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社員戦隊ホウセキ V/第76話;現実は不条理だった

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、多数のウラームに襲撃された大型商業施設に社員戦隊が駆けつけたが、この現場に国防隊の隊員たちが乱入してきた。

 この騒動で、乱入してきた国防隊員と時雨の間には因縁があることが示唆され…。

 戦いの後、愛作から国防大学校で時雨に何があったのかを、時雨を除く四人とリヨモに、包み隠さずに話した。


 話が一通り済むと、そのまま解散となった。


 最初に寿得神社の離れを発ったのは、伊禰と愛作。その一分ほど後に和都が十縷に声を掛け、この場を後にした。


 離れは光里とリヨモだけになった。

「腑に落ちません。このようなことが許されて良いのでしょうか?」

 リヨモは湯の沸くような音を鳴らしていた。その隣で、光里も俯いたまま、口を真一文字に結んでいる。

「私、自分には『何かになりたい』っていう夢が無かったからさ。隊長みたいに、目指してたものになれなかった人の気持ち、解らないんだよね」

 光里はそう呟いた。リヨモは湯の沸くような音を止め、光里の方を向く。そして、光里は続けた。

「周りには居たよ。選手になりたかったけど、なれなかった人。凄く悔しかったと思うけど、『自分の力が足りないから』って自分に言い聞かせてた。だけどさ、隊長はそれとも違うじゃん。力は足りてた訳で……。どういう気持ちなんだろう?」

 そう言った時、光里は顔を上げた。まるで遠くを見るような目をして。その言葉と顔を受けて、リヨモは何と返せば良いのか解らなかった。依然として、この場は暗いままだった。


 男子寮への帰路を進む十縷と和都も、光里とリヨモと同じく時雨や長割おさわりきもの話をしていた。

「何なんですか? あんだけ優秀な人が追い出されて、ドクズが残ったんでしょう。親が偉いからって、ドクズを残して隊長を捨てるなんて……。明らかに間違ってますよ。どうにかできないんですか?」

 十縷はまだ怒りが収まらず、言葉にして発散していた。対照的に和都は落ち着いている。

「ならない……のかもな。もしかしたらあの長割肝司、知り合いの知り合いかもしれねえ。だったら、無理だろうな」

 和都はサラりと、衝撃的な発言をした。十縷が驚く中、和都は語る。

「俺、中高の時の連れで国防大に入った奴が居てな。そいつが、二つ上にヤバい人が居るって言ってたんだ。両親が国防隊の偉いさんだって言う。そいつの話と社長の話、ほぼ同じだわ」

 和都はその旧友から愚痴を頻繁に聞いていたのか、勢いに乗って話を続けた。

「大学の時も国防隊に入ってからも滅茶苦茶で、たまに指摘されるとすぐ『虐められた』とか騒ぐ。そうしたらド偉い親が出てきて、言った人は必ず報復人事を食らうらしい。だから怖くて、誰もそいつに物を言わないんだと」

 心底不愉快という表情で話していた。十縷も同じ表情になる。

「何ですか? 偉いかったら、何したって許されるのかよ? 自分が悪い事しといて、ちょっと言われたら被害者ヅラすんなよ……。周りも簡単にビビッてさ。どうして皆、ひれ伏しちゃうんですか?」

 十縷の不満は収まらず、捌け口も見つからない。そんな彼の愚痴に、和都は合わせた。

「全くだな。でも、それが事実だからしょうがねえよ。実は世の中って、正しいとか理に適ってるとかじゃなくて、声の大きさで決まんのかな? って、たまに本気で思う」

 愚痴のように漏れた和都の言葉に、十縷は堪らず舌を打つ。

「騒いだモン勝ちってことですか? ふざけんなよ……」

 これ以上、十縷は言葉を続けられない。そして、その心の中では何かが燻ぶり続けている。

(声の大きさだけじゃない。何だろう……。とにかく嫌だ。よく解んないけど、前から嫌いだった気がする……)

 この蟠りは何なのか、十縷には解らないと言うか、思い出せなかった。

 喋りながら歩いているうちに、二人は男子寮に戻っていた。そろそろ時雨に聞こえる可能性があるので、二人はこの話題を打ち切った。


 自室に戻った後、寝入るまで、十縷は心の中で燻ぶる何かに悩まされ続けるのだった。


 光里とリヨモ、そして十縷と和都が、蟠りを燻ぶらせていた頃、伊禰と愛作も延長戦と言わんばかりに話を続けていた。

 二人は駅に向かう途中、筋肉屋付近の居酒屋に二人で入店した。店内は如何にも金曜日の夜で、沢山のサラリーマンが解放感を満喫している。この中で、愛作はともかく伊禰はかなり浮いた存在だったが、二人とも頓着していなかった。

「ずっと伏せていて、申し訳ない。北野にとっては嫌な話だし、言う必要も無いかと思っていたが、まさかこんなことが起こるとは……。完全に、俺の判断ミスだ」

 カウンター席に陣取った二人は、横並びで話す。愛作は水割りを呑みながら、自身の判断ミスを詫びた。しかし、彼の左側で熱燗を呑む伊禰は、決して怒ってはいなかった。

「社長がお詫びすることはありませんわ。確かに、不用意に話す内容とも思えませんし……。ですが、知れて良かったです。私、時雨君は国防大で問題行動を起こして、国防隊に残れなくなったのだと、ずっと思っておりましたので。私の中で彼の疑いが晴れたことは、かなり大きかったです」

 僅かに微笑みながら、伊禰は語った。その顔を確認し、愛作はほっと胸を撫で下ろす。ところで伊禰は、時雨の過去より別のことが気になっていた。

「しかし長割肝司ですが、時雨君が社員戦隊だとどうやって知ったのでしょう? 今回の出撃も気になります。九本木ヌーンにニクシムが出たと聞いてからでは、あのタイミングで到着できないのでは? 調べたら、長割肝司の所属はよこ酢香すか基地のようですし」

 この話は愛作にとって完全に盲点だった。先まで時雨の件で頭を占拠されていたので、伊禰に言われて呆気に取られた。そんな中、伊禰は話を続けた。

「ゲジョーちゃんが私たちのことをSNSで拡散させている気がしたので、寿得神社に戻る途中で検索をしてみたのですが、そのような話は見つからなかったです。『ピカピカ軍団は新杜宝飾だ』などの噂は相変わらずなのですが」

 帰り道に伊禰がずっとスマホを触っていたのは、この調査の為だったらしい。
    その周到さは、酒の入った愛作をも感嘆させた。

「長割肝司と思しき人物のSNSも、時雨君と思しき『学生時代のクソ性格悪い奴』の話が数回に一度出てくる程度で……。本当に、長割肝司の情報源は謎なのです」

   伊禰の推理に、愛作は「さすが祐徳」と感嘆する。そして伊禰は賞賛には反応せず、推論を続けた。

「これは憶測ですが、ゲジョーちゃんが長割肝司に接触して、こちらの情報を渡した……。という可能性があるかと考えています。彼女、地球のITに精通されてますから、長割肝司のSNSを見て、彼が時雨君を嫌っていると知ったとしても不思議ではありません。そして、私たちを撹乱する為に彼を差し向けた……。ゲジョーちゃん、お顔は凄くお綺麗ですから、変態の長割肝司は簡単に手懐けられるでしょうから」

 まだ顔色が普通の伊禰は、淡々と語る。顔が仄かに赤い愛作は驚き、目を見開いた。

「敵が国防隊をけしかけた? そうだとしたら、狙いは何だ? 全く解らん」

 この悩みは自然だった。伊禰はこの問に対しては推論を展開しなかった。

「理由は解りません……と言うより、考え過ぎない方が良いかもしれません。私の憶測に過ぎませんので、変に可能性を絞って推理の幅を狭めるのは不毛かと思われます。ですので、今のところは敵であるゲジョーちゃん……と言うか下条クシミの動向を気にする程度で良いかもしれません」

 と、推論を展開しない理由を語った伊禰。愛作は頷いた。


 それから約三十分後、愛作は家が近くなので徒歩で、伊禰は電車の時間帯が悪いのでタクシーで、それぞれ帰路に就いた。


 かくして動向を注意すべきと言われた下条クシミことゲジョーだが、伊禰がそんなことを言うより前に、彼女は行動を起こしていた。

 十縷たちが離れに向かって歩いていた頃だった。十縷たちと別れた時雨は、社員寮を目指して歩いていた。
    彼はその道中、思わぬ人物と鉢合わせた。

「お前は……ゲジョー!?」

 脈絡も無く現れたゲジョーに、思わず時雨は目を見開いた。
    黒が基調のゴスロリのドレスは夜闇に紛れそうだが、白いフリルや新橋色に染めたツインテールの毛先、そしてピアスとペンダントの宝石が、それぞれ僅かな光を反射しており、意外に目立っていた。

「こんばんは、青の戦士。今日は話をしに来た。戦う気は無い」

 歩み寄って来たゲジョーは、にこやかな表情を浮かべていた。対する時雨はゲジョーに睨みを利かせて、腕時計をホウセキブレスの形に変えた。そんな時雨に、ゲジョーは乾いた笑いを漏らす。

「お前は警戒心が強いな。それに比べて、長割肝司だったか? あの地球人は軽率で愚かだな。まさか、あそこまで素直に動いてくれるとは。ザイガ将軍に見る目があるのか、あの者が愚か過ぎるのか……」

 時雨の隣まで近寄ってきたゲジョーの口から、思わぬ人物の名が出た。これに時雨が反応しない筈が無い。

「長割肝司!? お前、何故奴のことを知っている?……まさか今日の国防隊の出撃、お前たちが仕組んだのか!?」

 時雨がこの質問をするのは自明だった。問われたゲジョーは、躊躇わずに頷く。

「ご明察。奴には二度ほど会った。奴は危険だな。絡まれた緑の戦士は、災難だったな」

 ゲジョーは饒舌に語り出し、この勢いで明かした。

 巷で有名なピカピカ軍団の青は北野時雨だと、自分が長割に教えたのだと。そして、今日の夜にウラームが九本木に出るということも、長割に教えたと。

「SNSの文から、奴がお前を妬んでいて陥れたいと思っている筈だと、ザイガ将軍が睨んでな。お前が活躍していると知れば、奴は無闇な対抗心を燃やすと予想されたのだ。そうしたら、本当にその通りになった……!」

 作戦が成功して気分が良いのか、ゲジョーの表情は明るい。そのまま彼女は続けた。

「奴には、明後日の日曜日にも尖兵を送り込むと伝えてある。この調子なら、奴は次も喜び勇んで戦いを挑む筈だ。しかし日曜日に出向くのは、ウラームより遥かに強いゾウオ……。奴らでは勝てん。高揚から一転、奴らを奈落の底に叩き落とし、ありったけの恐怖をニクシム神に捧げさせる!」

 ゲジョーの発言は犯行予告だった。だが、これは本当なのか? 時雨は慎重だ。

(事実なら危険だ。多分、長割はこいつらの策略に掛かり、部下にも死者が出る。勿論、それは避けなければならない。しかし、こんなにペラペラと作戦を明かすか? 余程自信があるのか、それとも罠か……)

 ゲジョーに睨んだまま、彼は様々な可能性を考えた。その隣でゲジョーはふとスマホを取り出し、何処かに架電する。電話が通じると、そのスマホを時雨に差し出した。

「ザイガ将軍がお前と話したいそうだ。一先ず、話を聞け」

 差し出されたスマホを、時雨は恐る恐る受け取った。そしてその緊張を解かぬまま、彼はスマホを耳に当てた。すると、スマホからは男性の声が聞こえてきた。

『初めてだな、青の戦士よ。我が名はニクシム将軍・ザイガ。かつての名は、ジュエランドのマ・ツ・ザイガだ。おそらく、マ・カ・リヨモから聞いているだろう』

 男の言葉は音の羅列のように平坦で、感情の無い機械のようだった。明らかにジュエランド人の喋り方だ。

(こいつがマ・ツ・ザイガ。ジュエランド王の弟で、姫の叔父という…)

 電話越しにその声を聞いた時雨の目は、刃のように鋭さを増した。


次回へ続く!

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