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日常と非日常の狭間で。宮古島で人事としての1年を振り返り!@人事ごった煮会

#人事ごった煮会in宮古2020振り返り

こんにちは、パン好き人事ことたかおことありぱん(命名)です。

今回は、11/19(木)~11/24(火)に<感染対策は十分に講じながら>訪れた宮古島で感じたこと、考えたこと、行ったところなどについて記録していきます。

エモい部分だけ抽出したnoteはこちら

宮古島のおすすめスポットなどについて書いたnoteはこちら

# 人事ごった煮会とは

人事ごった煮会とは、人事に関わる人同士の出会いや繋がりを通して、上下関係なく互いに刺激しあい高めあうことで企業や企業で働く社員の方に少しでもポジティブな何かを生み出したいと思う人たちの集まりです。

この会に出会ったのは、実は人事になる約1年前。人事になりたい(けどなれない)という想いをくすぶらせている私に、ちょいちょいキャリアの面で命の恩人をしてくれている友人が紹介してくれたのが、オイシックス・ラ・大地の三浦さんであり、そしてこの人事ごった煮会だったのだ。
それから毎月のイベントにはできるだけ参加し、少しずつ人事の悩みを理解し(当時はマーケターで、人事はターゲットユーザでした…ユーザ理解というよりは転職の際の当事者理解にと思っていましたが、今思えばとんでもない)晴れて人事に!という、自分にとってはかなり恩人感が強いコミュニティだったりもするのである。

# 人事ごった煮会 in 宮古島とは

上記で触れた「人事ごった煮会」から派生した合宿イベントで(2018年に箱根で合宿をした際には私はまだメンバーではなかった)、2019年に宮古島で第1回が開催され、今回は第2回の開催。私も参加は2回目。

# 去年と今年、何が変わった?

今年は2回目ということで、いろいろな心構えやそれなりの準備?をして入島した。具体的には、

・スケジュール:
去年は弾丸1泊2日でほぼ何も出来ず帰路についたが、今回はワーケーション(と祝日と有休)を含めて5泊6日に!
・宿泊先:
念願のRugu初宿泊!そして初BBQ!LOCUSにも泊まってみたかったので長めの4泊5日滞在!
・リサーチ:
去年は完全にお客様だったが、今年は最悪企画時間以外全部自分ひとりで過ごす懸念もあったため、「行きたいパン屋」のリストアップは完璧に!参加者もちらっと下調べして初対面でも困らないようにした(人事的仕草)。

などのものである。また、自分自身としても、

・キャリア:
人事1年生(というか人事になって1ヶ月弱くらいだった)から2年生に!
・モチベーション:
去年は人事としてのワクワク感(あるいは正社員になれるかの不安)、今年はこの先を見通せない漠然とした不安をなんとかしたい気持ち
・メンバー:
去年は知っている人が殆どいないなかでの参加だったが、今回は去年のリピートの方は顔見知り。お友達もいて、コミュ障大爆発の自体は一旦免れそう…?

といった変化があり、臨む際のマインドセットは去年のそれと大きく変わったのだな、と改めて感じた。

# 良かったことと反省点

今年滞在してみて、良かったこと(≒自慢)は、

島のすべての橋を制覇!(わたしは運転していないけど)
・街の光が一切入らないRuguで、奇跡的に晴れて星がきれいに見えた
・ワーケーションではいい意味で緊張感を持って仕事ができ、結果として停滞していたいくつかの仕事がさくさく進んだ(物理的非日常は、強制リセットの最強のトリガーだ!)
・宮古に住む/働く/移住した人、それぞれの話を多少なりとも聞けたこと
・(移動手段がないなど)想定外の事態にも焦らずその時間そのものを楽しめたこと

など。一方、反省点としては、

・地元に根ざしている人との会話はあまり持てなかった
・水着を持参せず海系のコンテンツに参加出来なかった(理由はこちら
・ツアーなどを申し込まず、歴史的な場所に行けなかった
・お風呂が大好きなのに、滞在中1回しか入れなかった(おそらくシャワー文化なのだろうと推察。これだけは「毎日ゆっくりお風呂入りたい派」としては堪えたなぁ…)

といったものがあったため、来年に活かしたい。

# メインコンテンツ①:ワーケーションとリゾートワーク「nulabにおけるリゾートワークの意味合い」

今回の人事ごった煮会のメインコンテンツの1つ目は、nulabのあだちさやかさん(アンジェラさん)による「ヌーラボが宮古島で取り組むリゾートワーク制度について」のプレゼンだった。

■概要
コロナ渦以降、Uターン・Iターン・ワーケ―ションなどの働く場を選ばない、暮らし方や生き方の出来る手段がたくさん出てくる中で、その実践者をお呼びし、地域住民や行政との関係性をつくっていく上での取り組みや課題、自社組織における各拠点に在籍する社員との関係性をつくっていく上での課題などを、ライトニングトークや対話などを通じて深めていきます

■会社について
nulabさんは2004年3月設立、本社は福岡県福岡市。チームのコラボレーションを促進し働くを楽しくするサービス(例:backlog)を創っている。特徴としては日本に3オフィス、グローバルで6オフィスあり、30%くらいがnon japanese speaker、国内従業員の70%がエンジニアであるという点など。
「ツールを導入するということは、そのツールメーカーの経営理念を導入するのと同義である」「経営理念を定期的に深く考え、言語化し、みんなで共有していく」ということを重要視していて、「働くを楽しく」の会社なので

・フレックスタイム制度、コアタイムなし
・入社年次に依存しない有給休暇、子育て休暇
・テレワーク補助あり、補助あり
・みなし残業という概念を使わない
・複業OK(会社で独自の反射チェック)

といった制度を設けている。

■リゾートワークについて
福利厚生ではなく教育研修として設定しているものであり、

2018年6月:リゾートワーク制度を発表、宮古島市で展開を開始
2019年5月:リゾートワーク制度、北海道東川町を追加
2019年7月:他者との連携展開にトライ
2020年3月:東川町で新制度開始

といったスケジュールで、現在も制度を運用中なんだとか。3年間で30名が利用したそう。

・滞在期間の設定は自由(実績3~14日)
・期間中はリモートワーク、もしもしくは有給利用
・社員ではなく同行する家族も手当対象
・参加条件ありの研修制度
→現地で研修プログラムを受ける
→体験後、レポートブログを執筆する

といったルールのなかで実施しており、ワーケーションとの違いとして「四方善し」であること(=地域、社員、社員の家族、勤務先の全てに対して良いこと)が挙がっていた。具体的には

・宮古島の進学塾:塾の授業設計の支援など
・東川町立日本語学校
・Compath:おとなの幼稚園、バケーション中に学校に行く、というようなもの。1DAYインターンのようなもの。東東京の学童でも受け入れ検討中…
・しごとコンビニ

といった体験型マネジメント研修といっても過言ではないもので、

・人に物事を教える
・自分のキャリアを振り返る
・自己開示する
・自組織を考える機会を得る
・非日常体験で新鮮さを取り戻す

といった効用があるとのこと。
ちなみに、意外にもきっかけは「ここで何か仕掛けたら面白そう!」と宮古での研修の際に思ったことだったんだとか。「なんでもやっちゃえ的な会社」と言及されていましたが、そこにも社風が出ているなと感じた。

■感想
リゾートワークそのものの効果と、制度設計について思ったことを記載していく。

<内容について>
・今回のケースで大事にしていることとして「ワーケーションでは終わらせないこと」「会社が支援する意味を明確にすること」が挙げられていたが、教育的な効用(例えば現地での学びをその後の会社での働くなかで活かす方法など)が意図されているのか(あるいはあえてそうしていないのか)については(人事としてというか、成人学習に関心のある者として)気になった。今回の質疑応答では「PR観点を持ってもらうこと」が示唆されていたが、実際に対外的なマインドセットだけではない学びがあるのだろうな、と思うなどした(BtoBビジネスながらも永らく法人営業担当がおらず、それぞれがPR担当であるという意識が重要だった、という背景があるとのお話だったので、それそのものの意義は確実にあるとは思うが)。
<制度設計について>
・まさに(ドンピシャに本業ではない領域についての)制度を作るということは、社員が「生きる」ということを真面目に考えることだなぁと実感。
・例えば、当たり前かもしれないけど、今回触れられていた「自由な働き方を許容すること」は「労働生産性の増大」だけでは語れないだろうな、と。
・とすると、そういった制度の目的は何になるのだろう。「従業員満足度を高めることで長く会社に働いてもらう」などだろうか。それとも「関わった社員の良い人生」みたいなのが目的になり得るのだろうか。
・今回大事だなと思ったのは、「人間の当たり前(飽き、新鮮さ)」といった、一見自明なものときちんと向き合うこと。nulabさんのケースでは「飽き」という現象を認めている点で新しいし、確かにそうだよなと思った。

また、こういう取り組みを宮古島でやることの効用を考えたときに、(マエザワさんなども仰っていたが)やっぱり課題感として大きいのだろうなと思ったのは、若い人の労働環境の提供、とか、労働環境としての魅力づけ、という観点。(これはRuguさんなどでも取り組まれていることだと思うが)、若い人が将来展望を持てるような環境にするために、行政や企業、働く人などが混ざり合う(まさに「ごった煮」になる)ことによって少しでも現地の若い人に気づきが得られるようなものだと良いのだろうなと思った。

# メインコンテンツ②:グループワーク「10年後の自分のキャリアシナリオ×3を内省し、ただ、話す」

夕飯は美味しいBBQをたんまりと。

その後、(わたしに「ありぱん」と命名してくださった)ミライフのすけさんプレゼンツの企画が。内容は

①自分の10年後の人生の3シナリオ(最高だと?/このままだと?/最悪?)をそれぞれ3分ずつ考える
②7分間ただ、話す(4人1組でグループを作り、周りの人は相槌のみ)

というもので、自分の語りを聞いている間、他の人達はただ頷いたりしているだけで黙っている、というかなり異質?な空間だった。
しかしながら、この語りのなかで自分自身、気づいたことがたくさんあった。

まず、このセッションで一番の発見は、「自分の今後10年における最悪シナリオは存在しない」ということだった。

最初は「あんまりチャレンジしてないから思いつかないのかなぁ」と落ち込んでいたけれど、これまでの経験や出会いが素地にある以上、どんなことがあっても最悪にはなりえないんだな、と思えたのは、驚きだった。
※強いて言えば、「人望がない状態」とか「人から失望される」とかが最悪シナリオな気はする。自分の存在の根拠をひとつ失うような感覚はある。人生の最悪シナリオとしてよく語られるところの「お金がなくなる」ですらないような気もする(もちろんそれは起きたら嫌だけど)。「恋人がいない」とかも嫌っちゃ嫌だけど、そこまで驚異でもないような気もした。

上記を踏まえると、「人生にとって怖いこと」は、人生のなかではだんだんなくなっていくということなのかな、と思った。「大人になるとは、うまくやる方法を見つけること」なのかもしれない。

しかし、逆に言えば、それがうまくなるということは、例えば幼少期に乱用していた「不安ドリブン」が通用しなくなるということでもある。

とすると、仮に「人生における最悪」はなく、かつ「一定うまくやることもでき」、かつ「幸せを感じるのは自分の心の持ちようである」としたときに、人生の選択はどうであるべきなのだろうか(どう選択したら良いと思えるのか)。

これを考えていくと、そろそろ「スキルを伸ばす」や「経験を増やす」、「自分を成長させる」といったことではない選択軸が必要になってきているのかもしれない、と感じ始めた(むろん、そう判断するに至るにはまだ早い、という異論はあるだろうし、圧倒的成果、みたいなものを出しているわけではないので反論のしようはないのだが…)。どちらかというと

・「大事な人に貢献できる」とか、
・「解くべき課題を解きに行ける土壌がある」とか、

そっちを築いていく、実感を持てるようになっていく1年、10年、にしていきたいなと思うに至った。

私の場合、過去の振り返りなどから、自分の駆動エンジンは

・「怒り/不条理」
・「役に立ちたい」

であることは自分でもよくわかっているので、それらにフォーカスを当てて自分の行動ややるべきことをデザインできたほうが、より良い人生になるのだろうなとも再確認できた。

また、やはり自分は「言葉と向き合う」「言葉を紡ぐ」のはとっても大事であるらしく(もしあと数日で死ぬとしたら、私は可能な限り言葉を紡ぐだろうと思っている)、ここについては時間をかけていきたいし、そうやって伝えることが仕事だとも思ったりもしている。これはライフワークなのだなと確信めいた気持ちになった。

いずれにせよ、私にとっての「働く」は「生きる」とかなり近接している(というか割と同義である)ため、

・「生きることと働くこと」がいかに滑らかにつながっていて、
・それが結果として良い循環を生んでいるか、

というのを計測指標にすべきなのだろうな、と思った。

さて、ここまで考えて、自分の人生の最高シナリオは、

①自分の能力が仕事に活かされる→仕事が結実する
②シニカルではなく当事者としてことに当たる(自分が向かうチャレンジを自分で決めた状態で仕事に臨む)
→①、②によって、誰かの役に立つ
→対価を得る(金銭、精神両面)
→欲するものが手に入る(パン、本など、自分の生活を豊かにするもの)

という循環が矛盾なく回る状態なのだろうなと思った。

そして、自分が身を置きたい環境としては(これは公私ともに)、

・周囲のことを愛せるような優しさを持った人
・他の人と比較しないでいられる強さのある人
・自分の信じる「こうあるべき」道がある人

と一緒にいれると良いのだろうなと思う。

そして、自分の身の振り方としては、

・大事にしたい考え(例えば、人は誰しも可能性がある、とか、幸福感の有無は貧富の差ではない、とか)を持ち続ける
・近しい考えを持つ人のなにかの実現の一助になる

などでありたいと考えた。

しかし、上記の実現を邪魔する可能性があるのが、自分の心のなかにある相反する「マッチョイズム」と「共感性」だ。

・「マッチョイズム」は「弱肉強食」「選民思想」的なものとも置き換えられるなと思う。また、いま自分の身を置く価値観ともかなり近しいように思う(それは資本主義、新自由主義的な価値観においてはもはや必然なのかもしれないが)。
・「共感性」については、自分の持つ特性としてかなり強く、(特に「すべての人が可能性を持ち、性善説的に何かを行う主体である」と考えているため)上記の思想と相反することも往々にしてある。

この相反する2つの思想をどう取り扱い、いかにパフォーマンスの増大や納得感の醸成につなげていくのかは、今後の自分の課題だと思う。具体的には

・自分のなかのマッチョさを活かして自分を働かせつつ、
・自分のなかの共感性を活かして誰かの課題を解く、

というのが両立できているのか?というのをモニタリングすべきだなと思った。

ここまで自分の身の振り方などについて考えてきた。少し話は逸れるが、その後の飲み会のなかで、とあるメンバーの方に言っていただいた「リフレクションとは「信じようとしたことを評価すること」である」というデューイの言葉を受けて、過度に自分を卑下したり、見捨てたりしがち(だけど闇雲に明るくなれとか自信を持てと言われるのが苦手)な私にとってはかなり救いになった。振り返る根拠を「自分が信じたもの=信念」とすることで、ブレずに自分と向き合えるのではないか。

(もちろん、その信念自体も、油断していると陳腐化してしまうので、「自分自身の信念を大事にできているか」「その信念そのものにフィット感があるか」を定期的に評価すべきなのだろうとは思った)

# メインコンテンツ③:ナイトジャングルツアー

その後に開催されたのは、任意参加のナイトジャングルツアー。林の中(なのに舗装された道、という謎のギャップ)を散策し、

・暗い道のなかを歩きながらヤシガニが歩く音に耳を澄ませてみたり、
・珍しいホタルを見つけたり(時期外れにも関わらず)、
・オカヤドカリを発見したり、
・それらの生物が絶滅危惧種だったり乱獲防止のために保護の対象になっていることを知ったり、
・宮古島の地形について学習したり(サンゴでできた地層で島ができており、山や川はないものの、その地層を水が通過することで、濾過されてきれいになるらしい!)、

普通に宿泊するのではわからない、宮古島の自然の豊かさを、脳みそと肌感覚どちらもで感じることが出来たのは本当に良かった。

ここから先は、今回の滞在を通じて考えたことについて、書き散らかしていく。

# 考察①:宮古を流れる時間と効率化の嵐

今回非常に印象的だったのは「時間の流れ方が非常にゆっくり」であるということだ。例えば、車が(5台に1台くらいは)平気で30km/hとかで走っている。法定速度よりも圧倒的に遅い。レジなども、焦る様子もなくマイペースだ。現地で約束していた人も、30分くらいさらっと遅れて登場したり、11時オープンと書いてあるお店は11時にやっていなかったり…といった具合だ。
スローペースで物事が動き、いろいろなことに割と寛容といった雰囲気は、東京の、あるいは自分の、張り詰めた、せかせかした雰囲気とかなりコントラストを成していて興味深かった。

追い込みがちな、走っていないと死んでしまうようなせかせかした自分の心に、その柔らかさや優しさがすっと入ってきたのはとても心地よかったが、その一方で、「自分は何故そんなにあくせくしているのだろうか」とも思った。
東京にいるときを振り返ると、スケジュールに入っている予定をこなすために指定の時間に移動し、タスクをこなし、やるべきことをやったら帰る…といったような、基本的には「時間に支配された」過ごし方をしている(現代人であれば一定しょうがないかもしれないが)。それはもはや繰り人形のようでもあり、途端に少し滑稽にも思えてしまった。

私たちは生きているなかで、「アポイントの時間に間に合うためには?」「期限に提出するためには?」「なにかの作業を効率化する方法は?」といったことを考えるのに、相当のリソースを割いているのではないか。

例えばわたしは朝早く起きることを推奨しているコミュニティに所属しているが、そういった、一見ゆとりのある生活習慣であったとしても、「タイムトライアル的に自分の時間を有効活用する」といったものがセットになっているのが当たり前になっていて、「この節約/効率化した時間に、私達は縛られて、何がしたいんだろう?」というのが急に分からなくなってしまった。

わたしたちは普段、やるべきこと、やりたいことが多すぎて、いつも時間がないように思っているが、そのスケジュールや時間感覚を手放した先には何があるのだろう?どんな風になるんだろう?というのは、完全に未知の世界で、少しワクワクするような、不思議な気持ちになった。

(そうは言っても、東京に戻ってきたら分刻みのスケジュールやタスクをこなすマンになってしまい、それを揶揄したり疑問を持つことも難しかった。なにも東京が悪い、などと言っているのでは毛頭ないのだが、これは東京を離れてみて初めて持った違和感だったので、「あえて時間を軽視する」というのは「生きやすくなる」ために必要な感覚なのかもしれない、とも思った)

# 考察②:リフレッシュする、自己内省する条件とは

思えば2020年は、「猫も杓子もオンライン」の1年だった。リモートNGの会社が途端にリモートワーク中心になり、私の稼業であるところの中途採用面接も、ほぼすべてが迅速にオンライン化した。

それによって、自分の生活も少なからず変わった。

自粛当初は、(同棲解消後の人生初めての一人暮らしにようやく慣れ始めてきたところだったため)家で鬱々とした日々を送っていた。
そこからだんだんと(警戒のレベルがゆるくなったこともあり)いろいろなバランスを取れるようになってきたが、ただどこかで「ここではないどこか」をずっと求めている感覚があった。言うなれば「オンラインに幽閉されている」といったような気持ちだったのだ。
そんな閉塞感を打破したくて、近距離でワーケーションも試してみたし、毎週銭湯に行くようにしたけれど、やっぱりそれはどこまでいっても日常の延長線上であり、「ここではないどこか」とまでは思えなかった。

今回の宮古島は(流石に移動時間をかけ、実際に物理的にもたくさん移動しているからかもしれないが)、そのわたしが漠然と探していた「ここではないどこか」だと感じたのだった。事実、どこに行ってもなかなか得られなかった「リフレッシュする」感覚が得られたし、自己内省もこの数ヶ月では見られなかったレベルで捗った。

自分にとっては、それがたまたま宮古島だったけど、誰しもそういった「ここではないどこか」が必要なのではないか、と感じた。少なくとも私にとっては、そのことがもたらす思考の詰まりのようなものを取ってくれたように思えたのだ。

# 総括:わたしにとっての宮古島とは

今回の来島を通じて、宮古島については、「地方特有の(なのかは分からないけど)伝統を重んじる保守的な場所(実際に例えば移住した人の語りなどを聞くなかで、外部の人と内側の内情はいくらか分断されているのだろうな、というのを感じたりもした)」という見え方もありつつ、とはいえ自然や観光、人といった魅力の溢れるところである、というのは多少なりとも理解できたのではないかと思う。

また、去年は星空がとにかく素敵に見えることが印象的だったが、今年はそれだけではなく、朝の空、昼の空、夕闇の空も澄んでいて青くて高くて吸い込まれるようで…自分にとって「呼吸のしやすい場所」だと感じた。

事実、わたしは現時点で「毎年1回宮古島に行く人」になっているわけであり、年に1回の自己内省の場として、ここを選んでいるとも言えるわけであり、少なからず「自分の人生にとって意味のある場」となっているのだ、ということにも気づいた。

これからも宮古島に来島する11月を楽しみに、自分なりに情報をあたったり、大事にできる要素を増やしていきたいと思った。

※前回~今回の来訪を通じて「地域の関係人口を増やす」といった話は納得感があったものの、そこに対して肌感覚というか、当事者性を持った問題として捉えるまでには至らなかった。例えば労働人口の流出についても、それによって何がどう困っているのか、というところまでは見えてこなかった(これは単なる自分の探索不足なのだが)。こういった雇用などの問題については、(人事としても、いち個人としても、興味があるため)今後もキャッチアップしていく必要があると感じている

# 宣言:来年はXXします!

来年わたしが宮古島を訪れる際には、こうでありたい、というのを羅列してみた。

■宮古島でやること
・来年はザ・リスケープにも泊まりたい(THE・リゾートな感じの素敵ホテル!!!)
・来年はもっと宮古島のローカルさにも入り込みたい(現地で住むローカルな人や学生とのコミュニケーションは出来ないか?)
・ローカルなガイドさんやタクシーの運転手さんにヒアリングもしたい
・来年は海系のコンテンツ(シュノーケリング)もやる

■人事ごった煮会でやること
・できれば参加者間でより偶発的な(ごった煮的な)コミュニケーションを生み出したい
・上記に限らず、「場を良くする、学習を促す、ごった煮感を出す」などの場作りに協力というか、積極的に関わっていきたい

■宮古島に来るときには…
・「何かをなして」帰ってきたい
・いまよりも「伝える力」を強くしたい
・人に寄り添って考えられる自分でありたい
・自分のやったことが「誰かの豊かさにつながっている」「誰かの役に立っている」と自信を持って言える自分でありたい

上記がひとつでも多く叶っている/実現できるように、向こう1年も頑張っていこうと思う。

# 参照:他のメンバーの素敵な振り返りたち

私の拙い説明よりも、秀逸な記事があるので是非こちらを。

以上です!1万字超えた!笑

というわけで、毎日の気づきなどをつぶやくわたしのアカウントはこちら↓人事・マーケティング・キャリア・パン・恋愛・人間観察などについて書いてます!


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この街がすき

UXコンサル、BtoBマーケ、人事を経てコミュニケーションマネージャー(広報、マーケ、採用広報、組織開発)なう。 書くこと:パン偏愛、可愛いもの布教、働くこと、生きること、1日1考、新サービス考察、旅行、読書録、銭湯、恋愛。 頂いたサポートは、もれなくパンの研究に使われます。