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もぬけ城の伐り姫 第一話

 戊辰戦争は、維新軍の勝利に終わり、幕府は大政奉還という形で終わりを迎えた。
 その陰の立役者でもある少女は、雪の降る中たった一人で、もう廃城になってしまった場所を訪れる。賊や幕府軍を何百人、何千人伐って来ただろうか?
 まさに『伐り姫』と言う、彼女の通り名に相応しい活躍だった。

 深々と降り積もる雪の中、一人の青年がゆくえを阻む。
 見るからに正義を生業とする姿に少女は、頭を抑える。

青年「待つんだ」

 彼は伐り姫を行かせまいと、立ち塞がっているようだった
 少女は何も語らず、ただ刀を抜いた。合わせて青年も刃引きされた刀を抜く。

青年「もう賊はいない! 奴らと取引をした悪辣な幕府も、全て滅びた! 君はもう自由だろ!」

 二度三度、刀が打合う音の中、青年は叫ぶ。
 そして、そんな彼の言葉を噛み締める。
 けれど、自身が世間に馴染み、真っ当に生活している姿を想像しえなかった。

 少女にとって、ここが、この城が全てなのだ。

 自身を生かしてくれた剣を学んだ。
 それは美しく、強い剣で。
 淑女としてのマナーを学んだ。
 一人前とはいかずとも、人前で恥をかかぬ程度にはなった。
 家族が出来た。
 強かで優しい姉、一人勝ち逃げした兄、幸せになったはずの慕ってくれた妹、怖がりだが最後まで戦っていた弟。

 焦がれる位に愛する人が出来た。
 その気持ちは、まるで降り積もる雪の様に、時が経てば経つ程大きくなって行く。

 少女は、伐れない刀の青年の一太刀を軽くいなし、その脳天に柄を叩きつける。


 結局、少女と青年の戦いは、戦いにすらならなかった。
 青年が弱いのではない。寧ろ彼は一流の武士と比べても、上澄みと言って差し支えない程の実力だろう。ただ、少女の剣舞が圧倒的すぎただけだった。そこには目に見えた傷すらつけて貰えぬ程の実力差があった。

青年「はぁ、はぁっ。クソッ……どうしても、どうしても行くというのか?」
少女「えぇ……」

 少女は、大の字に倒れて悔しそうに聞いてくる青年に一言応える。

青年「そうだ、道場をやらないか!? 君の腕前なら、きっと多くの生徒がやってくるはずだ!」
切り姫「……」

 突拍子もない提案に、ただ首を横に振る。

青年「だったら……そうだ、婚姻してくれ! きっと強い子が生まれる!」

 青年は引き下がるどころか、更に突飛も無い事を口にする。
 そんな彼に思わず、ふふと笑ってしまう。
 喧しくはあれど、どこまでも正しく優しい青年に、最愛の人を重ねた。

少女「ごめんなさい」

 暫くの間、ただ雪の降る音だけが積もってゆく。
 降る雪と同じ色の装束を着た少女は、己が罪過を洗い流すべく、廃城へ足を踏み入れた。

~~~

 世が「妖が出た」だ何だのと騒ぎ立て、面白おかしく舶来の品を手に取っている時代。

 少女は両親に愛されて育った。彼女の両親は貿易商で、少女は何不自由なく暮らしていた。ただ、人一倍、怪談や怖いものが苦手な子であった。

 舶来の商品が仕入れられたと知り、少女は海の向こうの玩具はどんなものがあるんだろうと胸を躍らせ両親の仕事について行った。そこには回すとキラキラと見せる姿を変える百色眼鏡や、頬張れば甘い香りが口いっぱいに広がるカステラなるものがあった。
 少女は目を輝かせて、両親に舶来の品々をせがんだ。

 しかし、荷積み場にて何やら物々しい雰囲気を感じる。両親の後ろからついて行くも、積み荷の陰から現れたのは賊と思しき集団だった。荷積み場には多くの商人の死体が転がっており、少女の両親も彼女の目の前で切り殺される。少女は、「玩具が欲しいだ」などとねだらなければこんな事にはならなかったのだろうかと、幼い身ながら後悔した。

賊「ガキだが、良いおべべじゃねぇか。今殺した奴らの子供か? 身なりも良い、回して娼館にでも売れるだろ」
賊「ワりぃな嬢ちゃん。おっちゃん達と一緒に来てもらおうか」

 まだ幼い少女には、賊の言っている事の半分ほどしかわからなかったが、少なくとも良くない事だろうとはわかった。
 わかったところで、子供の足では逃げることも出来ず、目を閉じ震えて縮こまっていた。

 しかし、聞こえてきたのは刀が激しく打ち合う音だった。
音が止み、目を開けると、血濡れの刀を片手に十人以上の死体の山を見下ろす男がいた。

男「身寄りはあるのか?」

 少女は首を横に振った。男はため息をつき、少女の手を取った。
 先ほどまで伐り合いをしていた者の手とは思えないほど優しい手だった。
 少女は今しがた両親が殺されたというのに、男の手を愛おしいと思った。
 優しい手の主を見上げる。ほんの少し赤みがかった髪に、色白の肌が美しかった。

 男について歩き、半日ほど歩くと、霧がかった平野に一つの城が現れる。
 その城は見たところかなり古そうだったものの、綺麗に手入れされていた。

少女「お城?」
男「一応私の城だ。居抜きだけれどね。だから皆はもぬけ城と呼んでいる。君も好きに呼ぶと良い」

 城に入ると、沢山の子供が暮らしていた。男の子は剣術の修練を、女の子は姫としての教練を積んでいるようだった。

城主「皆、身寄りのない子だ」

 城主は疲れたように語った後、二度柏手を打ち誰かの名を呼んだ。

城主「おさな!」

 すると座敷より、十五、六の女がやって来て、少女に説明を始めた。
 城主はおさなと呼ばれた女が語り始めるのを確認すると、奥の部屋に引っ込んでいった。

おさな「私たちは皆、みなしごです。貴女と同じく城主様に拾われた身です。そして、商品でもあります。この城を存続させるべく、男子は剣士として働きに出て、女子は姫として近くの藩に嫁ぐことになっています。どちらも『匿い姫』『匿い刀』と評判なんですよ。という訳で、貴女には姫としての教養を学んでもらいます。まぁ、心の整理が必要でしょうから十日ほど余暇を与えましょう」
少女「城主……さま、みたいに、なるには?」

 少女は途切れ途切れに言いながら、道場で刀を振るう少年達を指さした。その様はまるで見えない何かを確かに見ているようだった。

おさな「えっと……少しお待ちになって」

 おさなは戸惑った後、トタトタと城主の元へ駆けて行き、少し後、城主と共に戻ってくる。

城主「剣術がやりたいのか?」
少女「城主様みたくなりたいの」

 少女が答えると、今まで殆ど表情を崩さなかった城主は微笑み、自身の脇差を手渡した。
 少女は荷積み場での戦いの音を思い出しながら、がむしゃらに脇差を振るってみせる。その様を見た城主は彼女に手を添え、剣術の指南を始めた。

~~~

 少女が引き取られてから、十年が経とうとしていた。少女は皆から、伐り姫と呼ばれ、慕われていた。
 それまでに、多くの家族と別れを経た。初めに出会った、おさなも伐り姫を気にかけてくれた。伐り姫の同い年の雷太という少年は最後まで伐り姫に突っかかっていた。
 いつの間にか、伐り姫は城では最年長になっており、幾度か婚姻の話が合ったものの、その度に伐り姫は嫁ぎ先の男子達を蹴散らし「私より弱いものに嫁ぐ気はありません」と一蹴した。そも、優秀な匿い刀を幾人も輩出しているもぬけ城すら、伐り姫より強いのは城主位なものになっていた。

 今日も又、嫁ぎ先の候補だった武家の嫡男を叩きのめして破談にした伐り姫は、一人でもぬけ城に帰って来ては、道場で弟妹達の面倒を見るのだった。 なんでも、伐り姫が最年長になってから、女子も望めば刀を振るえるようになっており、伐り姫を慕う少女達も多かった。

城主「またお相手さんを打ち負かしたのかい?」
伐り姫「あんな貧弱な男子に娶られるなど言語道断です」
城主「人は、剣術の腕だけじゃないんだけどね……」
伐り姫「少なくとも、私より弱い者等話になりません!」

 ふんすと怒りながら、伐り姫は言い返す。そんな伐り姫に、城主は肩をすくめて、微笑む。また、城主の笑顔を機に、伐り姫は手にしていた木刀を片付け、城主の隣へ駆けるのだった。
 伐り姫の根底にあるのは、城主への愛だ。
 彼女はそれを隠そうともせずぶつけるので、城主はいつも困った様に笑っているのだった。そして伐り姫は城主のそんな顔が好きだった。

城主「キミよりも強いモノなどそうそういないだろうに……」
伐り姫「でも……貴方は私に勝てるでしょう?」

 城主は、誘惑するような目線の伐り姫にため息をつき、彼女を食卓へ連れて行く。
 伐り姫が幾度目かもわからない破談になったという事は城中で笑い話となった。口うるさい姉代わりが帰って来たとぼやく小僧や、慕う姉様とまた暮らせると喜ぶ姫、反応は様々だったが、もぬけ城は和気藹々としていた。

 また、城主は農業も営んでいた。それは伐り姫の提案で始めたものだった。もぬけ城の子供たちが口にする米の一部は城下で造られたもので、伐り姫も時折手伝いをしていた。彼女は額の汗をぬぐう城主が好きだった。

城主「今年も豊作だ。これもキミが手伝ってくれたからだろう」
伐り姫「いぇ……そんな……」
城主「皆も喜ぶさ」

 この頃、伐り姫は城主に優しく笑いかけられると、どうにも巧く言葉を返せずにいた。熱が出た時の様に頬が熱く、頭がぼやけ、胸の奥にくすぶる何かを覚える。
ただ、城主はそんな彼女にも愛おしそうに手を取り行く道を先導するのだった。

~~~

 それは夕暮れ時であった。妙に城の外が騒がしく、何事かと窓から外を見下ろすと、物々しい武装集団が列を作っていた。彼らの様相を見れば、正式な武士などでは無い事は一目瞭然だった。
 皆の元に緊迫感が走る。
 城主はすぐさま床の間の刀を携え、臨戦態勢に入った。

城主「年長の匿い刀の半分は私についてこい。もう半分は武装して城の中で待機だ!」

 当然、伐り姫も刀を構え城主の隣で意気込む。しかし、城主は彼女の肩に手を置き言った。

城主「君はここに残るんだ」
伐り姫「な、何故ですっ!」
城主「どちらにせよ、城内にも兵を残すからね」
伐り姫「しかしっ、それは私でなくともっ!」
城主「いいかい? 万が一、討ち漏らしが城に入れば、力のない姫や子供達は為すすべなく殺され、犯される。そうならない様に城の中にも指揮が出来る人間を置いておくべきだ。そしてその役を果たせるのは君だ。わかるだろう?」
伐り姫「でも……」
城主「大丈夫、私は負けない。仮に城に敵が入っても、直ぐ戻る。だから、ね?」

 城主は再び伐り姫の肩を抱き、吐息の様な声で言い聞かす。それがくすぐったくて、何も言えなかった。
 結局、城主に言い付けられた伐り姫は匿い姫や幼子達を隠し部屋に隠し、万が一の為に真剣を握り、幾つかの班に分かれ、部屋で待機していた。
 城主と匿い刀達が賊の集団の前に立ちふさがって、にらみ合う。も、その数は十倍では利かなそうであった。

先頭の男「我、向崎と申す! 故あってこの城攻め落とさせて頂く!!」

 幹部格の一人であろう先頭の男の一声により、戦いの火ぶたが切って落とされた。伐り姫は、城の窓からそれを見守る事しかできなかった。
しかし、眼下に映る城主の強さは一線を画していた。向崎と名乗った男は一歩も動くことなく両断される。城主が刀を一振りすれば睦の胴が離れ、返す刀でもう四つ程切り伏せる。なんと美しい剣技か。
城主は戦が始まって四半時もせずに、二百ばかりの屍の山を積み上げた。
また、匿い刀達も相当のモノで、一度に二・三人を相手取っては押しとどめ、隙を突いては敵兵の数を減らしていった。しかし、それも時間の問題で、半刻程経つと、次から次へと押し寄せてくる賊に一人また一人と落ちていった。
 ついには前線が崩壊し、城主と戦うのは不利と見たか、賊は城になだれ込んだ。伐り姫は、生唾を飲み、周りの匿い刀達に勇み叫んだ。

伐り姫「敵が流れ込んでくる! 城主様は外で大勢を相手取っておられるが、直戻ってこられるだろう。それまで、何としてでも姫や子供らを守り抜け!」
匿い刀「「「おおおぉぉぉ!」」」

 伐り姫の号令に匿い刀達も奮い立ち、迫り来る賊を切り伏せる。
 しかし、伐り姫の手は震えていた。
 怖い……。本気で殺しに来る相手がこんなに恐ろしいだなんて思わなかった。剣の腕では、自身の方が圧倒的に上なのに、胸の内からせりあがってくる恐怖に身震いする。
また、伐り姫の動きを鈍らせている理由はもう一つあった。伐り姫の剣術は、道場でのものであり、本当に人を伐ったことなど無かった。切っ先に引っかかる肉と骨の感触、刀身に絡みつく脂、立ち込める血の香り、どれもが伐り姫を恐怖と嫌悪に貶めた。
 それでも、伐り姫達は分け入ってくる賊を切り伏せては防衛していた。

伐り姫「剣の腕なら私たちの方が遥かに上だ。ただ習った様に剣を振るえば……」

(バンッ!!)

 伐り姫が、周りの匿い刀達を鼓舞していると、突如、張り裂ける様な爆音がする。扉が蹴破られ、山の様な大男達が入って来た。その一行は異様だった。血濡れの包帯で身を纏った女や、人の倍ほどの丈の槍を持った僧兵、何より先頭の大男は伐り姫の知っている少年少女達の首をいくつも腰に引っ下げていた。背筋に汗が張り付く。
 匿い刀達は心を奮い立たせ、侵入してきた賊に伐りかかる……も、瞬く間に大男の手にした薙刀で吹き飛ばされた。一目でわかる、この男の力は異常だと。
 また、様相から女も僧兵も相当の実力があると判断した伐り姫は警戒する。

女「賊央、諏信、手を出すなよ」
大男「ではその裏に隠れておる餓鬼でも喰らうとするか」

悍ましい事を返す大男と興味の無さげな僧兵に、気をとられていると、細く長い刀を携えた女が伐りかかってくる。
 なにより、伐り姫の後ろの隠し扉には匿い姫や幼い子らが息をひそめていた。

伐り姫「裏の子らの場所が割れている! なんとしてでも守り抜きなさいっ……」

 女の一撃を受け止め、周りの匿い刀に指示する。匿い刀達も

女「あたしは黒血女。うぬと同じ孤児さねぇ……。親を殺した賊を殺して、その一味すら喰ろうてやった。はて、うぬらはどんな味がするのか」

 恐らく賊の幹部格であろう女と、伐り姫の伐り合いは互角だった。長い間、刀を打ち合い、つばぜり合っていた。
 しかし、周りの戦局は悪くなる一方で、大男や僧兵に次々と匿い刀が落とされていく。ついには隠し扉が開けられ、中の姫や子供らが捉えられ、犯され、生きたまま喰らわれ始める。
 伐り姫は、その惨状に絶望し、伐り合いから目を背ける。

伐り姫「っ……やめろぉ!」
黒血女「よそ見するんじゃないよ」

 実際、余所を見ていられる相手では無かった。

 城内に賊が入って来てから半刻もしない内に、城内は地獄と化した。そこかしこで姫が犯され、遣い捨てられ殺される。子供らは為すすべなく喰らわれ、享楽の一環で引き裂かれる。

 ふと、伐り姫は、もう既に周りで戦っているのが自身だけだと気づいてしまう。
 共に暮らした家族が皆殺され、床に散らばり鉄の香りを香らせていると思うと、背筋が凍り、人一倍怖がりだった少女が顔を覗かした。
 途端に振るう刀には迫力が亡くなり、刀を手放す。

伐り姫「……ぁ……ぅ……ゆ、許して……下さい……」

 あろうことか、彼女は膝を折り、三つ指をついて、目の前の黒血女と周りで匿い姫を犯しながら戦いを観戦する賊たちに許しを請うた。
 黒血女はそんな伐り姫に興味を失ったのか、冷たい視線を逸らし、退屈そうに屍の山の上に座った。

賊A「ぎゃはは、じゃあ嬢ちゃん、俺が可愛がってやるよ」

 観戦していた賊の内の一人が、我ぞといきり立ち、伐り姫の胸に短刀を突き立てる。
 しかし、抵抗する気は起らなかった。家族にも等しい子らを壊され、犯され、殺され、伐り姫の心は折れ、瞳を閉じて全てを諦めていた。

賊A「おいおい! 反応薄……」
(ボトッ……)

 男が伐り姫の無反応さに苛立って激昂するも、続く言葉は無く、何か重いものが落ちる音がした。
 閉じた目を開けるとそこには今しがた彼女を嬲ろうとしていた男の頭が落ちている。見上げると、今まさに幹部であろう僧兵を伐り飛ばす城主の姿があった。

賊B「諏信の旦那が一撃だとぉ?」
賊C「囲め囲め、数で殺せばいい!」

 賊は数に物を言わせようとするも、尋常ならざる城主の剣技により瞬く間に死体の山になっていった。その様相に流石の黒血女や大男も冷や汗を掻く。

大男「黒血女ぇ! 手ぇかせぇ!!!」

 叫んだ大男と黒血女が、恐ろしい速さで伐りかかる城主の攻撃を二人がかりで凌ぐ。しかし、城主の剣劇は凄まじく、黒血女の細剣を弾き飛ばし、大男の薙刀をへし折った。
その勢いは止まらず、周りの賊もとびかかっているのにも拘らず圧倒していた。
伐り姫は呆然とその戦いを眺めていた。

大男「お、おい、おめぇら! その女のガキを殺せ!」

 大男は何とか凌ぎながら、生き残った周りの部下に必死の形相で怒鳴った。
 城主の隙を作るための揺動なのは明らかだった。が、悲しい事に周りには太刀打ちする為の刀は落ちていない。なにより、恐怖で動けなかった。
 賊の数人が武器を振り上げ、今まさに伐り姫にとどめを刺そうとしている。
せめて城主の邪魔にならぬ様静かに逝こうと、覚悟を決め、俯き目を瞑る。

 が、刀が貫く熱を帯びた様な痛みは訪れなかった。代わりに感じたのは優しい温もりで。
 振り向くとそこには、最愛の相手が自身の事を庇う様に覆い被さっており、その胸には深々と刀が突き刺されていた。

伐り姫「あ……あぁ……じょう……しゅ……様……」
城主「す、まないね」
伐り姫「いや……あぁ……ああああああ」

 思わず手が伸びる。あろうことか、自身が、最愛の人を死に至らしめる要因になろうとは思ってもいなかった。
 何よりも受け入れがたい現実に呻くことしかできなかった。
 血や涙でぐちゃぐちゃになりながら、横たわる城主の体を抱く。吹き出る血が、伐り姫の手を染め暖める。血は暖かいのに、心はどんどん冷たくなっていくのを感じる。
 伐り姫は城主に寄り添うようにへたり込み、動かなくなった。
 一連の流れを見た賊の内の数人が、伐り姫に醜い情欲を押し付けようと飛びかかる。

黒血女「その娘はあたしのだ! 今決めた、手を出したら殺す」

 血濡れの包帯女はそう言いながら、飛びかかった賊を切り殺し、伐り姫の頬を掴み耳元で囁いた。

黒血女「理不尽だと思うかい? けどね、これはお上が決めた事だ。お偉いさんがウチに依頼したんだ。多分諸共に処したかったんだろうけど、運が悪かったね。まぁ、死んだふりをしな、もしかしたら生き残れるかもね」

 何故、獲物を助けるような事を言うのかはわからなかったが、黒血女は伐り姫の首元に刀を添えて止めを刺す振りをした後、再び死体の山の上に座った。
伐り姫は、茫然自失で、言われるがまま床に伏し、暴虐の限りが繰り広げられるのを薄眼で眺める。

 思わず涙が流れてくる。
悔しかった。何もできなかったどころか、命乞いまでして、城主や敵に救われる始末で、そんな自分に腹が立つ。
 そも、自分や家族達が一体何をしたというのだ。腹の底から怒りが沸く。理不尽に自分達から何もかもを奪っていく社会に。
 けれど、薄れゆく意識の中、これが最期だと思うと、そんな感情は吹き飛び、ただ唇が震え、最愛の人の骸に呼びかける事しかできなかった。

伐り姫「じょう……しゅ……さ……ま」

 愛しています。

 そこで伐り姫の意識は途絶えた。

~~~

 地獄から一昼夜が経ち、賊は満足したのか去っていった。城の中には蒸せ返る様な血の匂いと、家族だったものの残骸ばかりだった。
 目を覚ました伐り姫は、直ぐ側に伏す城主に手を重ね、枯れた涙を流した後、彼の刀を手に取り立ち上がった。
 誰か生きている者はいないか。血濡れの床をひたひたと、孤り屍の山を歩く。

 ふと、匿い刀の遺体が折り重なった戸の裏から、わずかだが物音が聞こえた。

???「しっ! まだ残党がいるかもしれないわ」

 この強がったような、凛とすました声に覚えがあった。故、仲間の骸を押しのけ、隠し戸を開く。中には見知った顔が数人隠れていた。先頭には震える手で脇差を構え、警戒する少女の姿。

伐り姫「み、はや?」
深早「ねぇ様! あぁ……良かった……わたくし達の隠し戸だけ骸の陰になっていて……」

 警戒していた深早は、伐り姫を慕い、剣術も習っていた少女だった。彼女は伐り姫の姿を見るや否や崩れ落ち、抱きついてくる。
 きっと、幼いながらに、隠れた戸の内で一番年長だと、気丈に振舞っていたのだろう。
 乱れた彼女の髪を撫で、解いてやる。

深早「わたくし、怖くて……でも、隙間から見たんです。ねぇ様がずっと戦って下さっていたのを。匿い刀の方々が、この戸が隠れるように立ち回って下さったのを。だから、見つからぬ様、必死で息を殺して耐えていました」

 彼女は緊張の糸が切れたのか、伐り姫の胸でぶわっと泣き出し始めた。つられて後ろの子らも泣きだし、ついには伐り姫まで涙を流した。地獄の中で、枯らしたはずだったのに、不思議と家族と再び見えると、ぽろぽろと溢れて止まらなかった。
 伐り姫達は肩を寄せ合い泣きじゃくり、奇跡的に生き残った数人の仲間達と合流し、僅かに残された食糧庫を漁る。その後、「別れは哀しい事だけじゃない」等と自分達を騙し偽り、城の外に出た。

 皮肉なことに空は何かを祝っているかの如く、雲一つない快晴であった。

 傷で痛み、重くなった気がする体を圧して、城下の田園道を行く。暫く歩くと、遠くに武装した集団が見えた。
見た目から察するに、賊の残党などでは無く、どこかの藩の武士だろうが、敵である可能性も否定はできない。恐らく、賊が攻め入ったという事を聞きつけ、目的はわからないが、馳せ参じたのだろう。
しかし、伐り姫達は彼らに縋るより無かった。
 意を決し、彼らの前に姿をさらす。

馬上の男「あぁ……そなたら、無事に生き残ったのだな……」

 その様に目を伏せた馬上の男は、後ろの一団に向かって叫ぶ。

馬上の男「生き残りの子供ら十名弱を見つけた!」
深早「保護……して貰えるのかな?」
馬上の男「おうとも。良く生き残った、もう大丈夫だ」

 快活そうな男は馬から降り、自身の纏が汚れるのを気にも留めず伐り姫達に新しい羽織をかけた。
 曰く、彼らは壬生佐紀という藩の人間で、もぬけ城の城主に世話になった事があるらしく、一時は匿い刀や匿い姫を受け容れたりもしていたらしい。
 深早達は、少し安心したようで、保護してくれる武士集団に涙を浮かべながらお礼を述べていた。

 その少し後ろ。本当に廃城になってしまったもぬけ城を振り返りながら、伐り姫は城主の刀を握り締める。
 今思えば、奪われてばかりだ。
 愛してくれた両親も、家族にも等しいもぬけ城の者たちも。

 なにより、胸が痛くなるくらいに愛していた人も。

 瞳からは、枯れ果てたはずなのに、涙が零れ落ちる。
 とめどなく、乾いた大地に染み込んで。

誰にも聞こえぬように、されど、努忘れぬように伐り姫は呟く。

伐り姫「あ゛ぁ……。許してなるものか、賊も、お上も、何もかも……鏖にしてやる……」

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