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シンガポールの週末、肉骨茶は合言葉

シンガポールエアラインの機体がチャンギ空港に静かに着陸した。窓の外は赤道直下のシンガポール特有の景色、ゆらゆらと遠くに見える道路や車が躍って見える"カゲロウ”。これを見ると、あ~あ、戻って来たなと安堵する。叔父は日本を代表する会社のシンガポール支社の経営者で、わたしはこの会社で仕事をしている。に餅をピックアップし、外に出るとシンガポール人の仕事仲間、ボビーの姿が目に飛び込んできた。「ボビー、ありがとう。いつもご苦労さん」「日本の仕事は順調?」「いつも通り、忙しいだけ。わたしはこっちのほうが仕事がはかどるの知ってるでしょ」「もちろん!じゃー、絶好調だね」、なんて話しをしていると、車が叔父の自宅についた。叔父の家にわたしの部屋がある。穏やかに顔に笑みを張り付けたおじが立っていた。

「お帰り!」おじは単身赴任なので、家事まわりはフィリピン人のジョイスがなにもかも仕切っている。「ただいま。はい、これ頼まれた食材と日本の雑誌よ」「ありがとう。待ってたんだ」叔父は一等航海士、英語でMaster Marina、つまりマスターの称号をもつバリバリの海の男だった。そんな連中の引退は「陸に上がる」という。叔父はシンガポールの陸にあがったというわけだ。「明日は週末だ。やっぱり行くか?」と叔父。「行く、行く。うれしい!」とわたし。ツーカーな仲のわたしたちの1日が始まる。

シンガポールのソウルフード、Buk Kut Teh《肉骨茶》は叔父には幼いころのなつかしい味

週末はJurong East(ジュロン・イースト)へ行くのがわたしたちの合言葉だった。おじは単身赴任、週末は栄養補給をかねてわたしたちはいつもジュロン・イーストのローカルに人気のフードコートに行く。ジュロンイーストはシンガポール西側の開発エリア。ジュロンイースト駅周辺にショッピングモール、アウトレットモールができて、人口が増加している注目エリアだ。叔父は父の長兄の息子で、台湾で三世代生きたわが一族の最後の世代だ。そもそもこのバクテーなる食べ物は、叔父が幼いころに台湾で食べたメニューによく似てるらしい。叔父には懐かしさもあり、こっちにいる週末のランチはここで「肉骨茶」を食べるのがわたしたちの習わしだ。これを食べると、シンガポールにいると実感する。

Buk Kut Teh《肉骨茶》

肉骨茶(バクテー)は漢方を使ったスープ料理で、具は豚の三枚肉やスペアリブ、それに臓物などが入る。とろとろに煮込んだ肉は口にいれるととろけるようだ。けれどこの料理の主役は香りがポイント。味わい深いスープのやさしい味覚が各店の勝負ポイントだ。わたしたちがいつも行く店に入ると、漢方の匂いがふわっと漂っている。近頃ここは注目されているらしく、シンガポール人やマレーシア人はもちろん、インド系住民や白人のファンも少なくない。ここジュロン・イーストは工場地区で、日本の会社も多いから、日本人のファンも徐々に増えてきている。そのせいか、最近は日本でもBuk Kut Teh《肉骨茶》の店ができている。それにともなって、日本のスパイスのメーカーも、レシピを公開している。

食後はいつもの茶館で。スィーツとお茶で報告会

叔父は台湾生まれ、小学校3年生まで台湾で育った。その頃の習慣が今も生きている。それで食後はチャイナタウンの茶館で「スィーツとお茶」をするのがわたしたちの流儀。いつもはこれでランチの締めとなる。ただ、この日は2週間、わたしが日本に戻っていたので、チームのチーフ、ボビー・オーが加わり、軽いミーティングをすることになった。不在中の引継ぎや、来週からのスケジュール確認をした。ボビーは空港までピックアップにきてくれただけでなく、シンガポールの詳細なことをいろいろと教えてくれる。来週、大事なプレゼンテーションがある。その準備についても確認したり、月曜の朝いちですべきことを相談した。やっぱり、ボビーは頼りになる。

シンガポールの茶館(Tea house)

こうしてわたしたちのランチタイムが終わった。わたしが2週間ごとに日本とシンガポールを行き来して、日本の本社とシンガポールを繋いで、叔父に日本の今を報告する。叔父は長く船で仕事をしてきたので、国際的なチームをまとめるのが得意だ。英語も中国語も堪能だ。わたしも留学経験があり、わたしたちは一族でいち早く国際社会に出た。シンガポールで日本の会社を指揮することは、叔父がずっと船の生活の中で培ってきたノウハウが生きている。わたしは叔父を通じて多くのことを学んできた。その叔父が生まれ育った台湾の話しをするとき、実の父が語らない台湾時代の歴史と伝統がわたしの中で育っていく。わたしたちは毎週末、バクテーを食べながら南アジアを食べて、一族の歴史を引き継ぎ、自分たちの栄養素にしているんだと感じている。



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