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社員戦隊ホウセキ V/第86話;海嘯に消える慟哭

前回


 五月二十三日の日曜日、国防隊のよこ基地にて、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式が行われた。

 たつみ二号が東京海堡に到着した時、たつみ二号は剛腕ゾウオに襲撃され、横酢香基地にも剛腕カムゾンが出現した。

 剛腕カムゾンにはレッドたちがシンゴウキングで、剛腕ゾウオにはブルーとマゼンタが対応することになった。しかし社員戦隊が東京海堡に到着する前に、長割おさわりきもが剛腕ゾウオに無謀な戦闘を挑み…。


 東京海堡にて剛腕ゾウオに銃撃を敢行する長割肝司たち四人の光景は、テレビで生中継されている他、リヨモのティアラにも投影され、更にはブルーとマゼンタのブレスにも届けられていた。

「大変ですわ! あの方々、性懲りも無くまた同じ過ちを……!!」

 東京海堡を目指して海上を飛ぶガーネットの中で、マゼンタが叫ぶ。彼女の目には、負傷した報道陣の姿がとりわけ大きく映った。それは、海面を進むサファイアの中のブルーも同じだ。

(長割、どうしてお前は…! 露花つゆか井伊いい家須いえすも。巻き込まれている報道陣が見えないのか!?)

 ブルーは心の中で、かつての学友たちに訴えた。しかし、この声は物理的にも精神的にも、彼らには届かない…。と思われたが、もしかしたら届いたのかもしれない。

「あら、露花さん…。見所、ありますわね!」

 その光景を見た時に、思わずマゼンタはそう漏らした。彼女だけではない。ブルーも、寿得神社の愛作とリヨモも、その光景に目を奪われた。

「急ごう、マゼンタ。これ以上、被害が広がる前に…」

 これでブルーの気持ちは高揚した。マゼンタも同様だ。彼らの気持ちは宝世機に伝わり、その速度を向上させた。


 一体、何がマゼンタたちの目を奪ったのか? その時、一瞬だけ銃撃が止まったのだ。

 最も右端で発砲していた露花は見逃さなかった。流れ弾で報道スタッフが一人、負傷したのを。
 その時、彼女は咄嗟に引き金から指を外した。そして脳裏には、昨日、伊禰に言われた言葉が甦る。

「昨日、貴方がたの滅茶苦茶な戦い方で怪我をされた方もいらっしゃいます。ご自分が無事なら、他人のことは構わない。究極の自分勝手ですわね」

    

(違う。こんなの目指して、この仕事に就いたんじゃない!)

 伊禰の言葉を否定した露花。しかし、心の中で叫んでいるだけでは仕方ない。行動で示すべく、彼女は思い切った。

「止めろ! 流れ弾が人に当たった!」

 露花は横に手を伸ばして、すぐ隣の肝司と彼の隣の井伊の銃を下に向けさせた。
 堪らず二人は銃撃を止め、つられて家須も銃撃を止めた。勿論、彼らはこの行為に納得しない。

「何すんだよ!? 邪魔しないで!!」

 肝司は苛立ちに任せて、露花を突き飛ばした。そして、すぐまた三人で銃撃を再開。すぐ状況は元に戻った。

(結局、私じゃ何もできない…。どうして、こんな奴に屈するの…!)

 結局、自分に肝司を止める力は無い。露花は地に伏せたまま、悔しさを噛み締めた。

「仲間割れか? だったら、こっちから行くぞ」

 そろそろ弾丸を浴びるのに飽きてきた剛腕ゾウオが、鉄球を肝司たちの方に放り投げた。剛腕ゾウオとしては軽く投げたのだが、その威力は砲撃も同然。鉄球は猛烈な勢いで弾丸の嵐をものともせず飛んでいき、肝司と井伊の足の上に落ちた。

「ぎゃああああああっ! やられたぁぁぁぁっ!!」

 肝司と井伊は足を潰され、堪らずその場に倒れ込む。二人を案じ、家須は銃を置いて寄り添う。かくして銃撃は止まった。そんな彼らに、剛腕ゾウオは静かに迫る。

「止まれ、化け物!!」

 露花は焦り、まだ持っていた自動小銃で剛腕ゾウオを撃つ。流れ弾が誰かに当たらないよう、剛腕ゾウオの左脇に回り込むことも忘れていなかった。
 しかし、相変わらず彼女の努力は実らない。四丁の銃の一斉射撃に耐えた剛腕ゾウオの足を、一丁の銃で止められる訳が無かった。あっという間に剛腕ゾウオは肝司たち三人の元まで迫り、露花も射撃を止めざるを得なくなった。

「お目当てはお前だけだ。残りはどいてろ。お前をたっぷり苦しめろと、上から言われてるんでな」

 剛腕ゾウオは、すぐ家須と井伊を投げ飛ばした。肝司は一人で剛腕ゾウオと対峙する形になった。
    猛烈な銃撃を受けても傷一つ付かず、成人男性を片手で軽々と投げ飛ばす怪物を前に、肝司の恐怖は最高潮に達する。目の前にそびえ立つその筋肉質の体躯は、山のように大きく思えた。

「話が違うぞ…。クシミちゃん、僕のカッコいい姿をアナタクダに投稿してくれるって、言ってたじゃん!」

 膝立ちで震え上がる肝司を、剛腕ゾウオはまず軽く蹴り転がして腹這いにし、その背を踏んで地に固定した。そして彼の右腕を掴み、強引に捻じりながら背の方に折り曲げた。肝司の腕からは鈍い音が響き、本人はその激痛に堪らず悲鳴を上げる。その声を聞き、剛腕ゾウオは心底楽しそうに高笑いしな。

「肝司! くそう、このままではいられん!!」

 長割おさわり努江どえろうは息子の肝司を傷めつけられて、居ても立ってもいられなくなった。彼は報道陣を押しのけ、動けぬたつみ二号の中から飛び出した。向かったのは露花の方だ。

「お前が邪魔したせいで、肝司があんな目に…! 女は男を喜ばせる為に生きているのだぞ! そんなことも解らず…。もう、お前は除隊だ!」

 怒る努江郎は露花を押し倒し、彼女が腰に携えていた小機関銃を奪い取った。

「お待ちください、長割中将! 長割大尉に当たりかねません!」

 という露花の訴えも聞かず、努江郎は小機関銃を発砲した。弾丸は全て、剛腕ゾウオの頭部や肩に当たったが、やはり全く効いていない。
 気怠けだるさを覚えた剛腕ゾウオは、撃って来た努江郎の方を振り向いた。しかし、何故かクスクスと笑い始めた。射撃手の顔を眺めていたら、何かに気付いたらしい。

「いいことを思いついたぜ。こういう傷めつけ方もあるな」

 弾切れのタイミングで、剛腕ゾウオは弱った肝司の襟首を掴んで上体を持ち上げ、努江郎の方に顔を向けさせた。そして、剛腕ゾウオは肝司に耳打ちした。

「今からアイツをぶち殺すから、よく見てろ」

 剛腕ゾウオは落ちていた鉄球の鎖に手を伸ばし、そのまま豪快に投げ飛ばした。鉄球は一直線に努江郎の方へ飛んでいく。その速度は猛烈で、努江郎に避ける余裕は無かった。

「ああああああっ!! パパぁぁぁぁっ!!」

 鉄球は努江郎の胴体に命中した。努江郎の体は、軽々と後方へ大きく吹っ飛ばされ、放物線を描きながら地に叩きつけられた。その様に肝司は号泣し、露花ら他の隊員は凍り付く。たつみ二号に残っていた無傷の報道陣も、その壮絶さに再び絶叫した。


 この光景は、遠隔地のいろいろな者たちが目の当たりにしていた。


 まずはニクシムの本拠地の小惑星。ここではニクシム神の祭壇前の銅鏡に、ゲジョーの操るドローンの撮った映像が映し出される。努江郎が斃れた瞬間、ここは喝采に沸いた。

「でかしたぞ、剛腕ゾウオ! 横暴を尽くした悪を倒した!」

 マダムはご満悦で、満面の笑みを浮かべる。隣のザイガもほぼ同じだ反応を見せた。

「痛快だな。しかし、この程度では済まさん。もっと苦しみ、もっと嘆け。貴様のように、無能にも関わらず地位を得た者は、存在自体が大罪だ。苦しみ抜き、恐怖と絶望に塗れて死ね。それが世の為だ」

 ザイガは鈴のような音を大きく立てていたが、同時に小さく湯の沸くような音と雨のような音も立てていた。相当の感情移入をしていることが、この複雑な音が物語っているように思えた。

「恐怖や苦しみの量は少ないが、質が高い。なるほどな」

 スケイリーは銅鏡から目を逸らしてニクシム神を見て、しみじみと語った。彼の言う通り、ニクシム神は鉄紺色の光を更に勢いよく生じさせていた。




 地球では、同じ映像をゲジョーが申島の船着き場の待合室で確認していた。しかし、反応はマダムたちとはかなり違う。ドローンが撮った映像を映すタブレットを凝視しつつ、ゲジョーは目に涙を浮かべていた。

(これは当然の報いだ。奴はこの世から消すべき悪。正しきことなのだ…)

 心の中ではそう言うものの、ゲジョーの目から涙が溢れて止まらない。やがて涙だけでなく、嗚咽すら口から漏れ始めた。



 更に寿得神社でも、愛作とリヨモがティアラの映像でこの様を見ていた。

(長割肝司は確かに不届き者です。しかし、これはどうなのでしょう? あの方は長割肝司のお父様? だとしたら、彼は私と同じ目に遭った……)

 リヨモは努江郎が吹っ飛ばされると映像から目を背け、肝司の慟哭が聞こえると雨のような音を立て始めた。その隣で愛作は、やりきれない表情で映像を眺め続けている。

「ブルー、マゼンタ。まだか? できるだけ急げ」

 愛作は指環に向かってそう言った。その声は、遠方の二人にブレスを経由して届く。

『もうすぐ着きます。これ以上、犠牲は出させませんので……』

 ブレスからは、そんなブルーの言葉が返ってきた。彼もまた、ブレスでこの映像を見ていた。マゼンタも同様だ。ブルーの声は震えていたが、何とか平常心を保とうとしていた。


次回へ続く!

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