【短編】君も主人公にならないか
「君は、この物語主人公になってみたいかい?」
YES or NO
突然僕の前に現れた選択画面。なんだかわからなかったが、怖いのでとりあえずNOを選んだ。
「全く、君は控えめだな。仕方がない、特別だ君を主人公にしようではないか」
「い、いえ結構です。というか、なんですかこれ。真っ暗で、このよくわからないホログラム的な画面しか見えないんですけど」
「よーし、まず初めに主人公になるために大事なのは、どういうタイプの物語を進んでいくのかだ。選択肢はたくさんあるぞ」
また、僕の眼の前の画面に選択肢が映し出される。
バトル系、異能バトル系、異世界転生系、異世界召喚系、日常系、ラブコメ系、恋愛系、ミリタリー系、ミステリー系、時代物系・・・―
僕の前には、ひとスクロールしても続いている程の選択肢が並べられた。
「…いやだから、僕別に主人公になりたいとか思ってないので。その、どうやったらやめられますか?」
「辞めることなんてできないさ。君はもうすでに主人公になるという契約をしてしまったからね。さあ、始めようじゃないか君のストーリーを」
駄目だ。全く話にならない。
「無理です。こんなに多くては決められません。そっちで勝手にやってくださいよ」
半ば諦めた僕は、左手をヒラヒラさせた。
「そうかい、それなら、んー。君が向いてそうなのはこれだな。とりあえず異世界転生系にしといたから。それじゃあ物語、よーい、スタート」
カンッと映画のカットのような乾いた音がしたと同時に、視界が一気に明るくなる。
そして僕はいつの間にか自分の部屋にいた。
時刻は午前8時。登った太陽の明かりが、窓辺のカーテンの隙間から差し込んでいる。
あ、遅刻する。
僕は急いで高校の制服に着替えると、一階へ駆け下る。母の「ご飯どうする?」の声を「いらないっ」の一言で振り切って、玄関を突き破るように出る。
僕の目に、住宅街の間を通る細めの路地が飛び込んできた―。
「ちょっとちょっと! なにしてるの!」
さっき聞いた男の声とともに、視界が一気に暗転する。
僕は真っ暗な闇の中で、勢い余って一歩大きく前に足をついた。どうやら際限なく続く闇にも地面という概念はあったらしい。
僕は、前傾姿勢を直すと辺りを見渡し首を傾げた。
「だめじゃん、学校行行ったら」
「へ?」
思わずアホっぽい声が出た。
僕は傾げた首を更に曲げる。
「いやいや、へ? じゃなくて。学校行ったらだめでしょうよ」
「…ど、どうしてですか?」
「どうしてですかって、異世界転生系の主人公だ、か、ら、だ、よ」
「あのー、言ってる意味がわからないんですけど。というかそもそもこれって一体―」
「とにかく、君は異世界転生系の主人公にならなきゃだめなのっ。それ以外のことなんて考えないでくれよ」
「はあ。もうそこからよくわからないんですけど」
「だーかーらー、さっき契約したでしょ? もうそれで君は主人公になったのっ。確定なのっ」
いちいち語気が強いなこの人。
「はいはい、もうそこまでは良しとしますよ。で? どうして学校行ったら駄目なんですか?」
「はぁー、全く君はわかっていないね」
だから聞いてるんですが…。
「いいかい。異世界転生系の主人公はたいていね―」
声しか聞こえないはずなのに、男が人差し指をピンとこちらに向けている姿が見えた。
「引きこもり、なんだよ」
決め切るような、役に入り込んだ声色で男の声が聞こえてきた。
「わかるかい? 引きこもりニートか、引きこもり不登校でなくては、大抵の場合異世界転生系の主人公は成り立たないんだ。はい、やり直しね」
もう何だよこれ。
「じゃあテイク2。よーい、スタート」
また乾いた音がした瞬間に辺りが明るさを取り戻す。
気がつけば自分の部屋にいた僕は、壁にかかった時計に目をやる。時刻は午前八時。
あ、やべ遅刻する。
僕はまた、玄関を勢いよく飛び出す。そしてまた、あの暗闇へと誘われる。
「だから、駄目なんだって。行ったら駄目なの。もう一回ね、やり直しね。よーいスタート」
また午前八時の自分の部屋。僕は玄関の戸を開く。
「ねえ、駄目だって。次もう一回ね。次こそは頼むね。よーいドン」
また午前八時の僕の部屋。
僕はこのループを、もうあと五回ほど繰り返した。
「え? なに? 君もしかしてループものの主人公やりたかった? ごめん。でももう変えれないからさ、お願い、引きこもって。もう学校いかないで。ほんとにお願い」
あれだけ人語気の強かった男が、疲れ切った声で語りかけてきた。
「はいはい、わかりました。次は引きこもりますよ」
「信じるからな、よーいスタート」
計七回のループの末、僕は正解の道を作り出す様努めた。
午前八時、自分の部屋。
僕は少しのカーテンの隙間から漏れ入る日光を人睨みして、ベッドの布団に潜る。
少しして誰かが階段を上ってくる音がした。
コンコンと部屋の戸がノックされる。
「ちょっとあんた。遅刻するわよ」
母のその言葉に僕は何も返さなかった。
「ちょっと、まだ寝てるの? 早く起きなさい」
「…」
「あんた、ほんとに遅れるわよっ」
「…」
「もうほんとにっ、早く起きなさい―」
母がドアノブを捻り、中に入ってきた。
「…やすむ」
僕は布団にくるまったまま応えた。
「何言ってるの。体調でも悪いの?」
「…うん」
「熱は?」
「多分ない」
「じゃあ学校行きなさ―」
「いいから今日は休むの!」
叫び慣れていないせいか、少し裏返った声で母親を突っぱねた。
「そ、そう。わかったわよ」
母がゆっくりと戸を閉めながら部屋を出た。
僕はその様子を軽く布団から顔を出して覗き見る。
去り際に母が、「何かあったのかしら」とつぶやいたのが遠くで聞こえた。
「素晴らしい! それだよそれ。やればできるじゃないか」
あれ、自分の部屋にいるのにヤツの声が聞こえる。
「あ、ありがとうございます。これで終わりでいいですかね」
「何を言ってるんだい。ここからが本番じゃないか。とりあえずあと短くて半月は不登校で引きこもってもらうよ」
「え?」
「それでようやく準備万端。君は少しお腹へったなと、夜中コンビニに繰り出すんだ。そこで、ボンッ強い衝撃が!? 気を失った君が目を覚ますとそこには―。そうしてようやく本筋のストーリーがスタートしていくんだ。いいシナリオだろ?」
「え。あの…」
「それじゃあラウンド2といこうか。半年以上引きこもってくれよー。よーいスター」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってって」
僕は彼のスタートに無理やり割り込んだ。
「嫌ですよ、普通に」
「だから駄目だ。これはもうすでに契約がなされていて―」
「そんなん知るかよ。嫌だから、普通に引きこもらないからね」
「そしたらまたループだよ?」
「は? なんで? 嫌だけど」
「嫌とかじゃなくて、契約だから」
「いや、契約破棄するから。できないのそれ? まあ、できなくても無理やりするんだけど」
「ま、まあ、できないことはないけど…」
「じゃあ今すぐして」
「ど、どうしてだい?」
今までとは違い、彼が本心で話していて、とても焦っているように思えた。
「どうしてって、嫌だからだよ。そんな面倒なことしたくないって」
「面倒なこと? 何を言ってるんだ。僕は君にチャンスを与えたんだよ? 君なんてこれまで意味のないようなダラダラとした生活を送ってきたじゃないか。なんの刺激もない、つまらないようなそんな人生だったろ? それを僕は変えようとしてあげてるんだ。ほら、僕と手を取って一緒にワクワクしてドキドキするような世界へと行こうじゃないかっ」
「あ、嫌です」
彼の力説を、僕はその一言で一蹴した。
そして、一言一言淡々と発する。
「あのー、そーゆーのどちらかといえば観る専なんで僕。それと意味のないようなとか、刺激がないとか仰ってたけど、全くその通りです。が、僕は別にそれを変えなくてもいいです、はい。だって、そんなの当たり前なので。そりゃあ、主人公なんてものに成れたら楽しいんでしょうけど、そもそもそんな器、僕は持ってませんから」
僕は最後、男に笑顔を向けた。
「まあ、ガチで人生つまんねぇーって思ったら呼ぶんで来てください。ありがとうございました。契約の方破棄していただきますようよろしくお願い申し上げます」
「あ、はいっ」
気の抜けたような返事が聞こえた。
僕は布団から抜け出して、起き上がると一つ伸びをした。
「さて、せっかくのズル休み満喫しますか」
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