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【連作ショートショート】邪眼(Re-boot6(完))

 自作のSFショートショートを、AI(Midjourney)に読み込ませ、画像生成したRe-bootバージョンです。

【連作ショートショート】雪ん子(Re-boot5)」の続きになります。

ー宇宙に進出した人々が忘れたいもの、忘れがたいもの、とはいったい?

「これは、『走馬燈』なんだ」映写技師が言った。
「ひとが死ぬときには、その一生を一瞬のうちに見るというが、人類という種族の終焉の記録(レコード)がこれなんだよ」
カラカラ、とリールが廻り、光の帯がスクリーンを照らし出す。

 少女は、問いかけるように技師を見た。
「観終わったら、君は行くんだよ」技師は、そう言うとポケットからなにかを取り出して、少女に手渡した。「これをあげよう、ナオミ。君の未来に幸いあれ」

 四つ葉のクローバーが、彼女の手の中に残された。
 カラカラカラ、ジジジー

 最後の物語が始まった。

#6 邪眼

「そのリップクリームをひとつ下さい。あ、それじゃなくて、隣の細いやつ」
 地下駅を出て最初に目についたドラッグ・ストアで、私はショーケースの後ろに控える中年の女性店員に声を掛けた。

「こちらの保湿用クリームですね」
 愛想良く応じる店員の視線が私の顔に止まった瞬間、表情がさっと強張るのがわかった。
 その顔に浮かぶのは、嫌悪、それとも憐憫?

 店員は、私の視線を避けるようにして商品を渡すと、そそくさと店の奥に引っ込んだ。今ごろ同僚とこんな会話を交わしているに違いない。
「今ね、邪眼の女が店に来たのよ。私まともに見られちゃった。その女隠そうともしないんだもの。恥ずかしくないのかしらね……」

 もし彼女が迷信深ければ、お清めに塩でもばら撒くのだろうか。
 ――いつものことだ。慣れている。
 私は端末のGPSに目を落とし、目的の大学病院を目指して歩き始めた。

 大学病院は研究区画の中心にあった。初めて足を踏み入れる区画だ。
 私はサングラスを掛けると、受け付けに向かい、
「S教授と面会の予定なのですが」と言った。
 教えられた道順をたどる際も、サングラスははずさなかった。

 私の好みではないが、好奇の目にさらされるのも嫌だったからだ。
 S先生の教授室は回廊に面した一角にあり、ノックに応じて招じ入れられた室内は、大学の研究室と言うよりは瀟洒なホテルのロビーのようだった。

 部屋の中央にはアンティークの安楽椅子。
 壁一面を占める窓際には観葉植物の鉢植えが整然と並び、3Dホロの南国の景観との境目が、ちょっと目にはわからない。

 S先生は歳若い助手を伴って現れ、私を安楽椅子に掛けさせた。
「何かお飲み物でも?」助手が口を開いた。
「そうね。何か冷たいものをお願い」
 私が運ばれてきたソフトドリンクを飲み干す間、S先生は話を切り出す風はなかった。

 居心地が悪い思いをしていると、突然若い助手が向かいの椅子に腰を下ろし、
「初めてお目に掛かります」
 名刺を差し出した。

「あなたが、S先生?」
 生体工学の分野での名声と功績から、私はS教授と助手を取り違えていたようだ。
 年配の助手のほうは、窓際に立ってにこにこと微笑んでいる。

「あなたを講座で受け持っておられる先生とは、先の学会で知り合いましてね」彼は私の担当教授の名をあげた。「ナオミさん、あなたのことを彼から伺って、ぜひ一度お目に掛かりたい、とお願いしたのです」
「会いたかったのは私? それとも私の目?」

 S教授は私の問いには答えず、うっすらと微笑んだ。
「邪眼―― 失礼ながらよく通ったその名で呼ばせていただきますが、邪眼変異が現れるのは、非常に低い確率です。
 私はその瞳が人々に惹起する感情を分析することに、興味があるのです」

 私は彼の事務的な態度が気に入った。表面的な物事のみ見た嫌悪や同情を表されるより、よほどいい。
「見せていただけますか?」

 私は静かにサングラスを外した。
 S教授はしばらくの間、魅入られたように私を、私の瞳を見つめていたが、やがてほーっ、と一息つくと椅子に深々と座りなおした。

「なるほど、私も実際に見るのは初めてですが、バーチャルや画像とは全く違いますね。
 本物のあなたの瞳は、なんというか、その、私の内面にある深い深い悲しみ、後悔、自責の念、そう言ったものを換起させるような。いや、違うな。私だけでなく、人類全体のもつ……」

「原罪?」
「原罪。そう、それだ」S教授はやや興奮した面持ちで語った。「なるほど、その瞳が邪眼の異名を取って、人々に畏怖の念を持たれるのも無理はない」

「畏怖の念? 忌み嫌われるとはっきりとおっしゃったら?」
 私は挑戦的に言葉を継いだ。「ばかばかしい。こんなの、ただの青い色素だわ。大昔は普通にあった民族的特徴という説もあるくらい」

「本当にそう思いますか?」
 彼は席を立ち、私の後ろに回りこむと椅子を半分ほど左に回した。
 その動きに呼応するかのように、3Dバーチャルの鏡台が目の前に現れ、私の顔を映し出した。

 不意を突かれ、私は自分の顔を覗き込む形となった。
 驚いた表情の私の顔。その中心にある、青い、蒼い瞳。根源的な悲しみを閉じ込めた、邪なるふたつの光。

「あなた自身はどう感じているんです? 
 バーチャルで人の顔に青い瞳を描いても、このような効果はありません。わざわざ嫌われることを試みる人間がいたとして、カラー・コンタクトで瞳を青にしたとしても」
 私の脳裏に、子供の頃からの様々な記憶がよみがえる。

 ――みっともない。せめてカラー・コンタクトでも付けさせたらどうだい。母方は、茶色かはしばみ色の系統だよ。父方も灰色が主流だし、なにかの先祖返りかねえ。
 ――今はね、良い手術があるの。全然痛くないし、すぐに良くなるのよ。

 すぐに良くなる? 私のこの瞳は治療が必要な病気なの? 
 やめて。私にさわらないで!
 私は思わず顔をおおった。頬を涙がひとすじ伝う。

「瞳の色を決定する遺伝子は同定され、我々は皆当局のジーン・コントロールのもとにその発現を抑制されているはずなのです。
 それなのに何故あなたのような例外が現れるのか。しかも治療を頑強に拒んでいるという……」

「あの、一体なにを?」
「大丈夫です。すぐに良くなりますから」
 椅子から立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。

「なにをしたの?」
「飲み物に少しお薬を添加しました。大丈夫。目が覚めたら楽になります」
 やめて、お願い。もう声も出せなくなっている。
 慈愛に富んだS教授の声。
 そしてなぜか割り込んでくる助手の顔がぐるぐると回転するのを最後に、私は深い眠りに落ちて行った。

 気が付いた時、私はやや固いベッドの上に寝かされていた。慌てて起きようとするが、なかなか体に力が入らない。
「気が付きましたか?」部屋の片隅から、やわらかな声が聞こえた。「もう大丈夫です。危険なことはありません」

「あなたは?」
 S教授の助手だった年配の男のひとが、のぞきこむような形で目に飛び込んできた。私は思わず身を固くする。
「ああ、私をSの仲間と思っているのですね? 
 違いますよ。私はSたちからあなたのような方の身柄を保護するために、予め助手として潜入していたのです」

「身柄? 保護? わからないわ」
「体に力が入らないでしょう? あなたは丸一日寝ていたのですからね。なにか栄養のあるものを摂らなくては」
 彼はなんとか身を起した私に、スープを手渡そうとする。拒む気色の私に向かい、優しく話し掛けた。

「薬なんか入っていませんよ」
 私のカンが、なぜだか信用できる、と判断する。
 と言うより本当は、さっきからぐうぐう鳴っているお腹の要請だ。
 一口含むと、そのスープは私の中に暖かいものをよみがえらせた。と同時に忘れていた大事なことも。

「私、私の邪眼」
「それも大丈夫」
 彼が目の前に手鏡を差し出した。驚いて見つめる青い瞳がそこにあった。  
 私の邪眼。
 憎んでいるけれど、どうしようもなく離れがたい私の一部。

 なぜだかわからないけれど、この邪眼を手放してはいけないような気が、以前より強くなる。
 このせいで何度もいじめられ、今またおかしな状況に巻き込まれているというのに。

「あなたは、その瞳になにを感じていますか?」
「わからないわ。ただ、嫌な感じがするから消してしまえばいい、ってものではないはずよ」

「私や仲間も、その考えを共有するものです」助手は、窓際に歩きながら続ける。「Sや当局とは全く反対の立場で、彼らはその大事な記憶を、消し去ることに意をそそいでいるのですがね」

 彼は私を窓辺に手招きした。
「知っていますか? この星が惑星改造によって居住可能となる以前、我々は別の天体に住んでいたという説」
「伝説のたぐいね」

「人間は環境破壊でその星を滅ぼし、別の星に移り住んだ。
 しかし当局は人工的な操作によってその記憶を消し、全てを封印しようとしている。
 邪眼はその記憶をはからずも掻き立ててしまうため、彼らには都合が悪いのです」

 そんなの、ウソだわ!
 そう言い掛けた私の目に、窓の外、空に浮かぶ「それ」が映った。言葉をなさない圧倒的な悲しみの記憶がよみがえり、そして私は全てを悟る。
 なぜ邪眼を見て、人々は忘れていた罪の意識をかきたてられるのか。この青い瞳はなにを思い起こさせるのか。我々はなにをしてしまったのかを。

醜く錆びたような赤茶けた星

「我らが月のニア・サイドは、初めてですか?」
 あるべきものがない天を見上げながら、私は上の空でうなずく。本来そこにあるべきは、私のこの瞳のように深く、美しい青のはずなのに……

 涙がとめどなく流れ落ちるのを気にも留めず、私はひたすら見つめ続ける。
  邪眼が呼び起こす記憶とは違い、中天に浮かぶ醜く錆びたような赤茶けた星。
「地球」という名のその星を。                       (了)

#小説 #創作 #SF #ファンタジー                            

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