欲しかった。彼は自分が楽しい時は1分もたたないうちに返信をした。彼の思い通りにならない意思を見せていたから、返信は遅いかなと思った。しかし、すぐに返信がきた。こういう風にじゃれあうのがただただたのしかったのだろうと思った。私もたのしかった。
 
 飲み会が始まった。隣だった。自然に隣に座った彼を見て、私が隣に座りたかったのを見透かされたように感じた。みんなは普通に話していた。私も普通に話して、普通に食べていた。彼はあまり話さない。楽しそうにも見えない。
 
 ただ、私の手を握っていた。
 
 普通のことのように。みんなにバレるのではないかとか、どうしてとか、思う前に嬉しかった。この気持ちに名前はつけていないけれど、たしかに気恥ずかしく、嬉しかった。どうして?とか、そういう色々なことが頭に浮かんだけれど、ひとまずこの幸せな時間を享受しようと、野暮な不安は脱ぎ捨てた。

 私は門限があったため、早く抜けることになっていた。駅まで彼が送ってくれた。『「送って」ってちゃんと言ってくれないと自然に送れないじゃん』と何故か責められた。送りたいのは貴方の方じゃないか、と思った。

 駅の改札へ向かうエスカレーターの途中で事件は起きた。

 

 

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