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京極夏彦「鵼の碑」ネタバレあり感想

結城奏さんとの秋の読書会。結城さんの感想記事は下記よりご覧ください!

私も『鵼の碑』、読了しました。
うーん、正直よくわかりませんでした。以下、ネタバレありの感想です。


はじめに

本作は『鵼』を構成する、蛇・虎・貍・猨・鵺に擬えた5つの章から成っています。それぞれの章に語り手がいて、登場人物がいて、解くべき謎があります。そして、バラバラに展開される各章の最後にやってくる解決編、鵼の章が物語を締め括ります。後半は登場人物と彼らが持つ情報が交差しますが、それまでは読者にしか点と点を結びつけることができません。しかし、その点もはっきりとした形が描かれるのは中盤以降なので、読んでいて続きが気になる見事なプロットです。謎がおもしろければね。

舞台は日光です。めずらしく、京極堂が最初から舞台入りしています。

感想とメモ

語り手は、久住 加壽夫さん。劇団月晃の脚本家で、主に関口さんと共に行動します。

幼少期に父を殺したという日光榎木津ホテルのメイド、桜田 登和子さんの謎を追うストーリーです。織作家のメイドをしていた奈美木 セツさんも登場します。登和子さんに殺人の記憶を思い出させるきっかけを与えた笹村 倫子さんが事件の鍵を握る人物として描かれます。

語り手は、御厨 冨美さん。寒川薬局の薬剤師で、寒川 秀巳さんの婚約者(正確には、求婚されたが返事はまだしていない状態)。主に益田さんと行動を共にします。

失踪した寒川さんの行方を追うストーリーです。寒川さんは失踪前に、彼の父が虎の尾を踏んだのかもしれないと言い残します。寒川さんの父は事故死していますが、その死体は一度消えて、翌日に戻ってきていたことが明かされます。

語り手は、木場 修太郎さん。我らが木場さんです!
本人曰く、長門さんや近野さんといった狸爺に唆されて、20年前に起こった遺体紛失事件の謎を追うというストーリーです。紛失した遺体は3体。そのうちの2体が八王子の強盗放火事件で死亡した笹村 伴輔さんと妻の澄代さんであると近野さんは疑っています。木場さんは日光に到着してすぐに登和子さんと出会い、彼女の父親殺しの謎についても追っていくことに。

語り手は、築山 公宣さん。学僧で、輪王寺の古文書調査を中禅寺さんに依頼する。主に中禅寺さん、仁礼さんと行動を共にします。

隠蔽されたとされる原爆開発計画の真相を追うストーリーです。猿的要素は西遊記と光る猿の謎ですが、その他はいつもの京極堂の蘊蓄がほとんど。

語り手は、緑川 佳乃さん。青森の大学の研究室に助手として務める医師。中禅寺さん、関口さん、榎木津さんの知人。

亡くなった大叔父の遺品整理のため日光を訪れる。私の読解力が確かならば、特に謎を追うような話ではなく、他の章の登場人物と少しずつ関わっていきながら、全体の謎が解明されていく章です。「鵼は鵺ではない」という点が繰り返し強調されるところが、いかにもこのシリーズらしいなと思えたりします。

解決編です。それぞれの章に登場する一行は、旧尾巳村の化け物屋敷に向かいます。なんとそこには京極堂と築山さんがいて、憑き物落としが始められようとしていました。そこからは「全員の憑き物をまとめて落とすしかないな」となり、すべての謎解きがされていきます。

本シリーズの従来作ではここが最も盛り上がるところなのですが、自分的には今回は拍子抜けというか、肩透かしというか、特におもしろいわけでもなく、なんかすっきりしないまま終わってしまいました。

・・・

本作の最大の謎は、『消失した3人の遺体』と『燃える碑』の2点です。次いで、『光る猿』といったところでしょうか。

結論から言うと、今作では「何も起きていない」のです。これまでに積み重ねられてきた謎も、「本当はそんなものなかった」か、「実は関係なかった」というものがほとんど。そもそも鵼というものは最初から存在しないのです。

作中には、原子力、放射線、サイクロトロン、ラジウムなどのキーワードが散りばめられています。

かつて、日光では原子力の研究がされていた…と見せかけて、実は核開発を止めるための研究をしている集団がいました。放射性物質は人体に悪影響がありますが、当時の人々はそれを知らなかったので、その悪影響を示すための研究をしていたようです。その目的は極秘とされ、表向きは原子力の研究をしているので、開発を進めているフリをする必要があります。そのために作った偽のサイクロトロンを起動し、人工放射性物質に偽装した夜行塗料を対岸に撒き散らした(?)のです。
この夜光塗料を浴びて、暗がりで光るようになったのが、『燃える碑』と『光る猿』の正体です。

そして、『消失した3人の遺体』の正体は寒川 英輔さんと先述の笹村夫妻です。寒川さんは日光を国立公園にしてもらう準備をしていた際に崖から転落して事故死します。そこに居合わせた小新聞社の社長である笹村さんは寒川さんが持っていたガイガーカウンターから上記の研究施設で核爆板の研究がされていると確信し、寒川さんの遺体を共に行動していた活動家の車に乗せて運びます。しかし、この活動家は特高の諜報員で、口封じのため笹村さんと彼の妻を刺殺します。彼らの遺体は諜報員により芝公園に並べられ、特高の仲間が回収する予定でしたが、不測の事態で警察が先に到着してしまいます。そこでなんだかんだあって(ここはよくわかりませんでした)、特高が遺体を運び出します。これが依頼消失事件の真相です。

笹村夫妻の遺体は八王子に運ばれ、捏造された強盗放火事件で焼失します。寒川さんの遺体は内務省の特務機関が奪還し、日光に戻されます。死体が一度消えて翌日戻ってきた理由がこれというわけです。

その他も色々あるのですが、なんせ空疎な内容なので割愛します。

まとめ/気になった点

自分的には、中盤まではおもしろかったのですが、締め方に物足りなさを感じました。以下、私が気になったポイントです。

寒川さん

最もすっきりしないのは、最後まで寒川さんの行方がわからずに終わることです。誰よりも憑き物落としを必要としているはずなのに、京極堂からは「寒川さんに会うことができなかったので、憑き物落としできませんでした」と手遅れ宣言され、婚約者(仮)は落ち込むことなく淡々と相続した財産の処分してるし、救われなさすぎなんですけど…。「科学の理で信仰を語った」という履き違いが招いた残酷な悲劇なのでしょうか。なんで彼を救うことができないのかについて何の説明もなかったのが酷い。逆に、築山さんや他メンバーの憑き物落としはそこまでの必然性を感じられず、なんだか軽かった気がします。

燃える碑

誰もが思うであろう夜行塗料の謎。ラジウムが含まれた夜行塗料は、青い炎が燃えているように見えるのでしょうか?ネット検索した限りでは、普通の蛍光灯とそんなに変わらなさそうに見えます。仮に燃えているように見えたとしても、夜行塗料で光ってましたって、仕掛けとして特におもしろくないような?いや、確かに「光ることは大事ではない」作中でも明言はされているけど…。他の何かに付随する小さな謎程度の扱いだったらそんなに気にならなかったと思うのですが、これだけ謎の中心に持ってこられると、「散々引っ張っておいてこれなのか…」となってしまいます。

遺体消失

こちらに関しても、笹村夫妻の件はまあわかるとして、寒川父の遺体は特高と内務省特務機関の間で争奪戦があったと書かれていますが、具体的に何があったのかは語られず。この争奪戦が遺体消失の肝かと思っていたので、なんかもやもやします。

登場人物の扱い

最後に、京極堂以外のキャラの扱いが非常に軽いように感じました。
今回の榎木津さんは探偵としての活躍がないので、所々で訳のわからないことを言うだけの人になっていた感があります。この鵼の事件をジャンケンのようなものと例えていて、別のもの同士がぶつかる(別の章で得た情報を合わせる)と「あいこ」になると言っているのですが、私にはこの「あいこ」の意味がわかりませんでした。

謎が組み込んでいる。ひとつひとつの謎はそれほど複雑ではないが、謎は単独のままでは解けない。しかし、すべての謎を一度に突き合わせると「あいこ」になって解決しない。

私の読解力不足なだけだと思うのですが、「あいこ」になってもちゃんと話は先に進んでいるように見えるんですよね。結局、「あいこ」が何回か続けば、ちゃんと最後に到達できる仕組みになっていそうなのだけど…。これが榎木津さんが言う「トーナメント」なのでしょうか?よくわかりません。

榎木津さんの代わりに探偵役を務めた益田さんの扱いも軽いです。益田さんがあれだけ頑張って走り回っても成果を上げることができなかったのに、いつに間にか事情を知っていた京極堂があっさりと本作のキーパーソンである桐山 勘作さんを見つけ出してしまいます。この手柄くらいは益田さんに譲ってあげても良かったのでは…?

良かった点

最後まで読んだ感想は上記のとおりですが、良かった点としては、各登場人物が合流して情報交換していくところは読んでいて楽しかったです。各章が完全に独立しているわけではなく、少しずつ被る部分があるのが良いですよね。京極氏のプロット作りは本当にすごい!

過去の百鬼夜行シリーズと比べると気になる点は多かったですが、比較しなければ普通に良作だと思います。『邪魅の雫』より好きです。

個人的には関口さんと似た雰囲気がある久住さんのコンビも良かったです。なんだかんだ経験を積んで成長している関口さんを久住さんの視点から眺められるのが良い。初期の関口さんは卑屈感があった気がしますが、最近その役割は益田さんに回されたような気がします。

さいごに

今回は現在進行形の事件が起こらないので盛り上がる場面というものがほとんどなかったですが、過去の謎、存在しないものにフォーカスしていく試み自体は、シリーズもののひとつとしてはありなのではないかなと思います。

自分的には、本シリーズが抱える大きな難題だとしか思えない堂島大佐との決着を早くつけて欲しいところですが、大佐よりも緑川さんの再登場率の方が遥かに高そうな予感。京極氏は緑川さん好きなんだろうなあと思いながら読んでいましたが、私も緑川さん好きです。

プロットの組み方、キャラの在り方、謎の引っ張り方、真相の内容など、色々と考えさせられます。note創作大賞に落選したことから、現在改稿案を模索中なのですが、その上で本作は非常に参考になります。

次作『幽谷響の家やまびこのいえ』も楽しみにしています!

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