認知症患者さんが殴られてしまった背景に迫る〜日本の精神科医療の闇
こんにちは、精神科専門医のはぐりんです。
※この投稿は3分で読めます。最後までご覧いただければ嬉しいです。
先日、ある入院中の認知症の患者さんが、別の患者さんに殴られてしまうということがありました。幸い大事には至りませんでしたが、こういった患者さん同士の暴力は精神科病院ではよくあることで、背景には様々な問題が潜んでいます。
ボトムアップ(当事者間の問題→病院の問題→国レベルの問題)で問題点を順にお伝えしていこうと思います。
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まず当事者間の問題、日本では65歳以上高齢者の割合が29.1%と世界一です。最近は認知症の患者さんの入院も増えてきています。
認知症というとどういった症状を思い浮かべるでしょうか?まず文字通り、認知機能の低下、つまり物忘れのことを中核症状と言います。それに加えてBPSD、周辺症状と呼ばれる症状があり、徘徊や怒りっぽさ、暴力やうつなどの症状を総称してBPSDと呼びます。認知症の方の場合、実は物忘れ自体よりもこのBPSDが問題となって入院になることが多いんですね。
今回の場合は朝から晩までずーっと大声で叫んでいる認知症の患者さんに対して、イライラした他の患者さんが殴りかかったのです。何が言いたいのかというと、認知症のBPSDが原因で精神科急性期病棟に入院した場合、他の患者さんの暴力にさらされてしまうのはある意味予想できたことなのです。
そこで次に病院の問題ですが、今では認知症専門病棟もだいぶ増えてはきましたが、BPSDが激しい方の場合、中には認知症病棟に入院することができず、精神科急性期病棟に入院せざるを得ない方が少なくありません。認知症の高齢者と急性期の方が同じ病棟に入らざるを得ない現状は、病院自体が過渡期だからなんですね。今後は認知症の方の入院が増え、統合失調症の方の入院は減っていく傾向にあるとは思いますが、病棟や病院がどのように変わっていくのかは今後の課題です。
また以前の投稿でも書きましたが、日本は人口当たりの精神科の病床数が世界一という現状があるんですね。配置できる看護師やスタッフにも限りがあるので、そういった患者さん同士の暴力やトラブルを未然に防いだり、察知したりするのにも限界があります。日本は人口当たり諸外国の数百倍身体拘束をしている患者が多いと言われていますが、理由としてはやはりベッド数が多い分、マンパワー的に身体拘束をしなければ対処できないからです。
もう一つ国レベルの問題について。どうして日本の精神科病床がここまで多いのか、その背景には昭和の高度経済成長期において生産性を重視した日本社会が、精神障害者を家族が抱えるのでなく病院に預けようという風潮がありました。そんな中さらに追い討ちをかけるように、1964年に当時アメリカの駐日大使が精神障害者に刺されるといった事件(ライシャワー事件)が起こり、「精神障害者野放し論」に火をつけたのです。こうして精神科病院が乱立したという背景があります。
患者さん同士の暴力の背景には、認知症の問題や病院のマンパワーの問題、精神科病院の在り方が過渡期にあること、さらには日本の精神科医療の歴史上の負の遺産も原因としてあるんですね。私たち医療者側もできる限り患者さん同士のトラブルを防ぎたいとの思いでがんばっていますが、残念ながら現実的には不可避と言っても過言ではないのです。
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