12月8日(ワーホリ日記)②〜飛んでったファルセットボイス〜
今日はミートアップに参加した。
ミートアップとは、同じ趣味の人の集まり、オフ会みたいなイベントである。音楽好きなので、かねてより音楽仲間を作りたいと思っていた。まあ音楽に限らずとも、こちらで新しい友達を作れる良い機会だと思った。
今回のミートアップの内容はと言うと、「オープンマイク」という形式で、ソロやデュエット、バンド形式でそれぞれがステージに上がって順番に曲を披露していくというスタイルの演奏会である。
僕は極度のあがり性なので、それが懸念だった。昔から人前に立ったり、話したり、プレゼンしたりがもういやで嫌で仕方なかった人である。でも、せっかく海外に来たのだからひとつ自分の殻を破りたいという思いもあり、思い切ってやってみようと参加申し込みをしたのだ。
当日、指定されたスタジオに着くと参加者は観客も含め約30人ぐらいだった。ほとんど現地の人で、常連も多いようだった。日本人は僕一人だけ。
正直、めっちゃ気まずかったが、とりあえず愛想だけは良くしておいて、だれかと目が合うなり、笑顔で「どうも。新人です」とやたらに言っておいた。
そんなアウェイ感の中、一筋の光は友人のアーヴィンが今回のイベントに駆けつけてくれることだった。イベントの開始時間まで、会場内で「ああ帰りてえな、、、」と気まずくしていると途中でやってきた。もっと早く来てくれても良かったのだが、入口のドアのところにアーヴィンの姿を見つけた時は、もう後光が差していた。
・・・・・・
今回、僕が披露したのはジョンメイヤーの「My Stupid Mouth」という曲だ。サビにファルセットボイスが効いた恋愛ソングである。
ファルセットとは、高音を裏声で歌う、あの歌い方だ。
歌い方によっては少しキザなイメージもあるが、きれいに歌うことができれば、めちゃカッコいいし、もう注目の的になること間違いなし。
逆に失敗すると、すごくイタい感じになるので、相当注意しないといけない部類の歌い方である。いわゆる諸刃の剣というやつだ。
大勢の人の前で恥をかきたくなかった僕は、一応自宅でスマホのボイスメモで自分の歌声を録音して、自分で客観的に聞いても許容範囲だなと思うところまで練習して歌を仕上げてきたつもりだ。
そしてイベントが始まると、次々と演者がパフォーマンスをしていく。
いよいよ僕の番が回ってくると、司会のデイビットが僕の名前を読み上げるので、前に出ていき、ステージに上がる。
僕は4番手だった。早えーて、、、
演者が交代するたびに、毎回少しセットや音の調整があり、その間、演者は簡単に自己紹介したり、曲の紹介をしたり、冗談を言ったりするので、例にならって僕も少し自己紹介を始める。
「日本人です」とか「英語がまだまだです」とか、「今回はこういう曲を歌います」とか簡単なあいさつをする。みんな、「フー」とか「オー」とか何かしら反応してくれるのがうれしい。
僕が自己紹介と曲紹介をしている間に、機材担当の人が「アコギにマイクは必要かい?」と聞きに来る。「お願いします」と言うとマイクを調整してくれる。調整している間はギターを弾かないでねと言われたのだが、なんか緊張で脳がバグっていたのか、普通にアコギをガチャガチャやり始めて、「いや、いまちょっと弾かないで」と軽く注意を受ける。
「すみません、ちょっと緊張してます。初めてなので、、、」
と言うと、その声がマイクに入って、観客にも聞こえたらしい。
奥に座っているダンディーな年配男性が
「いいかい覚えておくんだ、みんな、ある時点では初めてだ」と言ってくれた。
僕はアハハと笑って「たしかにそうですね。ありがとうございます」と礼を言う。
みんな優しい。
マイクの調整が終わって、いよいよ演奏が始まる。
僕は思い切って、カウントもせずに、おもむろにギターをかき鳴らしながらイントロをスタートさせる。イントロは気持ちいいギターのコードストロークだ。良い出だしだった。
Aメロが始まり、歌い出すと、マイクの声が思ったより反響し、自分の声に驚いた。一瞬すこしギターのリズムが崩れたが、また持ち直した。
ただ思ったより声量の調節が難しい。マイクが思いの外、声を拾うので、あんまり声を張りすぎると、歌がうるさくなる。なのでマイクとの適切な距離を保ちつつ、声量に気を配る必要があった。そんなことに気を遣いながら、わーわー歌っていると、もうBメロがせまってきた。
Bメロは少しコードが複雑で、歌うことに気を取られていたら少しコードをミスった。「ああっ」と思ったが、なんとかごまかして、演奏を続ける。
なんとか持ちこたえ、いよいよサビである。サビの入りの歌詞のI'm never speaking upの I(アイ⤴) からいきなり裏声を使ったファルセットである。
ここで決めなくてはいけない!
イチ、ニイ、サン、、、、、
アァアンィ!⤴
、、!!?
ああ!!
やっちまったっ!
サビの入りでいきなりやっちまった、、、
僕のファルセットは正しい音程を捉えず、謎の方向に飛んでいった。
急にサビで喘(あえ)ぎ出す人になってしまった。
頭の中はもう「うああああっ!」である。
焦るともうダメだ。調子が狂って、音程は不安定になり、ファルセットボイスは破綻した。
気が付くと僕は音程ぐらぐらの、カッスカスのファルセットサウンドを盛大に会場に放っていた。
そこからは、もうほとんど覚えてない。
ほとんど頭は真っ白だった。
ただ一つ覚えているのは最後の方で途中からみんなが手拍子をしてくれたことだ。
あれはめっちゃうれしかった。
あれでちょっと救われた。
そうして最後のコードストロークをかき鳴らし、
なんとか曲を歌い切る。
コードが鳴り終わり、しばしの余韻があったあと、会場から拍手がわき起こる。
フーフーという声も聞こえる。
心は「やっちまった…」の一色だが、無理やり笑顔を作り、Thank you という。たぶん、だいぶ引きつった笑顔だったと思う。
やっと終わった、、、と思っていると
まだみんな視線をじっと僕に向けたままである。
ん??
あれは、、、
次の曲を待っている目である、、、
そうなのだ。1人当たり2曲ぐらいまでは披露できるので、みんな、もう一発くると思っているのである。実際、僕の前の演者たちも2曲ぐらい披露していた。
その目である。
ああ、、、
実はいざと言う時のためにまだ曲のストックはあったのだが、この期に及んで、もう十分だった。
そんな目で見られてももう何も出ない。
もう出したくない。
なので、会場とにらめっこしながら、すこし間があったあと、
Well…That's it.
(えー、、、、以上です、、、)
と言ったら、少し笑いが起こった。
間がよかったのかもしれない。
席に戻ると、「ああ、やっちまったぁぁ、クソみたいな歌だったわぁ」とアーヴィンに言うと、「そんなことないって!良かったよ!」と言ってくれた。嘘でもそう言われると少し気持ちが楽になるものだ。
「そう言ってくれると、助かるよ」
そして、近くにいた年配の女性がその会話を聞いていたのか「あなたのギターすごく良かったわよ!」と言ってくれた。声をかけてくれてうれしかったが、ギターと限定したところが、「やっぱりな、、、、」としょぼってしまった。
でも、声をかけてくれたのには感謝だ。
また僕の席の近くの席にいたかっぷくのよいドラマー風の年配男性にもWell done, man!(よくやった)と言われた。それから、僕の目の前に座るアコギ弾きらしい年配男性もこちらを振り向いて、Is that your song?(あれ、君の曲?)と尋ねてきたが、かっぷくのよいドラマー男が、横からNo, It's John mayer's!(いや、ジョンメイヤーだって!)と僕の代わりに教えてあげていた。
みんな声をかけてくれて、ありがたかった。
色々ミスったけど、何とかやりきったんだなと思った。
そして席に戻って少し落ち着くと、はじめて服がちょっと汗ばんでいることに気が付いた。
特に会場内が暖かい訳でもなかった。
おれ、緊張してたんだな、、、と思った。
僕の番あとは、韓国出身の男女ディオがエドシーランの曲を美しく歌いあげて、会場を盛り上げていた。そんなすてきなパフォーマンスを観ながらも、僕はしばらく自分の演奏のことを思い返していた。
「ああ、やっちまったなぁ」と。
「もっと練習必要だったなぁ」と。
しかし、大事なのはとりあえず挑戦したことだ。
下手なりにもこんな大勢の人の前で曲を披露できたのだ。
おれ、がんばった。
そう言い聞かせて、ぬるくなったビールをすするのであった。
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