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社員戦隊ホウセキ V/第78話;秘匿した末の後悔

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、ニクシムと社員戦隊の戦闘に、数名の国防隊員が乱入してきた。リーダー格は時雨と因縁のある、長割おさわりきもという将校だった。

 戦いの後、ゲジョーが時雨に接触し、自分が長割肝司をけしかけたことと、二日後の日曜日にゾウオを送り込んで有頂天になっている長割肝司を奈落の底に突き落とすことを告げた。

 そして和都も、国防隊員の友人から連絡を受け…。


(これ以上、伊禰たちを長割のことに巻き込んではいけない)

 ザイガの言葉に揺さぶられた時雨は、単独で明後日に現れるゾウオを迎撃する覚悟を固めていた。


 五月二十二日の土曜日。午前九時頃、時雨は剣道部の稽古に参加するべく、新杜宝飾の体育館へ向かった。剣道部は毎週土曜日の午前が、全員参加の稽古となっていた。時雨を含めて部員は七人いて、その中には社長である新杜愛作も含まれていた。

(顧客の金山さんと急に会うことになって、明日は訓練に参加できなくなった。社長にはそう伝えよう。伊禰たちにも、後で同じ連絡をすればいい)

 必死に考えた嘘を、稽古が始まる前に愛作へ伝えようと時雨は決意していた。
    しかし体育館に着いた瞬間、彼は出鼻を挫かれた。愛作から、時雨のスマホに着信があった。

『北野、申し訳ない。急用ができた。一時間くらい遅刻するかもしれないから、他の人にも伝えてくれ』

 愛作は早口気味にそう言った。相手が焦っていたようなので、時雨は自分の要件を言う暇が無かった。


 かくして愛作を欠いた状態で剣道部の稽古は始まった。愛作は予告通り一時間遅れで稽古に合流した。稽古に熱が入ってきたタイミングだったので、時雨はここでも用件を愛作に伝えられなかった。

(でもいい。稽古は十二時に終わるから、その時に言えばいい)

 時雨はそう考え、そのまま普段通り稽古に汗を流した。


 かくして正午、剣道部の稽古は終わった。このまま体育館のラウンジで部員の皆と会食気味に昼食を摂るのがいつもの流れなのだが、今日の時雨はご一緒できない。

「社長、すみません。一つお伝えすることが……」

 防具を外すや、時雨は愛作の方へ一直線に向かった。そして、明日は訓練に参加しない旨を伝えようとしたのだが、かなわなかった。

「ああ、北野。この後、時間貰えるか? 話さなきゃいかんことがある。祐徳も来るから、あいつが来たら場所を移そう」

 既に防具を外していた愛作は、時雨よりも先に言葉を発した。この予想外の展開は、時雨の脳裏から彼の言おうとしていたことを吹っ飛ばした。


 そんな流れで、時雨と愛作はここで剣道部員たちと別れ、寿得神社へ向かうことになった。

「こんにちは。もう稽古は終わりましたのね」

 体育館の外では伊禰が待っていた。彼女を加え、三人で寿得神社を目指した。その途中、昼の一般道で他人ともすれ違うので、誰もこれからの話す内容を口にしなかった。


 かくして、三人は寿得神社の離れに到着した。ここでリヨモも加わり、四人は一階の居間にてちゃぶ台を囲み、リヨモの食事を食べながら話し合った。

「突然の呼び出し、申し訳ない。実は今朝、伊勢から俺に連絡があってな。あいつ、国防隊に友達がいるらしくて、その友達から昨日の夜に連絡があったそうだ」

 話を切り出したのは愛作。和都に国防隊員の友人がいるのは意外だが、国防隊絡みの話なら想定の範囲内で、誰も驚いた様子を見せなかった。そして、愛作は続けた。

「伊勢の友人は長割と同じ部隊に居て、昨日は九本木ヌーンに出撃していたらしい。と言っても、ずっとヘリに乗っていたそうだが」

 その友人とは琴名という人物である。彼は昨晩、寿得神社での会合がお開きとなった後、和都のスマホにショートメールを送ってきたと、愛作は話した。ショートメールは四通にも及び、四通目には切実な願いが込められていた。

『ドロドロ怪物が長割さんに取り引きを持ち掛けてきて、長割さんはそれに応じてしまった。今日の出撃もそのせいだ。次は日曜日にドロドロ怪物が出る。長割さんは戦う気だけど、自分はどうにも恐ろしくて……。だから、ピカピカ軍団として守って欲しい』

 これが琴名が和都に送った、四通目のショートメールの内容だった。

「この情報を何処まで信じるべきなのか、判断は難しいが……。明日、ニクシムが出現する可能性がある、ということだけは確かだ。だから休みだが、皆に伝えたんだ」

 ここで愛作の話は途切れた。この間に、時雨は一人で思った。

(ゲジョーが言っていたことは、本当なんだな。奴は長割と接触して、ニクシムと戦うよう焚き付けた……。そして、次の出現は日曜日。ゲジョーが言っていたのと同じ日だ。となると、次に出るのはウラームではなくゾウオで……)

 昨晩、ゲジョーがした話を思い返し、愛作の話と照らし合わせて時雨は納得していた。その隣で、伊禰は何やら時雨に説明してきた。

「驚きですわよね。私も、社長から連絡があった時は仰天致しました。光里ちゃんには私から伝えたのですが、やはり驚かれていました。ジュール君はワット君から直接話を聞かれたそうですが、やはり驚かれていたそうで……。衝撃度が大きい話なので、剣道部の稽古に支障が出ないようにと考え、時雨君には連絡が遅くれました。ご理解ください」

 伊禰は、時雨がこの件を全く知らないと思っているので、こう言うのは当然だろう。そして、短時間ながら情報を秘匿していたことを、申し訳なく思っているらしい。リヨモも伊禰と同じようなことを言ってきた。

「国防隊のお話は時雨さんにとって不愉快でしょうから、お伝えしない方が良いのではと、ワタクシは初め申し上げたのですが……。ワタクシのような戦う力を持たない者が、隊長である時雨さんを差し置いて情報を占有するのは間違っていると思い直しまして……。そのせいもあって、連絡が遅れました。申し訳ありません」

 この時、リヨモは耳鳴りのような音と雨の音を、済まなさそうに小さく鳴らしていた。どうやら時雨に伝えるか否かについて、裏でやり取りがあったらしい。

「同じ社員戦隊の間で、情報の秘匿をするのは感じが悪いですからね。お伝えすべきことは、お伝えするべきということで。勿論、姫様も社員戦隊の一員ですわよ。私たちは戦えるのは、姫様の支援のお蔭ですから」

 伊禰がリヨモに掛けた言葉は、時雨に小さな衝撃を与えた。

(同じ社員戦隊の間で、情報の秘匿をするのは感じが悪い。こいつらは、短時間でも俺に隠し事をしてしまうことを、気にしていたのか。だが俺は……)

 伝えるのが少し遅かっただけで、愛作や伊禰は隠し事をしなかった。そう考えると、時雨は申し訳なく思えてきた。

(ワットはすぐ社長に伝えた。しかし俺は、ゲジョーと会ったことをまだ伝えていない。それどころか、前にゲジョーが俺に言ったことも、全ては伝えていない。同じ社員戦隊、仲間なのにだ……)

 そんなことを思っていると、時雨は自ずと気分が沈んできた。しかし彼はそれが表情に出にくいので、周囲は構わずに話を進める。

「ニクシムは何時頃、何処に現れるのか? ウラームなのかゾウオなのか? その辺が判れば、動きやすいよな」

 そう言いながら、愛作は唸る。これに対して、伊禰はすかさず提案した。

「本日の夕方、ワット君のお友達とお会いしたらいけませんか? と申しますか、先にワット君とブレスでお話したら、そんな流れになったのですが……」

 伊禰は今日の朝、和都からの連絡を受けた愛作に伝えられてこの件を知ったばかりなのだが、随分と行動が速かった。そして、愛作も決断が速い。

「良いぞ。直接話を聞いた方が、いろいろ情報が得られる。却下する理由は無い。ただ、こちら側のことを悪戯に流さないよう、注意はしろよ」

 愛作は元から同じ考えだったのか、殆ど二つ返事で了承した。愛作からのOKサインを貰った伊禰は、次は時雨に話を振る。

「時雨君も、ご同行頂けますか? 長割肝司は来ないと思われますので……。無理強いをする気は毛頭ございませんが……」

 先から落ち込み気味だった時雨は、不意に話を振られて驚いた。だから、回答が出るまでに時間が掛かった。

「え……。俺がか? 俺は……多分、行かない方が良い。ワットに連絡をしたのが誰かは知らないが、そいつが長割の部下なら俺を警戒して、変に言葉を選んで有用な情報を引き出せなくなる可能性がありそうだ……」

 戸惑った末に、時雨が出した答はそれだった。この回答をある程度は想定していたのか、伊禰は特に責めなかった。なのだが、時雨の中にはどんどん申し訳なさが募って来る。
    そしてついに、時雨は告白した。

「申し訳ない。お前たちは俺に隠し事をしなかったのに、俺はお前たちに黙っていた……。実は昨日、お前たちと別れた後、帰り道でゲジョーが俺に接触してきた……」

 時雨は言った。俯いていたが、明瞭な声で一語ずつ、しっかりとした声で。

 その内容は衝撃的だった。伊禰も愛作も、堪らず息を呑んだ。リヨモの体からは自然と、鉄を叩くような音が鳴り響いた。警鐘のような甲高い音が寿得神社の離れを包み込み、時雨の心の中に重く、圧し掛かってきた。


次回へ続く!


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