【短編】あなたへ
私が綴ったこの手紙は、果たしてあなたに届くのでしょうか。
拝啓
けんじくん、今日は私の上ばきをいっしょに探してくれてありがとう。
学校中探しまわってくれて、中庭の池の中まで見てくれて、服とかよごれちゃったよね。お母さんにおこられちゃうよね、ごめんね。
見つかったって言ったけど、本当は見つかってないんだ。けどさ、やっぱりけんじ君にはめいわくかけたくないよ。
いつもたくさん話しかけてくれるけど大じょうぶだよ。
ありがとう。
敬具
私は、ゆっくりとしゃがみ、歩く蟻の行列を眺める。
拝啓
健司君、今日も心配して話しかけてくれてありがとう。
もうすぐ小学校も卒業だね。あんまり楽しい思いではないけど、健司君のおかげで、つまらなくはなかったよ。
中学に行ったら、もう少し楽しい生活が待ってるかな?
健司君、中学に行っても仲良くしてね。
いつもありがとう。
敬具
私は、行列の奥に伸びるタンポポの綿毛にふーっと息を吹きかけた。
拝啓
健司、最近部活頑張ってるね。といっても、一年生の間は球拾いとかからかな?
こんがりと焼かれたその肌と、手の平にできたそのマメはいずれ輝くための努力の勲章だね。いつか活躍するその姿を楽しみにしてるよ。
中学に入っても、違うクラスなのに私のこと気にかけて話してくれてありがとう。お陰で友達も一人できたんだよ。また今度紹介します。
いつも、本当にありがとう。
敬具
私の息にと吹く風に乗って、タンポポの綿毛がサーっと散って飛んでいく。
拝啓
健司、卒業おめでとう。
お互い志望校合格できてよかったね。違う学校だけど、それぞれ楽しい高校生活過ごせるといいね。
健司は野球頑張ってね。もし甲子園出るってなったら、応援しに行くから。
私はまあ、とりあえず勉強頑張ってそれなりにいい大学入れるように頑張りたいと思ってます。
中学校でもお世話になりました。
ありがとう。
敬具
私は立ち上がろうと膝に手をつき、ぐっと足に力を入れた。
拝啓
中岡、元気にしてますか。
私はそれなりに元気にしてます。
こっちは勉強が本当に大変で、ついていくのがやっとという感じですが、それでも高校自体は楽しく通ってます。
中岡はどうかな?
中岡も楽しく過ごせていると嬉しいです。
こうして過ごせているのも、中岡が中学の時話してくれたおかげだと思っています。
ありがとう。
敬具
私は立ち上がると、ポンポンと腰を叩いた。
拝啓
中岡、そっちは就職するんだっけ。
私は今、受験勉強にいそしんでいます。
志望校は、結構難しい所だけど、それでも絶対合格するんだって頑張ってます。中岡は残りの高校生活楽しく過ごして欲しいと思います。
本当に勉強大変だけど、中岡が大会で頑張っていた姿をまじかで見たから、私も頑張れています。
ありがとう。
敬具
遠くに目をやると、家の庭越しに遠くの山が青く見えた。
拝啓
健司さん、こっちはもう桜の花が散り始めました。そっちはそろそろ満開の頃でしょうか。
大学の入学式はたくさんの人で、大学はとても大きくて、自分自身が小さく感じてしまいます。
そちらはいかがお過ごしでしょうか。やはり、会社勤めは大変ですか?
私はこれから、この学び舎で多くの学びを得られるよう努力していきたいと思います。
遠くまで来てしまいましたが、健司さんが別れ際に言ってくださった「がんばれ」の一言を胸に精進していきたいと思います。
有難うございます。
敬具
遠くの山から、近くに視線を戻した私は、ポケットからマッチ箱を取り出した。
拝啓
健司さん、私ももう大学を卒業となります。
錦を持ち帰られるかどうかはわかりませんが、ここで学んだことをそちらのほうで発揮できればと思っております。
健司さんはいかがでしょうか。もうすでに役職についていたりして。
二年ほど前、成人式で会ったときは大人びたその姿に驚きました。
色々と大変な四年間でしたが、地元で健司さんが頑張っている姿を想像して、勝手に勇気をもらっておりました。
もうすぐそちらへ帰ります。
有難うございます。
敬具
私は箱からマッチを一本取り出した。開けたマッチ箱からは、独特の火薬時の匂いが鼻の奥に届いた。
拝啓
健司さん、今日はびっくりしました。
いきなり「結婚前提でお付き合いしてください」なんて。
でも、本当に嬉しかったです。小学校のころから仲良しのあなたと一緒になれるのと思った時、私の心は踊りました。
これからよろしくお願いします。
告白してくださって有難うございます。
敬具
私はマッチ棒をやすりの部分に思い切りこすりつけた。マッチの先にぼわっと火が灯る。
拝啓
健司さん、結婚してもう十年が経ちましたね。
親になってももう九年程経ちました。
子供たちが日々成長する姿には驚かされますね。
ところで最近私達に対して少々冷たくありませんか?もちろんお仕事が忙しいのはわかっているつもりですが、もう少し家族を思う時間を増やしていただけると、私としては嬉しく思います。
いつも、家族のために働いてくれて有難うございます。
敬具
私は火のついたマッチをぽっと下に落とした。
拝啓
あなた、もう子供達みんな大人になりましたね。
それぞれ巣立って、色々な場で働いて、ほんとしっかり育ってくれてよかった。ほとんど私が面倒を見て来たんですけどね。
冗談はさておき、あなたも仕事を終えて、本当にお疲れ様でございました。これからは二人で過ごす時間が増えますね。
ゆっくりと二人で歳をとっていきましょうね。
これまで家族を支え続けてくれて有難うございました。
敬具
私の足元に落ちた火は、便箋の山を燃やし始めた。
拝啓
あなた、あなたがいなくなるなんて、私は考えられません。
あれだけ体が丈夫だったあなたが病にかかるなんて。
病院の消毒液のにおいが鼻からずっと離れません。家にいても、一人あなたの無事を祈るばかりで、暇があれば鶴を折る毎日です。
あなた、頑張って。私が逝くまでどうか生き続けて。
敬具
「おばあちゃん、なにしてるの?」
孫が縁側の窓から顔をのぞかせていた。
「んー、そうねぇ、手紙を届けているのよ」
「てがみ?」
「そうよ」
「誰に届けてるの?」
私は、細く立ち上る白い煙の行き先を見つめる。
「そうねぇ。私のねぇ、私の―」
そこまで言って私の喉奥からぐっと何かが上って来た。
しわしわでカサカサの手で、私は目を覆った。
「おばあちゃん?」
心配した孫が、はだしで飛び出してきた。
「だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だよぉ。ごめんね」
私は孫の頭にポンと手を置いた。
拝啓
あなた、あなたが今ここにいないことが、私にとってはとても悲しいものです。今まですぐそこにいた人が、いなくなるなんて、なんと虚しさでいっぱいなことでしょうか。
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