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無くなったトイレットペーパーそのままにしていませんか?

みなさん、こんにちは。
本日も雪との冷たい戦いに打ち勝ったいつきです。

他の記事を読んでくれた方の中には、もう知って下さっている方もいるかもしれませんが、
いつきはお掃除のお仕事をしています。

その職業柄もあると思うのですが、
いつきは度々、使い切って空っぽのトイレットペーパーホルダーに遭遇します。

仕事の場だけでなく、お出かけ先のお店や行楽施設でも結構な頻度見かけます。

もちろん、中には

急いでいて、ウッカリ!

という、偶然によるものもある思います。

いつき自身も、もしかしたら過去にそんなことがあったかも?

でも、中にはあくまで少数ですが、
意識的にそのままにされている方もいらっしゃるようです。

空のホルダーの蓋を上げた状態で、
一応、無い事を次の方に知らせる優しい意志を感じるケースや

明らかに、あと一巻きしたら無くなる!という残量でチキンレースが開催されたであろうケース

ストックを新たに手に取って使った上で、それをホルダーではなく床に直置きされているケースなんかもあります。

そこまでしたなら、あと一息。
ホルダーに補充してもバチは当たらないんじゃないか?
なんて思ったり、思わなかったり、やっぱり思ったり(笑)

いつきは子供の頃から、トイレットペーパーが無くなっていたら、家でも外でも関係無しに交換するのが当たり前で、そこに疑問を感じたことはありませんでした。
もしも、自分がストックの最後の一つを使ったなら、お店の人に申告しています。

何故なら、自分が紙残量が残りわずかな上、ストックも無いことに気付かないまま、目的を達した後に紙が足りなかったとしたら…。
想像しただけでも、悲劇だと思うからです。
次の人にそんな思いさせられません(笑)

だから、空のまま出る人が居るということに気付いた当時は、結構なカルチャーショックでした。

そんななので、過去にはトイレットペーパーをそのままに出る人について、
何故なのかと理由を推理したこともありました(←暇人)

外のトイレやそこに置いてあるトイレットペーパーは、汚いと思って触りたくないのかな?

とか、

お掃除の人やお店の人がやるものだと思っているのかな?

とか、

そもそも、やったことがなくてトイレットペーパー
の交換方法が分からないのかも?

とか、

そういう人は、お家でも補充は人任せなのかな?
それとも外でだけ?

などなど。

以前、一緒にお掃除している人との雑談の中で、何でなんだろう?と尋ねた時には

『いつの時代も、何処にでも、そういう人はいるから、気にしたらきりがないわよ!』

との、酸いも甘いも噛み分けてきたのを感じさせる、力強いお答え。

いつきもそれからは特に気にせず、またかぁ〜くらいに思って補充作業をしていたのですが。

折角、noteという自分の考えを話しても良い場もあるので。

色々な考え方があるのは承知の上で、あくまでいつき一個人の思いとして。

たまにはトイレ事情を熱く語るこんな記事もあってもいいかな?
と思い、書いてみることにしました。

以降もトイレトイレ言ってますので

『トイレが頭に浮かんできて嫌!!』

という方は、回れ右でおねがいします。

まず、いつきが空のトイレットペーパーホルダーを観た時に感じるのは、

寂しいとか、残念とか。

ほんとに微かなものですが、そんな感情です。

それは、お掃除の仕事をしていて手間が増えるからとか、
そういうことでは全然無いんです。

ただ、トイレットペーパーを空のまま出たとしたら。
次に入った誰かが替えるのです。

それが、お掃除の人とかお店の人とかなら全然良いんです。
お仕事ですから。

でも、
それが会社なら 同僚が、
お店なら 同じ立場のお客様が、
お家なら 家族が。

きっとその誰かは、
入ったトイレの紙が無いままだったら、プチストレスを感じてしまうのではないでしょうか?

私が奥さんならブチギレ案件です。

実際に、
『トイレットペーパーを使い切ったら補充しましょう。』
なんていう、張り紙が貼ってあるところもあります。

きっと。
わざわざ言いたくはないけれど、言わなければ替えない人はいつまでもそのままで。
日々のプチストレスは無くならない。
そんな葛藤の末に、誰かの小さなSOSが形にったモノが、あの張り紙なのではないでしょうか。

お店のトイレなどにも良くある、

『いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます』

なんかもそうです。

いつきはあの遠回しな、優しい文面に、
自分達が不快な思いを与えられたとしても、人には不快な思いをさせたくない。
そんな、優しい人たちの思いやりとSOSの気持ちを感じます。

無くなったものは補充する。

借りたものはキレイに使う。

そんな、当たり前のことをお願いしなければならない、誰かのSOSから生まれる張り紙は、どこにも生まれないで欲しいと思います。

お店を利用してやっているから

利用料を払ってるから

自分は外に出て働いているから

冒頭に挙げた、寂しいとか、残念とかいういつきの気持ちは。

きっと、空のままにされたペーパーホルダーの奥に、
知らず、そんな気持ちたちを感じてしまっていたからだと思います。

トイレットペーパーを使い切ったら、次の人の為のにぜひ補充を!
どこかの誰かのプチストレスを、ひとつ減らせるかもしれません。

逆に、トイレをあとにする時に、トイレットペーパーを三角折りにして出られる方がいらっしゃいます。

自分が使った空間を整えて去る。

次の人が紙の先端を見つけやすいように。

次の人が気持ちよく使えるように。

そんな、優しい気持ちが伝わって来て嬉しくなります。

諸説ありますが、三角折りは本来、清掃員による清掃完了を知らせる合図とされています。
このコロナ禍により衛生面で、清掃員以外による三角折りを良しとされない方もいるそうなので、そうしましょうという訳では全然ありません。

でも、誰も見ていないところで、次の人のことを思い行動できる、その人の気持ちの豊かさがとても素敵だと思うのです。

私は、そんなあなたの優しい気持ちが大好きです!

トイレは完全なプライベート空間であり、人の目はありません。
だからこそ、その人本来の姿が出易い空間でもあると思います。

外でどんなに偉い人でも、
身なりが素敵な人でも、

そういう見えない空間で、独りよがりになってしまうなら、残念だなと思います。

人に見られることのない空間であっても、次に使う人を思い行動できる人こそ、
素敵だと思うし、自分もそんな人でありたいと思います。

トイレに限らず、
例え人の目が無い空間であったとしても、自分の目はあります。

人の目の届かないところでも、次に使う人のことを思い行動しているその姿を、自分は見ています。

それを見た自分は、自分を好きになるし、優しい気持ちになれると思います。
それが、心の豊かさにも繋がっていくと思うのです。




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