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社員戦隊ホウセキ V/第84話;恐怖の幕開け

前回


 虚栄心に駆られた長割おさわりきもを焚き付けて、ゾウオと戦わせて奈落の底に突き落とす。ゲジョーは時雨にそう言った。

 相手の真意も知らず、気分を高揚させる長割肝司。惨事を防ぐ為に出撃した社員戦隊。両者の間で心が揺れる、こと佳令よしのり柳生やぎゅうつゆはな

 思惑や感情が交錯する中、五月二十三日の日曜日、国防隊のよこ基地にて、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式が行われた。


 東京海堡に向かうたつみ二号の様子を、複数のテレビ局が生中継していた。

「基地から海に出ましたわね。舵を切っていらっしゃるのは、露花さんですわね」

 伊禰はスマホで、生中継を見ていた。カメラはブリッジに入っているらしく、まずは海を映した後、ブリッジ内の様子を映していた。その画面を、光里や十縷も覗き込む。

「うわ、長割肝司だ。何だよ、こいつ。偉そうに仕切りやがって」

「女子アナ、今は興奮して騒いでるけど……。長割にやられないといいな……」

 画面に長割が映ると、十縷も光里もいい反応はしなかった。

 ところでこの時、誰も気付いていなかった。キャンピングカーの上を、カメラを搭載した一台の黒いドローンが飛んでいたことに。


 ドローンはもう一台、海を突き進むたつみ二号の真上を飛んでいた。このドローンもカメラを搭載している。このドローンはメディアが撮影用に飛ばしている…ものではなかった。

 所は東京湾上の申島。定期便のフェリーを受け入れる船着き場の小さな待合室に、若い女性が一人だけ居た。
 白いブラウスと黒いロングプリーツスカートを纏った長髪の女性で、タブレット端末を操作している。この女性、耳には紫の宝石を備えたピアスが、首からは緑の宝石を備えたペンダントが、それぞれ輝いている。言うまでもなく、ゲジョーだ。

 タブレット端末の画面には、海上を突き進むたつみ二号と、駐車場で待ち呆ける白いキャンピングカーの映像がそれぞれ映し出されている。もうドローンがゲジョーの物で、ここで映像を受信しているのは確実だった。

「シャイン戦隊は近くに居るな。青の戦士は奴らの為に戦うのか…。愚かな奴だ。ザイガ将軍があれだけ説得されたのに…」

 キャンピングカーを確認すると、ゲジョーは溜息交じりにそう言った。それから彼女はスマホを出し、徐に架電を始めた。ニクシムの塒たる小惑星に。


 小惑星では、ニクシム神の祭壇にマダムとザイガとスケイリーが居る。ゲジョーが架電すると、紫の宝石を備えたマダムのティアラが独特の光を放ち出す。マダムはティアラを外し、ゲジョーからの通信に応じた。

『長割肝司は船で海に出ました。そして、シャイン戦隊は近くに来ています。映像は、鏡に送ります』

 ティアラからゲジョーの声が響き、それから祭壇の前に掲げられた銅鏡に映像が映し出される。海上を突き進むたつみ二号と、駐車場で待ち呆けるキャンピングカーの映像が。マダム、ザイガ、スケイリーはそれぞれこの映像を確認する。

「海の上なら逃げ場は無い。恐怖を与えるには充分だな。そして、青の戦士はなびかなかったということか…」

 ザイガが鈴のような音を立てつつ、単調に声を発する。音からは残念そうな感じはなく、やはりそこまで熱烈に時雨を勧誘したかった訳ではなかったようだ。

「青の戦士なんざ、どうでもいいだろ。それより、質の良い恐怖が得られそうだな」

 初めからスケイリーは時雨に興味が無い。そんな中、ニクシムは具体的な作戦を決めていく。

「シャイン戦隊が来ておるなら、剛腕ゾウオと剛腕カムゾンを同時に送り込むべきじゃな。奴らはすぐに駆け付けるから、二手に分散させねばならん」

 映像を食い入るように見ながら、マダムは呟いた。そして、ザイガもそれに続く。

「ゲジョーが聞き出した情報では船は人工の島に行くそうなので、島に着いた時に剛腕ゾウオと剛腕カムゾンを送り込みましょう。という訳でスケイリー、剛腕ゾウオを呼んで来て貰えるか?」

 下働きの指示にスケイリーは舌を打ったが、しぶしぶザイガに従って祭壇の部屋から一時離れた。

    それから数分で、スケイリーは一体のゾウオを連れて戻ってきた。

「やっと、この時が来たか! 待ちくたびれたぞ!!」

 そのゾウオは、額に力こぶを作る腕を模した金細工を付けており、筋骨逞しく大柄だ。体色は茶色で、胸と肩には褐色を帯びた緑色の装甲を付け、小手と脛は鮮やかな黄緑色の鱗で覆っている。
    このゾウオが剛腕ゾウオ。思えば先月、このゾウオはスケイリーや念力ゾウオと共に小惑星の表面で暴れていた者だ。

「待たせたな、剛腕ゾウオよ。其方の力、存分に見せつけるがよい!」

 マダムは細かい指示は全く出さず、すぐに正拳突きで虚空を叩き割った。例によって七色の光が渦巻く穴が開き、剛腕ゾウオはすぐさま威勢よくその穴に駆け込んでいった。剛腕ゾウオが駆け込むと、穴は初めから無かったかのように消失した。
    剛腕ゾウオを送り出すと、すぐさまマダムは次の動きに移る。

「剛腕カムゾンよ!! 其方も行くのじゃあっ!!」

 マダムが叫ぶと、ティアラの宝石が輝き、紫の光を一直線に長々と伸ばす。

 光は小惑星を抜け出してグラッシャまで届いた。極彩色の粘菌と、巨大な動物たちが巣くう独特な景色がガラスのように砕け散り、七色の光が渦巻く穴を開く。額に力こぶを作る腕を模した金細工を付けた、緑色の甲羅を持つ亀が、ゆっくりとこの穴の中に踏み込んでいった。

「剛腕ゾウオは出撃したがっていたが、今日まで長引かせたからな。苛立ちが溜まっているから、憎心力も高まっている。まあまあ、期待できるな」

 剛腕ゾウオと剛腕カムゾンが送り出されると、ザイガは小さく鈴のような音を立てながらそう呟いた。その横で、スケイリーは舌を打つ。

「あんな全身筋肉のバカじゃ、勝てねえだろ。まあ、あいつもニクシム神に供物を送るだけの捨て駒だから、どうでもいいか」

 出撃できない苛立ちが、スケイリーにそんな愚痴を叩かせる。そして勿論マダムは、この手の言葉を聞き逃さなかった。

「スケイリー、仲間は捨て駒ではない。そのような考えは捨てよ」

 マダムは金切り声ではなく、淡々と言い聞かせるように言った。スケイリーはまた舌を打ち、「すみません」と返した。
 その傍ら、ザイガは何の音も立てない。黒耀石のようなその顔は勿論変化する訳がなく、感情は全く見えなかった。


 ニクシムが剛腕ゾウオと剛腕カムゾンを出撃させたとも知らず、お披露目会は進行し、生中継は全国に放送される。

「見えてきました。東京海堡です。港に着岸するのではなく、このまま島の上に乗り上げるとのことですが……。ああっ!!」

 ブリッジで生中継する女子アナが、興奮気味に実況する。その時、たつみ二号は多数のテトラポットを備えた防波堤に差し掛かっていたが、全く減速する気配を見せない。このままだと衝突しそうだが、ここからがこの最新艦の性能の見せ所だ。

「えっ!? 何、浮いてるの!? きゃああああっ!!」

 女子アナが騒ぐ。その声に舵を切る露花は顔を歪め、指揮をする長割肝司はニヤける。

 何が起こっているのかは、別のテレビ局のスタッフがしっかり見ていた。彼らは先に海堡で待ち構えて、カメラを構えていた。その彼らの眼前でたつみ二号はテトラポットの寸前で高度を上げ、船底を防波堤より上にした。たつみ二号はその高度を維持し、防波堤の少し上の空中を滑りながら突き進み、広めの場所まで達したところで停止した。

「凄い! この大きな船が浮き上がって、陸の上に乗り上げました!! 凄い! これなら壊れた港でも上陸して乗り上げて、島の人を助けに行くことができます!!」

 海堡で待ち構えていた男子アナは、たつみ二号の凄さを熱く実況していた。


 男子アナの方の局が送る生中継は、愛作とリヨモが見ていた。ちゃぶ台に置かれた愛作のスマホが、その生中継を受信している。

「凄いPRだな…。まあ、軍事用じゃなくて救助用だから良いけど…」

 アナの騒ぎ方が激しく、愛作は却って興ざめしているようだった。それはリヨモも同じで、滅多に鳴らさない風のような音を立てていた。
    だが、その時だった。リヨモの音がいきなり鉄を叩くような音に変わった。と言うのも、愛作の指環が警告灯のように眩く光ったからだ。

「出たか!? 本当だ!!」

 愛作の指環が光った次の瞬間、彼のスマホは映した。たつみ二号の上で空がガラスのように砕け散り、中から大柄なゾウオが飛び出る光景を……。


「あれ、ドロドロ怪物か!?」

 海堡で待ち構えていたテレビスタッフは、奇しくもゾウオの出現を生中継することとなった。

 唐突に空を割って現れた剛腕ゾウオがたつみ二号の天板の上に飛び降り、天板を凹ませると共に船内に大きな音を響かせた。大部屋に居た努江郎と報道陣も、この音に異変を感じずにはいられず、響動どよめいた。

「ザイガ将軍は、島から出れなくしろとか言ってたな。なら、こいつを壊すか……」

 たつみ二号の上に立った剛腕ゾウオは、小さな島である東京海堡を見渡す。そして徐に振り返ると、いつの間にか手にしていた鎖付きの鉄球を振るった。豪快に振られた大きな鉄球は船体後部のプロペラに炸裂し、まず一基目を破壊。それから続け様に、二基目も破壊した。
    その音と振動は船内に伝わり、響動きは大きくなる。そして、その様を生で見ている海堡の報道陣は、怯えながらも生中継を続ける。

「何ということでしょう! 怪物が現れました! あろうことか、最新鋭のたつみ二号を破壊しています!!」

 スクープ映像を撮らずにはいられないという報道魂が彼らを突き動かすのだろうが、自分の身を守るという点では誤った行動だった。

「あいつらは…ゲジョーが見せた人間とは違うな。んだけど、適当に傷めつけて恐怖をニクシム神に捧げるか」

 男子アナの絶叫に反応した剛腕ゾウオはたつみ二号の上から飛び降り、そのまま彼らの方に歩いて迫る。その様に海堡の報道陣は怯えながらも、撮影を続ける。だから報道陣と剛腕ゾウオの距離はすぐに縮まった。

    剛腕ゾウオは報道陣の顔を注意深く眺めつつ、徐に鎖付きの鉄球を振るった。その鉄球は、最も前に居た男子アナを捉えた。
 男子アナは避ける暇もなく、鉄球を頭に食らった。その強烈な一撃は彼の顔を凹ませて、首を直角に折り曲げた。
    この光景に、音声やカメラのスタッフは堪らず絶叫する。


 皮肉にも、スタッフの絶叫と男子アナの頭が潰される様子が、全国放送で生中継されてしまった。


次回へ続く!

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