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社員戦隊ホウセキ V/第74話;亀裂?

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、九本木ヌーンたる大型商業施設が多数のウラームに襲撃され、社員戦隊は急行した。

 しかしその現場に、国防隊の隊員たちが乱入してきた。彼らはウラームを撃破したが、その引き換えに多数の負傷者を出した。

 このことにブルーが怒り、国防隊員たちと論争を繰り広げたが…。


「揉め事に巻き込んで悪かった。取り敢えず、戻ろう」

 九本木ヌーンの屋上にて、国防隊のヘリが夜空へ飛び去った後、時雨は一同に帰還を促した。
   しかし、この中には腹の虫が治まらない人が居た。

「悪かったでは済みませんわよ。長割大尉でしたっけ? 時雨君、あのドキュン将校とどのようなご関係なのですか? この展開になって、説明無しはありませんわよね?」

 伊禰はそう言って、時雨に詰め寄った。時雨は答えたくないのか、顔を背けて黙り込む。そんな時雨に、伊禰は立て続けに言った。

「私、この部隊に入った時から、貴方のことを怪しいと思っておりました。国防大を出た方が、どうして宝石屋の営業をされているのか?」

 伊禰は怒りの勢いに任せたのか、普段なら絶対に言わなさそうなことを口走った。これに十縷、光里、和都の三人は驚愕して目を大きくする。
 余り表情の変わらない時雨も伊禰の言葉に衝撃を受けたのか、目を点にして硬直してしまう。そして、伊禰は容赦なく続けた。

「国防大でよほど出来が悪かったのかと思いきや、剣道の大学選手権は四連覇。新杜に入られてからも、実業団の剣道の選手権で五連覇中。貴方が抜けたいと仰っても、剣道の腕だけで国防隊が引き留めそうですわよね。しかも剣道だけではない。社員戦隊では、統率力も発揮されて……。貴方は国防隊でも、有能な隊員になられていた筈としか考えられません。本当に、国防大で何があったのですか?」

 伊禰の口調はいつになく刺々しい。問い詰められる時雨は堪らず俯いてしまい、言葉が出ない。

(祐徳先生、今日は凄く怖い。確かに、僕も隊長の経歴は気になってたけど。これじゃ、隊長が可哀想な気が…)

 伊禰に捲し立てられる時雨に、十縷が同情の視線を送ったその時だった。
 伊禰のブレスに愛作からの通信を入った。

『祐徳、気持ちは解るが少し抑えろ』

 と、愛作は軽く伊禰を諫めた。それから愛作は時雨にも告げた。

『北野、こいつらには俺から事情を話しておこうと思うが、それで良いか? プライバシーの問題もあるかもしれんが、この状況ではこいつらが納得しない』

 愛作の提案に、時雨は頷いた。

「了解しました。では、社長にお任せします」

 そう言うと時雨は通信を切り、「今度こそ戻るぞ」と言って歩き出した。
 伊禰は腑に落ちないという表情、和都と十縷と光里は気まずそうな表情で、その背を見つめていた。


   戦場に乱入した国防隊員たちのリーダー格である長割おさわりという人物は、どのようにして社員戦隊の正体を知り得たのか?

   それは去る五月一日の夜、新杜宝飾の展示即売会にゲジョーが現れた数時間後のことだった。

  長割は国防隊よこ酢香すか基地の宿舎の自室に居た。他の隊員は大部屋に複数名が同居しているのだが、長割だけは個室が与えられていた。
 その個室にて長割はスマホを操作し、アニメの女性キャラが裸になっていくゲームに興じていたのだが、そこに唐突な来客が現れた。

「失礼。これを書いたのはお前か?」

 いきなり背後から聞き憶えの無い女性の声が聞こえてきた。最初は息を呑んだ長割。反射的に後ろを振り返った時、彼は我が目を疑った。

「メチャカワのメイドさんが僕の部屋に? デリヘル頼んだ憶えはないけど、そっちから来てくれるなら断らないよ……!」

 そこに居たのは、黒いゴスロリのドレスに身を包んだ少女。ツインテールにした髪の先は、新橋色に染まっており、アイラインと唇も同じ色。そして、紫の宝石を備えたピアスと緑の宝石を備えたペンダントをしている。
 ゲジョーだ。
 恰好こそ珍妙だが、顔立ちは整っている彼女。長割は一目見たら興奮し、鼻息を荒くしながら彼女に迫った。

「待て、何を考えている?」

 不遜で強気な口振りのゲジョーも、長割が迫って来ると一転。身の危険を感じ、真剣に怯えたような表情を見せた。
 そして長割はゲジョーを押し倒し、そのまま圧し掛かってきたが……。ここまでやられたら、ゲジョーも流石に反撃した。

「うおっ!? 何だ!? 何が起こった!?」

 ゲジョーのピアスが鉄紺色の光を放った。すると次の瞬間、粘り気のある鉄紺色の光が何処からともなく生じ、蛇のように長割の体に巻き付いた。すると長割は手を動かせなくなり、更には後退させられて、壁に押し付けられる形になった。何が起こっているのか理解できず、長割は狼狽する。一方、ゲジョーの方はゆっくりと起き上がった。

「性欲の塊か? 動きを封じておく必要があるな」

 ゲジョーは苦々しくそう言うと、ピアスの光を更に強めた。すると、長割に巻き付く細長い鉄紺色の光のもやが、更に強く長割の体を締め付けた。
 堪らず悲鳴を上げる長割。相手をしっかり拘束してから、ゲジョーはギリギリ手を伸ばしても届かない程度の距離まで長割に接近した。

「私はデリヘル嬢ではない。ニクシム……お前らが言うところの、ドロドロ怪物の仲間だ。もう一度訊くが、これを書いたのはお前か?」

 ゲジョーはそう言いながら、自分のスマホの画面を長割に見せた。それは個人のSNSで、こんな内容が書かれていた。

『俺を陥れようとした奴がいた。彼女と抱き合っていたら、それを見た奴が痴漢だと騒ぎ立てたんだ。勿論、嘘はすぐにバレた。そいつは国防隊に居られなくなった。成績は良かったのに、人格はクズ。勿体ない奴だった』

 SNSを見せられた長割は、たなびく光の靄に巻かれて壁に押し付けられたまま、ゲジョーの問に首を縦に振った。するとゲジョー、スマホを操作してある動画を長割に見せた。

「そうか。お前を陥れようとした人格クズだが、今はピカピカ軍団として戦っているぞ。街を守るヒーローだと、巷では認識されているな」

 その動画とは、ピカピカ軍団こと社員戦隊のもの。佐浦中学・高校に乗り込んだキャンピングカーの中で、人々が煌びやかなスーツを纏った姿に変身する光景だった。そして、その中には時雨の姿があった。その光景を見て、長割は驚愕した。

「シグたんがピカピカ軍団!? どうして!? あんな性格悪い奴が!?」

 ある意味、長割は純真で、ゲジョーの見せた動画を疑うことなく信じた。だから、ゲジョーも話を進め易かった。

「国防隊が負けていて良いのか? 国民を守る部隊がド素人に負けていて。しかもうち一人は、国防隊を追われた不適格者だぞ」

 ゲジョーはそう言って長割を煽った。そして長割は単純で、思い通りに乗ってくれた。

「負けてる!? 負けてないよ、シグたんなんかに!! あんないじめっ子がヒーローなんて、おかしいよ!!」

  

 一体、時雨が長割に何をしたかは不明だが…。
 この件を切欠に長割は時雨がピカピカ軍団の一員だと知った。そして、今回の九本木ヌーンへの強行出動に至ったことは、説明するまでもないだろう。


 寿得神社の帰路、キャンピングカーの中は静かだった。居室の光里がブレス越しにリヨモと喋っていただけで、他の者は喋らない。

『あの不届き者の行動は許されません。あれは痴漢行為です。ワタクシが出向いて、あの者を討伐したいくらいです』

 リヨモは痴漢に遭いかけた光里を気遣ったり、長割に怒ったり、忙しかった。ブレスから聞こえる感情の音も、頻繁に変化する。
 光里はリヨモに話を合わせて、相手の怒りが強くなったら話題を逸らすなどして、上手くやり過ごしていた。

 往きとは違って居室に座る十縷は、光里の表情を確認して胸を撫で下ろす。しかし、先のことを思い出すと、どうしても苛立ちが生じる。
 そして十縷は往きに自分が座っていた助手席に、心配そうな視線を送る。そこに座っている時雨に向けた。

(隊長、国防大で何があったんだろう? あの長割って奴、何者なの?)

 先の激しいやり取りを思い出し、十縷はいろいろなことが気になる。しかし、それを聞き出す度胸は無い。時雨の隣でハンドルを握る和都も同じ気持ちなのか、運転に集中していて喋る気配は全く無い。

 そして伊禰は、居室でずっとスマホを触っていた。まるで、周囲の情報を遮断しているほどの勢いで、スマホしか見ていなかった。

 本当に今日の帰路は静かで、気が重かった。


次回へ続く!

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