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社員戦隊ホウセキ V/第41話;最悪のタイミング

前回


 何事もなく夜が明けて、五月二日の日曜日がスタートした。全日本実業団陸上大会の女子100 m走の決勝は、今日の午後三時だ。
 光里は、副社長で短距離走部部長の社林こそばやし千秋ちあきが運転する車に乗り、朝の九時前に会場となる刻律競技場を目指した。

(期待は裏切りたくない。嘘も吐きたくない。だから、今日は絶対に優勝する! お願い、ニクシム! 今日は絶対に出ないで!)

 移動中、光里は心の中でそう叫び続けていた。ハンドルを握る副社長・千秋は、助手席の光里の表情を何度か確認していた。

「光里。平常心でね。周囲の期待とか、気にし過ぎると固くなるから」

 光里の顔は明確に強張っており、思わず千秋も声を掛けた。光里は咄嗟に「大丈夫ですよ!」と取り繕ったが、明らかに不自然だった。千秋は眉間に皺を寄せる。

(一月のこと、明らかに引きずってるわね。まあ、多少雑念はあっても、この子の実力なら優勝はできるだろうけど……。問題はニクシムよね)

 光里の精神状態は気になるが、それ以上にニクシムの存在も気になるところだ。

(兄さんの言う通り、北野君からの報告は光里に伏せておくのは当然として、問題は本当に奴らが出現した場合。試合を優先させるべきか、出撃を優先させるべきか……。本当に悩ましいわね。この子に選ばせるべきなのか、私が命令すべきなのか……)

 実は先日、一部の人たちの間だけで検討されていたことがあった。この件は未だ解決しておらず、千秋は猛烈に悩んでいた。


 十縷の方は、今日は久々の五時起きで、午前中は和都と共に自主トレに精を出した。そして昼食は筋肉屋で蛋白質を摂取。その訪れた筋肉屋で、十縷と和都は大将からこんな声を掛けられた。

「今日、お前らの会社の短距離選手の子、決勝だな。明神みょうじんさんだっけ? 俺が応援してるって、伝えられたら伝えてくれ。んで、今度あの子も連れて来い」

 名前を正しく憶えていないのに、大将は光里の情報を割と把握していた。
    和都がすかさず「その前に、ウチの宝石買ってください」と返し、この場は笑いに包まれた。
 そして、十縷は思った。

(改めて、光里ちゃんは凄いな。本当に、会社の広告塔になってる。立派だ)

 光里の人気、そして会社への貢献度を実感し、十縷は一人で頷いていた。


 昼食後、十縷と和都はサイドカーで刻律競技場へと向かった。このサイドカーは十縷が大学生時代に、足として購入したものだ。勿論、十縷が運転して和都は側車だ。

(いつか、光里ちゃんが横に乗ってくれないかなぁ……)

 などと邪なことを考えながら走っていると、いつの間にか刻律競技場に到着していた。

 競技場の入り口で先に待っていた伊禰と合流し、三人は購入した席に着いた。その時点で時刻は午後一時二十一分。女子100 m走の決勝まで、一時間以上ある。三人は、代わる代わる実施される他の競技を観戦しながら、時を過ごした。

「まだですかねぇ、女子の100 m走。僕、今から心臓バクバクですよ」

 十縷はずっと興奮気味で、それをあしらう和都も楽しそうだった。
 その傍ら、いつも笑顔の伊禰が意外にも表情が硬く、口数も少なかった。十縷もその不自然さには気付いていたが、それに触れる程の度胸は無い。
    だからという訳ではないが、和都の方が切り出した。

「姐さん、どうしたんスか? 暗いって言うか……。何かあったんですか?」

 そう和都が直球で訊いたのは、着席から約三十分後のことだった。
    問われた伊禰は、初め驚いたように目を丸くした。しかし、すぐまた硬い表情に戻り、語り出した。

「申し訳ありません。実は昨日、時雨君からお知らせがありまして……。私と社長と副社長宛にです。貴方たちには、私からお伝えするよう申しつけられておりましたが、いつお話すべきか決断しかねておりましたの」

 伊禰の語り口は、この話題が随分と重い物だと物語っていた。たちまち、十縷と和都の表情が強張る。
 そんな二人の顔を見ながら、伊禰は静かに語った。

「昨日、ウチの会社の即売会に、ゴスロリのお嬢さんが現れたそうです。ニクシムの密偵と思しき、前にスケイリーや扇風ゾウオを逃がしていた彼女が」

 伊禰の話は想像以上に激しいもので、十縷も和都も息を呑まずにはいられなかった。

「僕たちのこと、敵にバレてるんですか?」

「どういうコトですか? 即売会は本社の隣の、会社の催事場でやってますよね? 寿得神社にあるオレンジのイマージュエルの力で、憎心力のある奴らは本社の近くには立ち寄れない筈なのに」

 純粋に驚いた十縷に対して、和都は説明的に疑問点を述べる。
    伊禰は硬い表情のまま、これらの問に答えた。

「オレンジ色のイマージュエルが感知するのは、一定の大きさ以上の憎心力やダークネストーンの力なので、彼女の憎心力はそれ未満とのことです。つまり、彼女自身は脅威ではないようですが……」

 伊禰は話を続けた。

 ゲジョーが即売会に現れたのは、昨日の午後二時頃。服装はゴスロリではなく、水色のニットと黒いロングプリーツのジャンパースカート。髪もツインテールにせず下ろしていて、一般人っぽくしていた。
     しかしピアスとペンダントは装着しており、しかも自ら時雨に接客を依頼してきたとのことだ。

「これから緑の戦士の試合だが、どうせこの仕事で観れんから構わんだろう。旧作でもいいから、JKでも買えそうで且つ洒落たジュエリーを紹介してくれ。青の戦士よ」

 最初、時雨は彼女が誰か判らなかったそうだが、ゲジョーは一瞬だけ出立をゴスロリに変えて、自分がニクシムの使者だと強調してきたらしい。
 そして自分の名が【ゲジョー】で、【下条クシミ】という偽名を使って地球に潜伏しているという情報まで、ご丁寧に提供したそうだ。

   

「ちょっと待ってくださいよ……。神明と隊長のこと、知ってるんですか? 一体、どうやって……」

 和都は声を震わせる。十縷も乾いた感嘆を漏らしている。
    驚きを隠せない二人に、伊禰は説明を続けた。

「ニクシムには、ジュエランド王家出身のマ・ツ・ザイガがいらっしゃいますからね。最初から新杜宝飾に目星を付けていて、当然ですわ。加えて時雨君と光里ちゃんは、それぞれの競技で有名ですから、少し調べれば判りますわよね」

 この話に、和都は「確かに」と頷いていたが、十縷には初耳の情報があった。

(ジュエランド王家出身? ニクシムに? どういうことだよ!?)

 この件を初期メンバーの四人は初めて招集された時に聞いていたが、十縷は教えられていなかった。
 しかし伊禰はザイガのことより、昨日のゲジョーについて伝えることを優先し、十縷の知識不足や驚きは一先ず置いておいた。

「ゲジョーというお嬢さん、地球のITに造詣が深いようで。新杜宝飾のHPもチェックされているらしいですわ。それと私たちの戦闘を撮影して、その動画をアナタクダに投稿し、それで得た収入を地球での活動資金にされているようです。思っていた以上に、相手は周到と言いますか……。情報戦にも強いようですわね」

 伊禰からの話で、十縷も和都も呆気に取られた。
 ところで【アナタクダ】とは、登録者が任意に動画を投稿できるサイトで、視聴だけなら誰でもできるというものである。以前から、アナタクダに社員戦隊の戦いの動画が投稿されていることは全員が知っていたが、まさかニクシムが投稿していたとは、本当に驚きだった。

「お嬢さんは  “  収入の謝礼  ”  と称して、ワット君がデザインされたタンザナイトのピアスを購入されたそうです。それから去り際に、光里ちゃんの話をされたようです」

「明日は三時から、女子100 m走の決勝だな。緑の戦士、一月のように欠場にならなければ良いな。次の五輪出場を考えると」

    

    そう聞いて、和都は真っ先に思った。

「手の内まで明かして、余裕見せつけて……。最後の言葉は、“ 今日の三時にゾウオやウラームを送り込む  ”  って予告か?」

 その言葉に、伊禰は深く頷く。

「その可能性は高いです。ですけど、光里ちゃんには伝えていません。試合直前に余計なストレスを与えるべきではないと、社長と副社長が判断されましたので」

 この話は、ここで終わった。
    かくして先程まで十縷と和都の胸に湧いていた高揚感は消失し、代わりに独特な不安と緊張感が湧いて来た。おそらく、伊禰は初めからこんな気持ちだったのだろう。
 三人は複雑な心境で、光里の登場を待つこととなった。


 伊禰が昨日の話をしてから、約一時間が経過した。それまでニクシム出現の一報は入らず、大会の方も順調に進行していた。
    気付けば時刻は、午後二時五十三分だ。

「次は女子の100 m走。良かった、ニクシム出なかった!」

 場内に響いた『女子100 m走、決勝。まもなく選手が入場します』とのアナウンスを聞き、十縷は胸を撫で下ろした。
    しかし、安心するのは早過ぎる。

「今から出るって可能性も、充分あるだろうが。ぬか喜びすんな」

 すかさず和都が指摘した、その次の瞬間だった。伊禰の腕時計がピンク色の光を放ち、ホウセキブレスに姿を変えた。
 この展開に、思わず三人とも愕然とした。

『伊禰先生、リヨモです。たった今、ゾウオが出現したと愛作さんから連絡がありました。ワットさんとジュールさんもご一緒ですよね? 三人ですぐ向かって欲しいと、愛作さんが仰っておられました。時雨さんは既に向かわれたそうです。現地の映像を、今からそちらに送ります』

 通信の相手は愛作ではなく、リヨモだった。
 伊禰だけに連絡したのは、周囲の人に覚られにくくするための配慮だろう。そしてリヨモは仕事が速く、『送ります』と言った数秒後には、伊禰のブレスに現地の映像を送ってきた。

「この会場の近くですわね……。非常に悔しいですけど、行くしかありませんわね」

 映像の背景から、伊禰は場所を類推した。伊禰の右に座っていた和都、その更に右に座っていた十縷は、彼女の手許を確認してその言葉に頷いた。
 お目当てはここからだったのに、三人とも発たなければならない。トラックに名残惜しい視線を送りつつ、三人は踵を返した。

(こんな時に! 狙ったなら、悪質すぎだぞ!)

 十縷はそう思いながら、出口へ通じる通路を走っていた。


 因みに、伊禰たちの周囲には意外にも観客が少なかったので、彼らはリヨモからの通信で誰かに怪しまれることはなかった。
     また、彼らが席を発った数秒後には、一部の観客のスマホにニクシム出現の一報が入り、少々ざわついていた。


次回へ続く!

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