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社員戦隊ホウセキ V/第87話;せめてもの救い

前回


 五月二十三日の日曜日、国防隊のよこ基地にて行われた、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式を狙って、ニクシムが現れた。

 たつみ二号は東京海堡にて剛腕ゾウオに、横酢香基地は剛腕カムゾンに、それぞれ襲撃された。

 ゲジョーに焚き付けられていた長割おさわりきもは、仲間を率いて剛腕ゾウオに無謀な戦闘を挑んだ。しかし屈強なゾウオに通常兵器は全く歯が立たず、肝司は重傷を負わされる。
    息子の危機を眼前に、肝司の父・長割努江どえろうは剛腕ゾウオを攻撃したが、返り討ちに遇って命を奪われた。


 努江郎を殺害し、現地は勿論、遠隔地の者たちも震撼させた剛腕ゾウオ。気分は上々で、高笑いが止まらない。

「お前の泣き方、最高だな。ニクシム神に良い捧げ物ができるぜ。さて、次は誰をって欲しい? 教えろ」

 剛腕ゾウオは、肝司の顔を自分の近くに引き寄せて、彼の耳元で囁いた。しかし肝司は涙が止まらず、真っ当に受け答えできない。

(無理だ。多分、即死か…)

 露花は吹っ飛ばされた努江郎に駆け寄ったが、斃れ伏した彼が呼吸をしていないのに気付くと、落胆して体が動かなくなった。そして、再び後方に目をやる。そこに広がる光景は、悪い意味で静かだった。

(このまま一人ずつ、あいつに殺される…。報道の人だけでも、なんとかしたいけど…)

 露花はそう思ったが、状況は絶望的だ。
 右手と左足を使えなくなった肝司は、剛腕ゾウオに上体を引き起こされた体勢で、すすり泣くだけ。最も体格の良い井伊も、剛腕ゾウオに右足を潰された上に投げ飛ばされ、立てそうにない。家須は軽傷だが圧倒的な力の差に竦んだのか、地に伏せたまま動かない。
 報道陣は全員、恐怖に震えて動けない。

 しかし、地獄はいつまでも続かなかった。

「ん? 来やがったか、シャイン戦隊」

 遠方から、ヘリのローター音とホバークラフト艇の排気音が響いてきた。
    その方向に目をやると、ピンク色の宝石のようなヘリコプターと、青い宝石のようなホバークラフト艇が海堡に向かって来ているのが確認できた。ガーネットとサファイアだ。

 最初にその姿に気付いたのは剛腕ゾウオだが、やがて報道陣や露花たちも気付き始め、報道陣は「ピカピカ軍団だ!」と歓声に似た声を上げていた。


「俺がオーラムショットで目を晦ます。その隙にマゼンタ、ゾウオを失神させてくれ。その間に、報道陣も国防隊員も海堡から逃がす。重傷者はガーネットに乗せて、何処か大きな病院まで運んでくれ」

 ブルーはサファイアの中から、ブレスを使ってマゼンタに指示を伝えると、自分も動く。
    彼の体が青く光るとコクピットから消え、サファイアの上に転送された。ブルーは外に出るとガンモードのホウセキアタッカーを手に取り、海堡の剛腕ゾウオに照準を合わせる。

「オーラムショット!」

 サファイアの船体の上で、ブルーは引き金を引いた。すると、青い光球が剛腕ゾウオに向かって飛んでいく。その速度は普段の弾丸より遥かに遅く、威力は低そうだ。剛腕ゾウオは耐久力の高さに胡坐をかき、完全に見縊った様子で悠然と構えるが、これは大失敗だった。

「何っ!? 眩しい!!」

 オーラムショットと呼ばれた光球は剛腕ゾウオの眼前まで迫ると、そこで一気に光量を倍増させた。しかもその光は放射状ではなく、剛腕ゾウオの方向にのみ注がれる。これは太陽を直視したのも同然で、剛腕ゾウオは堪らず顔を背けて怯んだ。

「お体の頑丈さを過信されましたわね! 失敗ですわよ!」

 そしてガーネットは機体の底から木漏れ日のような光を発し、剛腕ゾウオを照らす。その光の筋に沿ってガーネットから降りたマゼンタが、剛腕ゾウオの元まで降下してきた。

花英拳かえいけん奥義おうぎきょくほうたまかづら!)

 剛腕ゾウオの背後を取ったマゼンタは、腕を相手の首に巻き付けて、締め上げた。これで剛腕ゾウオは意識が飛び、脱力して両膝を折る。
    剛腕ゾウオが失神したタイミングでサファイアも海堡の上に揚陸し、天板に乗っていたブルーは飛び降りた。彼はまず露花の元に駆け寄った。

「怪物を気絶させただけだ。奴が起きる前に、軽傷や無傷の人を連れてここから脱出してくれ。重傷者は、俺たちが連れて行く」

 ブルーは露花にそう告げた。その時、彼女は呆然としていたが、指示を受けると我に返って気を持ち直した。

「解った。それじゃ、怪我人と怪物はあんたたちに任せるよ」

 露花はブルーにそう言うとたつみ二号の方へ駆け寄っていき、報道陣に伝える。

「私について来てください。裏手の方に、ボートが二隻くらい停泊してる筈です。それに乗って逃げましょう」

 露花に言われて、たつみ二号の報道陣は恐る恐る艦を降り、露花の誘導に従ってボートがあるという裏手を目指す。なお、報道陣の人数は二十人くらい居た。

 その間に、ブルーとマゼンタは怪我人の対応に奔走する。二人は銃撃の流れ弾を受けた報道スタッフを担ぎ、上空でホバリングしているガーネットの真下に寝かせた。

 作業の途中で、負傷した肝司と井伊を介抱していた家須に、ブルーは露花に加勢して報道陣の避難誘導をするよう要求した。肝司に従順な彼だが、意外におとなしくブルーの指示に従った。そして足を負傷した井伊と肝司は、ブルーの手で他の怪我人と同様に並べられた。

「この人数でしたら、ガーネットの許容範囲内ですわね。ところで、怪我をされていない方々は多いようですが、本当に国防隊のボートだけで足りるでしょうか? サファイアにも乗って頂きますか?」

 マゼンタはブルーに訊ねたが、次の瞬間にはそんなことを言っていられなくなった。
 剛腕ゾウオが意識を取り戻しつつあるのか、伏せたまま体を捩じらせ、呻き始めたからだ。いち早くそれに気付いたのは、耳の良いブルーだ。

「いや、サファイアは無理だ。今すぐにでもここを出てくれ。もうすぐ、ゾウオが起きる。俺が奴を食い止めるから、お前は露花たちと一緒に被災者をここから逃がせ」

 ブルーはそう言って、剛腕ゾウオの方を振り返った。マゼンタも遅れて敵の覚醒に気付き、息を呑んだ。彼女の予想より、相手の目覚めは早かった。こうなったら、是か非でも非戦闘員を逃がさなければならない。

「解りました。すぐ戻りますので、くれぐれも無理はなさらず」

 ブルーとのやり取りの後、マゼンタはすぐガーネットに指示を送り、木漏れ日のような光を照射させた。これでマゼンタと怪我人たちは浮き上がり、ガーネットの中に収容されていく。その時、剛腕ゾウオは唸りながら立ち上がりつつあった。

「やってくれたな、地球のシャイン戦隊……。まだ俺は仕事の途中なんだ」

 まだ足元が覚束ないが、剛腕ゾウオはほぼ完全に意識を取り戻していた。

(ふらついている。これなら、一人でも食い止めるだけならできる!)

 相手が本調子ではないと見て、ブルーは戦うことにした。ソードモードのホウセキアタッカーを手に、剛腕ゾウオに向かって行く。

「やってくれたな…。お前を叩きのめして、苦痛をニクシム神に捧げてやる!」

 剛腕ゾウオは怒りを原動力に、ブルーを迎え撃つ。このゾウオを、報道陣が逃げた海堡の裏手には行かせない。この一心で、彼は剣を振るった。
 憎しみの拳と慈しみの斬撃が交錯し、気付けばこの場にはブルーと剛腕ゾウオしか残っていない状態になっていた。


 ブルーが剛腕ゾウオを足止めしている頃、露花と家須は、海堡の裏手で報道陣をボートに乗り込ませていた。

(北野、頼んだよ)

 もうブルーの姿は見えないが、露花は心の中で彼に声援を送り、報道陣を乗せたボートを発たせた。それに少し遅れて、家須もボートを発たせた。


 横酢香の国防隊基地では、シンゴウキングと剛腕カムゾンの激闘が続いていた。

 シンゴウキングの右腕に備わったヒスイのタイヤが回転すると、シンゴウキングの体が緑に輝き、超高速で剛腕カムゾンの周りを駆け回る。剛腕カムゾンはついて行けないのは勿論、目で追うことすらかなわない。

「翻弄からの……ショベルアーム!」

 剛腕カムゾンの後ろを取ったシンゴウキング。レッドの声に従って左腕に収納したショベルアームを伸ばし、相手の盆の窪を狙って打撃を敢行した。
    この時、レッドだけでなく三人とも、剛腕カムゾンはこの一撃を避けられないと思っていたが、それは大間違いだった。

「えっ!? 止められた!?」

 剛腕カムゾンは機敏に振り返り、ショベルアームの一撃を右手で掴んで封じた。いや、それだけではない。剛腕カムゾンはそのままシンゴウキングを引き回し、最終的には豪快に投げ飛ばした。
    シンゴウキングは宙を舞い、放物線を描きつつ地に落下した。地面のアスファルトは砕け、その下の土も派手に散る。

「こいつ、とんでもない馬鹿力だな……。ホウセキングじゃなきゃ無理か?」

 三人を代表してイエローが呟く。怪力自慢の憎悪獣に、軽量のシンゴウキングは不利だ。三人は気合を入れ直してシンゴウキングを立たせるが、その後も苦戦を強いられるのは必至だった。


 シンゴウキングが奮闘する一方、ガーネットは病院を目指して空を飛ぶ。機体の中には海堡で負傷した者たちが横たえており、マゼンタが救急箱のセットやヒーリングを使って彼らを治療していた。
 本来、彼女が位置する筈の半球が備えられた操縦席は空席で、ガーネットは自律飛行をしていた。

(ご自分で蒔いた種とはいえ、良い気分はしませんわね)

 マゼンタはふと、空間の片隅で横たえる二人に目をやった。その二人とは、最初に剛腕ゾウオの鉄球を頭に受けた男子アナと、息子を守ろうとして剛腕ゾウオに敗れた長割努江郎だ。駆けつけた時、この二人は既に死亡していた。取り敢えずガーネットに乗せたが、それは病院で死亡判定をして貰う為と言って差し支えない。

「パパぁ…。死んだら嫌だよぉぉぉ…」

 動かない父・努江郎に、右手と左足を包帯で厳重に巻かれた息子・肝司が泣きついていた。右足を包帯で厳重に巻かれた井伊成哉が、嘆く肝司に寄り添う。肝司は嫌いだが、こういう光景を見ると、マゼンタは気持ちは落ち込んだ。

(今は助けられる方を助けるしかありませんわね!)

 結果は残念だが、マゼンタは彼らの涙を気力に変えようと奮起していた。そんな中、唐突にマゼンタのブレスが光った。

まつり医科大学の附属病院に連絡がついた。怪我人を受け入れて貰えるぞ。国防隊の横須賀基地から内陸の方に5キロ行った場所にある。ヘリポートは無いみたいだが、空中からでも降ろせるから構わないよな?』

 ブレスからは、そう語る愛作の声が聞こえてきた。この知らせに、マゼンタは胸を撫で下ろす。それは治療を受けていた者たちも同じだ。

「病院に入れるんですね。俺たち、助かるんだ…」

 そう言ったのは、長割たちが撃った流れ弾を受けた報道陣の一人。手足や頭を包帯で巻かれた彼は、心底安心したような顔をしていた。

「俺たち、運が良いです。途中で銃撃を止めてくれた人が居て…。一瞬でも銃撃が止まったから、この程度で済んだんだって思います」

 彼は露花の行動に感謝していた。
    剛腕ゾウオの攻撃ではなく、肝司たちの銃撃の流れ弾で負傷した彼ら。あの時、露花が自分たちの身を案じ、一瞬だったが銃撃を止めさせた。そのお蔭で、食らった弾丸が減って延命に繋がったのだと、彼は思っていた。
 その言葉を聞き、マゼンタのメットの下で伊禰は表情を綻ばせた。

「そうですわね。一瞬でしたが、あれが大差になったのだと私も思います」

 伊禰は喜んでいた。報道陣の死者が増えなかったことと、そして露花が銃撃を止めようとしたことに。
    あの行動で伊禰は露花を見直した。彼女は人命救助の魂を捨てていなかったのだと。これがせめてもの救いだった。


次回へ続く!

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