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きっちゃん、新米ママの奮闘記

寒い2月、しんしん冬が降る深夜、ガレージに車を入れているとゴミ箱の上に猫の声がした。数日前にも見たグレイヘアのあの子だ。寒さでブルブル震えている。抱き上げると、痩せてあまりの軽さに驚いた。栄養のあるものを食べないと、もたないかもしれない。部屋に連れていってミルクとソーセージの簡単な夜食を出すと一瞬で食べほした。お腹が満たされると、つんつんつんとわたしの体を山登りの要領で登ってきて、両手をわたしの首にまわし、グリグリと体をすりつけて、首にマフラーのように体を回し、ゴロゴロ喉を鳴らして寝てしまった。

もう家族だった。翌朝、近くのペットショップに連れていき、検査とトリミングをしてもらった。グレイの猫ちゃんではなく真っ白の子だった。「健康な3歳のチンチラですね。それにおめでたです。」聞いて転びそうになった。先ほどは家族と思ったものの、お腹に赤ちゃんがいたとは…。

出産に立ち会って、ねこの産婆さんに

わが家にきた猫ちゃんは、あのハローキティとそっくりだったので、キティと読んでいたが、路上生活していたのが信じられないほど、きっちゃんが甘えん坊で、いつも体をつたって首に両手を巻き付けてねんねするのが好きだった。こんな調子でママ猫になれるのかと心配だった。わが家にすっかりなじんだ頃、名前はキティから愛情こめてきっちゃんと呼ぶようになった。

きっちゃんの臨月の時期はすぐにわかった。乳がほんのり赤くなり、長毛種でもお腹がふくらんでいるのがわかった。そろそろだと判断して、わたしは段ボールで産屋を作って、タオルを敷き詰めるとそれらしくなった。今日か、明日かと待ちわびたが、その日はやってきた。深夜をすぎた頃、きっちゃんは妙な鳴き声を出し始めた。出産がはじまる。最初は黄色っぽい紐のような子が出てきた。きっちゃんはペロリペロリと子供をなめてやって、しばらく眠った。30分もすると、次の子が出てきた。こうして4匹目が出てきたあと、外はすっかり白んで朝の通勤客が行きかう時間になていた。きっちゃんはしばらく眠ったが、何か違和感があるらしく、もぞもぞしはじめた。生むために力むより、トイレにいったり、うろうろと歩き回り、おかしな行動ばかりする。赤ちゃんの頭が見えた。「逆子だ」これはどうしたらいいかわからない。動物病院に連絡して対応を聞き、往診を依頼したが、「予約があって対応できない、がんばってください」の心もとない返事。赤ちゃんが死んでしまうとあせって、わたしはきっちゃんの下腹部をさすって、出やすいように手伝った。猫ちゃんの産婆さんのようだ。少し出てきた頭をすこしずつ引っ張って、最後に足がでるとわたしもきっちゃんの出産にあわせてめいっぱい力んでいた。出てきた子は死産だった。死んでいるからきっちゃんは力むことができなかった。母と子のリレーションを目の当たりにして、きっちゃんと強いつながりができたことを実感した。

大忙しの子育て期は、ママのHappiest Time


その日からきっちゃんはママとして4匹の子猫のあらゆるめんどうをみるようになった。猫は人間のように母子手帳をもっているわけではなく、すべてママ猫として有名無形のノウハウがDNAに書き込まれ、きっちゃんすべきことが理解できていた。それが手慣れているかどうかは経験だと思う。初産ではじめての子育てに手を焼きながら、それでも赤ちゃん猫が寝たときを見計らって、わたしの体をよじ登って首に両手を巻き付けて寝る。赤ちゃん猫は日に日に成長して、起きている時間が少しづつ伸びた。赤ちゃん猫はきいろ、しーま、ももちゃん、ちゃぴと名付けた4匹。ママはチンチラ、パパはシマシマ模様の和猫だったらしい。2匹が短毛種、2匹が長毛種で、寝てるとき、たべているとき以外はほぼいつも、4匹が大暴れ。壁をよじ登ったり、みんなで追いかけっこしたり、騒々しい。真新しい分譲マンシンの壁はボロボロになった。そんな調子が1カ月も続き、里子に出す時期がきた。きいろちゃんは名古屋の友達夫妻がもらってくれることになった。長毛種のももちゃんは大阪の友人が引き取ってくれた、ちゃぴは小さく、弱く、長生きできると思えなかった。残りのしーまは目にトラブルがあって里子に出せなかった。それできっちゃんと2匹の子がわが家に残った。

ちゃっぴはわがままっ子で、野生が強というか、お姉ちゃん猫のしーまを押さえつけ、ボス気取りだ。そのくせ、猫の特権である甘えんぼ気質は思いっきり強い。しーまは気弱な子できっちゃんとちゃっぴが寝た後、こっそりと甘えにくる。この頃、子猫は大きくなって一人前のキャットフードを食べるようになっていた。それでもきっちゃんは子供の母親でありたい。これは人間のおかあさんにもよくある現象と思う。ちゃっぴはきっちゃんよりも立ち場が強い。けれどいまでもおっぱいをもらっているのを見かける。そんなとき、きっちゃんはゴロゴロと喉を鳴らし、母親として幸せな様子を見せる。そんなことを繰り返している間に、きっちゃんのおっぱいが赤くはれてしこりがあることを発見した。

きっちゃん、ちゃっぴ&しーま、非常な猫ルール


動物病院で先生が問診と検査をすると「乳腺炎」だと言われた。「かなり悪化しており、しこりがあるので、取り除く必要があります」その日のうちに手術することになり、その日は湿布をして包帯をまいて帰った。動物病院に行くと消毒薬や湿布のせいで、猫本来の匂いがなくなる。娘猫2匹はきっちゃんがわからず、突然乱入してきた敵と認識し、フーフー吹いて威嚇する。それどころか、きっちゃんは2つある大型トイレをどちらも使うことを娘猫に拒絶される。猫社会の厳しいおきてを感じたが、それではきっちゃんがかわいそうすぎる。「あんたがこんな大きいのにおっぱいもらったから、きっちゃんは痛い手術でおっぱい1つ失くしたんや」といっても、知らんぷりだ。

この体が弱いのに野生味あふれるちゃっぴは、赤ちゃん猫の頃は長生きできると思えなかったが、京都から大阪へ、そして東京へと移動したわたしと10か所近い引っ越しにも元気に耐えて、20歳を迎える年に大往生した。ちゃっぴの物語は「ちゃぴとわたしの 5 Years in TOKYO」をごらんいただきたい。


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