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社員戦隊ホウセキ V/第80話;内部告発

前回



 五月二十二日の土曜日、午後六時頃だった。寿得神社の離れに行われた小さな会議を終えた伊禰が、十縷たちと合流したのは。
 四人揃った一行は、琴名という和都の友人との待ち合わせ場所まで向かっていた。

「光里ちゃん、練習が終わったばっかなのに大変だね。本当にいいの?」

 歩きながら十縷が発した問に、光里は首を横に振る。

「練習が終わったばっかりの時にニクシムが出ることがあるから、この程度は問題ないよ。私も、いろいろ気になってるし」

 そう話す通り、特に光里に疲れた様子は見られない。表情も真剣な雰囲気を纏っている。
 ところで正午頃に寿得神社で行われた会合の内容は、既に伊禰から伝達済みだった。

「まさか隊長、ニクシムからお誘いが掛かってたなんて……。意外ですし、本当に隊長は大丈夫なんですか?」

 和都がこの話題を出すのは自然だが、今の伊禰にこれは禁句気味だ。珍しく明らかに不機嫌な様子で、口調も刺々しかった。

「あの方は放っておけばいいでわよ。お一人でゾウオと戦おうとした程、一人がお好きなのですから。今頃、お一人で落ち込んでいらっしゃるのでしょうね」

 時雨がこの場にいないこともあるが、今日の伊禰はいつになく毒舌だ。一連の発言に、和都と光里と十縷の心の声が一致する。

(姐さんは、隊長にだけ当たりが厳しい)

 さて、時雨にだけ厳しい伊禰は、一頻り毒を吐いたらすぐに落ち着く。

「それにしても、驚きましたわ。ワット君に国防隊のお友達がいらっしゃるとは。貴方みたいな純血文化系が、肉体派の方とお友達だなんて」

 伊禰は怒りから一転、笑いながら話題を替えた。確かに、去年まではヒョロヒョロのメガネだった和都にとって、国防隊など最も縁遠い存在だ。そう思っていないのは、今の筋骨逞しい和都しか知らない十縷だけだ。しかしその十縷も、少し考えればすぐに伊禰の言葉の意味を察する。
   和都は面倒くさそうに問に応えた。

「腐れ縁ですよ。中高の六年間、ずっとクラス同じでしたし。だけどあいつ、ゴリゴリの体育会系ではないかな? あそこのあの人みたいな感じで……」

 和都は喋りながら、徐に前方に佇んでいた人を指す。その人物と友人の背格好が似ていたから、和都は何気なく示したのだが……。この時、実は既に待ち合わせ場所に着いていた。

「あっ。来た来た。伊勢!」

 和都が指した人はこちらの方を振り向くや、顔を輝かせて駆け寄ってきた。どうやら、本人だったようで、この展開に和都は少し驚いていた。

「久しぶりだな、琴名。顔合わせんのは、三年ぶりくらいか?」

 駆け寄ってきた彼に、和都は簡素な挨拶をした。
 彼は背こそ和都より少し低いものの、厚い胸板や太そうな上腕が国防隊員という肩書に説得力を持たせていた。

 琴名は「マッチョになったな」などと和都に世間話を振り、まずは再会を喜ぶ。確かにこの人物は和都の旧友なのだろうが、十縷と光里と伊禰は首を傾げていた。

(昨日、長割おさわりと一緒に出撃してたんだよね? この人、居た?)

 極度に影が薄かったのか、誰も琴名の顔が記憶になかった。視覚情報の記憶に強い十縷でさえも。そんな中、琴名が駆けてきた方向から、もう一人の人物が歩いてきた。

「琴名君。同窓会じゃないんだから、はしゃがない」

 その人は比較的背が高く、髪の短い女性だった。この人の顔は、和都を含めた四人とも見憶えがあった。

(この人、長割と一緒に居た人だ! ウラームの鉈を奪って、斬り倒してた!)

 そう。昨夜、鮮やかな手並みでウラームを一体葬った女性隊員だった。

「早く本題に入りましょう。部屋は用意してあるから」

 彼女はそう言って、十縷たち四人を先導した。


 十縷たちが招かれたのは、ちょっと高そうな料亭だった。独特な雰囲気の中、計六人の大集団はこの料亭に入っていった。

 店の予約は琴名がしていたそうで、店に入るや一同はすぐ個室に誘導された。掘り炬燵式の個室で、国防隊の二人と社員戦隊の四人は向かい合う形で席に陣取った。

「お代は私たちが全部出すわ。大変な依頼をするから、このくらいはさせて」

 最初に、女性隊員がそう言って軽く頭を下げ、琴名もそれに続いた。相手が礼をすると、社員戦隊側も会釈をする。これを皮切りに、会談は始まった。

「俺はこと佳令よしのり。国防隊の横酢香基地所属で、昨日も出撃しました。ずっとヘリに乗ってましたけど。聞いてると思いますが、伊勢とは中高からの知り合いです」

 まずは琴名の方から自己紹介を始めた。ヘリに乗っていたと聞いて、十縷と光里と伊禰は何となく思い出した。ゴタゴタの終盤に、上官から通信があったとヘリの中から伝えたあの人だと。

 それに続いて、女性の方も自己紹介をする。彼女は柳生やぎゅうつゆと名乗った。

 国防隊側が名乗ると、社員戦隊側もそれぞれ自己紹介をした。

「長割さんは勿論、昨日出撃した他の二人は来ません。あの二人は、長割さんに本気で心酔してますから。それはそうと、今日こうして皆さんに来て頂いたのは、折り入ってお願いがあるからです。大体の話は伊勢から聞いてると思いますが……」

 自己紹介と変な愚痴の後、琴名は神妙な面持ちで本題に入った。社員戦隊側も表情が引き締まる。

「明日、横酢香の基地で【たつみ二号】っていう新型ホバー艇のメディア向けのお披露目会があるんですけど、そこにドロドロ怪物が現れるんです。ドロドロ怪物の手先だって言う、メイド服の女の子が俺たちの前でそう言ったんです」

 琴名が語った内容は、和都が報告したものと大きなズレはない。だから、社員戦隊の一同は話が頭に入り易かった。しかし変なタイミングで露花が茶々を入れた。

「あれはメイド服じゃなくて、ゴシック・ロリータファッション。スカートの長さとか、メイクの仕方で解りなさい」

 いや、正直どうでもいいけど……というのはさておき、琴名は挫けずに語った。

 メイド服ではなくゴスロリの女の子、つまりゲジョーが琴名たちの前に現れたのは、先週の木曜日の午後九時の少し前。丁度、爆発ギルバスが倒された頃だった。
 その時、琴名たちは爆発ゾウオと爆発ギルバスの出現を受け、救助要請が出た時に備えて待機していた。無論、その場には長割も居た。長割以外の一同は、詰め所で来るか来ないか解らない指令に身構えて、緊迫した表情をしていた。しかしその表情は、一瞬で驚きの表情に変わった。

「久しぶりだな。長割おさわりきも

 詰め所の景色に、いきなり皹が入った。
 すると次の瞬間、景色は砕けて穴が開き、中から妙な風体の少女が現れた。ゴスロリ調の黒いドレスに身を包み、毛先を新橋色に染めた後ろ髪をツインテールにして、紫の宝石のピアスと緑の宝石のペンダントで身を飾った少女だ。喋り方は随分と不遜だった。
 こんな少女の不可解な登場に長割以外の四人は、堪らず響動いた。しかし長割だけは動じる様子を見せず、むしろ自分からこの少女に近づいた。

「久しぶり、クシミちゃん。何? 僕に会いたくなった?」

 長割に馴れ馴れしくクシミちゃんと呼ばれたゲジョーは、この以前に彼と会っていたらしい。しかし親しみは無く、接近してきた長割に怪訝な眼差しを向けていた。

「爆発ゾウオも爆発ギルバスも倒されたぞ。また、良い所を北野時雨に持って行かれたな。悔しくはないか?」

 自分の肩に伸ばされた長割の手を払いつつ、ゲジョーはそう言った。北野時雨という懐かしい名前が出て、琴名たちは再び響動く。そして長割は、その名前を聞いて不機嫌そうな表情を見せた。

「パパが出撃させてくれないからね。僕が弱いと思ってるのか、何だか知らないけど……。僕だって、出撃すればあんな奴ら倒せるし……」

 長割の口調からは、相当の不満が読み取れた。そんな彼にゲジョーは言った。

「なら、お前たちの力で倒してみるか? お前たちがドロドロ怪物と戦い、華麗に倒すところをアナタクダに投稿してやろうか?」

 ゲジョーの言葉に、その場は騒然となった。しかし騒然となった理由は、長割とその他の者とで全く違った。
 長割はそのままゲジョーに食いついて、ドロドロ怪物の出現予定を聞き出した。

 八日後、つまり来週の金曜日の午後七時半に九本木ヌーンへ、更には十日後、再来週の日曜日の午後二時頃に横酢香の国防隊基地へ、それぞれ怪物を送り込むと、ゲジョーは告げた。そして、ゲジョーは再び景色を割って去っていった。

  

「あの子がただ者じゃないのは確かだけど、情報を信じて良いのか…。でも、長割さんは全く女の子の言うことを疑わずに、『九本木に行って、怪物を倒す』って聞かなくって……。で、本当に出撃して、向かってる途中で本当に怪物が出たって感じです」

 琴名たちが冷静さを保っていても、長割が舞い上がったら止められず……。琴名の語り口からは、そんな背景がしっかりと読み取れた。

「ゴスロリの女の子は、その前にも長割に会ってたみたいだね。その時に、北野がピカピカ軍団だって聞いたって、長割が言ってた……。私は信じられなかったんだけど、長割は素直にその話を信じ込んでね。だから現場に行って驚いたわ。青い奴の喋り方と声は完全に北野で、スーツ脱いだら本当に北野だったし……」

 露花の方は、昨夜に感じた驚きを素直に語った。そして、そのまま話を続ける。

「長割だけど、最初はドロドロ怪物に興味は無かったの。そもそも、あいつは災害救助や国防にも興味が無いから。でも北野がピカピカ軍団だって知ったら、急に変わってね。GWの辺りから、国防隊でもドロドロ怪物を倒したいとか言い出して……。多分、それくらいの頃にあの女の子から北野の話を聞いたんだろうけど。あいつ、北野に勝ってる点なんて親のコネだけなのに、対抗心だけはあるから……」

 日頃の愚痴も兼ねて露花は語った。ゲジョーと会ったものの初めは半信半疑だった琴名と露花も、昨夜の一件を経て確信を得たらしい。
 そんな彼らの話は、時系列などの整合性が取れていたので、社員戦隊の一同は納得できた。

「きっと、あの子は本当のことを伝えたんです。だから明日、絶対にドロドロ怪物はたつみ二号のお披露目会に出ます。それには長割さんの親父さんも来るから、長割さんは『パパの前で絶対にドロドロ怪物を倒す』って燃えてて……。でも俺、なんか次こそは本当にヤバい気がして……。ドロドロ怪物の方だって、倒される為に情報を流すなんて明らかにおかしいし。きっと、これは罠だと思うんです」

 琴名は長割と違って、物事を冷静に考えられるらしい。そしてこの勢いで、琴名は再び頭を下げた。

「だから、皆さんに助けて欲しいんです。俺たちが何とかできる相手じゃないし、次こそは死者が出る気がするんで……。長割さんが滅茶苦茶やって、気分を悪くされてるかもしれないけど……。だけど、俺は柳生さんたちが殺されるのは耐えられなくて……」

 琴名は涙声で、割と本気で懇願してきた。彼に続いて、露花も頭を下げた。


次回へ続く!

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