社員戦隊ホウセキ V/第39話;GW
前回
四月二十四日は土曜日だったが、新杜宝飾の宝飾デザイン部は出社日となっていた。
経理や営業は休みだったので、十縷は何だか損した気がして憂鬱だった。だから、午前中は溜息を吐く回数が多かった。
やがて昼休憩になった。十縷は和都と共に、昼食を摂る為に男子寮の食堂に向かったが、その道中で和都に午前中の態度を指摘されるのは当然の流れだった。
「気持ちは解らんでもないが、流石に溜息の吐き過ぎだ。諦めて仕事に集中しろ」
勿論、和都は仕事に打ち込んでいて、溜息など全く吐いていなかった。反論できず、十縷は唸る。
「そうですよね。代わりに来週の金曜日が休みで、七連休ですもんね。このくらい、我慢ですよね。だけど明日、訓練があるからキツ過ぎですよ…」
溜息に声を乗せて、十縷は答えた。一瞬だけ和都の説教に屈したが、やはりいろいろ考えると辛かった。
和都は意外に「甘ったれんな!」的な発言はせず、「そうかもな」と小さく返しただけだった。
それはそうと、訓練と言えばニクシムいう連想が十縷の脳内で起こり、十縷は話題を切り替えた。
「そう言えば扇風ゾウオと扇風カムゾンの後、ニクシムが出ませんね。四月の頭は、毎日くらいのペースで出てたのに」
十縷の言う通り、ニクシムの尖兵は四月十三日の火曜日以降、九日連続で現れていなかった。この間は当然、社員戦隊としての戦闘が無く、十縷は無闇に体力を削られずに済んでいた。
十縷の言葉を受けて、和都は少し顔を歪めつつ言った。
「ニクシムは凄くランダムだからな。去年からこんな感じだ」
ニクシムが現れないならそれに越したことはないのに、どうして和都は顔を歪めたのか? 出動回数が増えれば、それだけ手当てが増える…などと邪な金勘定をするような彼ではない。
(このままGW明けまで出ないでくれ。今度こそ、神明が大会に出れるように)
来たる五月一日と二日の二日間で、全日本実業団陸上大会が予定されていた。光里が出場する予定のある大会が。
去る一月中旬、ニクシムの出現のせいで光里が出場予定の大会を欠場せざるを得なかったことは、記憶に新しい。
あの時の光里を近くで見た和都をはじめ社員戦隊や関係者一同は、本人と同様に悲痛や悔しさを感じていた。
昼食の時間帯、男子寮の食堂はかなり混むのだが、今日は宝飾デザイン部しか出勤しない都合、かなり空いていた。
「おっ。ジュール君にワット君。今日もお勤め、ご苦労様」
営業部の掛鈴が現れ、食事中の十縷と和都の向かいに陣取った。
「その呼び方、お前にまで伝染してんのかよ? 止めろよ」
ワットと呼ばれて和都は嫌がるような素振りを見せたが、意外に眼鏡の下の目は笑っていた。
(あだ名ができて、実はちょっと嬉しがってるよね?)
和都の横顔を確認して、十縷はそう思った。
伊禰が付けたジュールとワットのあだ名は、最初は伊禰以外ではリヨモしか呼んでいなかった。しかし急速に状況が変わり、少なくとも社員戦隊の間にはほぼ完全に浸透した。
十縷は六日前に当たる日曜日の訓練の昼休憩を思い出し、思わずニヤついた。
さて、十縷、和都、掛鈴の三人の昼食は会話に花が咲き、それなりに楽しいひと時になっていた。
「営業はGWが稼ぎ時だから、ガッツリ休めるデザインが羨ましいが、お前らのお蔭で即売会ができるんだから、文句言ったら駄目だよな」
憂鬱な気持ちと敬意を混ぜて、掛鈴は呟いた。
実は五月一日の土曜日から五月五日の水曜日にかけて、新杜宝飾は即売会を予定していた。場所は本社ビル隣にある自社の催事場だ。
十縷は掛鈴の一言でこのイベントを思い出し、舌を巻いた。
(そっかー。営業の人は皆、GWは即売会だったね…。それに比べたら、僕らはマシか)
十縷がそんなことを思っていると、掛鈴が次の話題を振ってきた。
「伊勢とジュール君は、このGWに実家に帰ったりすんの?」
無難な質問だった。これには和都が即答した。
「裏靖なんて電車一本で行けるから、いちいち帰らねえよ。GWは神明が出る大会が優先だからな。姐さんが一緒に行くぞって張り切ってるし」
口調こそぶっきらぼうだが、和都の発言は仲間思いだった。掛鈴は「おお」と漏らす。
「神明さん、頑張ってるからね。あの子、実家が遠いし仕事は忙しいしで、もう何年も故郷の島に帰ってないみたいだし。俺は即売会で試合を観に行けないけど、代わりに応援してきてやってよ」
掛鈴の言葉を聞いて、十縷は少しいたたまれない気持ちになった。
(やっぱ大変なんだな、光里ちゃん。実は苦労人なんだよな…)
今までファンとして神明光里の偶像を追っていた十縷。
インタビューにハキハキとした口調で答え、会社の宣伝のポスターに満面の笑みで映る光里は、その名に恥じず輝いて見えていた。しかしメディアを介さない生の神明光里は、それまで抱いていた印象とは少し違った。
仕事を的確にこなすクールな女性。芯の部分は義務感の強い人。これが、約三週間で十縷が抱くようになった光里の印象だった。
(自分から短距離走の話をしてるの、意外に見たことないな。多分、それなりの情熱はあるんだろうけど…)
そんな風に十縷がボーっと光里のことを考えていると、掛鈴が十縷に話を振ってきた。
「ジュール君は実家どこ? 遠いの?」
不意打ち気味に問われた十縷は少し慌ててしまったが、質問が楽なので助かった。
「実家は静岡の阿田壬です。温泉で有名な」
十縷の返答は、掛鈴だけでなく和都の食指も動かしたらしく、二人は「そうなのか」と漏らし、ここから十縷は質問攻めにされる形になった。
かくして十縷は、父親がリゾートホテルの従業員であることや、母が過保護気味で電話が頻繁に架かって来ることなどを明かした。
「本当なら、僕も光里ちゃんの大会、二日間とも会場で観たいんですけどね。母がうるさいから、二日目だけになっちゃったんですよ」
十縷の帰省は四月二十九日の木曜日から五月一日の土曜日の三日間で、東京に戻るのは五月一日の夜という予定だが、これは母の意向で期間が延びた結果だと、十縷は強調していた。
(まあ、光里ちゃんの大会はテレビで観れるから良いんだけどね。何だろう。光里ちゃん、報われて欲しいな。あんなに頑張ってるし、ファンにも本気で感謝してるし)
語っているうちに、何故か十縷は光里のことを考え始めていた。
一月の大会を棄権したのは、ニクシムが現れたからだった。それなのに、光里は言い訳をせず、十縷にその件を詫びた。泣きそうなくらいの勢いで。あれは、かなり衝撃的だった。
(ニクシム、次こそは絶対に出るなよ!)
十縷の思考が和都と同じところに帰結するのは、半ば当然だった。
そんな話をしているうちに三人は食事を終え、十縷と和都は職場へ、掛鈴は短距離走部の練習で公営の公園へと、それぞれ向かった。
次回へ続く!
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