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【短編小説・非日常】 にんげんっていいの? 2/4

 休憩場所の側では外灯が一日中灯っている。

 犬たちは、自分たちが眠くなるまでおしゃべりしたり、追いかけっこをしたりして、明かりと安全を満喫している。

「さっきの話だけどさ……。他のやつを気にしてる人間、この前見たぞ。飯くれたやつなんだけど、飯食べてる間ずっと俺に四角い器械を向けて来やがった。何やってるのかとその機械を見に行ったんだが、どうやら他の人間と俺の姿について会話していたらしい。意思疎通に使う記号は理解できなかったが……、いちいち報告しないといけないほど他のやつが気になるっぽいな」

「なんだ、そんなことまで相手に伝達するのかよ。それで一体、あいつらになんの得があるんだろうな」

「いや、わからん。しかし、会話するにしても記号を送るにしても、なにかニヤニヤしてるんだよ、あいつら……。俺らにとって意味がないことが、あいつらのメリットになっているのかもしれん」

「まあ少なくとも、お前の外見が人間の興味を引いたんだろうな」

「外見? 死んだ親父は、俺がミニチュアダックスフンドの純血だといってたな」

「うわ、最強だな。純血でも、ブルドックやシェパードみたいな連中は、人間に怖がられてすぐに保健所行きだもんな。小さくて弱々しい見た目のやつのが、この世界では安全だからついてるよ、お前」

「バカ言え、人間は純血の動物が大好物なんだぞ。食い物よりずっと価値が高いものと交換できるって話だから、気が気じゃねえよ。人間は俺を人形みたいに思ってるのか、すぐ触りに来るし……。ストレスがたまって仕方がないわ」

「……それ、聞いてるこっちは欠点のようにカモフラージュされた自慢話にしか聞こえないぞ。俺なんて、ミックスされすぎて犬も食わなくなっちまってる。奇跡でも起きねえかぎり飼い犬にはなれねえよ」

「そんなことないだろ。誰彼かまわず世話を焼いてくれる、働き蜂みたいなやつもいたぞ。何が嬉しくて餌くれるのかさっぱり分からんけど」

「ああ、あいつら短い蜂生を全部他のやつに使ってるからな、俺には到底真似できん。でも人間にとって、種族の違う俺らを助けるメリットって何があるんだろうな」

 話をしながらのかけっこに疲れたのだろうか、犬たちは動くのをピタリと止め、自分たちの寝室へ目をやる。
 
 そうすると必然的に、もう一つ大きな段ボール製の住処がポツンと目に入った。
 
 入り口には、”メリーちゃん一家のおうち”と拙い字で書かれた看板が掛かっている。
 すぐ側には餌入れ用のカラフルな容器がいくつかあり、キャットフードが補充してあった。

 「それに比べて猫の連中は楽そうだよな~。あいつら人間に気に入られる見た目してるから、すぐ助けてもらえるじゃん。それにあいつらの体って体積が小さくて跳躍力があるから、壁の上でも門の隙間でも入り放題ときたもんだ」

「そういえばあの白いの、最近人間の食べ物を蓄えるようになって随分肥え太ったよな」

「羨ましすぎだろ。……うまく人間に取り入ったよな」

「だな、ああいうところだけはぬかりないよな。この前も駄菓子屋の年寄りにすり寄って、煮干しを乞食いてたしな。店を閉める時間には必ず待ち構えてるんだぜ」

「もし俺らがやってみろ、噛みつきに来たと勘違いされてホウキでたたかれるだけだろ」

 犬たちが猫の妬み嫉みを共有していると、校舎の影から軽快な走りで白い猫が飛び出してきた。

「あら、あなたたち何やってるの? 口ばっかり動かしても、食べ物はやって来ないんだよ」

「ああ? さっきまでお前らの話をしてたとこだよ。たいした労力も使わず、飲み食いできるご身分でようございましたねってな」

 猫は目つきがさっと鋭くなり、眉間がゆっくり狭くなっていく。

「はあ? 軽く考えてんじゃないわよ。人間に自分から近づくってことはね、そいつがどういう考えをもっているか瞬時に判断しないといけないってことなの。やばいやつだった場合、捕まればジ・エンドよ。媚びる(いきる)か飢える(しぬ)かのこの世界、あなたたちにそのリスクを背負う覚悟はある?」

 ネコの手元でカリッという地面に爪が擦れる音がすると、犬たちは耳をだらんと垂らして言い返す戦意を喪失してしまった。

「……俺は残飯あさりのほうが気楽でいいな、腹壊すリスクくらいしかないし」

「まあ、確かによく分からない人間に近づくのは怖いわな……」

 その後もいいように犬たちをいびり続けると、満足したのか猫はふらっと”メリーちゃんのおうち”へ入っていった。

「なあ……、あいつって仲間にもあんな感じなのかな。自分は相手をおちょくってもいいけど、自分が一言でも言われたらすぐ頭に血が上ってやがんの」

「さすがに同種には分別わきまえてるんじゃね? 普段からあんな調子じゃすぐハブられて餓死するだろうからな。俺たちは比較的いい頭もらったから、相手をひとくくりにして考えるのは止めようぜ、知力が下がる」

「ああ、確かにそうだな。あいつがまともなやつだとすると、裏を返せば俺たちだからこそ言いたいことを何でもいえるとも考えられるな。つまり信頼ってやつだ」

「……軽く見られてるだけだろ」

 人気のない静かな校舎へ心を預けるかのように、犬たちは安心を噛みしめながら談笑に終始したのだった。