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社員戦隊ホウセキ V/第40話;期待と重圧

前回


 新杜宝飾のデザイン制作部は、四月二十九日の木曜日から五月五日の水曜日までをGWとしていた。

 十縷はこの七連休を生かし、四月二十九日の木曜日から実家の阿田壬あたみに帰省したが、五月一日の夜には東京に戻る予定にしていた。

「ギリギリまで、こっちに居ればいいのに」

 その予定を聞いたら、母・真琴まことはすぐにそう言った。
    これに対して、十縷は「親しくなった先輩と、デザインの勉強をしたいから」と返したが、これは嘘の理由だ。

(いや、五月三日から五日まで、ピカピカ軍団の訓練とか言えないよね~)

 実は四月二十五日の日曜日の定例訓練の時、鍛錬をこよなく愛する和都が急に提案したのだ。

「神明の大会が終わった後、軽めでも訓練入れられますか? 四日だけでも良いんですよ」

   

 相変わらずハードなことを簡単に言う和都だが、他の面子もこれを了承してしまう程度には、同じくらいヤバい面を持ち合わせていた。

 改めて、社員戦隊は厳しいが、連休中ずっと訓練でないだけマシと思うべきなのだろう。

(隊長は春の即売会と並行して訓練になるんだよね。大丈夫? 光里ちゃんだって、実業団陸上終わったら、すぐに訓練でしょう? なんか、めっちゃストイックだよね……)

 取り敢えず、時雨や光里と比べたら、帰省が短くなる程度で文句は言えない十縷だった。


 十縷の帰省の最終日、五月一日の土曜日の午後二時頃のことである。熱田家は家族四人が居間に集い、いろいろと話していた。

「仕事では、周囲に良くして貰ってるみたいだな。取り敢えず、良かった」

 親しくなった先輩、つまり和都にシゴかれているという話などを聞き、父・恵那児えなじは安心したように頷いていた。

「でも、もうちょっとこっちに居てもいいのに……。東京、ドロドロ怪物が出てるってニュースが多いから、お母さん心配なのよ。ところで十縷、本当にピカピカ軍団に入れられたりしてないわよね?」

 母の真琴は相変わらずドロドロ怪物のことを心配している。
 お約束の問に、十縷は半ばうんざりしたように答えた。

「あれは新杜宝飾じゃないから。仮にそうだとしても、僕が選ばれる訳ないでしょう。それから怪物に襲われて怪我でもしてたら、ここに来てないから」

 真実を言うと面倒なので、十縷はこうして嘘を吐く。そして、真実より嘘の方が本当っぽいので、全員が疑わずに頷いた。

 そんな会話の中、ふと姉・唐尾里かおりが話題を逸らした。

「十縷、そろそろ二時だよ。あんたの言ってた、陸上の大会。そろそろ、あんたが好きな煌びやかな名前の選手が出る時間じゃない?」

 そう、今日は全日本実業団陸上大会の日だ。女子100 m走で光里が出場する。不覚にも、十縷は時刻に頓着していなかった。

「おおっ! お姉ちゃん、ありがとう。僕としたことが、いかん、いかん。光里ちゃんの試合を観ないなんて、新杜の社員に有るまじきことだからね」

 と、言いながら十縷はテレビを付けた。
 テレビを付けると、丁度女子100 mの予選に出場する選手がレーンに集い始めていた。光里の姿が見えて、十縷は騒ぐ。そんな彼の姿を、両親と姉は呆れつつも温かく見守った。

「この子、あんたの会社の選手なのよね? 会ったりしたの?」

 光里が紹介された時、母がそう訊いた。この問に、十縷は半ば自慢げに答える。

「何度も会ったよ。光里ちゃんは経理部なんだ。ちょっとは絡めるかなぁ?……って初めから期待してたけど、思ったより絡みが多くて。もう、最高だよ!」

 と、十縷はにやけながら話す。すると、ある単語が気になった姉が訊いてきた。

「光里ちゃんって……。普段からそう呼んでるの? そんなに仲良いの?」

 こう訊かれると、十縷は少し苦しかった。

「仲が良い……? 険悪ではないと思うけど……。本人の前だと、【神明さん】としか呼べないね。最初に【光里ちゃん】って呼んだら、先輩方に馴れ馴れしいって怒られて……」

 姉のツッコミによって、十縷は少し現実を思い出させられた。
    同じ会社に入った上に、同じ社員戦隊にも選ばれたものの、所詮は同僚に過ぎない。十縷が期待する程、親しい関係にはなれていない。十縷は思わず、溜息を吐いた。

 そんな会話をしている間に、予選は始まった。十縷は大声で、テレビの向こうの光里を応援する。スタートから約十一秒後、光里は明確な一位でゴールした。


 光里の試合を観た後、十縷は実家を発って東京に戻った。


 光里の方は、試合後すぐ帰路に就いた。

 明日は決勝なので、早めに帰って英気を養うべきだが、帰宅する前に光里には行かなければならない場所があった。寿得神社の離れだ。
 ジャージ姿の光里は、慣れた様子で離れに進入する。彼女の声を聞くと、二階からリヨモが駆け足気味で降りて来た。

「中継、愛作さんのご両親様と一緒に拝見させて頂きました。素晴らしかったです。圧倒的な一位でしたね」

 一階に着くと、リヨモは鈴のような音を激しく鳴らしながら、光里を称える。その興奮の仕方に光里は半ば押されつつも、笑顔で返した。

「まだ予選だから、喜ぶのは早いよ。でも、迷惑しちゃね。明日の決勝も頑張るから。ちゃんと観といてよ」

 と、光里は素直に謝意を表した。これに対してリヨモも、「勿論」と返す。
 そして、二人は居間のちゃぶ台に移動した。

「明日の決勝もそうですけど、来年のオリンピックも絶対に観ますから。本当にそれが楽しみで……。光里ちゃんの金メダルが、ワタクシの夢なのです」

 ちゃぶ台の前に座るや、リヨモはそう言った。かなりぶっ飛んだ話で、光里は思わず「まだ出場が決まった訳じゃないよ」とはにかんだが、悪い気はしなかった。

「でも、そういうの励みになるなぁ……。リヨモちゃんが喜んでくれるなら、いくらでも頑張れる! 応援、迷惑しちゃね!」

 光里の顔は自ずとは笑顔になった。リヨモは顔こそ変わらないが、鈴のような音が大きくなる。それから暫く、二人は話に花を咲かせた。


 その後、七時少し前に光里はリヨモと別れた。新杜宝飾の女子寮へと戻り、食堂で夕食を摂ってから、自室に戻った。
 部屋には、意外にもトロフィーや優勝盾の類のものは一切置いておらず、殺風景だ。自室に戻ってきた時、光里の表情は少し暗くなった。

(また代表に選ばれないとね。リヨモちゃんの夢なんだから……)

 そんな表情のまま、光里は心の中で呟いた。そして、更に心の中で続ける。

(多分、お姐さんたちからも連絡あるよね……)

 光里はスマホを手に取った。スマホには、SNSの通知が何件も送られている。全て、今日の試合結果を祝福する友人などから送られてきたものだ。
 その中には勿論、社員戦隊のグループメッセージもあった。

💬
ジュールです。決勝進出、おめでとう! 今日は実家でテレビ観戦でした。明日は予定通り、会場で応援します! 頑張ってね!
―――――――

 最初に見えたのは十縷のメッセージ。それから、伊禰、和都、時雨の順に続いていた。

💬
いねでーす⭐️
私とワット君は会場で観戦でした。素晴らしい走りに、感激致しましたわ。ワット君も「神明、行けーっ!」と、大興奮でしたのよ😆
明日はジュール君も交えて観戦に参りますので、気負い過ぎずに満足できる走りを見せてくださいませ😌
――――――――――

💬
姐さん、余計なこと言わないで……。それはともかく、神明。今日の試合、本当に良かった。さすがだな。明日も期待してるぞ。
―――――――――

💬
生憎、俺は春の即売会でその時間は動けなかったが、映像はニュースで見た。ぶっちぎりだったな。さすが神明。この勢いで優勝してくれ。
―――――――――

 メッセージを見ていると、光里の目は自ずと涙ぐんできた。

「お姐さんもワットさんも隊長も……、やめちぇよ。ジュール君なんか、私に気持ち悪いしか、えわしゃない(言われない)のに……」

 出身地の方言で呟きつつ、光里は返信する。

『みんな、忙しいのに迷惑しましちゃ。明日も頑張るからね!』と簡潔な文だが、これが光里の本心だ。この文面が新たな吹き出しとしてSNSに追加された後、光里は暫く皆のコメントを読み直して余韻に浸っていた。

 しかし、ふと電話が架かって来た。母の千里ちさとからだった。光里はすぐこの着信に応じた。

『光里、試合見ちゃよ。速かーちゃ(速かった)なぁ。公民館でみんなと観ちゃよ』

 母の話題も勿論、今日の試合だった。光里は目を潤ませた暗い表情のまま、口許を弛めた。ところで、母は娘の活躍を喜ぶと同時に心配していた。

『前の試合、膝がいちゃいーちぇどぅぇなかーちゃんでぃ(膝が痛くて出なかったから)、になーちぇな(気になってね)……』

 母にそう言われた瞬間、光里の顔は申し訳なさそうに歪んだ。

(一月の大会か……。試合当日に殺刃ゾウオが出たから、ドタキャンしたんだよね。楽しみにしてた人、多かったのに……)

 表情の理由は光里が思った通り。社員戦隊こと対ニクシム特殊部隊のことは部外秘なので、試合当日にニクシムが出ても「出撃の為、欠場します」とは公表できない。

 この時は負傷という名目で決勝を棄権し、戦闘で本当に右膝と両腕を浅く斬られた。主要選手の欠場にファンは落胆すると共に、負傷を猛烈に心配した。
    光里はそれが猛烈に辛かった。

(ジュール君には説明できたけど、他の人は騙し続けるんだよね……)

 佐浦中学・高校に出たウラームとの戦い終えた後、帰りの車の中でこの件の真相を説明した。
     十縷は膝が軽傷だったと知って純粋に喜んでいたが、光里の方は騙していたことに対する罪悪感で胸が痛かった。

「もう良くなーちゃんでぃ、大丈夫だいちょうぶよ(もう良くなかったから、大丈夫だよ)」

 当時の十縷に対する気持ちと同じ気持ちを母に抱きつつ、光里は精一杯の明るい声を電話口の母に伝えた。すると、母はこう返した。

『それならいい。島のみんなも、心配しちょーちゃからな(心配してたからね)。光里はちゃちゅましまの誇りちゃから。みんな応援しちぇるでぃな(応援してるからね)』

 これで電話は終わった。
    光里は気が重くなり、思わず深い溜息を吐いた。

「多妻木島の人たちが応援してくれてる。リヨモちゃんや、会社のみんなも……。他にも、応援してくださるファンの方が沢山いる……」

 光里は呟きながら、スマホの画面に視線を落とした。
 通話を切った画面は、通常の待ち受け画面に戻っていた。校門と思しき場所で、濃紺のセーラー服を着た二人の女子高生が並んで写る画面に。
    二人のうち片方は光里、もう一方は光里より長身で、凛々しい目をしていた。二人は【宝暦三年度 三上商業高校 卒業式】と書かれた看板を挟み、光里が右側に、もう一人が左側にそれぞれ立っていた。

 この画面が見えた時、光里の目から堰を切ったように、いきなり涙が溢れ出した。その勢いで嗚咽も漏れ始め、十秒と経たぬうちに号泣にまで発展した。

最音子もねこ、本当にごめん。約束、守れなくて…」

 最音子とは、光里と一緒に写る人物の名前であることは察しがついたが、それ以外のことは判らない。光里とどんな関係なのか? 約束とは何なのか?
 殺風景な室内には、光里の泣く声だけが響き渡っていた。


次回へ続く!

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