釣れた魚を人にあげるときは捌いてからにすべきである。
あまり知られていないが実はウツボという魚は実に美味しいらしい。
だからと言って……
『ウツボ、釣れました。食べてください』
黄色くて長くて表面がヌメヌメしている悪人づらのあいつを捌きもせずそのまま持ってこられたら迷惑極まりない。
そんな満面の笑みで『釣ったよ! 食べてね!!』と言われても困るのである。
なぜかと言えば、まず普通にウツボの捌き方をボクは知らない。
だから『美味しい』というなら、捌き方を知らない人でも調理して食することができるぐらいまでは捌いてから持ってきてくれないと生ごみの日にゴミ収集のおじさんを泣かせることになってしまうのである。
さて、なんでこんなことを書いたかと言えば、前回の続きである。
伊豆で知り合った友人の鐘林くんがサバの捌き方が分からず丸のままビニール袋に突っ込んで、うちの郵便受けに入れて行ったというエピソードからボクは考えたのである。
釣った魚を人にあげるときはすぐに食べられるようにしてあげないといけない。
前述のウツボの例はかなり特殊の話だが、実際にはアジやサバに至るまで、台所で魚を捌くということをしている人はあまりいないのではないかと思う。
だからそのまま『たくさん釣れたんでどうぞ』と満面の笑みで言っても、もらう方からすればありがた迷惑ということは往々にしてある話なのだろうなと思ったのである。
実はこれに関しては鐘林くんの一件より前にも無意識のうちにボクは魚を捌いて人にあげており、あまり深く考えたことはなかった。あげるのならすぐに食べられる状態にしてあげないと不親切だと思っていたからだ。
『鐘林くん、この間はわざわざありがとう』
ボクは次に鐘林くんに会った時にお礼を言った。彼には悪意はまったくない。だからまずはお礼を言ったのだ。
『いえいえ……』
『だけどね。サバにしても他の魚にしてもそうなんだけど、人にあげるときはちゃんと捌いてから渡した方がいいよ』
『そうなんですか?』
『そりゃそうだよ。魚を捌けない人の方が多いからね』
『なるほど』
『刺身にできる魚なら三枚に卸してあげると親切だよ』
刺身にできる魚などそうそう釣れるものでもないので、三枚に卸してということはそんなにない。
でもこれは気遣いの話であり、刺身で食べられる魚をそのまま渡してしまえば、捌けない人は焼いて食べてしまうかもしれない。だからひと手間かけてあげると親切だよ……という話しなのだ。
ところが鐘林くんは信じられないことを言いだした。
『三枚に卸しちゃったら魚の形が分からなくなるし面白くないじゃない』
いや……
面白くないとかそういう話ではない。
前述のウツボの話を思い出してもらいたい。
いくら美味しい魚でもそのまま渡されたら困るのだ。
捌き方が分かっている人間でもひと手間もふた手間もかけなければならない。
かなり迷惑な話である。
もらった相手のことを微塵も考えない鐘林くんにボクは苦言を呈した。
『いや、ごめん。そういうの本当に迷惑だから。夜中に処理もしていないサバを郵便受けにつっこまれたら迷惑だから』
普段、こういうことをボクははっきり言わない性格である。
今回も言わずに済まそうと思ったのだが、鐘林くんがあまりに分かっていないので、珍しくはっきりものを言ってしまったのだ。
残念ながら鐘林くんにはあまり伝わっていなかった。
というのも、彼はまたもや釣れた魚を処理もせず他の友人にあげていたからである。
たぶん、彼はボクには魚をあげてはいけないととったのだろうか。
彼がどんなふうに思っていたのかは分からないが、この出来事で彼と疎遠になるということはなく、相変わらず仲は良かった。
ただ世の中には物の道理というものを理解できない人がいるのだなと思った出来事ではある。
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