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社員戦隊ホウセキ V/第81話;動機は保身?

前回


 長割おさわりきも率いる数名の国防隊員が、戦場に乱入した。

 この件に関して、五月二十二日の土曜日、午後六時頃、時雨を除く社員戦隊四人は、乱入した隊員二人と接見した。
    和都の友人・こと佳令よしのりと、女性隊員の柳生やぎゅうつやの二名だ。

 琴名が和都が社員戦隊の一人と知り、連絡したのが切欠だった。

 とある料亭で開かれたこの会合にて、長割肝司がゲジョーに焚きつけられて強行出動に及び、次は翌日の日曜日にゾウオが出現することも聞いた。

 琴名は今度こそ死者が出ることを危惧しており、露花と共に社員戦隊に助けを求めた。


「ご要望は解りました。一先ず、お顔をお上げください」

 伊禰に言われて、二人は静かに頭を上げた。すると伊禰は語り始めた。

「琴名さん、でしたっけ? 貴方の仰る通り、昨日の長割肝司の言動、それから国防隊の皆様の戦い方には、猛烈に気分を害しております。しかしそれで助けない、と言う理由にはなりません。まして、助けを求める方を突っ撥ねるようなことは、致しません。ですから、この点はご安心ください」

 伊禰の言葉を受け、露花は余り表情を変えなかったが、琴名の方は明らかに表情が明るくなった。そして伊禰は「絶対助ける」というような発言をしたが、他の者の同意を得た訳ではないので、言い終わった後に「で、良いですわよね?」と確認を取っていた。
 尤も、誰も異論を唱えなかったが。
 それはそうと、ここから少し話題が逸れ始めた。

「ところで熱田君だっけ? 先に言っとくけど、気を付けといてよ」

 琴名は思い出したように、十縷に告げた。しかし十縷は意味が解らず、首を傾げる。だから琴名はちゃんと説明した。

「長割さんが君にキレてるんだ。神明選手を使って、美人局つつもたせされたって。100 %逆恨みなんだけどね。でも、あの人的には正当な怒りで……。君、本気で撃たれるかもしれないから、気を付けてね。俺たちも、なるべく止めようと思ってるけど」

 一同は理解した。昨夜、競技着姿の光里に欲情し、彼女の股間を触ろうとした長割を十縷が制止した件で、長割が怒っているのだと。勿論、この逆恨みに反感を抱かない者はいない。

「美人局って何だよ? どうして、そんな話になるんですか?」

 十縷がすぐにそう返し、その疑問には琴名ではなく露花が答えた。

「ヘソ出しブルマで誘われて、陥れられた? とか言ってたかな? あいつ的には、自分は神明さんと意気投合したことになってんのよ。都合よく解釈…いや、歪曲するからね」

 露花の語り口からは、「もう長割にはウンザリ」という雰囲気が充分すぎるほど籠っていた。この話を聞いて、次は光里が怒りを露わにする。

「誘ってないし、意気投合もしてませんから! それから競技着だったのは、短距離の練習を途中で切り上げて来たからで……。本当に何なんですか、あの人!」

 こんな調子で長割の話で場は盛り上がったが、ここで一つツッコミが入った。

「長割肝司が光里ちゃんとジュール君に嵌められたと思っているのは良いのですが……。貴方がたはそれに対して何も仰らないのですか? 光里ちゃんにしたことは明確な痴漢ですとか、それにジュール君が怒ったのは当然ですとか」

 今日の伊禰は機嫌が悪いのだろうか? 相手の痛い所に、鋭く切り込んできた。和都も十縷も光里も、目を丸くしてしまう程に。琴名と露花はこの問に答えられず、言い辛そうに俯いて何も答えない。すると、伊禰は更に突っ込んできた。

「長割肝司が逆恨みの末に、銃撃する危険性があることを伝えただけで、行為自体を止めようとなさらないのは如何なのでしょう? ご自分たちは、『死ぬかもしれないから助けて』と、私たちに要求されていらっしゃるのに」

 密告が一転、責められる形になってしまった琴名と露花。伊禰の言葉に何か気付かされたのか、二人とも驚いたように目を大きく見開いた。

「教えてくれただけでも、充分じゃないですか。そんなこと言わなくても……」

 光里は琴名たちに弁護的だった。しかし、そんな光里の言葉を遮るように語ったのは、意外にも琴名だった。

「良いんです。この人の言っていること、正しいですから。思えば僕ら、長割さんの我儘に振り回されてる自分たちが可哀想としか考えていなかったです。でも今、初めて気付きました。他人のことを考えてなくて、身勝手な要求をしてたって……」

 琴名は素直で、伊禰の発言を理解してすぐに頭を下げた。普段の伊禰ならこれで許しそうだが、今日は何かが違った。光里たちが「謝らなくていい」などと言って宥めようとしていたところに、伊禰は追撃を加えた。

「ご自分の保身を優先されて、ドキュン将校の横暴を見て見ぬ振り。事なかれ主義……では済みませんわね。昨日、貴方がたの滅茶苦茶な戦い方で怪我をされた方もいらっしゃいます。ご自分が無事なら、他人のことは構わない。究極の自分勝手ですわね」

 伊禰は多重人格なのだろうか? と思えてしまうくらい、今日は毒舌だった。琴名は俯いたまま涙を堪える。露花は激しく歯軋りをして、眉間に皺を寄せる。そろそろ、伊禰が二人を虐めているようにも見えてきた。

「姐さん、そこまで言わなくても良いじゃないですか? こいつらだって、立場的に逆らえないんでしょうから。流石に酷いですよ」

「僕もそう思います。悪いのは長割肝司だけで、この人たちは犠牲者ですよ」

 和都と十縷が順にそう言ったが、これで伊禰はむしろ熱くなった。

「逆らえなかったのかもしれませんが、この方々は国防隊の隊員です! 国民を守ることが仕事なのです。それなのに周囲のことを全く意に介さず、ご自分の保身しか考えない。これは許し難いです!」

 伊禰の声は決して大きくはなかったが、部屋を揺るがすような声量に感じられた。それくらい、伊禰の言葉は強烈で、この部屋に居た全員が竦んでしまった。

 その為、十秒ほど部屋は沈黙に包まれた。この静寂の中、伊禰は静かに問い掛けた。

「柳生露花さん、でしたっけ? 薙刀と居合で実績を挙げられているようですが、お間違えないでしょうか?」

 伊禰は標的を露花に絞った。問われた露花は驚いた様子だったが、すぐに「はい」と返した。すると、伊禰は語る。

「すみませんね。ウチの社長の新杜から北野の過去を聞きまして、柳生露花という人物が気になったので調べさせて頂きましたの。気を悪くなさらないでください」

 この言葉に、十縷たちは首を傾げた。昨日の話で、柳生露花という人物は出て来なかった筈。どういうことなのかは、次の言葉で明らかになった。

「新杜は申しておりました。北野が国防大に居た頃、長割肝司が薙刀の大会で優勝した女子学生に密室で抱き着いたと。そして、それを北野が救ったと」

 ここまでの言葉で、十縷たちは理解した。この人が長割に抱き着かれた女性なのかと。伊禰は何らかの手段で、その人物の名前を調べたそうだ。それが判ると十縷たちは露花に哀れみの視線を送ったが、伊禰は違った。

「最初は長割の行為を嫌がっていらしたのに、嘘の証言をされたのは何故ですか? 『自分から長割を部屋に呼んだ』『自分と長割は、もともと気軽に肩などを触れ合う仲だった』などと。ご自分の保身の為ですか? 北野は自分の身も顧みず、貴方を守ろうとされたのに。貴方が嘘の証言をされていなければ、北野が国防隊に残って、長割肝司が受けるべき罰を受けていたかもしれませんのよ」

 これが伊禰の怒っている主な理由だった。先刻は時雨に厳しく当たったが、不当な目に遭った彼を哀れみ、そんな目に遭わせた者に少なからず怒りを抱いていた。

 先は伊禰の厳しい言葉を批判した和都と十縷と光里も、ここまで聞いたら伊禰の真意が解り、何も言えなかった。

 言われっ放しの露花は、自責の念と悔しさから目に涙が浮かんできた。

「同じ立場になってみてよ……。あんた、自分がどんな仕打ちに遭うか解らないって状況になっても、そうやって正論ぶちかませるの? 考えられないのかもね。新杜の上はマトモで、あんたは自分の正義を貫けるんだろうから。でも国防隊の上はクズで、私は自分の正義を貫けなかった。琴名君も……。貫こうとした北野は追い出された。そういう話だよ。あいつはバカだったんだよ」

 この言葉に露花は込めた。伊禰が調べきれなかった、事件の背景にあったことを。詳細は語らなかったが。琴名はそれを知っているのか、大泣きしそうになっていた。

「それで私は最低女だよ。自分の保身を優先して、恩を仇で返した……。こんな奴なんか、見捨てれば良いよ。あんただって、嫌でしょう?」

 露花は伊禰と目を合わせつつ、そう言った。しかし、伊禰は首を横に振った。

「好き嫌いで使命を見失う程、愚かではありません。先も申し上げました通り、ニクシムからの攻撃から必ず貴方たちを守ります。長割肝司も。しかし……貴方たちには、いろいろと理解して頂きたかったので。言わせて頂きました」

 伊禰のこの言葉で、会話は一時的に途絶えた。その瞬間を待っていたかのように、給仕を務める和装の女性が注文を取る為に部屋に入ってきた。彼らは適当に注文し、いろいろとそれなりに豪華な食事が来たが、全く会話が弾むことは無かった。


 ところで十縷たちは気付かなかった。と言うか、そこまで気にする余裕が無かった。注文を取りに来た女性店員が、自分たちの知っている人物だったことに。

(美人な子だな……。あれ!? あのピアスとペンダントって……)

 視覚情報の記憶に強い十縷が気付きそうになっただけで、しかも彼が感づいたのも彼女が部屋を出ていった後だった。そして場の雰囲気の都合上、店員の顔を話題にすることは憚られ、結局店員の正体が明らかになることはなかった。


 その女性店員はゲジョーだった。
    紫の宝石を備えたピアスと、緑の宝石を備えたペンダントはちゃんと装着していたが、長い髪を後ろで団子にして束ねて薄い黄色の着物に身を包むと雰囲気は変わり、意外に気付かれなかった。
    十縷たちから注文を取った後、ゲジョーは厨房へそれを伝えに行く。と、表面的には料亭の仕事をしながら、頭の中では本業のことを考えていた。

(長割肝司の部下がシャイン戦隊に私たちの計画を伝えたか……。まあ、想定内だが。ところで、青の戦士は居なかったな。さて、これはどういうことなのか……?)

 ゲジョーはそんなことを考えつつ、静かにほくそ笑んだ。


 十縷たちへの料理が作られている間、ゲジョーはさり気なく店を抜け出した。
 着物姿のまま夜の道を小走りで駆け抜けて、人気のない公園に辿り着いた。立ち止まると彼女の姿は揺らぎ、装いが変化する。服装は着物からいつものゴスロリのドレスになった。
    ゲジョーは風体を変えるや紺色のカバーを付けたスマホを取り出し、通話を始めた。

「こちらゲジョー。ザイガ将軍、定期報告です。先程、長割肝司の部下とシャイン戦隊が接触し、長割肝司の部下が明日の襲撃のことをシャイン戦隊に伝えました。シャイン戦隊ですが、青の戦士だけがその場に居なかったです」

 架電したのは遠く離れた小惑星のザイガで、伝えたのは十縷たちの動向だった。
 何光年も向こうの小惑星で、ザイガがゲジョーからの連絡に応じる。彼はニクシム神の祭壇のある部屋にて、黒い宝石を備えたブレスレットでゲジョーからの通信を受信していた。そしてブレスレットに語り掛け、自分の声を地球のゲジョーに送る。

「そうか、ご苦労。青の戦士が居なかったことは、おそらく大した問題ではない。明日は予定通り、作戦を決行する」

 ザイガは何の音も立てず、ジュエランド人らしく平坦な口調で返答した。
    簡素にも、通信はこれで終わった。


次回へ続く!

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