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「野火」を読んで

大岡昇平の「野火」はずっと読みたいと思っていた本で、もとはといえば塚本晋也の映画版「野火」を通して原作があることを知りました。映画は未見なんですけどね。

兎にも角にも、機会があれば読みたいなあと思っていたんですが、僕はよっぽどのことがない限りブックオフの100円コーナー(現在は110円?)でしか本を買わないという鉄の掟を自分に定めているので、これまで野火には出会えずにいました。しかし、こともあろうか先月シドニーに行ったときに出会ったのです。まさかオーストラリアで初対面になるとは。辻仁成の言葉を借りれば、まさに「やっと会えたね」な瞬間でした。

AUS$2.20(約210円)という破格で購入。シドニーマラソン後のリカバリーで浴槽に浸かりながら読み始め3日ほどで読了。長い物語ではないのでサクっと読めました。

さて、野火は戦争文学の代表作ということですこし気を張って読み始めましたが、良い意味で裏切られました。

野火は太平洋戦争末期のフィリピンにいた日本兵たちの物語です。日本が敗戦する直前ということで、この物語に出てくる登場人物たちはもう敵兵と闘ってすらいません。むしろ生きて日本に帰るために文字通り「食いつなぐ」だけといった状態です。登場人物たちは、とにかく飢えをしのぐことに必死です。

そんな極限状況下の話なので、決して楽しいものではないです。ただ、個人的にはグイグイと読み進めてしまう面白さはあったと思います。なので読む前にあった「よし読むぞ」という文学物の本にガッツリと向き合おうみたいな心の準備は杞憂に終わりました。しっかりとエンターテイメント性のある物語として読めます。

ちなみに野火といえば人肉食を思い起こす人は多いと思います。実際に読むまでは僕もそのひとりで、漠然と「人は飢えが極限まで達すると人まで食べてしまう」っていうお話なんだろうなあ、と考えていました。

これは間違いではなかったです。実際に人肉食の場面は出てくるし、主人公もその行為に対する思いを色々と語ります。ただ、人肉食とか極限状態の人間の行動が物語の肝ではないように思いました。

それよりも野火という物語は大岡昇平からの、戦争は絶対に良くない、というメッセージだと受け止めました。人肉食はそのメッセージを届けるためのひとつの手段といった感じですかね。

上にも書きましたが、この本に登場する日本兵たちはもうフィリピンの地で闘ってすらいないんです。そんなことより生き延びることに必死。だからこの本を読んでいる間は、この人たちは闘ってもいないし何をしているんだよ、という思いを抱かずにはいられませんでした。そんなところにも大岡昇平の戦争という行為に対する思いが滲みでている気もします。

戦争なんて滑稽なもんだよ、と。

それに加えて僕の心に刺さったのは、三十七章「狂人日記」に出てくる一文。

戦争を知らない人間は、半分は子供である。

僕は平成元年生まれなので、戦争を知らない子供です。野火は、そんな僕らに戦争を繰り返してはいけないというメッセージを直球で投げかけてきます。

昨今のウクライナやイスラエルの惨状も、きっと戦争を知らない子供たちによって起こされたと思うと、今こそ野火のような本を読む必要がある気がしてなりません。

僕は一回読んだ本を読み直すことはあまりしないんですが、野火は例外になりそうです。

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