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社員戦隊ホウセキ V/第85話;守る為。倒す為ではなく。

前回


 五月二十三日の日曜日、国防隊のよこ基地にて、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式が行われた。

 ここにゾウオが現れることはほぼ確実と見て、社員戦隊は横酢香へと発った。

 長割おさわりきもらを乗せたたつみ二号が横酢香基地を発ち、東京海堡に到着したところで、剛腕ゾウオが出現した。


『ゾウオが現れたぞ! 東京海堡だ! ゾウオはたつみ二号のプロペラが壊された。海堡には生中継のテレビスタッフも居る。社員戦隊、急行だ!』

 剛腕ゾウオが報道陣を襲う直前に、愛作は社員戦隊のブレスに通信を入れた。
    それまで彼らは、伊禰のスマホでブリッジからの生中継を見ていたが、視聴はこれで打ち止めになった。
   なおその直後、船全体に響く激しい音を不審がる女子アナの背中に、長割肝司が覆い被さるように抱き着く様が放送された。

「今すぐ宝世機で海堡まで行くぞ!」

 愛作からの通信を受けると、時雨がすぐにそう叫んだ。他の四人も言われる前からそのつもりだったが、そこでまた別の通信が入った。

『お待ちください。憎悪獣も現れました。只今、映像を送ります』

 通信はリヨモからだった。彼女は、鉄を叩くような音と耳鳴りのような音を鳴らしていた。そして数秒後、ブレスは映像を投影した。ヘリコプターや輸送機が立ち並ぶ場所で、巨大な二足歩行の亀が暴れている映像を。亀の額には、力こぶのような金細工が。剛腕カムゾンである。
 横酢香の国防隊基地で暴れているようだ。この映像を見て、堪らず一同は顔を歪めた。

「いつも通り、戦力分散作戦かよ……。畜生!」

 五人を代表するように、和都が苦々しく言う。しかし、対応策はちゃんとある。

「イエロー、グリーン、レッドはシンゴウキングでカムゾンに対応してくれ。海堡には俺とマゼンタが行く」

 まずは時雨が冷静に分担を決めた。そして、彼は更に続ける。

「幸い、ゾウオが出たのは海堡だから、海堡から人を逃がせばそれ以上の被害は出ない。だから俺たちは報道陣と国防隊を逃がし、その後でイエローたちに合流する。ホウセキングに合体して、まずは憎悪獣を倒す。ゾウオは後回しだ」

 人工離島に出たゾウオより、陸地に出た憎悪獣の方が危険という判断である。被害を広げないということを最優先にするなら妥当だろう。「了解」という四人の声が車内に響く。
 かくして、五人はキャンピングカーの中で変身。それから車外に出て、それぞれ宝世機の名を叫んで召還し、それに乗ってそれぞれの持ち場へ急行した。


 横酢香の国防隊基地は、たつみ二号を見送った後、少しまったりした雰囲気になっていたところを、巨大な怪物・剛腕カムゾンに襲撃される形になった。
 景色を砕いて現れた巨大な怪物によって人々はパニックに陥り、場は騒然となった。

「ガゴオォォォォッ!!」

 剛腕カムゾンは吼えながら暴れ回り、建物を壊して火災も発生させる。国防隊員や報道陣は逃げ惑う。逃げ惑う人の中に、琴名の姿もあった。

(やっぱり、前よりうんと強いのが送り込まれて来た! 長割さん、完全にハメられたよ!)

 そんなことを思いながら逃げていた琴名だが、ふと彼の耳にこんな声が聞こえた。

「絶対に見捨てないぞ。頑張れ、絶対に助かるからな!」

 悲鳴や倒壊音で騒々しい中、何故かその声は明確に琴名の耳に入った。琴名は思わず足を止め、その声の方に目をやった。するとそこには、こんな光景が広がっていた。

(少佐…。ちゃんと人を助けようとしてる…)

 陰で「長割が戦死すれば良い」と言っていた上官が、足を負傷した記者らしき人に肩を貸していた。自分の足が遅くなり、襲われかねないと言うのに。この様子を見ていたら、ふと琴名の脳裏に昨日の言葉が甦ってきた。

「ご自分の保身を優先されて、ドキュン将校の横暴を見て見ぬ振り。……ご自分が無事なら、他人のことは構わない。究極の自分勝手ですわね」

   

    昨日、伊禰から受けた痛烈な批判だった。この言葉は強烈で、ずっと頭から離れないのだ。その言葉と眼前の光景が、彼の中で結びついた。

「俺だって国防隊員だ! あんなこと言われたままで、堪るか!」

 そう言うと、琴名は上官に駆け寄った。

「少佐。その役、代わります! 代わりと言っては何ですが、車でもあれば乗って来て頂けませんか?」

 琴名はそう言って、半ば強引に肩を貸すのを交代した。上官は琴名の意思を理解し、「少し待ってろ」と言い残して走り去っていった。怪我をした記者は「すいません」と小さく呟き、そんな彼に琴名はこう言った。

「国防隊なら当然です。この国に生きる人を守る為に、我が隊はあるんです。敵と戦うのは、二の次です」

 これは彼の初心だった。横暴な上官とその取り巻きに囲まれ、ストレスの中で忘れかけていたものだ。ここに来て、彼はそれを思い出したのだ。

(俺は今まで間違ってた。もう、事なかれ主義は捨てる!)

 琴名は改心した。しかし現実は無情で、そんなことを考慮せずに襲い掛かって来る。

「ガゴオォォォォッ!!」

 剛腕カムゾンの腕の一撃が、一棟の建物を破壊した。二人が歩いていたすぐ隣に建っていた建物の。大きな瓦礫が何個も、高所から二人の頭を目掛けて降って来る。
 この瓦礫を避け切ることはできない。琴名も彼に肩を借りる者も、死を覚悟した。しかし、瓦礫は降って来なかった。

「あれ? どうしてだ?」

 瓦礫は彼らの周囲に何個も落下したが、彼らには当たらなかった。彼らは救われたようだ。

「琴名、来たぞ。早く逃げろ」

 聞き覚えのある声が一帯に響く。琴名は抱えていた頭を上げて、その声の主を見た。黄玉おうぎょくで造られたような豪華なショベルカーを。ショベルカーはアームを二人の頭上に伸ばし、彼らを瓦礫から守ったのだ。

「ピカピカ軍団だ…。来てくれたんだ!!」

 琴名に肩を借りる記者が、その姿を見て感嘆した。そして、琴名も同じことを思っていた。そして、二人を助けたのはトパーズだけではない。

「皆さん、早く逃げてくださーい」

 響いたのはレッドの声。少し離れた場所に構えたピジョンブラッドが梯子の先から放水し、これで基地に起きた火災を次々に消していく。

「放火犯はお仕置きしないとね!!」

 次に響いたのはグリーンの声。この声と共にヒスイが高速で走ってきて、すれ違いざまに剛腕カムゾンの軸足を払った。かくして剛腕カムゾンは、天を仰いで倒れ伏してしまった。

「今だ! ぎょくえい合体がったい!」

 剛腕カムゾンを伏せさせると、ピジョンブラッド、ヒスイ、トパーズの三機はすぐに合体。シンゴウキングとなった。


 救われた琴名と記者は、聳え立つ宝石の巨人に暫し目を奪われた。

「伊勢…。助かったぜ! 熱田君に神明選手も! 今度、何か奢らせろよな!」

 琴名はシンゴウキングの背に、そんな言葉を掛けた。


 その数秒後に、先の少佐がジープで駆けつけ、琴名と負傷した記者を乗せてこの場から離脱した。更にその数秒後に剛腕カムゾンは立ち上がり、シンゴウキングとの戦闘が始まった。


 一方、剛腕ゾウオが出現した海堡も大パニックになっていた。

「あれ、ドロドロ怪物ですよね! きゃあああああっ!!」

 たつみ二号のブリッジで女子アナが騒ぐ。
 彼女は窓から見てしまった。海堡で待っていた他局の報道陣に剛腕ゾウオが襲い掛かり、その鉄球の餌食となった男子アナが頭を潰される光景を。
 カメラマンはその様を撮影したものの、完全に竦んでいた。

「大丈夫。怯えないで、僕が守り切るから」

 そんな彼らを落ち着かせようとした…訳ではないだろう。長割肝司が女子アナの肩に手を回しつつ、耳元でそう囁いた。ところで女子アナは、窓の外の光景に気を取られていて、肝司の行動には全く頓着していなかった。なお、窓の外の壮絶な光景はこの人も目撃した。

「肝司! 何が起きているんだ!?」

 父の長割おさわり努江どえろうだ。彼は血相を変えてブリッジに駆け込んで来た瞬間に、剛腕ゾウオが男子アナの頭部を潰す様を目にしてしまった。
 努江郎は目が点になり、一瞬足元がふらついて倒れかけた。男子アナが殺される光景は、それくらい衝撃的だった。

「ここは危険だ。肝司、逃げよう。今すぐ転舵して、横酢香に戻るぞ」

 努江郎は倒れずに踏み止まると、すぐに部下でもある息子に回避の指示を出した。窓の外では、まだ残りの報道陣が剛腕ゾウオに襲われようとしているのに。
 そんな父の言葉に、息子は従わなかった。人命救助への熱い気持ちがそうさせた…訳ではないことは、言葉を発する前から明らかだった。

「プロペラをやられたみたいだから、もう逃げられないよ。だからパパ、今からあいつを倒してくる」

 肝司は誇らしげにそう言うと、露花の足元に座り込んで手を伸ばす。そこに置かれたアタッシュケースを取る為だ。肝司はそのアタッシュケースを開けて、中から自動小銃を取り出した。この光景に報道陣は勿論、努江郎も息を呑んだ。

「待て、危険なことは止めろ。国防隊はあの怪物に関与しないことになっている。お前が危険な目に遭わないよう、法整備を整えて貰ったんだぞ」

 努江郎は必死に肝司を止めようとしたが、当人は聞く耳は無い。

「セイヤ! ミチル! ツユちん! 僕に続け! あの怪物を倒すんだ!!」

 肝司が居丈高に叫ぶと、呼ばれた三人はそれに応じて、次々にアタッシュケースから自動小銃を取り出した。井伊いいせいいえみちるはノリノリで、露花は仕方なく。

 かくして四人は武器を持つと、将軍である努江郎の制止も聞かずにブリッジのドアを開けて船外に飛び出した。
    船内の報道陣は、この様子を撮影し続けていた。


「失敗したな。あれじゃ苦しむ間も無かった。次は死なない程度に加減しないとな」

 海堡では、剛腕ゾウオが鉄球を振り回しながら報道陣に迫る。男子アナを殺害され、カメラマンや照明たちはすっかり竦んでいたが、それでも撮影を続けていた。このままでは全員鉄球の餌食になってしまいそうだが、その展開には至らなかった。

「出たな、ドロドロ怪物! ぶっ倒してやる!!」

 勇ましい掛け声と共に、たつみ二号から肝司たち四人が降りて来た。自動小銃を手にして。
    その声に剛腕ゾウオは足を止め、彼らの方を振り返る。

「あいつ…。ゲジョーが見せた顔だな。あいつを傷めつけらればいいんだな」

 剛腕ゾウオは四人の中に肝司の顔を確認した。すると納得したように頷き、鉄球を振り回しながら彼らの方に歩いていく。

「行くぞ! 撃てぇぇぇぇぇっ!!」

 肝司が威勢よく号令を出すと、四人は一切に自動小銃の引き金を引いた。瞬時に一帯は銃声に覆われ、剛腕ゾウオは弾丸の嵐に襲われる。しかし……。

「国防隊による攻撃が始まりました! 機関銃の一斉射撃の前に怪物も……。えっ? 全く動じていません!? ああっ、大変です! 他局のスタッフが負傷しました」

 状況は、たつみ二号に残っている女子アナが報じた通り。剛腕ゾウオは嵐のような銃撃を正面から受けているが、先と変わらぬ速度で歩き続けている。通常兵器の銃弾では、剛腕ゾウオが誇る筋肉の鎧を貫けないようだ。

 いや、効いていないだけではない。
    流れ弾や跳弾が海堡で中継していた生き残りの報道陣の方に飛んでいき、一人が負傷した。彼らはゾウオだけでなく、流れ弾の恐怖にも晒されることになってしまった。

「くっそう…。みんな、もっと撃て!! 撃ちまくれば倒せる!!」

 剛腕ゾウオを倒して、礼賛される。肝司の頭の中はそれだけだ。
    自分たちの無謀な攻撃に怯える報道陣など肝司の眼中にある筈もなく、全く効かない愚かな銃撃を続けるのだった。


次回へ続く!


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