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The Emulator - ザ・エミュレータ - #39

5.4 セラト家のヴィノ

 サクラは自席で3人のヴィノに囲まれていた。

「一緒に来たネイティブとはどういう関係? なんでネイティブと仲良くするわけ?」

 ゲイミー・ブリンズ・セラトとロドル・ブリンズ・セラトは男性、ジーネ・ブリンズ・セラトは女性のヴィノだ。UCLー1ではヴィノの人権が認められているのでハイスクールに入学することも当然可能だった。セラト家は親権を保持する3人のヴィノに、セラト家の家業の一部を継がせるため、この学園で経験を積ませていた。3人のヴィノは初期セットアップで12歳までの蓄積データとライフログを投入した後、この学園のジュニアハイスクールに入学していた。そして、3人はミドルティーン用の筐体への移行を終え、今年からハイスクールに上がったばかりだった。

 UCLー1のヴィノは人間をネイティブと呼び必要以上にネイティブに関わることはなかった。もし利害が対立すると厄介だからだ。ネイティブの人権とは異なるヴィノの人権。その差はいずれ大きな軋轢を生む危険を秘めていることをヴィノたちは十分に理解していた。もちろんヴィノたちは、無知を孕む純粋さや正義感、悪意や嫉妬、そしてそれらの整合性が取られていないことで発生する矛盾をネイティブたちが持ち合わせていることを知っている。だからこそネイティブの善意に基づく行為を必要以上に刺激をしないように努めていた。

 UCLー1では珍しいタイプのヴィノであるサクラにゲイミーは興味があった。UCLー1のヴィノは人間が考えた理想の美しさを追及しているため、息をのむような美しさを持つが、それは別の言い方をすれば、人間らしさが感じられないということでもあった。それに比べティア3検証リージョンのヴィノは人間らしさに重点を置き、人間らしい美しさを表現している。それはどこか完ぺきではない歪みや物足りなさを感じさせ、隙があるよう見えた。そして、そこに親しみや愛嬌、個性的な美しさを感じさせる。

「2人は友人よ。シンタロウはずっと昔からの友人、ソフィアさんは最近仲良くなったの。」

 ネイビーのジャケットに白のシャツとボルドーのリボン、ネイビーとボルドーが混じるチェックのプリーツスカートに学園がオリジナルでオーダーしたクラシカルな革のローファーを履いたサクラが答える。グローヴ財団記念学園では男女ともに指定の制服が用意されている。

「それって、どういう契約してんの?」

「なんの契約もしてないわ。一緒に居て楽しいから友人になるんでしょ?」

 サクラの答えにゲイミーは驚いた。

「ENAUのリージョンってそれが普通なのか?」

「リージョン違いも他のヴィノもことはよくわからないわ。あなたたちが初めて会ったヴィノだもの。それに契約なんて特にいわれたことないし。」

 サクラはそう答えた。ゲイミーが驚くのは当然だった。ネイティブと契約なしで友人関係を持つなんてヴィノからすればとてつもなく危険な行為だったからだ。だが、ゲイミーはそう答える人間のような可愛らしさを持つサクラに益々興味が湧いた。

 ヴィノの親権を持ったことがない一般人はヴィノの詳細スペックを知らない。だから、一般人の間ではヴィノは恋も恋愛もしないものだと考えられていた。だが、それは間違いだった。人間を模したヴィノから他の感情表現に影響を与えることなく、その感情だけを取り除くことはできなかったからだ。実際は親権を持つ人間がそれらを許可していないか、より厳密に制限している場合は禁則コードを導入していたので一般的にそう見えるだけだった。しないのではなく、することが許可されていないことが多いというだけだった。ヴィノが好き勝手に恋愛や性愛行動をとっていたら親権者が損失を被る可能性が高くなるだけだ。

 ゲイミーは、もしかしたらセラト家のヴィノと同じようにサクラも恋愛を禁じられていないのかもしれないと考えた。セラト家ではヴィノに恋愛を禁止することこそ、人権侵害だと考えていた。ゲイミーたちはそういった考え方ができるセラト家の人間が好きだった。サクラの親権者も同じような価値基準を持つ一族だろうかと考えると、サクラに親近感が湧いたのだった。

 それにジーネや同じクラスの他の女生徒はUCLー1特有のよく見るヴィノたちだったので、蓄積データからシークされずにゲイミーの主観ビューのスタックには誰の印象も残っていない。それに比べると人間のような特徴を持つサクラは違った。

 なぜか何度もコンテキストスイッチが走り、蓄積データからサクラの笑顔のデータをシークしてしまい、ゲイミーの主観ビューのスタックにサクラの笑顔が残り続けている。

次話:5.5 ネイティブとヴィノ
前話:5.3 ランクS

目次:The Emulator - ザ・エミュレータ -

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