水の流れ 人の流れ

さて,今日はDaydream theaterをお休みして現実の自分が考えたことをつらつらと書いていく。今回のテーマは表題のとおり,「流れ」である。

流れといっても世の中にはいろいろな流れがある。時間の流れ,人の流れ,水の流れとまあ多様である。その中でも今回は人の流れについて話していきたい。

自分は生きている年月が長いのか短いのかよくわからないが,所属するコミュニティが数年単位でガラッと変わってきたことが多い人間である。
その中でやはり人の流動性というのは人に活力を与えると考えることが多かった。

自分はこれまでいくつものコミュニティに参加していたが,様々な体質のコミュニティが世の中には存在することを知った。その中で今回はあるコミュニティの感想について話していこうと思う。

1. あるコミュニティでの苦悩

それは5年間所属したコミュニティである。こちらは全員で一つのものを作るタイプのコミュニティであった。だが,これがかなりがんのある集団であった。

全員で一つの企画を運営していくスタイルのコミュニティだったことから人間関係がめちゃくちゃ面倒くさかった。とにかく議論が全く機能しない。ある議題について話していても平行線をたどる一方で一向にまとまらない。そのうち時間が来て結論がまとまりきらないまま強行突破してしまうこともしばしば。そんななか耐えられないとやめていく人間も多かった。自分は何とか続けたがやはり自分の人間性がゆがんでいくのが分かった。

責任,責任と攻め立てられ,いかなる助けも周りには求められない。うまくいかなければこの人のせいにしてしまえばいい。自分が去るまでやり過ごせば大丈夫。などなど様々な考えの人がいた。人間,追いつめられるとここまで卑しくなれるのだなと分かった瞬間であった。

今考えればとてもばかばかしい考えになっていたことがよくわかる。だいたいこんな考えが社会人になってから通用するわけがないのだということを働き始めてから「ああやっぱり」と実感していた。

自分で決めたはずのことなのになぜみんなここまで面倒くさがるのだろう,いやだいやだと言いながらやるのだろう。当時の自分は周りに対して疑問しかなかった。だがこれも他の人が追い詰められた結果の処世術なのだろう。人間はやはり環境依存の生き物。ここまで人間は自分のことしか考えられなくなるものだとその時の自分は学んだ。

…こうして文面にしてみると嫌気がさして辞めていく人間が続発していたのもうなずける。自分もさぞ去っていった人々から嫌がられただろう。

2. 外に出てみて

やめていった人間の一人と今も連絡を取っているが,やめていった人間の方が自分と話が合う。これはその時すでに内部のゆがみに気づいていたからであろう。

そのコミュニティに所属していた当時,内部にいるとどうも倫理観がゆがんでいくことを感じていたので外部の人と連絡を取っていた。

もともとそのような集団の中にいた中で自分がゆがんでいると感じられたのもコミュニティの外にいる人間と接していたからであろう。というのも当時からすでにコミュニティの外の人から「あの組織は異常だと思う」「早く抜けださないと大変なことになるよ」「体調崩すなんてまずいよ」などと様々なことを言われていた。

それがなければ自分も精神的に参ったまま立ち直れなかったかもしれない。あのかかわりは自分の救いとなっていたことが今になってわかる。

そして抜け出した今,比較的自分の中で平穏な日々になっていることが分かる。以前より他人に対してとげとげしく思うことがなくなってきたし相手は相手と割り切れるようになった。

3. 関係性の循環

その中で思っていたことが今日の主題である。「人のかかわりを変えていくことで価値観がチューニングされる」ことが思っていたことである。

自分は以前とある楽器をやっていたのだがその一部は消耗品であった。そしていくつかの替えを使いまわす。一つのいいものだけ使っているとそれに慣れてしまってほかの消耗品を使えなくなるということである。

そして消耗品は結局寿命があるのでそれが使えなくなってしまえばそれ以外のものをも使うしかなくなってしまう。そのため複数の良品を見つけておいて交換しながら使い続けることが求められる。これはもしものためのリスクヘッジにもなる。本番前に一つダメになってしまっても交換できるものがあれば大問題にはならずに済む。

…これは人間も同じではないのだろうか。楽器の消耗品と人間を一緒くたにするのは倫理的に問題があるという意見もあるだろう。それでも似ている部分はあるように感じる。人間の価値観,物事のとらえ方,他社とのかかわり方は多種多様である。そしてそのなかで自分に合っていると感じる人を探すのは一苦労である。そして人間には寿命がある。寿命が尽きてしまえばまた新しい出会いを求めなければならなくなる。

人間同士が集まるコミュニティはたいていの場合目的をもって形成されることが多い。それゆえどうしても一つの価値観に縛られてしまう。それで一つの価値観に縛られてしまえばそれ以外の世界観で生きていくことが困難になってしまう。

一つのものにどっぷりつかってスキルや技術を鍛えることももちろん大事になってくるが,それと同等に様々な人に相手をしてもらい,自分を外界に合わせていくことで仕事も生活もしやすくなる時代なのだと感じる。そのなかでぴったり合いやすい人を一人でも多く探していく。

現代社会はとにかく時代の流れも人の流れも速い。そのように合わせやすい人を複数人探すのは大事になってくるだろう。そのため自分自身を変えながら所属コミュニティを変えながら人物像を作っていくことはいい手段といえよう。

4. まとめ

冒頭にも話したが世界にはいろいろな流れがある。

経済ではカネの流れがあるし,人間の体内では血液や体液が循環している。海や空を見れば水が循環していることもわかる。形態を変えながら。そしてその流れが止まれば経済は衰退し,体は不調を起こし,環境問題は大きくなる一方であろう。

それと同じで,人間同士も関係性が固着してしまえば自分一人ではありえなかった負の感情に支配されてしまうことも出てくるだろう。それは下手したら人権侵害や過労などの大きなリスクになってしまう。

人間同士のかかわりもよどみなく循環させれば,憎しみや苦しみのあまりの八つ当たり等不毛で不健全なかかわりをすることが減ってくるのではないだろうか。

少なくとも自分を守るだけで精一杯にならず,様々な文化的,経済的発展をしていくことができるようになるのではないか。そのためにも組織やコミュニティの流動性が大切になってくると感じている今日この頃なのである。

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See May Jack
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