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社員戦隊ホウセキ V/第82話;影響を与えた一言

前回



 五月二十二日の土曜日、午後六時頃、とある料亭にて、こと佳令よしのりと女性隊員の柳生やぎゅうつや、二人の国防隊員が、社員戦隊に告発した。

 長割おさわりきもがゲジョーに操られていることを。そして、次は翌日の日曜日にゾウオが出現することを。

 しかし伊禰はそんな彼らを叱責した。

 国防大学校では長割肝司を批判した時雨を擁護しなかったのに、自分たちの生命が危うくなった時だけ行動を起こすのはどうなのか? 自分の保身しか考えていないのか?

 伊禰に圧倒され、二人は自分たちの行いを悔いたようだった。

    そのうち料理が運ばれて来たが、場が盛り上がる訳がなく、無言の時がひたすら流れていた。


 食事を終えた後、十縷たちは琴名と露花と別れて帰路に就いたが、この帰路も陰鬱としていた。

 そんな道中、ふと和都がこんなことを言い出した。

「さっきの姐さん、正直怖かったんですけど……。でも、安心しました。あんだけ怒ったってことは、隊長のこと気に掛けてたんですよね? そこは良かったです」

 和都が切り出した話題は、先程の伊禰についてだった。言われた伊禰の方は和都に横目をやり、不機嫌そうな表情のまま喋り始めた。

「時雨君には国防隊で活躍して欲しかったですわね。人を助けたいというお気持ちは、かなり強いようですから。尤も、申し上げても仕方ありませんが……」

 まずは本心を語った伊禰。これを聞いて、和都だけでなく十縷や光里も安堵する。しかし、今日の伊禰は何処までも毒舌だった。

「それにしても、時雨君は馬鹿です。学生時代は長割に抱き着かれた露花さんへの同情心に流され、結果的に己の未来を潰し……。昨日はザイガの口車に乗り、仲間が長割の為に死んだら嫌だから、自分一人で戦うなどという愚かな考えに至り、今度は自分の命まで捨てようとし……。彼は本当に流され易く浅はかで、他人を優先して自分は損ばかり……。本当に愚か者ですわよ、あの方は」

 と、この場に居ない時雨を徹底的に批判する。これを聞くと、また和都たち三人は表情が曇ってしまう。

「そんなこと、言わないでください。そこが隊長の良さじゃないですか? 確かに浅はかかもしれないし、思ったより冷静じゃないみたいですけど……。でも、隊長の誠意は否定しないでください」

 そして、光里が伊禰の発言を否定した。少し悲しみを含んだ光里の目を見ると、伊禰は少し態度が変わった。

「ごめんなさい。私、変ですわね……。流石に叩き過ぎです……」

 ここに来て伊禰は己の発言を冷静に振り返り、少々反省した。しかし、ここで伊禰に畳み掛ける者は居なかった。

「でも仕方ないですよ。隊長みたいな本気の人が追い出されて、長割肝司みたいなクズが威張ってるんですから。普通の感覚があったら、腹立ちますって」

 和都と伊禰は二人でバランスを取っているのだろうか? 何故か今日は和都がやたらと優しかった。そしてやはり、【時雨が哀れ】という方向に話は向きそうになるが……。ここに来て十縷が意外な発言をした。

「でも……。隊長が国防隊に入ってたら、隊長はホウセキブルーにならなかったし、社員戦隊の隊長は別の人がなってたんですよね。言葉は悪いかもしれませんけど、社員戦隊の隊長は北野隊長じゃなきゃ、僕は絶対に嫌ですよ」

 十縷の発言は、伊禰たちのものと少し毛色が違った。内容が気になり、三人とも十縷の話に聞き入った。

「僕が初めて変身した時、隊長が光里ちゃんに言ってたじゃないですか。『姫の気持ちを考えろ。お前が居なくなったら、姫はどうなるんだ?』って。僕、あの言葉で魂が震えたんですよね……。この人になら絶対について行けるって、本気で思いました。敵を倒すとか怪我人を助けるとかだけじゃなく、仲間の心まで救いたいと思ってますよね。北野隊長は。あそこまでの人、そうそうはいませんよ。僕、北野隊長に会えて、本当に良かったと思ってます」

 もう二ヶ月前になろうかという話を、十縷はしみじみと振り返った。それを聞いて、伊禰も和都も光里も当時を思い出し、改めて痛感させられた。

(私もあの言葉は憶えていますが……。あの方、他者への思いやりは強いのですわよね。その結果、自分が損をすることもあるけれども……)

 伊禰は心の中で呟き、実感した。光里に向けた言葉も、過去に長割を批判したことも、明日は独力で戦うと血迷ったことも、全て原点は他者への思いやりなのだと。
   そして思った。そんな時雨こそ、この隊の長に相応しいのだろうと。
    和都と光里も同じことを思っていた。

「だから僕たちも隊長に『僕たちと会えてが良かった』って思って貰えるように、頑張らなきゃいけないんじゃないのかな? 今の状況は隊長の希望と違うけど、それでもそう思って貰えたら、結果オーライになる気がするんです」

 これで十縷は言葉を締め括った。陰鬱だった雰囲気は、気付けば清々しいものに変わっていた。

「ジュール君の仰る通りですわね」

 伊禰はそう言った。今の表情を隠すように、後ろを歩く十縷の方を振り返らずに。

「何だよ、ジュールのくせに。良いこと言いやがって。成長してんじゃねえぞ!」

 和都はそう言いつつ十縷の左側に行き、その背を叩いた。十縷は嬉しかったのか、表情がかなり綻ぶ。

「ホントだよ。ジュールのくせに、良いこと言って。それ、私が言うことなのに、何で取っちゃうの?」

 光里は十縷の右側で、彼の脇腹を軽く肘で突く。その表情は朗らかだ。十縷の言葉は、本当に一同を和ませたようだ。

「でも、今のジュールじゃあ『会えて良かった』とは思って貰えないかな~。エモいから。まずはエモいのを直さないとね」

 光里はそんな言葉を付け加えた。「ここで落とす?」と驚く十縷。和都と伊禰は爆笑する。何はともあれ、本当にこの場は和んだのであった。


 ところで、光里は十縷に対して「私が言うことなのに、何で取っちゃうの?」と言ったが、これはどういう意味なのか?

 その答は、リヨモが知っていた。

 これは十縷たちが琴名たちと接見する前の話である。寿得神社での報告会が終わり、離れには時雨と愛作とリヨモの三名が残っていた。

「祐徳の言葉はキツかったが、自分を責め過ぎるな。確かに、一人で戦うつもりだったのは馬鹿だが、それは仲間を思った結果だから。俺は悪いこととは思わん」

 伊禰に叩きのめされて落胆していた時雨に、愛作が優しく言葉を掛けた。リヨモも「その通りです」と続く。しかし時雨の気持ちは余り変わらない。

「いえ。本当に考えが至らず、未熟でした。感情に流され、それを敵に利用され……。伊禰に言われなければ、相手の術中に嵌っていたところです」

 正座をして俯いたまま、時雨は明瞭な声でそう言った。真面目な彼は周囲の言葉には甘えず、己の至らない点を自ら指摘し、そして自らを戒めようとする。

「少し頭を冷やしてきますので。失礼致します」

 時雨は愛作とリヨモに一礼すると、そのまま立ち上がって離れから出て行った。愛作とリヨモは呼び止めようと思ったが、声は出せなかった。

「伊勢も神明も北野も……。自分に厳しいよな。だからイマージュエルに選ばれたんだろうが……。しかし、大丈夫だろうか?」

 愛作は部下たちの精神性に感服すると同時に、少し心配していた。こんな調子で精神が持つのだろうかと。しかし、どう対応するべきか明快な答が自分の中で出ず、行動できない。するとその隣で、リヨモが徐に立ち上がった。

「時雨さんは立派な隊長です。愚かではありません。ご本人に、それを理解して頂かなければいけません」

 耳鳴りのような音と鈴のような音を同時に立てるリヨモは、誰に言うでもなくそんなことを口走ると、いつの間にか手にしていた布で頭を覆い、土間の方へと進み始めた。愛作が思わず「どちらへ行かれるのですか?」と訊ねると、一度だけ彼の方を振り返って答えた。

「時雨さんに伝えるのです。光里ちゃんのお言葉を」

 そう言って、リヨモは離れの外に出た。
    かくして一人になった愛作。リヨモが何を思ったのかは解らなかったが、ついて行かない方が良い気がして、この場に残った。

(ここは見守るか。あいつらなら、上手くまとまるだろう)

 と、心の中で部下たちとリヨモを信じることにした。


 離れを発った時雨は、訓練に使っている杜の空き地で木刀の素振りをやっていた。
 取り敢えず、今は無心になろうとしていのだ。

    時雨が素振りを始めてから数分後、彼の少し後に離れを出たリヨモがようやくこの場に辿り着いた。

「時雨さん、こちらにいらしたのですね。探しました」

 時雨を見つけると、リヨモは彼まであと十歩くらいの位置まで駆け寄った。リヨモが来たことに気付くと時雨は素振りを止め、彼女の方を振り向いた。

「姫……。余計なお気を遣わせてしまい、申し訳ありません。私の為に……」

「もう謝るのはお止めください。時雨さんは何も悪くありません。それと、仲間のことを思うのは当然で、謝ったり感謝されたりするようなことではありません」

 時雨が謝罪の弁を述べ始めると、リヨモはそれを遮って持論を展開した。かなりの声量で。その言葉は音の羅列でしかないが、何故だろう? 感情がしっかり籠っていたように、時雨の耳には聞こえた。
   時雨はリヨモの言葉を、単なる慰めとは受け取らなかった。何か新たなことに気付かされたような、独特な感情が湧いてきた。
   そんな雰囲気の中、リヨモは語った。熱い心の籠った単調な喋り方で。

「これは必ずお伝えしようと思っておりましたことです。時雨さんは立派な隊長です。その証拠に、隊員たちに慕われています」

 何を根拠にリヨモはそんなことを言っているのか? 話は昨晩に遡った。

 昨夜、時雨と長割の過去について説明された後、光里とリヨモは寿得神社に残って語り合った。

「私さ、自分には『何かになりたい』っていう夢が無かったからさ。隊長みたいに、目指してたものになれなかった人の気持ち、あんまり解らないんだよね」

 光里の発言に、リヨモは何も返せない。暫しその場は沈黙に包まれたが、決して会話は終わっていなかった。

「だけどさ……。私、あの人が隊長で本当に良かったと思ってる。隊長の夢が叶ってたら、隊長はあの人じゃない訳じゃん。だからさ、複雑なんだよね。大きい声で、これで良かったって言っていいのかどうか」

 話がこんな方向に行くとは予想していなかったリヨモ。驚いて、鉄を叩くような音を鳴らした。
   ところで、光里はどうして時雨が隊長で良かったと思っているのか? それはやはり、あの言葉だった。

「スケイリーが出た時さ。隊長、私がスケイリーに組み付いたこと、𠮟ったじゃん。『お前が死んだら、姫はどうなるんだ?』って。あれさ、突き刺さったんだよね。なんか、改めて気付かされたって言うか……」

 十縷の魂も震わせたあの言葉だ。
 勿論、光里はリヨモとの交流を通じて、個人の死が残された者に与える影響を実感していた。解りきったことを言われたのだが、改めて思い出させられた。
 時雨の言葉は後の光里の行動に大きな影響を与えた。それが形を得たのはスケイリーが現れた二日後、三体の巨獣が現れた日。十縷に告げた言葉に、光里はこの精神を込めたのだった。

   

「あの時、ジュールさんがお一人で宝世機に乗って出撃されて、後で光里ちゃんがジュールさんに仰いましたよね。『ジュールさんが亡くなっていたら、皆がどう思うのか考えていらしたのか』と。あれは、光里ちゃんが時雨さんのお言葉に感銘を受けられたから、あのようなお言葉になったのですと、光里ちゃんは話されていました」

 リヨモの話は長かったが、時雨は長く感じなかった。言いたいことも全て伝わった。時雨は眼差しをリヨモと突き合わせ、それを確かに受け取った。

「そうでしたか……。お知らせ頂き、ありがとうございます」

 時雨はそう言って、リヨモに一礼した。そしてリヨモは更に時雨を励ます。

「ですから自信を持ってください。貴方は立派な隊長です」

 リヨモにそう言われて、時雨の表情はかなり和らいだ。時雨は頭を上げて、素振りを再開した。
    リヨモは静かに、その様子を見守った。


次回へ続く!

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