「父親」という役割が苦手

その人本人は全く嫌いじゃないし
むしろ人として好きな人はたくさんいるんだけど、
年代的に「父親」になっていく友人たちに
なんとなく違和感を覚えていました。

「父親という役割になった」という
フィルターを通してみると
途端に嫌なものが胸に湧いてくる。

私の父親は所謂毒親で、
母親のことは女中のようにしか思ってなかったし、
彼自身の愛されない生い立ちもあって
子ども(私と兄)は自分の思い通りになって当然
という意識だったため、
彼の機嫌が悪いときには
笑っては怒られ、怒られたから泣いたら怒られ、
自分のせいで泣かせてしまったと思いたくないから
「俺を怒らせるお前が悪い」と私に怒鳴り、
「お前の育て方が悪い」と母親を責めました。

なにかにつけては
「俺はお前の親だから、親としての責任がある」
と口癖のように言っては私を叱責する父親。

社会人になる20歳まで、
父親とはそういうものだと思い込まされていました。

おかしいと気付き、
父親とも離れて何年も経つし、
主人、母親とも良い関係性でいます。

主人の家族も私にすごく優しい。

なのにまだ「父親」という生き物がダメみたい。

友人知人から子どもの話聞くと
苦い気持ちになっていたのは
そもそも「父親」がダメだったんだな。

色んな理由があって
私たち夫婦は子どもを望んでいません。
その理由のどこか無意識の部分で
私は主人を父親にしたくなかったのかも知れない。

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