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The Emulator - ザ・エミュレータ - #38

5.3 ランクS

 ソフィアは自席で情報チャネルにアクセスしていた。ノア・バーンズのいう通り、こっちは35年先の世界らしい。35年でテクノロジーが段違いだ。特にエミュレータ間の行き来なんかは私にはまったく理解できないテクノロジーで溢れている。ジャーナル・レコードから文献のサルベージが進めば元の世界も35年でこれほどまでに進歩できるということだろうか。しかし、あのデータの解析を進めることは私にはもうこれ以上は難しかった。偶然ルートキットがロックパターンを拾っただけで自分が解析したわけでも何でもない。まるで手掛かりがつかめていないままだった。ここの人たちは誰かに聞いたり、教えてもらったりしたんじゃないのだろうか? そうでなかったら元々の技術レベルが違ったとしか思えない。ソフィアがそんなことを考えていると誰かに話しかけられた。

「ソフィアさん? 少し話せますか? 」

 一人の女生徒がソフィアに声をかける。ネファ・リリカはソフィアと同じクラスの女生徒だ。声の大きさやそのトーン、視線、他人から見られていることを意識した仕草などを見てソフィアはすぐにネファ・リリカが自分と同類だと気が付き警戒した。

 ランクSでスコア900のソフィアは事実上満点だった。残りの100点は難易度を調整するダミーだ。問いそのもののコンテキストが巧妙だが破綻しているものや、どう答えても正解とも間違えともとれるものが混じっていた。ソフィアが入ることになったクラスは同学年で最上位のクラスだ。そのクラスは資本家の子息、子女たちだけを集めた特別なクラスだった。そしてそういった子供たちがランクSであることは必然だった。大きな資本を持つものは結局のところ遺伝子的に優れていることが重要だということを遥か昔から認識している。

「私はネフィ・リリカ。宜しくね。ところで、あなたはバージニアのコールマン家の方? 私もバージニア出身なの。」

 静かに響く声でネファ・リリカはソフィアに質問をした。ゆるくウェーブする金髪は丁寧に手入れをされて光を弾くように反射させ輝いていた。線の細い体、細い顎、少し下がった細い眉がネファ・リリカにか弱い少女のイメージを与えていた。

「ええそうよ。私の母が本家の出身。このリージョンではないけどね。」

 そう答えるソフィアに向ってネファ・リリカは小さくうなずいた。ソフィアはティア3検証リージョンと呼ばれる自分たちの世界とこのリージョンがオリジナルのエミュレーションデータからの分岐だということをノア・バーンズから聞いて知っていた。それも分岐したのは比較的新しいということだ。コールマン家がどちらのリージョンにも存在しているということは分岐したのが17世紀以降ということだとソフィアは推測した。しかしリリカ家は聞いたことがなかったし、そもそもソフィアたちのリージョンでそのファミリーネームは聞いたことがない。ネフィも珍しい名前だ。こちらのリージョン特有の名前なのだろうか。

「もしかして、ヘンリー様のことはご存じ? 」

 ソフィアは首を振った。

「そう。ごめんなさい、それなら気になさらないで。これも何かの縁ですね。仲良くしましょう。」

 そう言ってネファ・リリカは笑顔を作りソフィアの手の甲に少し触れ、自席に戻って行った。ソフィアはヘンリーという名前に引っ掛かりを覚えた。それにネファ・リリカのことをどこかで見たことがあるような気がしていた。ソフィアはしばらくネファ・リリカの後姿を見つめていた。

次話:5.4 セラト家のヴィノ
前話:5.2 ランクA

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