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社員戦隊ホウセキ V/第79話;苦悩の末の判断ミス

前回


「あいつじゃあ、ニクシム神とは交信できねえぞ」

 地球の日本が五月二十一日の金曜日の夜の時に、ザイガはゲジョーを介して時雨と交渉した。
 会話が終わった後、スケイリーが真っ先にそう言ってきた。場所はニクシム神を祀る部屋だ。この時、マダム・モンスターも一緒にいた。

「直接戦って思ったが、あいつと緑は憎しみの素養が無い。戦うなら、青のイマージュエルを持って来てもらう必要があるぞ」

 スケイリーの初見は以前と変わらなかった。対するザイガは感情の音を全く立てず、音の羅列のような言葉を返す。

「それで何が悪い? 青のイマージュエルが欠ければ、地球のシャイン戦隊の戦力は大きく削がれる。それだけでも、相手には充分な痛手だ」

 ザイガはスケイリーの言葉を否定したのだが、意外にスケイリーは怒らなかった。

「成程。確かに、今のところ地球のシャイン戦隊に負け続けてるからな。奴らを弱くするだけでも、充分に価値があるか」

 スケイリーは性格が変わったのか、素直にザイガの考えを受け入れた。
 スケイリーの次に、マダムも語り始めた。

「それに、不当な目に遭った青の戦士を救済することも、わらわたちの使命じゃ。長割おさわりきもという愚者に制裁を加えることも!」

 マダムの言葉は、いつも彼女が語っていることから大きなズレはない。時雨に関することは穏やかな口調、長割に関することは金切り声と、声に込める感情を変えた点も、いかにも彼女らしかった。

 ザイガはマダムの発言には特に肉声を返さず、感情の音も鳴らさなかった。心の中では、いろいろ述べていたが。

(青の戦士は、はっきり言ってそこまで欲しい人材ではない。なびかぬなら、殺せば良い。それでも、相手の戦力を削げる。まあ、スケイリーはともかく、この奇人をどう納得させるかだが…)

 黒耀石でできたようなザイガの顔に、表情が出ることはない。その顔でマダムを見ながら、ザイガはそんなことを思っていた。
 そして、相手が自分の考えを覚っていないことを確認すると、そのまま心の中で呟き続けた。

(もし、赤のイマージュエルに干渉したのが青の戦士なら…。向こうの最大の武器である、赤の宝世機の水を封じられる。我が愚兄の無能な娘を殺す為には、地球のシャイン戦隊を弱めることが必須だからな)

 ザイガが見据えているのは、あくまでもリヨモを殺すこと。己の復讐の完遂である。弱者救済を掲げるマダムとは、根本的に異なっていた。
 首領とは異なるその思想は、今は目立つことなく息を潜めている。その思想がいつ牙を剥くのか? ニクシムには不穏な空気が漂い続けていた。


 五月二十二日の土曜日の正午過ぎ、寿得神社の離れにて小規模な会議が開かれていた。
 参加者は愛作、リヨモ、時雨、伊禰の四人。
 日付が変わる頃に、和都の友人である琴名氏が、和都に送ったショートメールが切欠で、この会議は開かれたのだが…。


 この会議の中で、ついに時雨は明かした。昨日、ゲジョーが自分接触したことを。
 この事実に一同が震撼する中、時雨は話を続けた。

「ゲジョーの話と、ワットの友人の話は一致している。ゲジョーは長割に接触して、ニクシムと戦うよう仕向けていたらしい。まずは奴らをウラームに勝たせて調子に乗らせて、それから日曜日にゾウオを送り込んで奴らと戦わせ、途轍もない恐怖と絶望を味わわせると奴は言っていた。おそらく、ダークネストーンを強くしたいのだろう」

 時雨がひとしきり語ると、暫しその場は沈黙に包まれた。

「おそらく敵の目的は、時雨さんが仰った通りなのでしょうね……。しかしながら、ニクシムはどうして時雨さんに近づいて、そんな話をしたのでしょうか? 敵に思惑を伝えたら、妨害されるかもしれないのに……」

 沈黙を破ったのは、平坦なリヨモの声だった。彼女に続いて、愛作も疑問を述べる。

「これで二回目だよな。ゲジョーが犯行予告の為に、北野に接触するのは。本当に何がしたいんだ? それから北野、お前はどうして今までこの件を黙ってた? 昨日、ゲジョーがお前に接触したのは、俺たちが神社で話してた時だよな? だったら、すぐに伝えても良かったんじゃないか?」

 愛作の問は、一点目も二点目も時雨にとっては痛い所を突くものだった。思わず時雨も顔が歪んだが、この状況で話さない訳にもいかない。意を決して、時雨は明かす。

「ゲジョーが俺に接触した目的は、一回目も二回目も俺をニクシムに勧誘する為です。マ・ツ・ザイガが俺をニクシムに引き込めると思っていて、ゲジョーはその使者を務めているようです」

 ゲジョーが時雨をニクシムに勧誘していたと聞き、この場に少なからず戦慄が走る。リヨモが鳴らす、鉄を叩くような音が象徴的だ。そんな雰囲気の中、時雨は話を続ける。

「奴は俺の過去を調べていたらしく、『自分を不当に排斥したこの国の為に戦う必要は無い』『ニクシムなら正当に能力で評価される』などと言ってきました。昨日はスマホで俺にマ・ツ・ザイガの声を聞かせました。マ・ツ・ザイガは、『長割など、消えた方が世の為とは思わんか?』と俺に言いました」

 ここまで聞いて、伊禰と愛作とリヨモは納得できた。ゲジョーが時雨と長割にそれぞれ接触したという、不可解な行動の理由を。

「裏にはザイガが居ましたか……。能力でしか人を見ぬ、差別主義のあの者らしい考えです。救うに値する者、救うに値しない者、救ってはいけない者。平等と称する不平等。あの者はいつもそんな話をしていましたから……」

 そう漏らしたリヨモは、僅かに湯の沸くような音を立てていた。これはザイガに対する怒りだ。それはそうと、時雨はまだ全てを語っていない。

「これでゲジョーの行動の理由ははっきりしたが……。お前、自分が勧誘されてるって話は言ってなかったよな? どうして黙ってた? それからもう一度訊くが、どうして昨日はすぐにゲジョーが近づいてきたことを伝えなかった? そこをはっきりさせろ」

 まだ時雨が話していないことは、愛作が質問した。いつもは温厚な彼だが、今日の口調は何処か厳しめだった。黙っている伊禰も時雨の回答が気になるのか、突き刺すように彼に視線を向けている。
    この二人の視線に胸が貫かれそうな感覚を覚えつつも、時雨は気力を振り絞り、己の胸中を明かした。

「勧誘されている件は、言う必要が無いと感じていたからです。自分はニクシムに入る気など毛頭ありませんから、ただ無視しておけば良いかと考えていました。この件を伝えて、皆に余計な気を回させるのも違うと思いましたし……」

 言い辛そうに、時雨は語った。ここまでは想像に違わず、愛作たち三人も落ち着いて話を聞けた。しかし続きの話になると、少し状況は変わった。

「昨日すぐに伝えなかったのは、自分一人で対処しようと思っていたからです」

 独力で対処との発言に、愛作たちは三人とも首を傾げた。見えない疑問符が空中に飛び交う中、時雨は説明を続ける。

「今回、狙われるのは長割で……勿論、奴が何者だろうと救うべき対象なのですが、奴の為に伊禰たちが命を落とすことになったらと考えたら……」

 ここで少し、見えない疑問符の数は減った。しかし、まだ完全に納得できた訳ではない。勿論、時雨の話もまだ続いた。

「俺は元々、国防隊員を目指していたから、命を選別せずに誰でも救うべきだという信念を持っています。しかし、それを仲間にも求めるのは違うと思っています。彼らはイマージュエルに選ばれただけで、目指して今の立場になった訳ではありませんから。そんな彼らが長割の為に命を落とすなど、あり得ません。命を賭けるのは、自分一人で十分です」

 全て時雨は語り切った。昨晩から今朝に掛けて悩んでいたことを。熱くなってきて、次第に声量も増していった。語りきった後、愛作とリヨモは圧倒されたのか、ポカンとしていた。
 しかし伊禰は様子が違った。

「何と仰いますか……。貴方、長割肝司を本当に軽蔑なさっていて、立ち回りが最強に下手で、ついでに相手の話に流され易いようですわね」

 久々に声を発した伊禰は、時雨に呆れている気持ちを覗かせつつ、そう言った。
    時雨は相手が怒ることも想定していたので、余り表情が変わらない。伊禰も同様で、落ち着いた雰囲気を崩さない。そして、伊禰の話は続いた。

「これは憶測ですが、ゲジョーちゃんかザイガに言われたのですわよね? 『長割なんかの為に、お前やお前の仲間が死んだらどうする?』と。そして貴方は、義務感と長割肝司への嫌悪の間に立たされ、悩んだ挙句に『長割の為に命を賭けるのは、自分一人でいい!』という結論に達したのですわよね? 違いましたら、違うと仰ってください」

 時雨の話から想像したことを、伊禰はサラサラと語った。まるで心の中を透視したかのようなその発言を受け、時雨はあることに気付いた。

(ザイガに流された? 確かにそうだ……。俺はあいつに言われて、伊禰たちが死ぬのが怖くなった。これはあいつに誘導されたのか?)

 そう思うと時雨は自分が情けなくなり、「その通りだ」としか言えず、自ずと小さくなった。そんな彼の情動を察し、伊禰は苦笑いしながら乾いた溜息を吐く。

「貴方、お人好しですわね。私たちを大切に思ってくださっていたことは、嬉しく受け取っておきます。しかし、私たちを素人扱いしてくびられていた点は、許容しかねます」

 喋っている途中で、いきなり伊禰は静かな怒気を纏った。それはこの場の誰もが感じ、言われている時雨の方は特に強く感じた。伊禰は何に怒っているのか?

「長割の為に私たちが命を賭ける必要など無いという件ですが……。私たちが悪い方々の為に命を賭けたこと、今まで何度もある筈ですわよね? 今までニクシムに襲われた方の中に、スリも痴漢も万引き常習者もいじめっ子も。いろんな悪い方が山ほどいらしたと思いますわよ。でも今までは、襲われている方々の素性を知らなかった。今回は、襲われる方の素性を知っている。その程度の差に過ぎません」

 ここまで伊禰が語ると、リヨモは鉄を叩くような音を鳴らし、愛作は目を丸くした。言われてみれば確かに、と物語るかのように。時雨は何も言えず、俯いたままだ。
 この状況下で、伊禰は話を続けた。

「確かに長割肝司は最悪ですが、それを口実に彼を救う対象から外すなどと、誰も微塵も思っていらっしゃらない筈ですわよ。そこは貴方と同じなのではありませんか? 光里ちゃんもワット君もジュール君も。普段の彼らをご覧になっていれば、その程度はお察しつく筈ですわよね?」

 少なくとも伊禰は、長割肝司が襲われたら、命を賭けてでも救うつもりだったらしい。時雨に伊禰たちを見縊っている認識は無かったが、結果的にそういう形になった。そのことに気付き、時雨はどんどん暗くなる。
 そんな時雨に、伊禰は更にこんな言葉を投げ掛けた。

「それと、お一人でゾウオと戦うと考えられていた件ですが……。いつか、ご自分が光里ちゃんに仰ったこと、憶えていらっしゃいますか? スケイリーに飛び掛かった光里ちゃんに、『光里ちゃんが亡くなったら、姫様はどうなるのか?』と仰ったこと。ご自分にも当てはめて、お考え直しください」

 伊禰の言葉は一つ一つ、時雨の耳に深々と突き刺さった。そして、自分は何処までも間違っていたと、時雨は痛感されられた。時雨は顔を俯け、なかなか上げる様子を見せない。
 愛作とリヨモも、彼に掛ける言葉が無かった。

「何にせよ、今日の夕方にワット君たちと四人で国防隊の方と会って参ります。この会は、これにてでお開きで宜しいですわね?」

 もう交換し合う情報も無いので、愛作は伊禰の発言に頷いた。すると伊禰はすぐに立ち上がり、そのままこの場を後にした。

(なんて愚かなことを、俺は考えていたんだ…!)

 ザイガに流され、愚かな考えに至ってしまったことを、伊禰に指摘されなければ気付けなかった。時雨はそんな自分に情けなさを覚え、暫く身動きが取れなかった。彼を見守る愛作とリヨモも、どうすれば良いのか解らない様子だった。
 寿得神社の離れには、リヨモの体から出る耳鳴りのような音が、空気を震わせ続けていた。


次回へ続く!

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