社員戦隊ホウセキ V/第83話;交錯する陰謀と不安
前回
五月二十二日の土曜日はいろいろなことがあった。
時雨がゲジョーとザイガからニクシムに誘われていたことを明かしたり、琴名佳令と女性隊員の柳生露花、二人の国防隊員が、長割肝司がニクシムに唆されていることを内部告発したり。
その中で様々な感情が交錯して、怒号も何度か飛んだ。
土曜日の夜のうちに、愛作は時雨のブレスに通信を入れた。伊禰から国防隊員との接見の報告を受けた直後だった。
『明日、朝の八時に神社の駐車場に集合。そのままキャンピングカーで横酢香まで行って、たつみ二号のお披露目会を見張っててくれ。俺と姫はいつも通り、神社で待機して情報を伝える。現場の指揮は北野に任せる。頼んだぞ』
ゴタゴタはあったが、愛作は時雨を作戦から外さなかった。
慌ただしかった土曜日はすぐに過ぎ、翌日の日曜日を迎えた。ゾウオが横酢香の国防隊基地を襲うと予告されたその日が。
朝七時五十分、寿得神社の駐車場に社員戦隊は五人とも集合した。
伊禰も和都も光里も十縷も、その顔に蟠りは無かった。
時雨だけが、少し申し訳なさそうだった。
「昨日は申し訳ない。伊禰から聞いていると思うが……」
一同が集まるや、時雨は釈明を始めようとしたが、それは伊禰に遮られた。
「その件は結構ですから。そんなことより、的確に任務を遂行することを考えましょう」
強めの声で言った伊禰は、明るい表情をしていた。和都と光里と十縷も同じだ。
「それから、任務中は色で呼びましょう。集合した時点で、任務は始まっていますわよ。ブルー隊長」
そして伊禰は悪戯っぽい顔をして、時雨の肩を裏拳で軽く突いた。しかし、時雨の表情はまだ硬い。だからか、ブレスに愛作からの通信が入った。
『北野。誰も何も気にしてない。だからお前も気にすんな。しっかり、自分のやるべきことをやって来い』
愛作に言われて、時雨は何か思い出したのだろうか? 一瞬だけ、噛み締めるような顔を見せた。それからすぐに眼差しを鋭くし、集まった四人の顔を見渡した。真剣さの中に、優しさを秘めた彼らの顔を。
「宝暦八年五月二十三日、午前七時五十二分。対ニクシム特殊部隊、出動!」
時雨が号令を掛け、四人が威勢よく「了解」と返す。そして五人は白いキャンピングカーに乗り込み、横酢香を目指して発った。
社員戦隊側にとって激動の一日となった土曜日、国防隊側はたつみ二号のお披露目会の準備で大忙しだった。その最中、こんな愚痴を漏らしている者たちも居た。
「長割大尉のバカな出撃のせいで、スケジュールが乱れたよ。いい気なモンだな、あのお坊ちゃまは。ご両親にお叱り頂いたが、あれじゃ聞かんな」
「だけど、この調子でドロドロ怪物に喧嘩売って、戦死でもしてくれたら都合が良いわな。お坊ちゃまが居なかったら、北野があのポジションだった訳で。お坊ちゃまが戦死してくれたら、新杜宝飾のピカピカ軍団をそのまま取り込みたいな。噂によると、北野もあれの一人らしいし」
彼らは横酢香基地における長割の上官に当たる立場の者だ。正直、彼らも長割の横暴にウンザリで、金曜日の勝手な出撃にも否定的だった。しかし彼の両親が権力を持っているので、なかなか物を申せない。陰口を叩くくらいしかできなかった。
ところで、金曜日の夜に九本木ヌーンに出撃した長割たちは、それなりの𠮟責を受けた。露花や琴名たち四人は、この二人の上官に。そして、長割だけは彼の両親に。
二人は上官と言うよりは両親として、長割肝司を叱った。いや、これで叱ったと言えるのだろうか? 両親の説教を、肝司はふくれっ面で聞いていた。
(親は僕の強さを認めてない。僕が鮮やかにドロドロ怪物を倒したのに、誉めてくれない。だけど、認めさせてやる! 次もドロドロ怪物を倒して、僕がシグたんより強いって。クシミちゃんにアナタクダにも投稿して貰って、世間にも見せつけてやる!)
土曜日、横酢香基地の談話室で、長割は明日のイベントの準備をサボっていた。彼は両親に言われたことを思い返し、むくれると同時に燃えていた。
「ついに明日ですね。腕が鳴ります。明日もドロドロ怪物を倒して、テレビで長割班の強さを知らしめましょう!」
長割にそう言ったのは、金曜日にウラームを窓から落とした隊員。その名は井伊成哉という。
そしてもう一人、長割と共に突入したが、今一つ見せ場の無かった隊員も長割を励ます。
「明日の式典にはお父様もいらっしゃいますから。良い所を見せつけて、お考えを改めて貰いましょう!」
彼の名は家須満。戦闘では今一つだったが、長割を煽てるのは上手い。長割は自ずとニヤけた。
「そうだよね。折角、クシミちゃんがくれたチャンスなんだ。パパには僕の強さを知って貰わないとね」
井伊と家須に乗せられ、長割は燃える。それは自滅への猛進とも知らずに……。
五月二十三日の日曜日、午前九時四十分頃に社員戦隊を乗せた白いキャンピングカーは横酢香の国防隊基地付近に到着した。
新型ホバー艇のお披露目会と言っても、基地に入れるのは入構許可証を貰った報道関係者のみ。社員戦隊の一行が中に入れないことは初めから明らかだったので、彼らは基地付近の駐車場に入った。
駐車した後、一同はキャンピングカーの居室に集った。
「琴名の話だと、お披露目会は十時から。もう二十分後ですね。たつみ二号は横酢香基地を出て、東京湾の海堡まで行くみたいです」
まず和都がイベントの内容について話す。それを受けて、十縷が進言した。
「そのルートなら、たつみ二号って申島の近く通過しますよね。二手に別れて、一方のグループが申島で張っとくのもアリですか?」
申島というのは東京湾上の無人島だ。横酢香から定期便のフェリーが出ていて、このフェリーに乗れば十分程度で着ける。たつみ二号が洋上で襲撃される可能性もあるので、見当違いな案ではないだろう。
「アリかもな。だが申島にはどう行く? 定期便の時間が合えば良いが、そうでなかったら厄介だぞ。サファイアに乗っていけば時間を気にせず行けるが、ニクシムが出る前から宝世機を出したら、騒ぎは免れられないだろうな」
十縷の案を受けて、時雨は即答レベルでそう返した。これは納得できる内容で、伊禰たちは勿論、発案者の十縷すら頷いてしまった。
かくして、一行はキャンピングカーに留まることとなった。
『まだ何も送れませんが、愛作さんのイマージュエルが反応したら、すぐに映像を送れますし、場所も特定できますので。お待ちください』
ブレスの向こうから、リヨモがそう告げた。
かくして社員戦隊の五人はキャンピングカーの中で、リヨモと愛作は寿得神社の離れで、動けずに緊迫した退屈な時間を過ごすのだった。
異変の兆しが見えることもなく、時計の針は十時を回った。
かくして、たつみ二号のメディア向けお披露目会は始まる。基地の格納庫にテレビスタッフや新聞記者が集い、そこに控える大きなホバー艇・たつみ二号を撮影する。たつみ二号の前では、勲章だらけの制服に身を包んだ将軍・長割努江郎がインタビューに応じていた。
「本艦は離島での被災や、大型船舶の事故の救助を主たる目的として建造されました。地震などで港が全壊していても、ホバークラフトでの揚陸が可能です。また……」
厳格そうな顔をした長割父は、たつみ二号について熱く語っていた。その後ろには、息子の肝司他、井伊成哉、家須満、そして柳生露花が並ぶ。父が演説している最中、長割肝司は隣の井伊にふと耳打ちした。
「アサルトライフル、ちゃんと四丁用意してるよな? 何処に入れた?」
この問に、井伊は「操舵席の足元です」と囁き声で答えた。長割肝司はほくそ笑む。
(早く出て来い、ドロドロ怪物。僕が華麗に倒してやる。僕の強さは全国に知れ亘って、パパの前だから誉めても貰えて……。最高だよ!)
愚かな希望を抱く長割肝司は、防弾チョッキを着て腰には小機関銃を装備している。井伊たち三人も同様だ。救助艇のお披露目会なのに、まるで戦闘艇にでも乗り込むような格好だ。初め、この格好について父の努江郎にも指摘されたが、肝司は『雰囲気作り』の一言で誤魔化し、甘い父は言及しなかった。尤も、本当の理由は雰囲気作りではないが。
長割父が暫く喋った後、報道陣はたつみ二号の中に招かれた。中は巨大な倉庫のようで、とにかく広い。
「この部屋には車輛を任意に搭載できます。また、救援物資を載せて離島に運ぶことも想定しております。被災者を乗せることも想定しており、二百人は入れます。大きな窓は、閉塞感を軽減するための対策でありまして……」
その広い部屋の中で、長割父は説明を続けた。
その一方で長割肝司たち四人はたつみ二号のブリッジに乗り込み、出発の準備を整えていた。
「良いね、セイヤ。ちゃんとアサルトライフルだけじゃなくて、弾丸も充分だね」
操舵席の足元には、四つの深緑色の大きなアタッシュケースが置かれている。長割肝司はこの一つを開け、中を確認してニヤつく。誉められた井伊は、誇らしげに頷いた。
「丸出しだと、報道陣に見られたら面倒ですからね。箱に入れておきましたよ」
井伊は気が利くのだが、方向性を間違えている。こんなやり取りを受けて、操舵席に座る露花は溜息を吐いた。
(何なの、こいつら? 嬉しそうに……。報道の人たちが怪物にやられたらとか……、考える訳ないか……)
露花は憂鬱な気持ちになり、それが表情にも出る。そんな彼女の足元で、長割肝司はしゃがんで自動小銃を見ている。彼はふと顔を上げ、露花の表情を確認した。すると、何を思ってか徐に彼女の下脚部を摩り始めた。
「ツユちんも頼むよ。金曜みたいに、カッコよく決めてよね」
露花の脚を触りながら、長割肝司はそう言った。厚手の長ズボン越しとは言え痴漢行為を受けている露花だが、慣れているのか完全に受け流していた。
暫く長割肝司は露花の脚を摩っていたが、やがて井伊が止めるよう促した。と言うのも、その数秒後に報道関係者がブリッジに入ってきたからだ。どうやら井伊は長割肝司の痴漢行為を止める気は無いが、見られたら厄介とは思っているらしい。
そしてブリッジに訪れた報道関係者には、今日も相変わらず影の薄い家須が対応した。
「では皆さん。予定通りこれよりたつみ二号は出航し、東京海堡へと参ります」
一緒にブリッジまで来ていた父の努江郎が勇ましく宣言した。
父の言葉を受けて、息子の肝司が指示を出す。露花たちは指示に従い、操舵室の機械を操作し始めた。
彼らの操作でたつみ二号はスカートから豪快に排気をし、船体を浮き上がらせる。そして船体後部の二基のプロペラも稼働し、いざ進み出した。たつみ二号はそのまま滑らかに格納庫を出て、基地の敷地を滑るように進み、海上へと躍り出た。
「肝司、しっかり頼むぞ」
父の努江郎は息子の肝司にそう告げると、自身は報道関係者数名と共に大部屋へと戻っていった。
なお、努江郎は女性の関係者の腰に、ちゃんと手を回していた。
船の外では、出動したたつみ二号に歓声が沸く。船に乗っていない報道関係者はその様子を必死に撮影し、同じく船に乗っていない国防隊隊員は敬礼して艦を見送る。
その隊員の中には琴名の姿もあったが、彼の表情は他の隊員と違って沈んでいた。
(悪いことにならなければ良いが……。伊勢たちに頼みはしたが、俺も自分にできることはやらないとな……)
昨日、伊禰に言われたことを琴名はそれなりに気にしていた。しかし、自分に何ができるのか? それは解らない。琴名は悩んでいた。
次回へ続く!
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