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存在こそ最大のしあわせ、記憶の残るうちに

「また今日も寝てるの?」幼少期の私は母に、朝、下校後よくこのセリフを言っていた。
母はよその家庭とは違う母、知識のない私はどうしてよく寝てばかりなのか、なぜうちの家庭は普通じゃないのか、友達にも言えず決して明るい幼少期ではなかった。
物静かで優しくて、ドジでお茶目な母、だけどそんな母に何が起きていたのか、そこから7年ほど月日が経ちようやく鬱という病気だった事が分かり、でも当時は周囲に鬱という病気は隠していないといけないような風潮があった。
そこから私は地方に嫁ぎ、父が脳梗塞半身麻痺、鬱だった母は大切な父のために必死に介護をし、精神的、身体的に支えになっていた。
私も介護帰省したが、介護が辛いと一言も言わない母がダウンし、「通帳がない」「つけられている」「誰かに話を聞かれている」などおかしな事を言い始め、調べた所"統合失調症"の症状に当てはまる。
本人はそんな病気ではないと病院へ連れて行こうにも拒否し私を不信がる。
そこから数年経ちようやくお母さんも辛いでしょ、と寄り添ったきもちが届き病院へ行ける日が来た。
全く薬を服用しても治らず病院をいくつか変え、明るい雰囲気の女医さんの病院で話を親身に聞いてくれたことも相して、徐々に症状は良い方へ向かっていった。
それでも波があり、またぶり返して夜中から辛そうに母が抱えてるであろう悩みは支離滅裂で理解できない話がほとんどだったけれど、苦しみにもがいている母をたしなめるように同調し、寝かせる日々も沢山あった。
そんな母は今83歳でかなり認知症もすすみ、私の名前も時々出るくらい記憶がなくなっている。
何に悩み苦しんだのか、物静かだったから自分の中で耐えて消化しきれてなかった日々が嘘のように、おかしな発言もしなくなり、幸せそうにニコニコと微笑んで、かなり日常生活を自分で出来なくなったけれど、その存在こそが愛おしくて愛おしくて。
記憶のあるうちにたくさんの感謝を口にすれば良かった、とか、大好きな編み物を一緒に教わりながら2人の時間を濃厚に過ごせば良かったとか、色んな思いがあるけれど、、いまは一日でも、一秒でも、優しくて、チャーミングな母に生きてて欲しいと、切に願ってます。
皆さんも大切な人に大事な言葉を送れるうちに




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