見出し画像

爆裂愛物語 第十五話 大人に翻弄された子供達

 炎の照らす血だまりの中……いまだ動く二つの影……。そこにはもう会話はなく、ただ無言の殺し合いが続いているだけだった……。
「………………………………」
「……フッ……フハッ!……ハハハハハァ!!!!」
「……ハァッ……!!」
 ……嗤いながら殺し合う二人。まるで血も肉も骨も魂も……命総てを消耗し合うような地獄。地獄と地獄が殺し合う。そんな闘いだ。
「ハァァ!!」
 我路の日本刀が殺志の腹を切り裂いた!血が迸る!内臓が跳び散る!しかし、すぐに再生する!
「……チッ……!」
 そして舌打ちをしながら我路は攻撃を続ける。ひたすら斬り刻み続ける! だが、どんなに傷つけても即座に再生する!
「ハハハハハ!!!!!!! 地獄とはこんなにも愉しいモノだな!! 我路!!!!」
 炎の赤と血の赤が混じる。二人の空間を炎の赤と血の赤が支配する。真赤な世界の中で二人は血に飢えたように闘う! 激しさは増すバカリだ!!
「……フン……ッ!!」
「ハハハハハッ!!」
 斬っても斬っても何度でも甦る!! そんな相手を見て心が躍らないはずはない!! それに相手は自分の生命を奪おうとしている敵である‼ それが殺志には愉悦を感じずにいられないのだ!
「……ッ!!」
 見下ろす殺志の笑みを、我路はギロリと睨み上げる。その瞳はまるで獲物を狙うイーグルの如く気高く研ぎ澄まさていて……
「ック!!」
 我路は再び地面を蹴った。そして日本刀を振りかざすッ! ガキィンッッッ!!!!刃と刃が激しくぶつかり合い火花が飛び散るッ!鋭い衝撃音が響き渡り大気が揺れるッ!それでもお互いの攻撃が止まることはないっ!!次々に打ち込まれる斬撃の数々ッ! それを受け止める殺志の荒々しいまでの剣撃ッ!!そして跳び散る鮮血と臓物ッ!!凄惨な光景が広がる中で……
 我路が足技を使った。踵蹴りッ!!ドコッッッッ!!!!脳天目掛けて振り落とされた足を左腕で防ぐ!我路はそのまま倒れ込んでしまう!!好機とばかりに殺志が畳み掛けてくる!刀を突き刺すッ!!ドッスッ!!!避けきれぬまま、左腕を斬り堕とされ、右眼を抉られる!! 一瞬イタミに怯むも、我路はなんと……自分の腹を日本刀で引き裂いた!
「⁉」
 深く突き刺さる刀!!そこから溢れ出す大量の血液……ッ! グジュリッ……!!肉を刺す鈍い音が響き渡る……そして真っ赤な血飛沫が舞う……ッ! 我路は苦痛の表情を見せるが!! 自分のハラワタを、臓物を、手で掴むと……殺志の顔面に投げつけた!!!!
「⁉」
 急な眼くらましに殺志は思わず怯む。我路は容赦なく……天井に手榴弾を投げた!!!!
 ドカーーーーーーン!!!!!!!!!!!! 爆音と共に殺志の頭上から大量の資材が落下してくる! ズダァアアン!! ダダダダァアアン!! 大量の資材は殺志目掛けて次々と落ちていく!! ドスンッ!! グサッ!! 資材は殺志の肉体に突き刺さり、激しい音を立てる。鉄骨まで刺さったようだ!! 串刺しの肉体、潰れた臓物、折れる骨、滴る血!まさにグロテスク!!
「ッハ……ここの上には資材置きの倉庫がある」
 我路はボロボロになった身体を引きずるように歩きながら、セリオンの更に奥へと進む。
「アイにもらった図面が役に立つ」
 右眼と左腕を無くしたまま、残った身体の力を振り絞って。向かった先は……。
「セリオンに来るまでずっと暗記してたからな」
 巨大な扉だった!ドアノブに手をかけると同時に扉が開く……ガチャッ……ギィイィィイイイッィ!! 轟音とともに開いた扉の先には鋼鉄製のシャッター扉が幾重にも重なっており、それが開ききると現れたのは……機関室だ。

 全身を資材に抉られた殺志……ヒューヒュー……という音を漏らす。まるで生きることの残酷さを現すような情景であった。だが……彼はそんな自分の姿に興奮する!自分の躯から血が流れていく様をみて恍惚としていた!
「……クッハッハッハァッ!!」
 そして……立ち上がった。資材や鉄パイプに全身を突き刺されるまま、立ち上がり、ユラユラと揺らめく様はまるで幽鬼のよう。血がボタボタと流れ落ち、傷口から骨も臓物も見える。にも関わらずそれを全く気にせず立っている。その姿はまさしく……化け物。いや……今の彼の姿を見るならば悪魔と呼ぶに相応しいかもしれない……。彼は……
「ハハハハハハ!!!!!!!!」
 嗤いながら我路を追って歩き出す。ゆっくり……ゆっくりと……血を垂れ流し、臓物を引きずりながら……全身に突き刺さる資材を力任せに引き抜く。身体中から夥しい量の血液が噴出す。そんなことを気にする様子もなく、ゆっくりと歩くのだ。嗤いながら愉しみながら。狂ったように。悦びを感じるように。痛みなど感じないまま……。血まみれになりながら愉しげに嗤うその姿からは狂気しか感じることができない。そんな姿は正に悪魔そのものであり、狂戦士という言葉が相応しい……。これが大日本帝国の開発した決戦兵器。殺志!!
 
 ガシャンッ!!ドカッ!! 殺志は機関室の扉を蹴破ると中へと入る。
 ゴオオオオオオオオオォォォォ……!!!! 凄まじい音をたてながら唸る巨大な機械群。様々なパイプが複雑に絡み合っており、あちこちに大小様々の配管が通っている。この部屋そのものが巨大な一つの生き物のようだ。その向こう……鉄網の橋の向こう側に、右足を引きずり、左腕のない隻腕の、我路が日本刀を片手に隻眼の左眼でジッとこちらを睨んでいる。そして右手に握る刀をスッと前に出す。我路は、フッ……と鼻で笑う。
「ッハ」
 殺志は嘲嗤うように息を吐き出すと、刀を引きずりながら我路の元へ歩き出す。血を垂らしながら……肉と臓物が再生を繰り返す。殺志はそのまま刀を構えることなく、だらりと腕をさげて我路に近づくのだ。
「ハハハハッハハハハハァ!!!!」
 哄笑をあげながら迫る殺志に対し、我路も歩き出す。日本刀を構え、静かな心で……左腕と右眼が再生を繰り返す。殺志はなおもニヤニヤと嗤う。ギロリと上目遣いで睨む我路、ニタニタと見下ろす殺志。真直ぐに油断なき我路、余裕の笑みを浮かべる殺志。真正面から敵と対峙する我路、敵を見下し嘲る殺志。二人は徐々に間合いを詰めていく……そして……

 ザシュゥウウッッ!! 肉を斬る鈍い音がした……赤い血飛沫が舞い散り……お互いの肉が引き裂かれる。血を吐き苦痛に悶える我路、ニヤリと嗤う殺志。グチャアッ!! 傷口が開き、臓物が溢れ出す!! 全身の血を噴き出すように吐血する我路……しかし! 歯を喰い縛りながら、鮮血滴る刃を振るい上げる!!
 スッ……一瞬にして間合いをつめると……一気に襲いかかる! 殺志もまた嗤いながら迎え撃つ! 再び血飛沫が飛び散り……血飛沫の中から光る鋭い切っ先が見えた! 互いの刀が重なり合い……ギリギリ……ギチギチ……刃物同士が擦れあう嫌な音が響き渡る! 二人が交錯するたびに火花が激しく散り、血の飛沫が舞い散るのだ!! ガキッ!キィンッ!ギィンッッ!!!! 血と臓物をまき散らし、再生する。また肉を引き裂き抉り出し斬り刻む!常人ならとっくに絶命しててもおかしくない。常人なら気が狂れておかしくない。それでも……再生を繰り返す二人は殺し合う。まさに狂気の沙汰だ! 刀と刀がぶつかりあい金属音を奏で続ける! 二人の闘いはもはや闘いと呼べるものではなかった! 狂った宴だ!! 延々と繰り広げられる二人の死闘! お互いに傷つけ合い、殺し合いを続けるうちに……次第に両者は疲弊していく……! 血まみれになり、息も絶え絶えになっていく……だが終わらない!止まれない!止める気などない!!ただただ骨と肉と血と命を消耗し続けるだけだ! 互いを傷つけ合う様はまるで獣のよう……否、正しくは獣(ケダモノ)そのものだろう! もはや理性など無い! 本能のみで戦う二匹のケダモノ! そんな極限の地獄絵図が繰り広げられていたのだった……!! バヂィィィイイイン!!!ドシャァアアアァァ!!!!ボギョゴォオオオン!!!!!!ズバッッッッッドガァァァアアアアアアアアアンン!!!!!ブシャッッ……..ドッシィィィン!!!!!!!!!…………ビチビチッ……プシューーーーーーーッ………………
 
「殺志ィ!!!!」
「我路ァ!!!!」
 地獄の闘いだ!! もはや人間の域を超えていた! 理性を失い闇と化した二匹の怪物による殺し合い!! 互いの血肉を求めあう!! 相手の血肉を喰らう!! それが唯一の救いと言わんバカリに!! それが唯一の生きる実感とも言わんバカリに!! 二匹は喰らいあった!!! 血肉を奪い合い、貪り尽くした!!! 血飛沫舞い散り臓物がまき散らされる!! まさに地獄絵図だ!! しかしそれでも彼らは止まらない! 闘いは激しさを増すバカリであった!
 我流のようにメチャクチャな荒ぶる剣筋の殺志、力任せに撫で斬ってくる。我路は……片腕も片眼も失い、苦痛と激痛に悶えながらもなおその眼光には光を宿している。まるで獲物を狙うイーグルの如くに。我路は刀を振りかざす。殺志の肉と骨を、ほんの僅かにでも斬り裂こうと! もはや限界を超えて! それでもなお! ズバッ!!ガッ!!ザシュッ!!グサッ!!ザクゥッ!!ブシャアァッ!!グチョッ!!バキィッ!!ドゴォッ!!ドスッ!!ギャリッ!!ビシィッ!!ガシッ!!ズドンッ!!グサァッ!!ズバババッ!!ザクッ!!ブシュッ!!ドゴォッ!!ザシュッ!!ザシュッ!!グサァッ!!ザシュッ!!ブシャッ!!ズンッ!!グサァッ!!

「⁉」
 嗤う殺志は切り刻まれながら……我路の左腕を握った。
「⁉」
「ハハ!!!!」
 すると握り……! 我路の左腕に血管が浮き上がる……次の瞬間、爆発したかのように弾けた! 皮膚を突き破る! 溢れ出る! 大量の血液!! ゴギィィィ!!! メキメキッ……!!!!! なんと素手で我路の腕を叩き折ったのだ……! 血が噴き出し、地面にボタボタと落ちていく……そのまま我路の顔面に自分の顔面を叩きつける! バキィッ!!
「グハァ!!」
 口から血を吐き出す! 血飛沫が飛び散る! そのまま地面へ倒れ伏す! 血溜まりの中に横たわる我路は、意識が朦朧とする中、
「そろそろ……ガスが……溜まったな」
「⁉」
 機関室中に充満するガス……だが、殺志はニヤリと嗤う。
「ハハハハハ、煙草を貸そうか?」
「生憎……」
 我路は残った力を振り絞り……
「煙草はにおいが受けつけねぇんでぇい……火だけで十分だ」
 ポケットから……ライターを取り出した。それを着火して……

 ズドォオオオォォンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 機関室に充満したガスに引火した!!!! 煙と火花と炎が、二人の闘いを祝福するかのように舞い上がる! 我路の肉体も殺志の肉体も、もろとも爆発する。火柱は甲板まで突き破り、爆風は洋上全体を揺らすほどの勢いで、衝撃は船全体を激しく揺さぶった! 二人は爆炎に包まれる! ドガァァァァァ!!!!!!! 轟音が鳴り響き、凄まじい爆風が巻き起こり、そして……炎の中から飛び出したのは……
「ハハハッ!!!!!!!!!! ハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 殺志だ! 炎の中、全身が焼け爛れ、顔の左半分が溶けて髑髏が剥き出しだ。
「面白いぞ我路!!!!!!!! そうだ!!!!!!!! こういう闘いが見たかったのだ!!!!!!!!!!!!!」
 それでも嗤っている。まるで死神のようだ。いや、死神そのものだ。
「再生能力がある故の自己犠牲を厭わぬ戦術!!!!!!!!! 何よりイタミと恐怖に耐え!!!!! ただオレの命を狙う真直ぐな殺意!!!!!!!!!!!!!!」
 死神は嗤う! 嗤う! 嗤う! そして……手を伸ばす!
「まるで神風のようじゃないか!!!!!!!!!!!! ハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!! ハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 殺志はまだ嗤っていた! 嗤い続ける! 嗤う! 嗤う! その不気味な姿はまさに地獄の悪魔そのもの。やがて彼は我路を探して瓦礫の中を歩き出す。一糸纏わぬ姿のまま、全身を再生しながら、炎の上を歩いていく。そして……見つけたのだ!
「ハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 彼の前には……両手足を無くし、両眼を失い、満身創痍のままヒューヒューと音を漏らしながら瓦礫に横たわる我路がいる……もうほとんど原型を留めていないほどに酷い有様だ! 全身血まみれで……内臓や骨が剥き出しだ! まだ生きているのが不思議なぐらいだ。そんな彼を見下ろす殺志の顔には、嘲笑の表情が浮かんでいた。
「フハハハハハハハ!! 愉快だなぁオイ!! お前との戦いは本当に愉しかったよ! 貴様がオレの命を奪おうとした時は最高にゾクゾクした!!」
「……」
「今の気分はどうだ? 」
「……正直……テメェのこたぁ殺してぇぐらい憎い」
「ほぉ?」
「テメェがオレの知らない……オレと出逢う前の凪を傷つけた……それは、死ぬほど……憎い」
「ハハハハ、いいぞいいぞ」
「だが……」
「あ?」
「それ以上に……オレと凪との未来……これからの未来……それをお前が滅ぼすツモリなら……凪を、未来を護りてぇ……それができりゃ……後は忘れていい……ってのがぁ……一番の本音だ」
「ハッ」
「だが……」
「?」
「今は……もう、早く……ラクになりてぇかな……」
「……そうか」
 そう言うと殺志は……血まみれの日本刀を手にとった。
「じゃあ望み通り終わらせてやるよ」
「……ああ」
 そして刀を構える。が……殺志の表情に、一縷の曇りが宿った。
「あ~あ……これで終わりか。愉しかったのによ」
「……」
「思えばオレの青春は血塗られていた。その青春の中で……貴様ほど、理解し合い、殺し合い、愉しめるモノが、この先現れるのだろうか?」
 確かにそう言った。そう聞いた我路は……口元にフ……と、笑みを見せて、
「そいつぁ光栄だな」
 と笑って見せた。すると殺志も嗤い返しながらこう言った。
「ハハ、まぁ安心しろよ。貴様の女は苦しむ間もなく貴様の処に送ってやる。貴様の闘い振りに敬意を表して」
 その言葉を聞いた我路は一瞬、眉をひそめた。だが……すぐ真顔に戻るとこう続けた。
「そいつはありがたいね」
 と、答えたのだ。すると、殺志はニヤニヤ嗤いながら、こう返した。
「これで終わりだ」
 そして日本刀を翳す。真直ぐと狙いを定め……我路の心臓へ、一直線に!! だが!! その時!!!!
「!!」
 我路の左眼と右腕が再生した!! 間髪いれず我路は
「⁉」
 再生した右腕の……人差し指と中指で右眼を!! 薬指と小指で左眼を!! 抉った!!!!
「アァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
 突然の奪われた視界に叫ぶ殺志!!!! 狙った心臓は的外れの方向に……⁉ だが、その隙を逃さない! すぐさま我路は右腕だけで殺志の攻撃範囲から抜け出し……残った全身が再生した。
「? ? ?」
 視界を奪われた殺志は、困惑している様子だ。
「何故だ!!!!!! 何故再生しねぇ!!!!!!!! 再生する兆しもねぇぞ!!!!!!!!!」
 それは、殺志が初めて見せる焦りの表情だった。それを見て我路は、不敵に笑った。
「ハハハハ!!!! 殺志!!!! オレのカンが当たったぜ!!!! 賭けはオレが勝った!!!!!!」
 我路は叫んだ! それを聞いた殺志は苛立つ!!
「なんだとテメェ!!! オレに何をした!!??」
 すると、我路はニヤァ……と笑った。
「何もしてねぇよ」
 我路は血と汗と泥にまみれた全身を震わせた。そして吼えた!
「いいか殺志!! オレは再生能力はあるが、それ以外の能力は総て人並」
 ニヤッと微笑む口元には、血の痕が染みついている。
「つまり“再生能力”とは、それだけ実現が困難な能力ってことだ!!」
 汗にまみれた全身に血潮がめぐり、心臓が躍動する。血が沸騰するほど熱い……!!
「対してお前は“再生能力”以外の“能力”も、デキ過ぎてる!! なら、“再生能力”に関してはオレの方が一枚上!! つまり……黙って潰し合ってりゃそのうちテメェは再生しねぇ、オレは再生する……って状況ができると踏んだのよ!!!!」
 泥の中から叫び、生き抜いた魂が咆吼する!!!!!!
「だからテメェをあえて挑発し、できるだけ永く、無駄に消耗し合う闘いに持ち込んだ」
 我路は血と汗と泥にまみれながらも……美しかった。
「あとはイタミに耐え抜いたオレの気合と根性の勝よ!!!!」
 我路はそう言って刀を構えた。それを聞いた殺志は一瞬意気消沈したが……
「……フッ……ハハ!! ハハハハ!!!!!!!」
 当てずっぽうに日本刀を振り回す!!!! 振り回した日本刀が我路を撫で斬った!!
「ック……当てずっぽうに斬りやがった⁉⁉」
「ウガァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
 理性をすっかり失った殺志は、まるで獣のように吠えながら我路に襲いかかる!
「殺してやる!!!!!!!!!! 殺してやる!!!!!!!!!!! っ殺してやるぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
 もはや知性のかけらもない! 野獣のように暴れ狂う! 我路は必死で避け続けた。そして、殺志の斬撃が迫った時!!
 
 バン!!
 
 一発の銃弾が、殺志の脳天を貫通した!

 バン!! バン!! バン!! バン!!

 続く銃弾が、殺志の両手足の関節を正確に貫通し……彼は完全に動けなくなった。
「⁉」
 カラン……カラン……薬莢の転がる音の元に目線をやると……白いスーツに金髪、青い眼の美形の青年……ハンスが、硝煙ただようワルサーP38を構えていた。
「止めは君が刺したまえ、我路」
 そう言って、ハンスはワルサーP38を裏ポケットにしまった。ハンスにはもう闘う意志はないようだ。
「センキュー!!!! ハンス!!!!!!!」
 そして我路が刀を握り直した!!!! 総てを終わらせるべく……殺志の心の臓を!! 真直ぐに狙った!!!!
 総てを懸けた直刃の剣は、まるで天照大御神の如く……光り輝く!!
「殺志ィーーーー!!!!!!!!! テメェはオレたちと一緒だぁ!!!!!!!!!!!!!!!」
 悪意、絶望、憎悪、怨念、頽廃、邪心、魔性、そして狂気……それら総てを内包した圧倒的すぎる闇を!! 浄化する如く!!!!
「大人の勝手な都合と理想に、翻弄された子供なんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 彼は叫ぶ!! 血だらけの身体を奮い立たせて!! その叫び声は雷鳴のように轟き渡る!! 彼は吼えた! 咆哮した! 魂を震わせた!
「でもお前は生きてはいけない……生きてはいけないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 そして、彼はついに……殺志の心臓を貫く。ドシュッ! 血が噴出す……赤い血が……噴き出す……噴き出す……。噴き出す………………。噴き出し続ける……。
ようやく……その時が来た。ザクッ!! グサッ!! グシャッ!!! ズバッ!! ブシュッ!! 殺志の返り血が顔面を染める。まだ温かい血飛沫は、何度も浴びたハズなのに………………初めて生きた実感を感じた。血飛沫が辺りに跳び散り、辺りには濃い血の臭いが立ち込めた。

 我路は殺志の最期を見届ける。心臓に日本刀を突き立てられた殺志は、ビクンビクンと全身を痙攣させていた。だがやがて……動かなくなる。
 
 我路は日本刀を引き抜くと、血を振り払うように一振りした。そして鞘に納める。
「殺志……オレたちは…………もしも、普通の家庭に産まれて、普通に育って……普通に生きていたら、どんな人生を歩んだろうかと思う時がある」
 カチャン……と、鞘に刀を戻した我路は、ゴトン……と、その場に胡坐をかぐと、ボソボソと殺志に話しかけた。
「殺志、お前はどうだ?」
 そう尋ねられると殺志は、虫の息のまま……微かな声を挙げた。
「もう忘れたよ…………」
 だが……そんな殺志に一瞬
「⁉」
 死の走馬灯が駆け巡った。

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 平徳子が京を離れた日は、雨模様だった。安徳天皇が即位して僅か四年足らず、数え二九歳という若さであった。その日から、平家滅亡までの日々が始まったのだ。
 一行は、九州へ向かう船に乗った。一行の中には、まだ七つバカリの幼い少年の姿があった。彼が言仁こと安徳天皇だ。高倉天皇と平清盛の娘・平徳子の間の子で、平家が天皇家であることを証明する政治的に重要な子どもだった。それゆえ彼は生まれて間もないうちから帝王学を学び、皇族としての宿命を負わされる。そのためか、他の皇族に比べると、ひどくおとなしい子供のように見受けられた。しかしそれは見かけだけで、実はそうではなかった……。

 寿永四年三月二四日(一一八五年四月二五日) 長門国赤間関壇ノ浦 午の刻(十二時頃)

 潮の流れの変化が激しい関門海峡壇ノ浦において源氏軍と平氏軍の合戦は開始された。平氏軍は五百艘で、松浦党百余艘、山鹿秀遠三百余艘、平氏一門百余艘の編成であった。対して源氏軍は摂津国の渡辺水軍、伊予国の河野水軍、紀伊国の熊野水軍など八百四十艘の船団を組んで挑んだ。
 源氏軍が優勢かと思われたが、水軍の運用に長けた平氏軍は関門海峡の潮の流れの変化の激しさを熟知しており、海戦に慣れない坂東武者の義経軍を押した。源氏軍は徐々に追い詰められてゆく。
 不利を悟った義経は恐怖に駆られたが引き下がれなくなり敵船の水手、梶取(漕ぎ手)を射るよう命じた。修羅の如き兵法に最初は戸惑っていた矢手だが、戦場の緊張感がそうさせたのか、はたまた恐怖ゆえか、やがて一心不乱に弓を引くようになった。
 敵の船に乗る水手、梶取たちを次々と射落とすうちに、いつしか矢手の心の中には恐れではなく、快感にも似た興奮が芽生え始めた。遂には、矢手は自分が武者であることを忘れ、ただひたすらに水の手を狙うだけの修羅と化した。もはや戦闘とは呼べぬほどの凄惨な殺戮が始まった。しかしそれでもなお平氏の兵は勇敢に戦い続けた。武器を持たぬ水手の命を犠牲にしてまで義経を討ち獲ろうとした。
 平氏の奮戦虚しく、潮の流れが反転していく。次第に戦況は悪化していき、ついに平氏の船は次々と座礁していく。源氏の軍船は容赦なくその船へ乗り移ってゆく。やがて敵味方入り乱れての白兵戦が始まり、双方共に死者が続出していった。
 だが、源氏の軍勢の勢いが勝り、平氏の軍は敗走を余儀なくされた。敗北を悟った武将たちは次々と自刃していった。女子供は悲鳴をあげながら海に飛び籠み海の藻屑へと消えていった。
 やがて源氏軍は、安徳天皇のいる平家の船を捉えた。安徳天皇を乗せた船は激しい潮流に逆らいながらも必死に抗い続けていた。だが……平徳子は迫り来る源氏軍を眼の当たりにすると、ギュッと強くわが子を……いや、安徳天皇を抱きしめた。

「この海の向こうに、平家の理想郷、ニライカナイがあるのよ」

 一族の宿命を背負った彼女には、
“オレは誰かを愛したかったんじゃない”

 抱きしめた安徳天皇の、
“オレは誰かに愛されたかったんじゃない”

 瞳は見えない。
“オレは、ずっと……”

 声も、気持ちも……幼い安徳天皇は、感情をなくした眼を……淋しそうな瞳に変えて、ボソッと呟いた。

「ああ、そうだ………………」
 殺志は、
「すっと」
 死の前の走馬灯を前に、静かに囁いた。
「遊んで……ほしかった………………な…………」
 殺志の……決戦兵器として産まれ、神として崇められてきた孤独の瞳……黒い眼球に灯った赤い眼光に……一粒の涙が零れた。その瞬間⁉
「⁉」
 イージス艦セリオンから……核ミサイルが発射された!!
「なに⁉」
 あまりの事態に我路が言葉を失うと……
「おいハンス!! 核の発射システムは止めたんだよな!!!!」
 その質問にハンスは、
「ああ……止めた」
 淡々と答える。
「だが……考えられるとすれば」
 ハンスは続ける。
「用意周到な奴は……自分の、心臓が止まると同時に……核ミサイルが発射されるよう……細工していた……」
「まさか……」
 我路は眼を見張った。だが……絶望的なまでに、セリオンから撃たれた核ミサイルは……北方領土に、真直ぐ向かう。そして!
 刹那……凄まじい爆音と爆風、眩い閃光と爆炎、そしてキノコ雲が立ち昇り、世界は地獄絵図と化した……

 その日の朝はいつもと同じ朝ではなかった。いつも通り、朝陽が射していたハズなのに……それは、突然のことだった。

 激しい爆発音とともに、太陽を隠すようにして空に舞い上がった巨大なキノコ雲、閃光と熱風、衝撃波。そして耳障りな人々の悲鳴と叫び声が響き渡った。その瞬間を、世界中が、誰もが、テレビとスマホの前に釘憑けになり、ただ唖然としていた……。人々がそこに見たモノは……
 呪詛、憎悪、悪意、絶望、業……そして狂気。それら総てを内包した、圧倒的すぎる闇。闇がたったひとつのミサイルにとり憑き北方領土に突っ込む映像。日の丸を掲げた弾道ミサイルは、核弾頭を北方領土にブチまけた。
 この悲劇的事件から一週間が過ぎ……ロシアが日本政府に対し宣戦布告する。核攻撃を受けた日本に対しての、これは正当な行為であると主張。また、この事件によって生じた犠牲者の賠償を求め始めたのだ。
 しかし、当時の日本政府は混乱を極めており、対応が遅れた。その結果、日本の主権はアメリカに譲渡。つまり日米安保条約に基づいて米軍がロシアに対し宣戦布告、核の傘を張った。それからは早かった。ロシアも核攻撃による報復措置をとり、全面戦争へ発展。アジア・ヨーロッパ連合や中国、北朝鮮、韓国、台湾の諸国も参戦し、戦火はさらに拡大した。
 第三次世界大戦だ。ABC兵器の連鎖、核兵器、生物兵器、化学兵器、それらの連鎖が止まらない、史上最悪の世界大戦へと発展したのである……
 この戦争では世界各地で様々な被害が出た。アメリカとロシアを中心とする西側諸国と東側諸国、北大西洋条約機構とワルシャワ条約機構が核攻撃合戦を行い、その衝撃の余波で全世界の電力施設、通信網などが破壊され機能不全となり、大パニックを引き起こす。さらに各国の軍隊同士による大規模衝突が発生したため、戦死者の数は爆発的に増えてしまったのだった。これにより大量の軍人が必要とされ、志願兵が殺到することとなった。これによって慢性的な人員不足に陥り国家機能が麻痺してしまい、貧困層は生活苦に悩まされることになった。そのため暴動が多発し、治安の悪化を招く一因にもなったという。
 特に深刻な問題となったのは食料難だった。世界中の農産物生産基地の多くが壊滅したことにより農業生産量が大幅に減少し、価格の暴騰が起こったのだ。さらに穀物メジャーと呼ばれる巨大複合企業が裏で手を回し、政府中枢にまで喰い込んでいたことも発覚し、これに反発した民衆たちが各地でデモを起こしたことで政治空白地帯が生まれ、ゲリラ組織による略奪行為が行われていった。また、世界的な規模で株価の大暴落が発生して失業者が増加したため、一部の者は犯罪に手を染めざるを得なくなったとされる。また、世界各地で使用された生物化学兵器の影響で……パンデミックが巻き起こった。新種のウイルスによる病、並びに化学物質による未知の奇病が全世界に蔓延する。治療法も治療薬もなく患者数は爆発的に増加していく一方で、政府は医療崩壊を回避するためあらゆる対策を講じるも失敗に終わり、富裕層も貧民層も別け隔てなく地獄を見た。死者数が膨大な数に昇り人類滅亡の危機を迎えるも戦争に勝つことは出来ず、世界は混沌の時代を迎えた。やがて資本主義と社会主義が崩壊し、世界を無秩序が支配する頃に……放射能汚染の余波が世界各地で見られた。死の灰と化した大気と土壌が地球全土を覆い尽くし、人類の、生物の住む場所は無くなり、絶滅に追いやられる。髪は抜け落ち、皮膚が爛れ、放射線障害によって死に至る者、そして被爆の赤児……畸型児たちの産声が絶望の賛歌を謳う。核の冬が到来したのだ……と人々は後に語るだろう。その時まで生き残っていれば……もはや取り返しがつかない程にまで悪化してしまった現状を前に、絶望しかなかった……ここまで半年足らずの出来事である。

 そんな世界の片隅で……二人の男が南方へ南方へ歩いている。ボロボロの衣類を全身に巻き付けて、流木を杖代わりにしながら荒野を歩いている男の名は我路と言い、彼と同じ道を行く男はハンスと言う。彼らは絶望の大地を旅していた。ただひたすら南へ……アマノイワトへ……凪や皆が待っている処へ……それだけのために……歩き続けるのだ。歩かなければならないのだ。たとえそこにどんな絶望が待ち受けていようとも、行かねばならない理由があった……ただ一つの約束を果たす為に!懸命に歩いていた……歩いて歩いて、歩き続けた……!その先に何が待つのかも知らないままに……!そんな二人を嘲嗤うかの如く風が吹き抜けていく……乾いた風が……!!カラカラと髑髏が嘲嗤った。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?