見出し画像

身体で学ぶ_240617_#345

▼進学について。

昔と違い、今の方が厳しいのでしょうか。

自分の頃はそんなに、進学で悩みはしませんでした

▼当時、暗記は得意でそれだけで勉強はなんとかなっていた様子でした。

だから自分の場合応用は全くダメで、今振り返っても 

応用力≒考える力 

があったとは思えません。

そしてその頃は、生徒を学力が均等になるよう各校に振り分けるような進学の仕方でした。

試験はあったものの、内申点と試験と評価して振り分けている印象です。


▼私の場合、新しくできたばかりの高校を希望し受験をしたものの、そこには行けず、全く違う学校に行くことになりました。

学校では上位にいたつもりだったので、ほとんどの人が希望通りの学校に受かる中、それは悲しくて涙が出てきました。

そして合格結果と進学先を見て、みんな学校にもどり先生に結果を報告するのですが、帰り路で受験に失敗したやんちゃな奴につかまり、腹いせに蹴られる始末。

そのとき、これが『泣きっ面に蜂』 か、 と思いました。 (笑)

先生も私の泣き顔を見て、かける言葉が出なかったように覚えています。
(いや何かいってもらったかもしれませんが、全く耳に入っておらず)


▼しかし結果的にはその高校で同じクラスになった友人と、大学進学で一生の友になり、楽しい学生時代を過ごせました。
(勉強はできませんでしたが)

今ではあの時、希望していない所に受かったが、逆にそれが良かったと思っています。


▼現在市内では行きたい学校を決めて、滑り止めを決めて、私立も決めてと、希望と学力を見ながら、設定するらしいのです。

しかし子供の友達の兄弟などの話しを聞くと、行きたいところに行けたにも関わらず部活をやめてしまったり、クラスの雰囲気になじめず転校したりと様々。

もちろん行ってみないとわからない所は多々あるのですが、あまり神経質にならなくても良いんじゃない、と思います。

部活が好きならそれで進学先を選べば。

仮に失敗しても色んな道がありますし。


▼『人間万事、塞翁が馬』

人生における幸か不幸かは、まだまだわかりませんよね。

そこで 折れないことを身体で学ぶことの方が、大切かと思います。



〈今日の気づき〉
・当時行きたいところに進学できなかった。

挫折を経験し、一時世の中を信じたくなくなったが、一方で友を見つけ、
結果的には良かったと思う。

その時は幸か不幸かはわからないが、折れないことを、 身体で学ぶことが大切ではないか。
 


 最後までお読みいただき、
 ありがとうございます。

 明日もみなさんにとって
 大切な1日となりますように!!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?