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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第3話

「……」

 火縄ひなわ君は不機嫌そうに席に座り直した。取り巻きの高倉君と星野君も渋々席に戻っていく。
 口ごたえしないのを見る限り、火縄君は清水先生のことを認めているらしい。確かに男として清水きよみず先生に勝つのは中々難しそうだ。知的で余裕のある物腰に恵まれたルックス……。呆れてしまうほどに完璧だった。それになんだかんだ火縄君も内申点ないしんてんを気にしているのだろう。
 私と瑠夏るかも大人しく席に着いた。

「来てもらって早々申し訳ないですが……。学校は休校になりました。部活動も禁止です。これから皆さんには帰宅してもらいます」

 清水先生から発せられた言葉にクラスメイト達は歓喜に包まれる。中には「せっかく来たのに―」「めんどくせー」という非難の声も含まれていた。
 驚く生徒達の中で私だけが冷静だった。こうなることはストーリー展開で予測済みだ。
 パンパンッとリズミカルに清水先生が手を叩くと教室が静かになった。

「皆さんの気持ちはよく分かりますがこれも安全のため。下校しても遊びにいかないで次回の授業の予習をしておくこと。
それと、犯行予告を助長するようなSNS投稿は控えてください。先ほどペンは剣よりも強しと言いましたが遊びで放った言葉が罪に問われたりしますからね。こんなことで盛り上がるなんて不謹慎です」

 私は清水先生の台詞聞いて心の中でにんまりとした。私の想像した通りの台詞、そのままだ。

「起立ー。礼」

 日直の当番だった生徒が弾んだ声で号令をかける。

「ねえ紬希つむぎ。ちょっといい?」

 リュックサックを背負った瑠夏が私を手招きした。瑠夏の隣には和久わく君が立っている。
 ふたりとも満面の笑みで何だか嫌な予感がする……。
 ストーリー展開的に考えるともうあれしか考えられない。

「もしかして……。これから宝を探すとか言わないよね?」

 瑠夏と和久君は顔を見合わせた後、私の方を見てグーサインを作った。
 ……やっぱりそうなるよね。
 



「まさか紬希が来てくれるなんてね。絶対反対されるかと思った」
「ふたりのことが心配だったから。このまま私だけ帰ってふたりが鬼山先生に怒られたら嫌だし……」

 本当は私も宝が何なのか気になっていた。今朝、瑠夏の前で大人ぶって「そんなことで盛り上がるなんて」と言ってしまったからなんとなく素直になれない。

「ちょっとー。なんで先生にバレる前提なの?」

 瑠夏が不満そうに眉根を寄せる。

「文芸部の発想があれば宝探しも鬼に金棒だね!」

 和久君が楽しそうに私を盛り立ててくれる。
 西山君に文芸部のことを馬鹿にされた後だったからそんな風に褒めてもらえるのは素直に嬉しかった。
 
 私達は宝が隠されていそうな場所……旧校舎に接近していた。
 ストーリー展開的にも旧校舎は絶好の隠し場所だと思う。何せ人が長い間立ち入っていない場所だからだ。
 私達の教室はA棟という建物にあり、正面には移動教室が固まったB棟がある。そのふたつの建物の後ろに旧校舎はひっそりと建っている。少子化や建物の老朽化などから使われなくなってしまった。
 今私達はB棟の裏を歩いている。移動教室だらけの建物なのでA棟に残る生徒や先生に見つかることなく旧校舎に向かうことができると考えた。

 右手側にはB棟の壁。左手側には蔦で覆われたフェンスが続き、うまい具合に私達を隠してくれる。なるべく腰を屈めて窓を避ければ完璧だ。後ろを振り返ると正門と下校する生徒達を確認することができた。

「緊急職員会議が開かれている今がチャンス。校内の見廻りが始まったら私達怒られるからね。あんまり長い時間はいられないよ」
「え?職員会議なんて清水先生言ってた?」

 勢いよく前に進んでいた瑠夏がぴたりと動きを止める。そのせいで後ろから付いて来た私と和久君が前のめりになりながら急停止することになった。

「ううん。緊急時に会議は開かれるものでしょ?今朝、清水先生が急いでるように見えたから」
「僕、少し前に職員室前のホワイトボード確認してきたよ。赤ペンで『緊急会議』って書いてあった!」

 私が展開を予測する前に情報収集とは……和久君もよくやる。

「ふたりとも息ぴったり!なんか……ふたりは名探偵って感じ!」

 瑠夏の発言に私は呆れた。
 小説の中の名探偵はいつだって偏屈で偉そうな話し方をする。そんなイメージがあるからか私は素直に喜べなかった。
 それってさ……私が偏屈で偉そうに見えてるってことなの?あるいは個性が強いキャラクターだと?平凡を絵に描いたような、何の取柄もない女子中学生なのに?

「何言ってるんだか……」
「なるほど!先のことを予測できる氷上さんとパズルが得意な僕……ふたり揃って名探偵っていいかも!なんかカッコよくない?」
「……」

 笑いかけてくる和久君が眩しくて私は目を擦った。
 程なくして、私達は旧校舎の扉の前までやって来ていた。

「あれ……?南京錠が開いてる」

 体育でグラウンドに向かう際、必ず旧校舎の前を通るので鍵が掛かっているのは知っていた。窓から旧校舎の様子を伺うだけで今日のところは引き返そうと思っていたのに……。
 私は扉の所にぶら下がった大きな南京錠を眺めた。

「ラッキー!中に入ってみようよ!」
「え?入るの?」

 私は右隣に立つ瑠夏を見上げて声を上げた。

「うわあー。面白そー!」

 左隣に立つ和久君も入る気満々だ。こうなってしまうともう入るしかない。ここで入らないと怖がっているのかと思われてしまう。
 それに私もふたりと同じように旧校舎の中が気になっていた。そんな私の性格傾向らしくないこと、口が裂けても言えないけれど……。

「……分かった。入ってみよう。だけどほんの少しの間だからね」

 私達は旧校舎の中に足を踏み入れた。

「……埃くさっ」

 瑠夏は口元を手で覆いながら反対側の手で空気を払う仕草をする。私もほんの少し咳き込んだ。長い間放置された建物、独特の匂いが漂う。20年ぐらいまで使われていた校舎で、今は学校備品の物置と化してる。
 私達はなんとなく、ドアが開けっぱなしになっている近くの教室に入った。私達が過ごす教室では椅子も机もプラスチック製の軽い素材であるのに対しここに残っているのは木の机や椅子だ。
 
「なんかエモいねー。いや、私達の代のものじゃないんだけどね。懐かしく感じる」
「それはそうだね」

 瑠夏の言葉に私も同意した。なぜか私達は自分が見たことのない光景に懐かしさを感じるのだ。
 感傷に浸るのはこれぐらいにして、何と言ってもお宝だ。旧校舎は2階建てで教室の数もそこそこある。ひとつずつ教室を確認していくのでは時間が足りない。

 どうしたものか……。

「ねえ!これ見て!」

 興奮気味瑠夏が床を指差す。私は目を見開いた。

「矢印……?」

 瑠夏が見つけたのは赤い小さな矢印だった。よく注意してみなければ土埃を被った床から見つけ出すことは困難だったろう。

「矢印だったらこっちにもあるよ」

 今度は和久君が土埃で汚れた床を指差した。少し離れた床にも小さな黄色い矢印が描かれている。目を凝らしてみると他の場所にも似たような矢印が描かれていることが分かった。

「これって……」
「暗号だよ!きっと宝の在り処を示してるんだ!」

 私が言うよりも先に和久君が口に出す。

「ということは……学校に宝があるっていうのは本当なんだ!」

 瑠夏の感激した声と共に、廊下の奥から騒がしい足音が聞こえてきた。
 私の背に冷や汗が流れる。
 そうか……先に誰か来ていたから出入口の南京錠が開いていたのか……!
 私は自分の読みの甘さに舌打ちする。
 素早く無言で瑠夏と和久君に合図を送った。口元に人差し指を当てた後で、腰を屈めながら低姿勢になるよう促す。

 状況を察したふたりは私の言う通りに腰を屈めた。和久君は教卓の下に。瑠夏は近くにあった空の掃除用具のロッカーの中に入る。
 私は教室のスライドドア付近に身を屈めた。スライドドアの小窓からは死角になるし、壁の下に設置された小さな戸から相手が見えるかもしれないと思ったからだ。

 息を潜めて私は戸の隙間から相手を待ち受けた。
 まるでジャングルの中で獲物を待ち受ける肉食獣のような気分だ。いや、どちらかというと肉食獣から逃れるために息を潜める草食動物の方かも……。
 乱暴な足音が近づいて来ると同時に私の心臓の鼓動も速まる。

「それで場所は分かったんですか?」

 男の声に私は首を傾げた。学校内の教師にはいない声だ。

「いや。この言葉の意味する場所はまだ分からない……。全く面倒くさいことしてくれる」

 今度は聞き覚えのない若い男の声。
 誰?もしかして……学校に侵入した不審者だろうか。だったら私達の身が危ない。
 私は口元を押さえながら戸の隙間から目を凝らす。先頭を歩く男性が手元の何か……紙のようなものを見下ろしながら呟いた。

「これだけ仕掛けがしてあるんだ。宝のことは本当なんだろうよ……。どんなことをしてでも必ず俺達のものにするぞ」

 宝の話?そして私は男たちの出で立ちを見て息が止まった。

 見慣れた灰色の作業着にゴム製の長靴。背中には箒を手にした可愛らしい動物のクマのイラストが描かれている。

 侵入者の正体は……「くまクリーン」の作業員たちだったのだ。


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