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社員戦隊ホウセキ V/第75話;かくして夢は絶たれた

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、九本木ヌーンたる大型商業施設が多数のウラームに襲撃され、社員戦隊は急行した。

 しかしその現場に、国防隊の隊員たちが乱入してきた。彼らはウラームを撃破したが、その引き換えに多数の負傷者を出した。

 乱入してきた国防隊員たちのリーダー格らしき、長割おさわりという人物は、何やら時雨と浅からぬ因縁があるようだった…。


 九本木ヌーンでの戦闘後、キャンピングカーは寿得神社に戻った。しかし時雨は駐車場で皆と別れた。「寮に直帰する。リンゴは遠慮しておく」と簡素に言って。


 かくして、四人だけで愛作とリヨモが待つ離れに向かう。その道筋も、雰囲気はどんよりしていた。
 このグループの中で、この手の雰囲気を最も嫌うのは十縷だ。彼は何とかしてこの状況を打破しようと、言葉を発してみた。

「あの……。やっぱ、隊長も一緒の方が良いんじゃないですか? 今から社長が話すって言ってましたけど、隊長の話なんだし……」

 何の脈絡も無く、十縷はそう言った。和都と光里は反応が悪く、もはや顔を顰めることすらしない。
 失敗したかと十縷が思っていたら、伊禰が反応してくれた。一番前を歩いていた彼女は十縷の方を振り返り、静かに語った。

「ジュール君の仰る通り、本当は時雨隊長からお話しされるのが筋だと思われます。しかし、あそこまで言いたがらないなら仕方ありませんわ。余程、嫌な過去なのでしょう。そう考えますと、この会に同席させて嫌な過去を思い出させるのは酷ですわよね」

 そう言うと、伊禰はまた前を向いた。そして十縷は深く頷いた。

(なるほど。やっぱ祐徳先生、優しいな。さっきは隊長にキツく当たってたから、怒ってるのかなって思ってたけど……)

 しかし、またすぐ一同は沈黙に包まれた。離れまでの道は、いつもより長く感じられた。


 そんな道のりを経て、寿得神社の離れに着いた十縷たち四人。一階の居間に愛作とリヨモが待っていて、すぐに時雨の話……とはならなかった。

「光里ちゃん。お待ちしておりました。本日は、本当にご愁傷様です。やはり直接お顔を拝見しないと、ワタクシも安心できず……」

 四人が入って来るや、真っ先にリヨモが光里の方へ駆け寄ってきて、単調なマシンガントークを繰り出す。光里を案じているのだが、逆に光里が滅入ってしまう程の勢いだ。
    そんな激し過ぎたリヨモは、すぐに伊禰と和都と十縷に宥められ、光里から引き離された。
 少し場が治まると、愛作が光里に告げた。

「神明。千秋が服を持って来たぞ。お前、練習中に飛び出して着替える暇無かったから。二階に置いてあるから、すぐ着替えて来い」

 愛作に促され、光里は二階への階段へ向かう。何故か、リヨモもその後ろについて行く。
 本題が光里の着替えた後になるのは、必然だった。ところで光里は、階段を上がる前にふと振り返った。

「ジュール。さっきは言いそびれたけど……。今日は迷惑しちゃね。変態の兵隊からすぐ助けてくれて、凄く嬉しかった」

 振り返った光里は、十縷に向かって爽やかに微笑み掛けた。
【変態の兵隊】に伊禰が吹き出したのはさておき、光里に感謝されて十縷の顔は堪らず赤くなった。言葉を返そうとしたが、照れてしまって言葉にならない。この様に、隣の和都は微笑ましく呆れてしまう。
 ところで光里は、他の者への謝意も忘れてはいなかった。

「勿論、ワットさんもお姐さんも隊長もですよ。リヨモちゃんも、気を遣ってくれたし。皆さんが助けようとしてくれたお蔭で、支えられてるんだなぁって再認識できて……。ある意味、良かったです」

 この光里の言葉で、その場に居た全員の表情が和らいだ。それまで暗かった場の雰囲気も、心なしか光を取り戻したように思えた。


 程なくして光里は服装を競技着から仕事着のリクルートスーツに戻し、リヨモと共に二階から降りてきた。これで一階に十縷たち四人とリヨモが揃うと、愛作は表場を引き締めて語り始めた。

「まず、お前たちに接触した国防隊の隊員だが……。彼の名は長割おさわりきも。北野とは国防大学校時代の同期だ。父親は国防隊の将軍・長割おさわり努江どえろう、母親は国防省の事務官・長割おさわり矢馬代やばよ。長割肝司は名家の生まれだが、素行にはかなり問題があって……」

 愛作の説明は、まず長割肝司のことから始まった。

 長割肝司は、大学時代、【やたらと女子学生の肩や腕など、体に触る】、【エロ画像をスマホに表示して女子学生に見せる】、【女子寮に侵入して下着泥棒をしようとした】など、相当のご乱行っぷりだったらしい。それらは全て周知の事実だったが、彼の両親は国防隊で権力を持っていた為、国防大学校の教官に彼を叱責する者は居なかった。
 それどころか、彼を批判した学生が逆に叱責されるという状態で……。長割肝司を止める者は居なかったらしい。

「そんな奴、親がどんなに偉かろうが退学でしょう? ついでにあいつ、僕に負けるくらい弱いし。国防隊に残しといても、役に立ちませんよ」

 十縷は怒りを抑えられなくなり、話の途中でそう言った。リヨモも、「その通りです」と便乗する。他三人は、これらの言葉に頷く。そんな中、愛作は話を続けた。

「確かに、長割は隊員としては無能だ。俺の顧客に国防大の教官が居て、ちょっと内緒話で長割肝司のことを聞いたが……。大学時代の成績は、座学も実技も最底辺。実戦で使い物になるのか、怪しいレベルだったらしい」

 ところで本当に長割肝司の話になっているが、時雨の話をする予定だったのでは?
 という訳で話題は軌道修正される。

「対して、北野の方は成績優秀。災害救助がしたいから国防隊に入った口で、救助に掛ける情熱も熱い。まともに進めば、台風や地震の被災地で、多くの人命を救っていただろうと、その教官は評価していたが……。北野と長割が四年生だった時に、事件が起きた」

 愛作の話が核心に近づき、一同は固唾を吞む。その事件とは……。

「薙刀の全国大会で優勝した女子学生が居てな。長割が密室で、その学生に抱き着いたんだ。【優勝の労い】と言って。その時、北野はたまたま近くを通りかかって、不審な声が聞こえたから部屋に入ったら、長割が女子学生に抱き着いているのを見て……」

 これまでの流れから容易に想像できる話で、一同は呆れたように頷いた。この後、時雨が長割と女子学生を引き離し、長割を激しく怒鳴りつけた件も含めて。

「北野はずっと、長割の行動を批判していた。長割を批判して、教官から叱責されていた学生の一人だったんだ。多くの学生は一度言われたら怖気づいて屈していたのが、北野は屈せずに批判を続けていた。そしてこの日、遂に北野は決意して、長割の父親の元に乗り込んだらしい」

「息子さんが何をされているのか、ご存じなんですか!? あれは隊の雰囲気を乱すどころの話ではありません。犯罪行為です。このような人物を、国民の命を守る国防隊に置いておいて、本当に良いのでしょうか? 今一度、深くお考えください」

   

 全員、当時の光景が容易に想像できた。時雨ならそうするだろうなと、納得できた。そして、次に待っていた展開も。

「だが、長割の父親が反省する筈が無かった。逆に、北野を【隊の輪を乱した者】として批難した。更に、長割や母親も加勢して……」

 肝司は寮の部屋に引き籠もり、様子見に来た教官にこう言ったらしい。

「シグタンが騒いだから、僕が痴漢してるって皆にデマが広がった」

   

 肝司の母・矢馬代は激怒して、国防大の教官に対して騒ぎ散らした。

「キモ君が苛められて、心を傷めた! 苛めた北野という学生を退学にしなさい!」

   

 抱き着かれた女子学生は事件が発覚した当時、彼女はこう話していた。

「部屋に呼びつけられて、いきなり一方的に抱き着かれました」
「長割肝司に好意は抱いてません」

   

 しかし、母の矢馬代が騒ぎ出すと、彼女は急に証言を変えた。

「自分から長割肝司を部屋に呼びました」
「もともと、気軽に肩などを触れ合う仲でした」

    

 そして、矢馬代が騒いだ後の証言のみが採用された。


「という流れで、あいつは国防隊に残れなくなった。不憫に思った国防大の教官が、俺に頼んでな。『そっちの剣道部で使ってくれ』って。で、現在に至るって訳だ」

 ここで愛作の話は一段落した。


 リヨモの過去とは違った壮絶さを持つこの話に、一同は暫し言葉を失った。かつ、先に見た長割肝司の言動、更には日頃の時雨の言動から、この話は真実なのだろうと納得できた。

「時雨さんが『人を助けられる力や機会を授けて貰った』とワタクシに仰った理由、非常に納得できました。時雨さん、本当は人を助けたかったら。でも、今も時雨さんが望んでいた形とは違うでしょうから……」

 リヨモは雨のような音を立てながら、そう呟いた。そんな彼女の背を、光里が摩る。
    その傍ら、伊禰はまだ腑に落ちない点があるようだ。

「解りませんわ。時雨君は人命救助がしたかったのですよね。国防隊が駄目なら、自治体の消防局などの進路は無かったのでしょうか? 国防大で習った内容も生きますし、宝石屋の営業よりは近い仕事かと思われますが……」

 妥当な質問だ。「確かに」と、和都が続く。この問も当然来るだろうと思っていたのか、愛作はすぐに答えた。

「その時、どの地方も消防局やレスキューの募集は終わってたんだ。じゃあ、一年就職浪人すれば…って訳にはいかなかった」

 就職浪人ができなかったのは、時雨の父は彼が高二の時に他界していたからだ。
    その為、当時の北野家は、国防大に通っていた時雨の手当てで家計を支えているという状況で、大卒後も収入を途切れさせることはできなかった。
    だから時雨に職を選り好みする余裕は無く、お誘いの掛かった新杜宝飾に入らざるを得なかった、という次第だった。

 因みに、時雨の父である北野快晴よしはるは国防隊の隊員で、時雨が高二の時の夏に全国各地で集中豪雨が頻発し、出動の回数も増え過ぎたことが原因で、過労死したとのことだ。

「あいつ、父親を尊敬しててな。自分も国防隊で父のような活躍をしたいと思ってたそうだ。一応、国防隊でなくても、今は同じようなことができてるから、これはこれで良かった。みたいなことを俺には話したな」

 話題がまた逸れた末に、愛作の話は一先ずの区切りに達した。約十分だったが、かなり長く感じられた。

    話が終わった時、誰からも言葉が出なかった。また微妙な雰囲気になった。


次回へ続く!

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