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The Emulator - ザ・エミュレータ - #40

5.5 ネイティブとヴィノ

 サクラのクラスはソフィアのクラスと同じくランクSでスコア900の生徒が集められている。ただ、17名全員がヴィノだ。そして、ヴィノが優れているのは当然だった。ヴィノがわざわざ学園に学びに来ているのは学術的な学びのためではない。ネイティブと同じ生活を体感し、経験としてオリジナルの蓄積データを作るために学園に来ている。

 しかし、ネイティブとヴィノを同じクラスにすることは絶対にできない。いくらヴィノに人権を認め、フェアネスを声高に叫んでもそれがネイティブとヴィノの現実だった。ネイティブがどれだけプロセッサを高度に使いこなせたとしても、とうの昔にネイティブがヴィノに勝る部分はなくなってしまっていた。

 ヴィノに人権を与えるというネイティブの立ち位置自体がすでにいびつだった。その発想を追求すれば、それはネイティブの方がヴィノよりも上位の存在であると認識しているということに他ならない。その立ち位置を変えずに、いくらヴィノに人権を与えると言っても、それは本来ネイティブが持っていて当たり前の人権と同じであるはずがなかった。

 多くのネイティブはヴィノとの比較を目の当たりにした時、それを『別種との比較』だと割り切って受け入れられる価値観を未だに持てずにいた。ネイティブとヴィノを同じクラスに出来ない最も大きな理由はそこにあった。ネイティブは走ることで蒸気機関車に負け、チェスや将棋でAIの思考に負けた。ネイティブはすでにそのことは認めている。今ではもうそれらとネイティブを比べたり、競ったりすることはなくなった。だが、ネイティブが持つ知識を基にした知性や知恵がヴィノと比べて劣っている、負けている、という事実をネイティブは未だに認めることはできなかったのだ。そして、ヴィノたちはそれらのことを正しく認識している。

 学園内の食堂は、教室がある教育棟と個人の部屋がある寄宿棟の中間にあった。体育館ほどある食堂は、深い色のフェイクウッドをベースとしたクラシカルな作りで、ドーム状の高い天井からアンティークの巨大なシャンデリアがいくつも掛けられていた。食堂のセンターに配置された噴水を始点にエリアが3つに分かれている。それぞれのエリアにはエリアごとに異なる趣向のテーブルセットやソファー席が配置されている。エリアはそれぞれネイティブ用とヴィノ用、そして混合席という区分けだった。

 この学園ではネイティブとヴィノはお互いを知るために週に2度、食事を共にする決まりがあった。そしてその決まりを守ることは、この学園の卒業条件の1つとなっている。それはこの学園の創立者のグローヴ氏の教育方針を反映させたものだった。グローヴ氏はビッグテックの1社の創業者であり、ヴィノ開発にも力を入れていた。グローヴ財団記念学園ではテクノロジーを受け入れ使いこなすためのマインドセットや、テクノロジーがもたらす変化と共存するための立居振舞いを学ぶことができると賛同する家庭も多かった。初日のランチは混合席でシンタロウ、サクラ、ソフィア、グエンの4人で一緒に食事をした。

「なんかあのクラス、すっごく息が詰まるんだよな。これを3か月も続けるのかよ。マジでだるいなぁ。」

 そういってソフィアがソファーにもたれた。

「あんたたちはどうだったの?」

 シンタロウは別に辛くなかったとそっけなく答え、サクラは初めて接するヴィノたちはとても興味深いと嬉しそうに答えた。グエンはテーブルの上に座り、パンとメインディッシュのソースが掛かった肉を食べながらソフィアの質問を無視して独り言のように話をしている。

「これは柑橘系のフルーツを使ったソースですね。オレンジかな、なかなかオシャレな味付けですね。僕これ全部食べてもいいと思います? このサイズのわんちゃんって普通どのくらいご飯を食べるんですかね。それとも、もしかしてわんちゃん用のご飯食べないといけないんですかね? 味覚は共有できるのでせっかくなら美味しいものとか、珍しいものとかを食べたいですけど。」

「あのさ、まず普通ダメに決まってるだろ? てか、そもそもテーブルに乗るなよな。ぜってー怒られるぞ。ただでさえお前はべらべらしゃべって目立ってんだから。あと、夕食はカリカリだからな。」

 ソフィアは意地の悪い声でグエンの独り言にそう答えた。ソフィアは慣れない環境のせいか疲れているようで機嫌が悪かった。グエンは思っていた答えと違ったのか大げさに声を出して驚き、ソフィアの反応を見る。ソフィアはそれをわざと無視して反応を示さないのでグエンは諦めてため息をついた。シンタロウたち4人が座るソファー席を通りかかったネファ・リリカが話しかけてきた。

「仲がいいのね。みなさんENAUの方?」

「ええそうよ。あなたも一緒にどう?」

 ソフィアが姿勢を正して返事をするとネファがサクラを一瞥し、そして笑顔を作って答える。

「ごめんなさいね、私はもう済ませたの。次の機会にしましょう。」

 ネファ・リリカはそういって首元のリボンに掛かる、ゆるくまかれた髪を背中に流し、教育棟に戻って行った。

「すっごくきれいな子ですね。髪がふわっとした時にいい匂いがしましたよね。それに気品があって優雅で、しかも優しそうだし……」

 グエンがそういい、ソフィアと合った目をすぐにそらす。

「なんでこっち見んだよ? お前、わざとやってんだな?」

 ソフィアが反射的に答える。そして座り直し、頬杖をついて少しトーンを変えた。ソフィアはグエンを見て、かわいらしい声で言った。

「ふーん。てか、君さ。私が君の評価者だってこと分かってやってるのかな? 来期もUCLに君の席が残っているといいね?」

 グエンはスカイラーが自分のボスだということは理解していたが直属の上司にあたる人物がソフィアだと初めて知り、驚いて声をあげた。

次話:5.6 シキソクゼクウ
前話:5.4 セラト家のヴィノ

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