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社員戦隊ホウセキ V/第77話;救ってはいけない者

前回



 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、ニクシムと社員戦隊の戦闘に数名の国防隊員が乱入したことを切欠に、国防大出身の時雨が新杜宝飾に入社した経緯が明かされた。

 戦闘の後、社員寮に戻ろうとした時雨にゲジョーが接触した。


『初めてだな、青の戦士よ。我が名はニクシム将軍・ザイガ。かつての名は、ジュエランドのマ・ツ・ザイガだ。おそらく、マ・カ・リヨモから聞いているだろう』

 ゲジョーから手渡されたスマホから聞こえてきたのは、音の羅列のような平坦な声だった。その声に時雨の表情は厳しさを増す。

「お前が裏切り者のザイガだな。俺は北野時雨、ホウセキブルーだ。俺の元にゲジョーを送り込むのは二回目だが、一体何のつもりだ?」

 相手が正直に話すか否かは別として、まず時雨は相手の腹を探ろうとした。すると遠い星にいるザイガは、鈴のような音をスマホ越しに聞かせてきた。

『以前、ゲジョーを向かわせた時と同じで、お主を仲間に引き入れたい。それが目的だ。ゲジョーが調べたお主の経歴を見て、お主はこちらになびくかもしれんと判断した』

 再三の勧誘らしい。誘われた時雨は、眉間に皺を寄せる。

「お前らが俺をどう思っているのかは知らんが、俺はお前の仲間になる気など無い。日曜にゾウオが出ると知ったなら、先に潰す!」

 勇ましく、時雨はそう言った。その言葉に対して、隣で聞いていたゲジョーは呆れたように溜息を吐き、遠方の小惑星にいるザイガは感情の音を変えなかった。

『そう言うとは思ったが、冷静に考えろ。あんな低能な者たちの為に戦うのか? 己の命を賭してまでして。不毛だぞ』

 ザイガは時雨を説得しようとしていたが、この手の発言は時雨に反発される。

「俺たちは救う者を選り好みなどしない。お前らとは決定的に違う。何を言っても、俺は靡かん。社員戦隊ホウセキVの中にお前らの仲間になる者などおらん!」

 毅然として言い放った時雨。しかしこの言葉は想定の範囲内だったのか、すぐにザイガは言葉を返した。

『救う者を選り好みしない……浅はかな者が好む言葉だな。果たしてそれは本当に正しいのか? 例えば明後日、長割おさわりきもという愚者とお主の仲間、誰か一人しか助からないという状態になったとして……。もし救われたのが長割だったら、お主はそれを正しい選択だと、心の底から言えるのか?』

 そう言われて、思わず時雨は言葉を詰まらせた。
 彼の脳裏で、ザイガの言葉が一つの情景となったからだ。伊禰たち四人と長割が炎の中に居て、長割だけが救われて、伊禰たちが見放される……という情景だ。
 時雨が黙っていると、ザイガは先に語った。

『この世には三種類の者が居る。救うに値する者、救うに値しない者、救ってはいけない者だ。長割という愚者とその手下は、確実に三番目の者だ。今日、奴らのせいで傷ついた者たちが居たな。お主も怒っていたであろう。否定はさせんぞ』

 ザイガの語る『三種類の者』の考え方そのものに、時雨が靡く筈がない。しかし、嫌な事実を絡ませられせると、反論しにくくなる。
 そしてザイガは語り続けた。

『あのような者たち、消えた方が世の為だとは思わぬか? それよりも確実に優先すべき命がある。我々ニクシムは、それを正しく理解している』

 これがニクシム全体の方針なのか、ザイガ個人の意見なのかは定かではない。しかし、ザイガの言うことはそれなりに的確だった。だから、時雨も言い返せなかった。

(確かに、長割は有害な存在だ。かと言って、消えた方が良いと言うのは、暴論だ。しかし、奴を救う為に伊禰たちに命を賭けさせるのか?)

 時雨は真剣に悩み始めた。僅かながら、困惑と焦りの表情を浮かべる程に。ゲジョーはその顔を見上げてほくそ笑み、ザイガは電話の向こうで鈴のような音を鳴らし続ける。

『すぐに答は出せんとは思う。だから、じっくり考えろ。明後日の戦いの後でも良い。ただ、改めてもう一度言っておくが……。お主の能力を有意義に発揮できる場は、ニクシムだ。ニクシムは、個を純粋に能力で評価する。平等主義と称する差別など、存在せん』

 この言葉を最後に、ザイガは通信を切った。通話が終わると、時雨は静かに耳からスマホを離し、ゲジョーに返した。
 ゲジョーはスマホを受け取り、柔らかく微笑んだ。

「ニクシムは本当に素晴らしい結社だぞ。この結社に巡り合えたことが、私の生涯で最高の幸福だと思っている。きっと、お前も同じように思える筈だ。仲間になったら、共に弱き者のたちに戦おう」

 先までの傲慢な口調とは違い、諭すような優し気な口調でゲジョーは言った。そして喋り終えると、宙を叩き割って七色に光る穴を開け、そこを通ってその場から消えた。
 その間、時雨はゲジョーの方を一切振り向かず、茫然としていた。

(平等主義と称する差別か……。上手く言ったものだな……)

 時雨は息を整える為、深呼吸をする。今は、揺らいだ心を平常心に戻すのが先決だ。だから、まだ他のことはできなかった。明後日の犯行予告を、仲間たちに伝えることも。

 十縷たちは愛作から時雨の過去について知らされたのは、この数分後だった。


 すぐ日付は五月二十二日の土曜日に変わり、それから数時間後には日も昇った。その間、時雨は寮の自室にて、電気を消したまま寝ずに過ごしていた。
 ゲジョーが接触してきた件、そして五月二十三日の日曜日にはゾウオを送り込むと予告した件。これらがずっと彼を悩ませていた。

(国防隊で今度の日曜日、横酢香の基地でイベントが行われるのか。新型のホバークラフト艇のお披露目で、国防隊の上層部も来そうだな。ニクシムが狙うなら、これか)

 横酢香の国防隊基地に、新型のレスキュー用ホバークラフト艇・【たつみ二号】が配備され、メディア向けにお披露目のイベントが行われる。時雨はスマホ検索で、そんな情報を拾った。
 ベッドに座り、暗い部屋の中でスマホの強光に顔を照らされたまま。

(長割の配属先は横酢香だったな。奴らは長割を狙っているから、ほぼ確実か?)

 時雨の中で、この推理は確信に近づきつつあった。かと言って、次の行動にはなかなか移れない。

    こんな状態で時ばかりが流れた。気付けば、いつの間にか窓から陽光が差し始めていた。

(もう、ワットとジュールは寿得神社で朝練を始める頃か? このタイミングで、あいつらに話すのもアリだが……)

 窓から日の出を見た時、時雨はそう思った。しかし、それを実行できなかった。

長割おさわりきもという愚者とお主の仲間、誰か一人しか助からないという状態になったとして……。もし救われたのが長割だったら、お主はそれを正しい選択だと、心の底から言えるのか?」

   

 昨晩、ザイガに言われたことが頭を過る。これが嫌な感じに足を止めた。

(父は言っていた。「命に優劣は無い。どんな者でも必ず救う」と。俺もそう思っている。国防隊を目指していたし、今の社員戦隊としての任務も、元々望んでいたものだ。だから、この心を貫かなければならない)

 時雨は、まずザイガの言葉を否定するかのように、自身の信念を心の中で反復した。ならば、ニクシムの犯行予告を今すぐにでも仲間に伝えるべきでは? と思えるが、そうしないことには理由があった。

(しかし、あいつらは俺とは違う。救助隊を目指していた訳ではなく、イマージュエルに選ばれて使命を負わされただけだ。俺の信念まで共有する義務は、あいつらには無い。長割なんかの為に、あいつらが命を賭ける必要は無い)

 実は時雨、同じ社員戦隊でも自分と他の四人は違うと思っていた。
 イマージュエルに選ばれて、自分は一度潰えた夢を叶えて貰う形になったが、他の四人はそれを望んでいた訳ではない。この差は大きいと、時雨は考えていた。

(あいつらを貶す気は無いし、憐れんでいる訳でもない。あいつらは正義感が強いから、与えられた使命を受け入れて、人々を守る為に奮闘している。でも、元は一般人だったんだ。救う命を選んでも良いんだ!)

 これが時雨の本心だった。その本心は、彼をこんな考えたに至らせた。

(日曜日、適当な理由を付けて訓練をブッチして、一人で横酢香の基地に行こう。この件は、俺一人で片を付ける!)

 無謀もいい所で、仮に四人がこれを知ったら誰も賛同しないだろう。それでも、時雨はこれを実践する気でいた。この時は……。


 ゲジョーからの犯行予告や、ザイガからのお誘いの言葉を、時雨が引きずっていた頃、同じ社員寮で暮らす和都は、就寝しようとしていた。

 眼鏡を外し、体を横たえるべくベッドに腰を掛けた、まさにその瞬間だった。

「ん? 誰だ? こんな遅くに…」

 ちゃぶ台に置いたスマホが振動した。メールかSNSの通知だろう。和都は寝る前に、この通知を確認しようと思った。再び下ろした腰を上げて眼鏡を掛け直し、スマホを手に取って画面を確認する。
 受信したのはショートメールだった。それ自体は大したことでは無いが、その内容は和都を驚かせるものだった。

「琴名? あいつ、九本木に来てたのかよ!?」

 琴名とは和都の旧友で、国防大学校に進学した後に国防隊員となった人物。十縷たちに何度かさりげなく話していた『国防隊員のツレ』である。
 その彼が送ってきたショートメールは四通に亘る長文だった。

『突然ごめん。お前、ピカピカ軍団の一員だったんだな。驚かなくていい。俺も今日、九本木に出動したから。ずっとヘリに乗ってただけだけど。黄色いのが変身を解いたらお前だったから、正直ビビった』

 ここまで読んで、和都は思わず呟いた。

「最後にヘリの中から長割肝司に声を掛けたのが、琴名だったのか…。全然、わからなかった。影薄すぎだろ…」

 と、少々酷いことを思いつつも、ショートメールを読み進めた。

 ショートメールには、今日の強行出動が長割肝司の独断であること、そしてそのせいで社員戦隊に迷惑を掛けたことを詫びる言葉が記されていた。
 これらの内容は和都の予想と大差無かった。しかし、その次に書いてあった内容は、想定内ではあるが、和都を驚かせるには充分な内容だった。

『先週、爆発させるドロドロ怪物が現れた日、変な女の子が国防隊の基地に現れたんだ。メイド服を着て、青い口紅を塗った子が。その子はドロドロ怪物の仲間みたいで、バカ息子を唆したんだ。次に九本木を襲う。怪物に勝てたら、カッコいい映像をアナタクダに投稿してやるとかなんとか…』

 文面に出たメイド服の子はゲジョーだろうと、簡単に察しがついた。それを知った和都は、堪らず目を大きく見開く。

「ゲジョーが絡んでたのか…。てか、あれはゴスロリとメイド服は違うぞ」

 和都の余計なツッコミは良いとして…。
 琴名の送ってきた四通目、最後のショートメールに目を通した時、和都は息を呑んだ。

「何だと…。こうしちゃいられねぇぞ…!」

 その内容とは…。


次回へ続く!

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