青を護る黒

プロローグ PRIDE OF MY LOVE

「アイは自殺したんじゃない!! 殺されたんだ!!!!」
 ショパンが流れるヒマを持て余した高校に、それは突然鳴り響いた。
「アイが追い込まれていたのは間違いないんだ!!!!」
 ヒマを貪っていた高校のスピーカーに、差し迫る音とピピーというノイズが走って……
「アイが屋上から突き墜とされたのは間違いねぇんだよ!!!!!!!!!!!!」
 ヒマにあぐらをかいだ高校の昼休み、学校中にレイの声が響いた。

 パノラマ高校のスピーカーから流れたのは、ショパンの音色、その裏に職員室を襲撃する三人の学生の音、走るノイズの音……
「アイが屋上からネズミ先公に突き墜とされたのを見たって、ゼロが云ってんだよ!!!!」
放送室を占拠した三人の学生、レイとゼロと咲の悲痛にも似た叫びだった。
「アイの実の兄貴が云ってんだぞコノヤロー!!!! ネズミ先公が屋上で執拗に追い込んで殺したってよ!!!!!!!!」
 ゼロが大人たちの迫る扉にカギをかけ、レイが必死にマイクを握り、咲が怯える放送係の女子を縛り上げる。
「それを学校側もアイの親父も『自殺』だってほざいてトンズラだ。親父は娘の命より学校長の立場が大事かね」
「!? レイ、そろそろヤバイ!!!!」
「あいつはオレらのバンドの仲間だったんだ!!!! オレらのダチを返せ!!!!」
「逃げるぞ!! レイ!!!!」
「こんな高校も腐った島も!!!! こっちから願い下げだ!!!! オレ達は出ていく!!!!」
「レイ!!!!」
「いいか!! そん代わり!!!! オレ達は必ず還って来る!!!! この社会と闘い世界を変えてな!!!!!!!! オレ達のロックで!!!!!!!!!!!!」

 バン!! という鈍い音がスピーカーから響いた。後はバタバタという音が響き……バタッという鈍い音が再び響いて……
「お騒がせいたしました。今のは一部の不良生徒による素行です。生徒のみなさん並びに教員はどうか冷静に。ただいま不良生徒の捕獲作業を遂行中です。繰り返します……」
 大人の涼し気で無関心な声が響き、再びショパンの音色が流れた。それを最後に……またヒマを持て余す高校の昼休みが、あたかも何事もなかったかのように繰り返された……

「ハァハァハァ」
 レイとゼロと咲が廊下を走る。三つの特攻服がなびいた。黒い特攻服がなびき、白い特攻服がなびいて、赤い特攻服が……
「ガッ!?」
 すると……
「なにしやがんだこのエロ親父!!!!」
 廊下を走っていた咲の永い髪が大人の手に引きずられ、大人たちにとり押さえられていく。
「咲!?」
「いいからお前らは往け!!!! レイ!! ゼロ!!」
「でも……」
「いいから……」
 白いスーツ姿の大人たちに押さえつけられる中、咲は必死に手を伸ばして……
「早く往けぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」
 最後に見たのは上半身を押さえられ、バタバタと脚を動かす咲の姿。その後ろからまた何人もの白いスーツ姿の大人たちが……
「くそ!!!!」
 レイはグッと歯を喰いしばった。そして……再び廊下を走った。後ろは……振り向かなかった……

ボーッ!!!! 船笛の低い音が響く、黄昏の海に大きな貨物船が巨体を動かした。
「無事動いたみてぇだな、ゼロ」
 船の貨物倉庫に隠れたレイは、換気口の穴から黄昏の海を眺めていた。すると……
「……こりゃシケこみそうだな……」
 水平線の向こうに嫌な曇天が見えていた。そうして大シケの予感を感じていると、換気口にたまたま止まったカモメに睨まれギョッとなってしまった。
「なぁレイ、これからどうする?」
「ああそうだな……とりあえずメトロポリスに着いたら、知り合いのツテのハコに住みこみ……かな。あとギター買ってだ。ゼロ、いくら持ってきた」
「そら……」
「おっ、これだけあればギターの“二本 ”買えら」
「……レイ、お前……」
「おっ、ゼロ、腹減ってねぇか。そら、パン」
「まさか……」
「にぎりに缶詰もあっぞ。それにビール……とりあえず無事な出港を祝ってだ」
「喰いもんのことバカリで金忘れたとかねぇよな」
「!!」
「やっぱりかコノヤロー!!!!」
「しー!!!! バレっだろ」
「……ちゃんとバイト代から返せよ」
 カン!! 二本のビールが乾杯の音をたてた。チュッ、チュッと、痩せたネズミが貨物の裏からパンや握り飯を喰べるふたりを見ていた。
「おっと……咲の分……余っちまったな……」
 レイは床に置いた一本のビールをジッと見て溜息交じりに呟いていた。
「仕方ないさ……」
「パノラマ島か……オレ達の故郷は、懐かしすぎて反吐が出るぐれぇ思い出がつまってんなぁ」
「もう忘れよう。明日にはメトロポリスだ」
「お前もな……アイのこと……」
「言うな!! ……妹のことは忘れたい……忘れるための上京だろ」
「……忘れなくても、別に、いんじゃねぇか」
「忘れたいんだ……」
「……」
 レイはしばらく間をあけたが、クイッと口元を歪めて……
「そうだな」
 床に置いたビールを掴んだ。
「早いもん勝ち!!」
「あっ!! こいつズリ~」
「ハハハハ」
 レイがそう笑うと、ゼロもつられてフッと笑ってしまっていた。

 カツン……
「!?」
 カツン……カツン……
「見回りか」
 カツン……カツン……カツン……
「おかしい……見回りは荷入りと荷出しの二回のハズじゃ……」
 カツン……カツン……カツン……カツン……

「もう親方~、酔ってるんだから」
 貨物室の扉の向こう……二人の大人が鈍い足音を響かせていた。一人はやせた気の弱そうな青年、もう一人は……
「るせぇ。お前の眼は節穴だからオレが見ねぇといけねぇんだ。部下の尻拭いも仕事のうちってこと。ありがたく思え」
「へいへい」
 髭をたくわえた大男は顔を真赤にした千鳥足で貨物室に迫ってくる。青年は半ば心配気に彼を見ながらも溜息をこぼしていた。

カツン……カツン……カツン……ガチャ……ガチャガチャガチャ……ギー……
貨物室の重い扉が鈍い音をたてて開いた。カチ……と懐中電灯の音が響いて、千鳥足の足音が響いた。
「ほら親方。ちゃんと荷はそろってっでしょ」
「うるせぇ大事な商品だ。何回点検したってバチはあたんねぇ」
「はいはい」
「……おいこの倉庫、酒運んでたか?」
「親方が呑み過ぎなんじゃないですか~」
「いやまて……なんか妙だ……」
 大男はキッとした顔を見せて、懐中電灯の灯を倉庫に照らした。足をソロリソロリと踏みしめて……
「……」
 貨物と貨物の隙間に眼を向けた。隙間の影に電灯の光を照らそうとすると……
「!!!!」
「グアッ!?」
 黒い特攻服の少年が大男の顔に殴りかかった。それから白い特攻服の男が懐中電灯を奪い……
「逃げるぞ!!」
 ふたりの特攻服の少年が貨物室を走った。
「あ……ああ……」
 扉の外にいるやせた青年は足を千鳥足に、その場に立ち尽くしてしまっていた。ふたりの特攻服の少年はギロリと真直ぐな眼光を……
「!!」
「ヒィ!?」
 尻もちをついたやせた青年の横をサッと……ふたりの特攻服の少年は過ぎ去り廊下を走っていった……
「クソっ」
「!? 親方」
「なにボーっと突っ立ってんだゴラ!! 非常警報だ!! 密航者が潜入したぞ!!!!」
「は、はい!!」

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥ………………………………
「!?」
 貨物船一体を非常警報が鳴り響き、サーチライトが船中を張り巡らせた。非日常の音とその光景に若者たちは一瞬動揺を隠せなかった……
「密航者だ!! 黒と白のチャラチャラした服の少年二名!! 野郎共袋叩きにしろ!!!!」
「オォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 しゃがれた声がアナウンスから聴こえるや、男たちは一斉に躰を奮い立たせた。

「ハァハァハァ……クソッ」
 レイは黒い特攻服をなびかせ、パイプだらけの薄暗い廊下を走っていた。
「何が明日には上京だ……このままだと……パノラマ島に……」
 白い特攻服をなびかせたゼロは、半ば息を切らしていた……
「バカヤロー!! 噛みついてでもメトロポリスに往ってやる。あんな腐った島ごめんだ!!!!」
 ふたりは息を切らしながらも特攻服をなびかせ、走っていた。走りながら……もつれるように走りにくいなとふたりは感じていた……廊下が……地面が揺れていた……右に……左に……それほど息を切らしているのか……鼓動が高鳴っているのか……そんな事を考えながら、
「!?」
 レイとゼロが扉を肩でこじ開け、薄暗い廊下から甲板へ出ると……
「……」
 外は大雨が降り、強い風が吹いている……嵐(シケ)だ。いつの間にか嵐が船を襲っていたのだ。レイとゼロが雨に打たれ、風に吹かれていると……
「!?」
 甲板中に大人たちが……
「マジかよ……」
 二人の少年に迫っていた。まるで鼠を追う猫のような鋭い眼で……
「最悪を絵に描いたようだな……レイ」
 大人たちはふたりに迫って来ていた。
「ちょうどいいじゃねぇか。汗かいてる内に島のこと忘れられてよ」
「ハッ、いい気なもんだぜ……じゃあ……」
 ふたりの少年は息をスーッと吸って
「いっけぇ!!!!」
 がむしゃらに走った。嵐をかいくぐり、大人たちを掻き分け、人間の海を……
「ゼロ!!!!」
「!!」
 必死に泳いでいた。
「ぐあぁ……」
 ゼロを掴んだ男の頭を、レイは消火器で殴りつけた。そして……
「いくぞ!!」
「おう!!!!」
 ゼロの手を引いて走った。けれど……

「……」
 ふたりは艦首へ追い込まれてしまった。大人たちは鬼気迫る眼光でジリジリと迫って来る。もはや小さな子供を見る目ではない。下手すれば自分達に噛みついて来る窮鼠を睨む眼差しだ。
「タイタニック!! なんてしゃれこんでる場合じゃねぇな……」
「……こんな時まで何やってんだよレイ……」
 艦首から下を覗く……雨と風に晒された黒い海は、まるで獲物を狙う化け物のようにジッと二人を睨んだ……
「おいゼロ……忘れてぇって言葉、どれだけ本気だ?」
「それ云うならお前こそ、島を出ていきてぇって言葉、どんだけ本気なんだよ?」
「ヘッ……考えていることは同じみてぇだな。安心したぜ」
「こっちこそ……」

「!?」
 大人たちが二人の少年をジッと睨むと。少年たちは……
「!!」
 大人たちに黒と白の特攻服の背を見せ……
「!!!!」
 艦首に足を思いっきり踏みしめて……

「とびこめぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」

 ジャパン!!!!!!!!!!!!
「!?」

 嵐の海へふたりの少年が飛んだ。大人たちはサーチライトを照らしたが……嵐の海に、ふたりを見失った……

「グアァ……クソ……波が……口に……」
 レイは水面に顔を出して、海の底をもがくかのように手足をばたつかせ、必死に顔を水面に出し……
「ゼロー!! ゼロー!!!!」
 ゼロを探していたが……ちっぽけな二人の少年を呑み込んだ黒い海に、レイの声は虚しく響くバカリだった……

第一話 業(カルマ)の跫音

 十年後……海にカモメが鳴くここは小さな港町、人気もそれほどない錆びれた港町、忘れ去られたような港町だ。そんな港町の外れ、海を見下ろす丘に小さな居酒屋があった。海の男たちが集まる錆びれた居酒屋、忘れされたようにひとつポツリと浮かんだ居酒屋だ。
 そんな居酒屋に……昼間から訪れようという影があった。それは女の影で、背筋を真直ぐと伸ばした力強い影だった。

――臨時ニュースを申し上げます――
 酒瓶が無数に並んだ居酒屋のカウンターにはブラウン管のテレビがひねもすニュースを報じていた。
――先日オクトミア国際ビルに旅客機が激突した事故に、国際テロ組織“復讐戦線 ”からの声明がネット上に上げられました――
 カウンターには仕込みの終わった野菜や食材が乱雑に並んであった。
――オクトミア共和国は事件との関連について、ほぼ確実視されていることを発表――
亭主が新聞を開いて読み漁る頃、ガラガラガラ…………と、影が扉を開く。
「らっしゃい。定食なら出せるぜ」
「やっと見つけたわ。レイ」
「あ?」
新聞を読んでいた男は、新聞を降ろして玄関を見てみた。するとそこにいたのは……懐かしいほど変わることのない影で、レイにはすぐに彼女が誰か解った。彼女は……
「咲!?」
「ふん……今は警視庁国際テロ対策本部付属の婦人刑事(デカ)よ」
 懐かしいほど彼女は変わっていなかった。あの時と同じ真直ぐさと力強さだ。だからレイは……あの時のことを鮮明に思い出してしまう。かつての高校、パノラマ高校で起こしたことを……そう、あの放送室で叫んだ言葉の一言一句に至るまで、鮮明に思い出してしまう……

“アイは自殺したんじゃない!! 殺されたんだ!!!! ”

「で、あんたは?」
「!?」
 白昼夢から叩き起こされたかのようにハッとなった。咲はズカズカとレイに近寄ってきて……
バン!! と……カウンターの席を叩いた。

「何? こんな処で居酒屋の亭主? 定食屋? 潮にもまれた男たち相手に酒奮って満足?」
「……」
「ずいぶん堕ちぶれたもんじゃない。えぇ!!!!」
「……」
「あんたあたしらとの約束はどうなってんのよ。あたしはいいとして……アイの墓前に誓った約束はよぉ!!!!」
「…………」
 そうだ。懐かしいほど彼女は変わっていない。だからだ。だから……あの時のことを、鮮明に思い出してしまう。あの時の熱意も志も……全部……
「あんたは変わったね、かつて“ロックで世界を変える ”って云っていたあんたが。これが大人になるってこと?」
「……」
「あたいは変わんないよ。女刑事(デカ)になって、アイを追い込んだみてぇなクソみてぇな大人どもをブッ潰してんだからね」
「……」
「何? 女にここまでケナされて悔しくないの? あんたそこまで堕ちぶれたんかよ!!!!」
「用件は何だ?」
「あ?」
「久しぶり再会して思い出話か。それとも同窓会の誘いか?」
「ふん」
 咲は胸の裏ポケットから一枚の写真を取り出しサッと投げ出した。
「? んだこれ」
 レイが手に取ったそれは……空港で撮影されたモノと思われる一枚の写真で、そこには一人の男が写っていた。男は全身を黒い服に覆っていて、黒いロングコートを身にまとっていた。ただ……男には右脚がなかった。だからなのか前腕固定型松葉杖を右手についていた。
「? この片足の男がどうした」
「よく顔見てみなよ。思い出さないかい?」
「……………………!?」
 レイは男の顔をジッと見てみた。それは……かつてとは変わっていた。だからなのかすぐには気がつかなかった。だが……記憶を辿ればすぐに判った。
「まさか……」
 かつてと違って眼が鋭く細かった。また……頬はやせていて、顔もしまったシャープな表情をしている。まるで地獄に洗われたように……彼は変わっていた。
「ゼロ……」
「たぶんね」
「いや間違いねぇ……かつてのバンドの仲間……ダチだ」
「ふん、あんたからまだそんな言葉が出ると思わなかった」
 咲は一本のタバコに火を点けて、煙をフッと吐いて見せた。
「それの何の写真か解る?」
「……」
「いま世間を騒がしてるテロ集団、“復讐戦線 ”のリーダーと思われる男の写真だよ」
「何だと!?」
 レイは思わずカウンターに置いた新聞の一面をチラリと覗かせた。旅客機の突っ込んだ国際ビルが焔を上げて崩壊していく写真……ビルの下で嘆き叫ぶ人々……
「オクトミア共和国諜報部から写真が届いた瞬間は開いた口も閉じなかったよ」
「……」
「国テロの連中は『同一人物かどうか証拠不十分だ』ってホザいてっけど、ダチを見間違えはしないよ。あたいは一瞬で解った」
「……」
「かつてのバンド仲間が、今じゃテロ集団率いてったぁダチとしちゃほっとけねぇ話だろ」
「……」
「国テロは我が国への影響も今の処なく、憲法上からも不干渉を決め込んでやがるがあたいはそうはいかない。ゼロの居所をつかんでガツンと云ってやるツモリよ」
「…………」
「あとは話がはえぇだろ。あんたにも……」
「断る」
「あ!?」
「オレは……」
「!?」
 二階から足音が聴こえた。咲がレイの背後に眼をやると、後ろの方から顔を出す影が……
「女を養わなきゃいけねぇんだ。仕事を空けるワケにいかねぇよ」
 それは青いワンピースの少女の姿で、ショートカットのなびいた彼女は真面目な話を察したのか、半ば心配気な顔をしていた。

第二話 同窓は過去であり、現在(いま)の窓でない

「あの……レイさん」
 彼女が心配気にボソリと云うと、
「ああ、心配すんなミハル」
 レイは背中越しの彼女にハッキリと、
「昔の同窓だよ。もうお帰りだ」
「な……」
 そう云うと、咲はキッとした顔をして……
「お前な!! 昔のダチが大変な事になってるかもしれねぇんだぞ!! テメェはそれでジッとしてられんのかよ!!!!」
「ゼロだって証拠はハッキリしてねぇんだろ?」
「そういう問題じゃねぇ!! テメェの根性の問題だ!!!!」
「オレぁいまミハルが大切なんだ」
 だがレイに迷う姿がなかった。だからなのかミハルの表情はちょっと安心した。
「オレは頭が悪くてな。テロとかんな事よく判んねぇ。解るのは仕事を空けるワケにいかねぇってことだけだ」
「ハァ!?」
「まぁテメェが働いて返してくれんならぁいいぜ。躰でも売るか? ガハハハハハ」
「!!!!」
 咲は顔を真赤にするとバン!! とカウンターの台を両手で叩いた。
「ロック辞めたのもそんな理由!!!!!!!!」
「……」
「あんたってサイテーね」
「……」
「あたい、昔あんたに憧れてたんだよ!!!!」
「あぁ……」
 レイはカウンターの下の方に眼をやった……
「んなこたぁ解ってた……だからとっとと失せろ。それがテメェのためだ」
「ふん!!」
 咲は速足で玄関に駆け、ガラガラ!!!! と力強く扉を開き、駆け足で店を後にしようとしたが、
「……」
 足を外に踏み出す前にふと立ち止まって……
「写真……置いてくよ」
 とボソリと呟いて、サッと店を後にした。

「……」
「レイさん」
「ん?」
 ミハルはチョンっとレイの両肩に手をやって……
「あの人……怒ってたね」
「ああ……」
 レイは立ち上がると振り返り、キュッとミハルを抱いた。
「お前は気にすんな」
「……うん」
「昔の話だ。オレは……お前を大切にしたい。そう約束しただろ?」
「うん……」
「だからそう暗い顔すんなって。お前がそうなっと、こっちゃ一日ブルーになっちまう」
「うん!! そうだね」
「そうだ、その方がお前に似合ってる」
 そう云うとレイは冷蔵庫の方に足を向けた。
「それよりミハル、買い出し往ってくれや。うっかり肉きらしたの忘れてた」
「うん、判った」
「それとお前、今日の朝飯お前の当番だったぞ」
「あっ、いっけない」
「軽く創っといたから喰ってからいけや」
「うん、ありがとう」
 ミハルはパパパと店の奥の台所へ駆けると……ラップのしてある卵丼の蓋をひらいて、コップに水を注ぎ……
「AI(エーアイ)、今日のスーパー安い処は?」
 スマートホンを取り出すとそう云って、
「今日はタマデが肉のバーゲン、レイさん好みの厚切りロースもあるので、朝ごはんのおわびに晩ご飯にでもどうでしょう?」
「いいね、そうしよう」
 スマートホンに向かってそんな会話をしていた。そんなミハルにレイは後ろから半ばあきれ顔だ。
「お前好きだな~。オレにゃついていけねぇぜ」
「なに、嫉妬?」
「バカ云ってんじゃねぇよ」
「うふ、冗談」

 港町から電車で二つめの駅……キサラギ駅を降りると、そこは工場のよく見える街だ。あまり高くないビルがちらほらあり、トタン屋根の建物や屋台が多く見える。向こう側にはアーケード街もみえ、ネオンの輝きが今頃から光はじめる。栄えてはいないもののそれなりにモノの溢れた街だ。
 キサラギ町の片隅にみえるスーパーで買い物をすませたミハルは、スマホをとりだしてボソリボソリと、
「えっと……忘れ物ないよね……」
 と呟いていた。すると眼の前に見憶えのある気配を感じて……
「!?」
 ふと顔を上げてみるとそこには……
「ミハル……さんね」
「あなたは……今朝お店に来ていた」
「咲よ」
 咲はヅカヅカとミハルに歩み寄ってきた。ミハルは警戒するワケでもなくスマホをしまい顔を見ていた。
「ちょっと話さない? コーヒーでも飲もうよ、奢るから」
 ちょっと考えたが、咲の真面目な顔を見ると、
「いいよ」
 と云って、スーパーの隣にあるレトロな喫茶店へと入っていった。

第三話 過去はコーヒーに溶ける砂糖のよう

「コーヒーブラックで、ミハルさんは?」
「あたしはココア。苦いのダメなんだ」
「そう、ケーキとかたのむ?」
「ううん、晩ご飯、あるから」
「オッケェイ」
 キサラギ町に街燈が灯す頃、レンガ仕掛けの喫茶店にふたりの女が入りコーヒーとココアを口にした。暖かいオレンジ色のライトとレンガの赤、そしてコーヒーとココアのぬくもりでふたりの肩の力が抜けた頃、咲が話し出した。
「ごめんね、ちょっとあんたらの事、さっきまで調べてたんだ」
「え?」
「いや、ゆーて警視庁のデータをデスクトップ越しに覗いてただけなんだどね」
「……刑事さん……なんですね」
「ほら~、そう力まない。別にとって喰おってワケじゃないんだから」
 咲がそう云って笑うものだから、ミハルはココアをグッと飲んでみた。甘い香りが口中に広がる……
「でさ、そしたらちょっとひっかかることがあったのよね」
「?」
「だからちょいあんたに話し聴きたいなって思ってさ」
「ええ、あたしでよければ」
「そうだな……まずあたいの知ってるあいつの話すっか、あたいの知ってるレイの話」
「……ええ」
「あたいが知ってるのは十年前、同じ高校での話。あいつとあたいは一緒のバンド仲間だったんだ」
「……」
「あたいがドラムで、あいつはギターボーカルだった。懐かしいな」
「ギターうまいもんね。いまもたまに弾いてる」
「それほどでもないけどね。……で、バンドにはあと二人メンバーがいた、同じギターのゼロ、そして……ベースのアイ」
「……うん」
「アイはゼロの妹で、あたいたちはパノラマ高校で知り合った。はじめはレイが言いだしたのがキッカケだったけど、なんとなくバンド始めたんだ」
「レイさんロック好きだもんね。今も四六時中聴いてる……音楽集めだけはメがない。もう新しい音楽の話とか、ニューアルバム出たとか聴くと待ってらんないってか、すぐに平気で金つぎこむ。あたしの貯金の計算考えてよね!」
 
ミハルがちょっと力んで話すと、咲はキョトンとしてしまった。するとそのまま……
「アハハハハハ」
 笑っていた。
「あいつらし~や、昔からハマるとそうなんだよね」
 コーヒーをグッと飲んで話をつづける。ちょっと緊張がとれたのか声がやわらかくなっていた。
「あたいたちはサイコーの仲間だった。レイを中心にコピーから始めた。実を云うとあたいやアイは音楽のことよく判らなかったんだけど、あいつにつられてロックを聴きだしたんだ」
「そうなんだ……じゃああたしと一緒だ」
「そうやってバンドもうまくいって、ちょうどオリジナル曲とかにも手を出しはじめていた頃……事件が起きた」
「え……」
「アイが死んだんだ」
「!?」
 ミハルは驚いた様子だった。それを見て咲は……“ああ、あいつ全然過去の話とかしてないんだな ”と思った。けれど……
「……」
 その理由は顔を下にむけるミハルの手の震えを見たら……何となく解った……
「学校側は自殺だって言った。あたいたちは練習部屋の部室で話を聴いて……まぁブルーになってたわな」
「……」
「だが……ゼロの言葉で変わった」
「!?」
「 “アイは自殺したんじゃない、殺されたんだ ”って」
「え……」
「夜の学校の屋上に、ネズミとかって生活指導の先公に呼び出されたのを見たらしい」
「……」
「なんのいちゃもんか知らねぇが、そこで言い合いになって、最後に……」
「!?」
「突き墜とされたんだとよ」
「な……」
 ミハルはギュッとカップを握ると……
「ひどい……」
 手が震えていた……
「……その話を聴いた時のあいつの怒り様ったら……まるで……」
「想像がつきます」
「え……」
「レイさん、想ったこと全部口に出すし……誰にでも平等な人だから……」
「……」
 ココアを握った手を見るミハルの、真剣な眼差しを見た咲は一瞬クスリと口元を歪めたが、すぐに話をつづけた。
「それでだ、あいつはブチ切れてそのまま、職員室に殴り込んだ」
「!?」
「 “アイを殺したのはテメェだ、アイを返せ ”って、机を蹴り倒したそうだ」
「……」
「だが先公は逆ギレだ」
「!?」
「それどころか『いい加減にしろ、お前の進学にも響くぞ』と将来を脅したんだと」
「……」
「それでキレたあいつは“将来とかんなもんどうでもいい!! じゃあオレはこの島を出る!! この高校を出ていく!!!! ”と興奮していた」
「……」
「それがあいつから聴いた話……あいつは」
「!?」
「あたいたちと一緒にパノラマ島を出ていって、メトロポリスへ上京しようと云った」
「……」
「はじめは話し合ったが、ゼロが……“妹の死んだ島にいたくない ”と云って、一緒に往くと云いだした。それもあってかあたいも、ついて往っていっかなって思いだしたんだ」
「……」
「で、その前にお礼参りしようぜって、あたいたちは三人で職員室を襲撃した」
「!?」
「メチャクチャに暴れ回って、放送室を占拠した。そこであいつは想いの丈を全部叫んだ。あたいら全員の声を代弁したんだ」
「……」
「それから船に密航しようと逃亡したんだけど、あたいは捕まっちまった。それがあいつとの最後だ」
「……」
「今から思えばメチャクチャな話だけど……なんだろうな? 若気の至りってやつなのかな。なんかあいつについて往っちまった。ハハハハ」
「そう、なんだ……あたしは」
「あ?」
「あたしは……レイさんらしいなって、想う」
「ハッ……」
 咲はクスリと笑った。
「じゃあこの辺で本題を始めようか」
「え、ええ……」
「ここまでがあたいの知っているあいつの話、で、あたいはあたいの知らない空白の十年を調べたんだ」
「……」
「あいつ一回ムショ出てるよね」
「!?」
「調べるとどうも十年前、密航した船から飛び降りてそのまま漂流した街で、しかも殺人……ときた」
「あたしの……」
「え?」
 ミハルはカップをギュッと握ると、ココアの底をジッと見ていた。
「あたしの……中学の先生です、殺したのは」
「……」
 咲はギュッとカップを握ったままジッとミハルの顔を覗いて、
「ごめん、なんかやな事思い出させたかな?」
「ううん、大丈夫」
 そのままコーヒーを飲むと、また話をつづけた。
「で、そのままあいつ自首してムショに入り……とここまでは解った。けれどその後……」
「……」
「あんた、ムショから出てすぐにあいつと暮らし始めたんだよね?」
「……」
 ミハルはしばらく考えたが……
「うん、そう……」
 ハッキリと云った。
「この辺がよく解らないんだ」
「……」
「教えてくれないかい? あたいの知らないあいつを……」
「レイさんは……」
「え?」
 ミハルは下をむけていた顔を上げると……
「レイさんはあたしの恩人なんです」
 ニコリと微笑んでいた。
「……」
「咲さんもありがとう、あたしの知らないレイさんのお話聴かせてくれて。ちょっとビックリしたけど」
 咲は視線をキッとミハルにむけた。この娘……
「今度はあたしがお話するね」
 見た目よりずっと強い娘だ……と、咲は直感していた。

第四話 小さな殺人鬼

「あの日のことは……いまでも鮮明に憶えています……あの日は、前日の嵐がウソのように晴れていました……」

 十年前……
 夏休みを過ぎた青空の下、白い制服の子供達が学校へと登校していた。
「おはよー、ミハル」
「おはよう」
 街角の路上で、友達がミハルの肩を叩いて話しかけた。
「ねぇ、あの話どうなったの? 夏休みでケリつくって云ってたよね」
「ん……うん」
「……あれ、地雷踏んじゃった?」
「ううん、大丈夫、もう整理ついたから」
「じゃあやっぱり……」
「うん……お母さん、お父さんと離婚した。お姉ちゃんはお父さんについて往くって」
「そっか……」
 友達はちょっと顔を逸らしたミハルに……
「ごめん、その……心配だったから……」
「ううん、全然平気。お父さんもお姉ちゃんもいなくなっちゃったけど、お母さんがいるから、あたし、がんばんないと」
「あはっ、あたしもたまに手伝いに往くね」
「うん、ありがとう」
 ミハルがそうやってガッツポーズをすると、友達は笑ってしまう。“自分もがんばんないとな ”と、その笑顔に想ってしまうからだ。

 キーン・コーン・カーン・コーン…………

「起立、礼」

“ありがとうございました ”

 午後の昼下がりだった……学校にチャイムが鳴ると、教室の席に列をならしていた子供達は昼食をとろうと乱れ始めた。と……ちょうどその時……
「ミハル、話がある。ちょっと来なさい」
「え……あ、はい……」
 担任の先生に呼ばれたミハルは、体育館の裏倉庫に呼び出されていた。いつもミハルと昼食をするグループは違和感を感じ……
「ねぇ、ミハルなんかした?」
「さぁ……」
「そいやあいつ、プールの授業のとき、なんかやらし~眼で見てた」
「え~なんかヤバくな~い」
「ヤバイヤバイ、アハハハハ」
 友達は半ば冗談交じりにそんなことを話しながら、笑って……弁当の箱を取り出した。

「先生……どうかしました?」
「ああ、ミハル、君の水泳の成績だが……」
「? はい……」
 体育館の裏側に、乾いた木の倉庫がある。ちょうど友達が弁当箱の箱を開こうとした時……倉庫の鉄の扉が閉まった。
「あまりよくないな」
「あ、はい……」
体育館の裏側に、乾いた木の倉庫がある。ちょうど友達が弁当箱の箱を開いた時……倉庫は密室と化した。
「でもって、よく授業には遅刻もする」
「はい……すいません」
体育館の裏側に、乾いた木の倉庫がある。ちょうど友達が昼食を食べ始めた時……大人はメガネをクイッと上げた
「それも水泳の授業のすぐ後だ」
「……どういう……意味ですか……?」
体育館の裏側に、乾いた木の倉庫がある。ちょうど友達が昼食の会話に花咲かせていた時……子供は不穏な空気を感じた……
「君の着替えが遅いんじゃないのかって思ってね」
「!?」
 しかし倉庫の鉄の扉はすでに閉じていた。

 その頃……学校から離れた海辺では……

「ブワァ……ハァ……ハァ……」
 青い海にブクブクと泡が浮かび……
「クソッ……」
 ユラユラと足を引きずる影があった。
「ヤッベェ、全身イテェ、喉乾いた、死にそ」
 嵐の海に飛び込み、半死半生で陸(おか)に昇ったレイだ。
「……おーーーい!!!! ゼローーーー!!!! ゼローーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
 陸地に昇って最初に叫んでいたが、声は木霊するバカリだ……
「うるせぇぞガキェ!!」
 自転車をこいだおっさんは、道路の上からレイに怒鳴った。レイはチッと舌打ちをして……
「クソ!!!!」
 と打ち上げられた空き缶を蹴り飛ばした。
「……」
 蹴り挙げた砂しぶきをそのままに、想う事は多くあった……ゼロのこと……咲のこと……アイのこと……想い出す景色があまりに多く走馬灯のように駆け巡る。
「……ジッとしててもしゃーねーか」
 照り憑ける太陽がジリジリと肌を焼くのを感じた時、レイは消耗している体力を思い出して……
「とりあえず水道で水でも飲むか。それからここが何処か……あとメシ……か……なんとか調達しねぇとな……」
 足を砂に踏みしめた。踏みしめる足跡を砂浜に残して……

 灼熱の太陽がアスファルトを焦がす。水浸しの特攻服を引きずるレイはユラユラとアスファルトを歩いた。
「くそぉ、メトロポリスから全然じゃねぇかよコラ」
 ゴミ箱から漁ったペットボトルに公園の水道水をためて、気ダルそうに水をゴクゴクと呑みながら歩いていた……
「まぁヒッチしてでも歩いてでもメトロポリスに着けば……とりあえずそのうちゼロにも逢えっかな……」
 そんな事を呟きながらなんとなくメトロポリスへの道程を考えていた時だった。ちょうど町を出て道路をしばらく歩き……そろそろ山にさしかかろうという田舎道だ。

「いや!! やめて!!!!」
「!?」
 若い女の声が聴こえてきた。
「やめてください……お願い!!」
「なんだ……」
 不審に感じたレイは、声のする方へ足を向ける……そこには、
「やめてよ……いやぁ!!」
「学校……?」
 木造りの中学校があって……
「誰かぁ!!」
「……」
声のする方向に足を向けると……そこは校舎の裏側、木造りの倉庫があった。
「!?」
「!?」
 倉庫の窓、格子越しの窓から少女の姿が……
「!!!!」
「……」
 レイと眼があった少女は、細い手を格子から伸ばして……
「たすけてぇぇぇ」
「……」
 そう叫んだ時……彼女の頭を大人の手がわしづかんだ……

「……」
 レイは状況をよく把握できないが、ともかく……少女が助けを求めている……ということだけはハッキリと解った……
「たすけて……」
 震える瞳を涙眼にして、彼女は涙声でレイに手を伸ばした。レイは……
「……」
 彼女を背に立ち去ろうとした。

「たすけて……」
自分にはメトロポリスに往く……という目的がある。
「たすけてよ……」
 メトロポリスに往けば、ゼロにも逢える。
「お願い……」
 メトロポリスで……ロックをしなければならない。
「お願いよ……」
 約束を……護らなければ……

「……」
 足をとめた。踏みかけた足をそのままに、想うことはたくさんあるけれど……
「たす……けて……」
「クッソヤロー!!!!」
 レイは歯を喰いしばり、拳をギュッと握ると後ろを振り向き走った。

「なにか……なにか……」
 駆けたレイは校舎の塀を乗り越え血眼に辺りを探った。すると、
「!?」
 コンクリートブロックを見つけて……
「!!」
 ほとんど衝動というか、何も考えないまま、
「おい女!!」
「!?」
 コンクリートブロックを両手でつかんだ。
「頭さげろぁ!!!!」
「!!」
 彼女は眼をギュッととじ、深く頭を下げた。レイは……
「ウオァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

 バリン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 コンクリートブロックで倉庫の壁を叩き割った。
「!!!!」
 その時……グシャ……という嫌な感触が、両手から伝わった……

 その瞬間は永遠にも思えた。レイにとっても、ミハルにとっても……忘れられない記憶だ。そう……止まってしまった時間だ……
「……」
気がついたら、グシャグシャになっていた倉庫に……
「……」
頭の潰れた大人の肉体が倒れていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
白い制服を淫したミハルは大人の血にまみれて……息を乱していた。レイは……
「……」
 ドスン……と、コンクリートブロックを地面に落とすと。
「……」
 自分の両手をジッと見た……あの感触……あの感覚が……残っている……
「……」
 ほとんど頭が真白だった。ただ……“もう戻れないんだ ”とだけ、脳裏に浮かんだ……
「あ……」
 そのまま立ち去ろうとするレイの背に、ミハルは……
「あの、そ……」
「話しかけんな」
「!?」
 だがレイは振り返ると、たまらない笑顔を見せて一言……

「オレ殺人鬼だからよ」

 それだけを云い遺して立ち去った……
「……」
 ミハルは手を伸ばしたが、やはり戻した……何か云いたいことや、してあげるべきことがある気がするのだが……あまりに深く重い背を見ると、全部が真白に埋もれてしまった……

「……」
 何も知らない町の交番。今日も平和に飽くのかとアクビをした警官が、ちょうど雑誌に手をやった時……
「おまわりさん」
「ん?」
 交番を訪れるモノがあった。それは……シルエットだ。ドス黒く……重く……暗いシルエットが……
「オレ、人殺しました」

――ミササギ町教員殺害事件に際し、加害者の少年Rに裁判所は、第二種少年院・特別少年院送致とする審判が下されました。審判の経緯には加害者に殺害の意図がなかったこと、自首をしたことが争点となりました。しかし検察側は殺害方法と少年の過去に言及し……――

 裁判の経過も結果も正直に云えばどうでもよかった、というのがレイの気持ちだ。ただ“もう戻れないんだ ”という想いで眼の前が真暗だった。ドス黒い気持ちのまま、時間の止まったままレイは五年間を少年院で過ごした。

 五年後、少年院を出た時……正直云えばそんなことで罪が償われたとか、贖われたとか……総てが白紙になったような気はまったくしない。この先の未来など全く見えず、昨日の手首がはなさないまま明日を赦されないまま、きっとドス黒い膜に世界を覆われたまま生きるのだろう……一人きりで生きるのだと……思っていた。だが……

「!?」
 彼が少年院から出てすぐ、眼の前に……
「……」
 青いワンピースの少女が待っていた。
「誰だか解るか?」
「…………あ!?」
 彼は数秒考えた……始めは判らなかった。始めて逢った時よりもずっと成長して……大人の女になっていたからだ。眼の前にいる彼女は……
「あん時の……」
 彼が殺した大人の血を被った少女だった……
「……」
「ミハル……って名前ならしいぜ」
「……」
「お前のこと五年も待ってたんだ。お前も男なら責任のひとつもとってやれ」
 警部は優しい声でレイの肩をたたいた。レイは……
「……」
 黙ってミハルの処へ歩みよって……
「あの……」
「!?」
 するとミハルはレイの右手をギュッと握って……
「ありがとう……ずっと、云えなかったから……」
「!!」
 その瞬間……自分が、ひとりでないということを……悟った。だからなのだろうか……その場で声を出して泣いていた。そして……
「お前を大切にしたい……」
 と云って、彼女をギュッと抱きしめていた。

「ふぅ……」
 警部は後ろでタバコを一服ふき、刑務所に戻っていった……まるでふたりきりにしてやろうと云うかのように……暗く重い刑務所に戻るとボソッと……
「しあわせにしてやれ……罪を償うぐらいに……な……」

第五話 されど同窓は懐かしい “にほい ”

「……」
 キサラギ町に夜が覆い街燈に蟲が群がる頃、レンガ仕掛けの喫茶店で……ミハルの話を聴き終えた咲は……
「……これが、“あたしたち ”のお話です……」
「……うふ……」

 アハハハハハハハハハハ

「!?」
 笑っていた。
「ごめんなさい。不謹慎だったね」
「?」
「いや、なんかね……自分がおかしくなっちゃって、アハハハハ」
「え?」
「あたいったら、すっかり眼が鈍ってたんだなって」
「……」
「ねぇ、あたいがあいつとバンド始めたキッカケって想像つく?」
「え……ん……んー……」
「あたいって実はちょーシャイだったんだ」
「えー!?」
「いまからじゃ想像つかないっしょ」
「……うん」
「それで、クラスにもあんま馴染めてなかったんだ。するとあいつが……」

“ダチになろうぜ ”

「……」
「そう云ってくれてさ……ムチャクチャだよね。楽器触った事ない処か、音楽もロクに聴いたことのないあたいに、勝手に“自分がバンドやりたいから ”ってだけの理由で」
「アハッ」
「あいつ……堕ちぶれたようにみえて全然変わってないんだなって……安心した」
「……」
「ありがとうね」
「え……」
「あいつのこと……待ってくれて、そばにいてくれてさ」
「いえ……」
「あいつ……ガサツでおっちょこちょいだからよ。それが憎めねぇんだけどな、アハハハ」
「……」
「……正直あたいしか務まらねぇって想ってた……」
「え? いまなんて」
「ううん、なんでもない。バカの世話をありがとうって云ったんだ。アハハハハハ」
「いえ、こちらこそ」
「ねぇ、連絡先交換しない?」
「え……あ、いいですね、しましょう」
「おっしゃぁ、じゃあスマホ出すわ」

 夜……海を見下ろす丘の小さな居酒屋にポツリと灯が灯る頃、海の男たちが集まる……
「クッション!!!!」
レイは忙しく酒と料理をふるいながらクシャミをひとつついていた。
「ったくミハルの野郎、何処で油売ってやがんだコラ」
「親父、ツマミまだか」
「へーい!! ただいま!!!! ……ったく、この忙しい時に……早く還ってこい!!!!」

 忘れ去られたような居酒屋に灯が灯る頃、小さなレンガ仕掛けの喫茶店にふたりの灯がポツリと灯っていた。

 数日後……

 ガラガラガラ…………と、居酒屋の扉が開かれた。
「らっしゃい。定食なら出せるぜ」
「レイ」
「あ?」
新聞を読んでいた男は、新聞を降ろして玄関を見てみた。するとそこには……
「ったく、またお前か」
「ゼロの捜査に協力して」
「だから~」
「事件が解決したら、あたい、警察やめてここで働く!!!!」
「ハァ!?!?」

 咲がレイにむかってそう云った時、ちょうど階段を降りたミハルがチラっと、背後からふたりの様子を伺っていた。
「働いて返しゃーいいんでしょ。躰は売らないけどね」
「おま……冗談は休み休みに言えよ」
「冗談じゃないわよ。ね~ミハルちゃん」
「ハァ?」
 レイが後ろを振り返るとミハルはニコリと微笑んで……コクリと頷いた。その様子を見たレイは……ヒュー……っと口笛を吹いた。
「なるほどねぇ……テメェらグルになったってワケだ……」
 一言云ったレイは、重い腰を上げると……スタスタ……と、奥へと歩きだした。そこにはロッカーがひとつあって……ガチャリ……と開いた。
「!? うそ……」
 ロッカーの中を見た咲は、思わず口をおさえ……瞳にうっすらと涙を浮かべていた……
「ハッ……なんか、こんな日がくんじゃねぇかなって、なんとなく想ってたのよ……内心な」
 ロッカーの中には……
「これ創ってくれたの……お前だったよな、咲」
 高校時代の……レイの黒い特攻服があった。
「オレのジョーク交りの無茶ブリに真面目に応えたテメェの願いだ。オレが聴かねぇワケにいかねぇよな」

第六話 あの日のつづき……

 咲はしばらくの間カウンターで立ちつくしていたが……
「ご、ごめ~ん。ちょっと感動しちゃったみたい」
 涙をゴクリとのんで、会話をつづけた。
「じゃあ、捜査に協力してもらうってことで」
「おう」
「アハハハ、じゃあ……」
 顔をキッとした表情に変えて……
「まず確認なんだけど……あんたとゼロは密航船から嵐の海に飛び込んだ……そこで別れたってことで……」
「ああ、間違いねぇ。オレァ必死に探したんだが、結局離れ離れになっちまった」
「そう……じゃあ、それからゼロがどうなったのかは……」
「オレには判らない……」
「そっか……実はね、あたいは調べたんだ。この空白の十年」
「マジか!?」
「ええ……彼はその後アザナギ海岸に漂流していた」
「アザナギ!? アザナギって華連邦のアザナギか。大分流されたんだな」
「ええ、近くの岸にうまく流れたあんたと違って、あいつはそれこそ三日三晩海の上だった」
「隣の国までか……どうりで見ねぇハズだ……」
「そこであいつはフリークサーカス団に拾われた」
「あぁ!? あいつがサーカス!!」
「華連邦で漂流者が生きるにはそれぐらいしかないからね」
「……まぁ、ありえねぇ話じゃないか……この国に戻されるのは嫌だろうしな」
「サーカスでは“ハンス ”と名乗っていたみたい……ほら、これが写真……」
「……」
 レイが手に取った写真には……空中ブランコに乗るさわやかな青年の姿が写っていた。
「これがあのゼロかぁ?」
「ええ……」
「まるでオレらのこと忘れたみたいじゃねぇか」
「妹の……アイのこと“忘れたい ”って云ってたからね……」
「……」
「なんにしても、彼はフリークサーカスの花形……と云っても過言じゃなかった。大分注目されていたそうよ」
「運動神経はよかったからな、あいつ」
「ただ……あの日までね」
「!?」
「七年前の夏……彼はサーカスの興業中事故にあった……ブランコをあやまって掴み損ねた彼は地面に落下したの」
「んだと!?」
「それがキッカケね……彼は忽然と表舞台から消えた」
「まさか……この右脚がねぇのって」
 レイは最初に咲からもらった写真を出した……空港で撮影されたモノと思われる一枚の写真、男は全身を黒い服に覆っていて、黒いロングコートを身にまとっていた。男には右脚がなかった。だからなのか前腕固定型松葉杖を右手についていた。
「ええ……サーカスの事故で彼は右脚を亡くしたのよ」
「なんっ……だと」
レイは男の顔をジッと見てみた。それは……かつてとは変わっていた。かつてと違って眼が鋭く細かった。また……頬はやせていて、顔もしまったシャープな表情をしている。まるで地獄に洗われたように……
「……」
「七年前の事故を最後に、彼は表から消えた……それから七年経って」
「 “復讐戦線 ”を率いている……ってワケか」
「ええ……」
「七年の間に何があった?」
「それが判らないの……」
「ハァ!?」
「あたいは先日、フリークサーカスに接触して、座長のヘラクレスに話しを訊いたわ。でも……『憶えてないね』……ヘラクレス座長はその一言だけ」
「ハァ!? ざけぇんな!! 自分(テメェ)の子分の話だろうがぁ!!!!」
「いっても裏のサーカスだからね……捜査令状も逮捕令状も出てないのにこれ以上詮索するなって一方通行よ」
「んだとぉ……」
「ただ……手掛かりは掴んだ」
「!?」
「やむなく還ろうとした時の話だよ……フリーダってサーカスの女の子が“知ってる ”って云うんだ」
「マジか!!」
「ただ条件を云ってきた」
「条件……」
「 “あたしをサーカスから出してくれること ”と“日国に亡命させてくれること ”そしたら教えてくれるそうだ」
「……一筋縄じゃいかねってことか……」
「だけど不可能じゃない」
「!?」
「フリークサーカス団が初の海外公演で……ここ、日国にくるんだよ」
「なるほど……話が見えて来たぜ……」
「彼女を日国に受け入れる準備はできてる……ちょっと荒っぽかったけど、彼女を日人にする手続きはすんだ。あとは……」
「解った……」
 レイはニヤリと口元を歪めて……
「あとはフリークサーカスってインチキくせぇ見世物野郎を襲撃、フリーダを拉致って全部解決って寸法だ」
「ハ……相変わらず単純な発想だけど、当たりね」
「うし、話は解った。で……」
「!?」
 レイはカウンターから立ち上がると、黒い特攻服をサッと身にまとった。
「連中は何処にいんだ?」
「……」
 咲はレイを見上げると……ニヤッと微笑んだ。
「やりまくってやろうぜ、奴らをよ」
「ハッ……やっとノってきたみたいじゃない」
 咲が見たレイの瞳には、燃える炎が見えた……そうだ、かつて……咲をバンドの仲間に誘ったときのあの……炎だ。
「メトロポリスよ」
「!?」
 メトロポリス……という言葉を聴くと、レイは一瞬驚きを隠せなかった。だが……同時に武者震いのようなニヤリという微笑みも見せた。
「なるほど……おもしれぇ!!!!」

「いってらっしゃ~い。気をつけてね」
 ミハルはふたりの背を見送り、手をふった。レイと咲は燃えるような真直ぐな背をミハルに見せてキサラギ町を後に……メトロポリスへ向かった。ミハルは彼等の学生時代を……バンド活動を全く知らない。ただ……もしも自分がタイムマシンにでも乗って彼等の学生時代に戻ったら、きっと……こんな背をしているのだろう……と、想っていた……
「……復讐戦線……か……」
 ふたりを見送ったミハルは、――臨時休業――という看板を出すと、店の奥に上がって……
「AI(エーアイ)、ちょっといい?」
 スマートホンとノートパソコンをひろげた……

第七話 未来(あした)、そんな先のことは知らない

 朝焼け……レイと咲を乗せた列車は六時間程経っただろうか……
「かぁ……クビ痛ってぇ……」
 列車の席で一晩眠りについていたレイが、窓の外を見ると……
「!?」
 メトロポリスのビル街に朝焼けの灯が照らされた。かすかにネオンの光が残る街に、夜明けの光が射す……
「ここがメトロポリスか……」
 昼夜を問わず人々が往き交う様子がすぐに伺える。交差点を見るとこんな時間にも関わらず車と人々の数が減ることはない……ただ、人々の顔を見ると疲れた影が見えた。
「……」
 レイはメトロポリスの人々を車窓越しに見ながら、自分にもこうなる未来があったのだろうか……と、考えていた。ただ……もしもそんな未来があったなら、自分の傍にいるのは誰だったのだろう……

――クロユリ公園、クロユリ公園、お降りの方は……――
 

レイと咲は地下鉄に乗り換え、クロユリ公園駅を降りた。アナウンスと共に開かれた扉から、人の波が寄せては返し、うねりを繰り返す。
「なんでメトロポリスの地下鉄はこんなややこしんだよ!!」
「ダーっさっきからウゼー!! レイ、あんたよく学生時代上京しようなんて云ってたよね!!!!」
「来て見なきゃ判んねぇだろぁ」
「あーもう、あたいはフリーダと打ち合わせするからね!!」
 そう云うと咲は胸ポケットからスマホを取り出し、機械上の文字のやりとりを始めた。そして……人の波にまぎれてレイと咲が地上への階段にさしかかった時……

 ダン!! と階段をさしかかったOL姿の女性がレイの肩にあたり……「すいません!!」と言うと慌てて階段を上がったが……
ピピピ……と彼女の胸ポケットから携帯電話の音が鳴って……
「あ、もしもし……ええ……ええ……判った……それで、リリーは……ごめんなさい……言われた通りにやります……」
 階段の踊り場で電話を受け取ると、OL姿の彼女はまたスタスタと地上へ昇っていった。
「……」
 レイはOL姿の女性の姿に、違和感を感じていた。彼女の表情と背には……恐怖と罪悪のようなモノを感じていたからだ……すると……
「ママ、ネズミランドは遠いの」
「さぁね、マダムお兄さんに聞いてごらんなさい」
「マダムお兄ちゃん、遠いの」
「いいえ、あっという間ですよ。夕方の公演までには間に合います。そうでなかればワタクシも困りますから」
 階段の上から子連れが現れた。日人とは違う骨格と服装をしていた。明らかにめかしこんだ貴婦人が一人。その子供と思われる七つバカリの女の子が一人。右の二人とは服装が異なるスーツ姿の男……使用人か何かだろうか。
 そんな三人組が前からこちらへ来ると、レイたちの横を通りすぎ……背後へ消えていった……階段を降りる彼等をよそに、レイ達が階段を昇っていくと……
「ごめんなさい!!」
「!?」
 先ほどの女性だろうか……OL姿の女性が大きな黒い鞄をもって階段を下っていく。ブツかりそうになったのをサッとレイと咲はよけたが、彼女は階段を急ぎ足で降り……地下鉄へと消えていった……
「……」
 レイはこれらの事に半ば違和感を感じていた。けれどそれ以上にゼロのことを知りたいという想いの方が勝ったのか……あまり気にすることはなかった。階段を昇り、地上のさわやかな風にふれた頃、まさに今からクロユリ公園へ……フリークサーカス団の元へ向かおうとしたその時!?

 オァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 地下からだ……階段の底の闇から、無数の人間の呻き声と断末魔が木霊した。

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 それから警報機の赤い音が地下の闇に響き渡る……警報機の真赤なライトが闇黒の地下空間にチラチラと瞬いているのが階段の上から見えた。
「何が起きている……」
 レイが階段の底をジッと見ようと、階段を降りようとしたその時……
「!?」
 咲がサッと手をのばし、レイを止めた。緊張感のある彼女の表情を見たレイが、ジッと階段の底の闇に眼をやると……
「!!」
 闇にもう一つ色彩が見えた……真赤なライトの瞬きに……紫色の煙のような輝きがユラユラと混ざって蠢いている……
「化学兵器ね……」
「んだと!?」
「間違いない、国テロの訓練で経験したわ……毒ガスよ……」
「まさか復讐戦線!?」

 !? レイは彼女の表情を見た。咲は……震えていた。怯えた表情をしていたのだ。無理もない……警視庁国際テロ対策本部の婦人刑事とはいえ……訓練とはワケが違うのだろう。訓練と違って眼の前に……何百というレベルの人間が今にも死んでいるのだ。恐いに決まっている。だがレイは……
「往くぞ……」
「え……」
「クロユリ公園だろ? 予定通りフリーダをかっさらう。そうだろ?」
「だって……だって……」
「……」
「いっぱい……死んでるよ……子供も……みんな……」
「いいかげんにしろぁ!!!!」
「!?」
 咲の頬をひっぱたいた。
「オレらが騒いでどうなる? どうにもならねぇだろ、少なくともいまは」
「……」
「これが復讐戦線の仕業ならいずれお前にもお呼びがかかる。そん時思いっきりやってやれよ、血迷ったゼロにな」
「……」
「とにかく今できるのは、その日に向けて……今できること、今しかできねぇことをやるだけだ。判るよな?」
「うん……ごめん……」
 レイは咲の手を引いてクロユリ公園に向かった……ほんとのことを云うとレイだって恐い。自分の行動と言動で人の生き死にが関わる……いまその現場に立ち会っているのだ、ということが……けれど、自分が迷っている場合じゃない。だからレイは必死に恐怖を押し殺していた。ただ……
 同時に交錯する考えがあった。復讐戦線の活動がこうして日国にまで広がった……ということ。しかし何故いま地下鉄を狙ったのか……そもそも復讐戦線の目的は何なのか……考えが交錯していた……

「親父ー!! 例のトラックは」
 咲はクロユリ公園から半ば離れた倉庫に訪れると、先刻までの震えを押さえるかのようにハツラツと声を出した。
「ああ咲、これだ。で、こいつが頼まれてた地図……」
「センキュー」
 倉庫の親父から地図とキーを受け取ると、咲はトラックに乗り、レイも後から続いた。
「なぁ咲、外のこの騒ぎは何なんだ?」
「あぁ……明日の新聞でも読みな。明日があればだけどね」
「ハァ?」
「何でもない。親父も今できることを探しなってことよ」
 エンジンを掛けた。瞬間トラックに反動が走って、ふたりは“始まる ”という感覚を共有していた。
「レイ、そら、これ」
「あ?」
 レイが咲から受け取ったそれは……
「……んだよこの、えっと……レスラーみてぇな頭巾は……」
「顔がワレるといろいろ困るだろ? フリーダにも伝えてある」
 レイと咲が覆面を被る、トラックが走った。ダンっと、倉庫の段差をタイヤが乗り越えて、真直ぐに……フリークサーカス団の元へと駆けていく……

 第八話 禁じられた道化芝居(ステージショー)

 クロユリ公園……並木の立つ路の向こう側、緑の中央に大きなテントが張ってあって……白い化粧姿の道化師が造られた笑顔でビラを配っている。風に吹かれたビラには……「フリークサーカス」の文字が刻まれていた。

「なんだとぁ!! クロユリ公園駅でテロ!!!!」
 テントの中ではシルクハットを着けた巨漢の男……ヘラクレス座長が声を挙げていた。
「それで!! 妻と娘は!!!!」
「えっと……いま付き添いにやったマダムに電話をしているのですが……」
「マダムなどどうでもよい!!!! ワシが聴いておるのは妻と娘の安否だ!!!!!!!!」
「つながりません……ニュースでは現場は相当混乱しているようですし……」
「えぇい!! じゃあお前、今すぐ駅に往って様子を見て来い。妻と娘を助けるんだ」
「は……」
「車を一台貸す。早く往って来い。夕方の興業には間に合うようにな」
「しかし……現場は相当混乱しているようで……」
「知るか!!」

――お前やマダムの代わりなんて腐るほどいるんだ――

 スタスタスタ…………と、白い化粧姿の道化師は、車のキーを片手にテントの中を歩いていた。檻の中に閉じ籠められたトラやライオンを傍らに……

「おい……おかしいんだ」
「なにが?」
「いや……興業に使う動物なんだけど……一セット足りないんだ。檻ごと……」
「ハァ? 港には問い合わせたのか?」
「みたさ。そんなことはないって……だけど世話をしていたオレが云うんだから間違いない!! 間違いなく…………トラが一匹足りないんだ!!!!」
「……まぁ、ゆーて商品だからな。気にすんなよ。代わりはいるんだろ?」

 白い化粧姿の道化師は、笑顔の化粧を見せたまま檻の並ぶ倉庫をスタスタと歩いている……笑顔の化粧の内側……瞳は鋭いカタチと空虚な彩をしていた……
「……」
 彼が倉庫にある白い車にのり、キーをさして……エンジンをかけようとキーを廻した瞬間!!

 ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 倉庫が焔にまみれた。
「なにやってるんだお前等!! 早く消火しろ!!!! ワタシのサーカスが!!!!!!!!」
 ヘラクレス座長の声に、団員たちが慌てるように消火器をもちより、足りないモノはバケツに水を持ってきた。焔の向こう……燃える白い車に黒焦げになった道化の顔が溶けて……化粧の裏の白骨がガタン……と、焔に崩れて灰と化した…………

「?」
 咲とレイを乗せたトラックはクロユリ公園の並木道を真直ぐに突き進んでいた……
「なんだありゃ……」
 レイの眼に見えたのは片隅に焔を上げる見世物小屋の姿……
「これもお前がやったのか? 咲」
「違う……」
「じゃあ……まさかこれも復讐戦線が……」
「……何が起きたのか判んねぇけど……強行突破よ!!!!」
「!? っておい!!」
 バン!!!!!!!! 咲は最後に地図を確認すると、真直ぐに見世物小屋へトラックごと突っ込んでいった。テントの布と材木を巻き込んだトラックは、キキーッと急ブレーキをかけた。そこは……ステージの上だ。
「突っ込むんだったらそう云えや……」
「フリーダ!!」
「!?」
 運転席で転がり乱れたレイが、慌てて起き上がると……サイドガラスから小さな女の子が見えた。彼女は金髪の白い肌で、まるで西洋人形のようにレイには見えた。
「なに? この大騒ぎあんたたちがやったの?」
「なワケないでしょ……でも、ちょっとチャンスかもね。早く!! 乗って!!!!」

「そうはいきません」
「!?」
 フリーダがトラックに乗ろうとした時……ステージの上にスポットライトがフリーダとトラックをうつし、
「前々から様子がおかしいと思っていましたが……まさか当一座を“抜ける”つもりとは……」
「まさか……」
 ステージ中からアナウンスのように声が木霊していた。声は嘲嗤うかのように見下ろすかのように高らかと……
「ではラストショーをお楽しみください」

「ヘラクレス座長!?」
 咲とフリーダがソワソワと廻りを見、警戒する中、レイがジッとステージの奥に眼をやると……

 パッパラパー!!!!!!!!
「!?」
 ラッパの音がステージ中に響き渡り……
「ワタクシの車を破壊した上に……」
 ステージの奥から獣臭を感じた……
「まさか……」
「妻と娘を犠牲にしたのもまさかあなたたちでは……」
 ガルル……という嫌な吐息を感じる……
「!!」
「万死にあたいします!! 獣のエサとなってしまうがいい!!!!」
 パッとスポットライトがステージの奥を照らすと……血に飢えたトラがヨダレをハゼていた。

 ガルルル…………ハラをすっかり空かせたトラは、荒ぶる眼光をフリーダの肉に剥けて……
「イヤァァァァァ!!!!!!!!」
 グアァァァァ!!!!!!!! 全身の筋肉を獰猛に奮い立たせ、本能を剥き出しにした。フリーダは……
「ヒィィィィィ!!!!!!!!」
 腰が抜けてしまったのか、恐怖に震え、その場に立ち尽くしてしまい……
「ヤッベェ!!」
「助けないと!!」
「間に合わねぇ!! こういう時は……」
「!?」
 助けようと慌ててトラックの外へ出ようとする咲をヨソに……レイは車内の後ろから工具箱を両手に握ると……
「これでも喰らえだぁぁぁぁ!!!!!!!!」
 パリン!!!! ドガグシャァァァ!!!!!!!! 
 工具箱を窓めがけ投げつけ、サイドガラスを叩き割り、突き破った工具箱がそのまま……トラの鼻ヅラへと激突した。
「フリーダ!! 手だ!!」
「!?」
 レイは扉を開き、半ば強引にフリーダの左手をワシ掴むとそのまま……
「咲!! アクセルだ!!!!」
「おう!!!!」
 トラックが全速力でステージを駆けだした。フリーダは一瞬振りはらわれそうになったが、レイがしっかりとフリーダを掴んで、力づくで運転席に引き込んだ。

「ショーは終わってません!!」
「!?」
 彼等がトラックと共に見世物小屋を出ようとしたその時!! ステージ中から火花が無秩序に炸裂した。爆弾だ。
「クソ!! 座長の野郎爆薬を……」
「オラかせ!!」
「!?」
 レイは咲の操作するシフトレバーを奪うと……
「ここは外じゃねぇ!! バックだ!!!!」
「ちょ……」
 ギアをバックに変えた。トラックはそのまま急行進し……ステージの奥へ……

 ドカン!!!!!!!! ステージの奥を突き破った。ステージの奥には鉄の扉が布に隠されていたようで……トラックの荷台が扉に大きな穴を空けた。
「ヒィィィ!!!!!!!!」
「!?」
 サイドミラーを見るとそこには……扉の穴の向こうにリモコンを操作するヘラクレス座長が尻もちをついていた。レイは「当ったり~」と口笛を吹くと……
「でもってまえ!!!!!!!!」
 ギアをチェンジ!!!! トラックは再び前へ……サーカスの外へ駆けだす!!
「させるか!!」
 ヘラクレス座長が慌ててリモコンを手にとると……
「!?」
 トラックが過ぎ去った跡……
「まさか……」
ハラを空かせた上に鼻づらを叩かれて不機嫌なトラの眼光が、
「ヤバイ!!」
 トラックの空けた穴の向こうに、座長めがけて真直ぐに……
「ヒエェェェェェ!!!!!!!!!!!!」
 ヘラクレス座長はリモコンを棄て、慌ててサーカスの奥へと駆け出した。トラは鉄の扉の穴に牙を剥きだし、掻きこむかのように両手を穴の向こうに伸ばしていた。

 バラァァァァ!!!!!!!!!!!! レイたちを乗せたトラックが見世物小屋を突き破って、外に出ると……公園の向こうの道路に突っ込んだ。慌てた車たちがキキーッと急ブレーキをかけ、メチャクチャになる道路を真直ぐに突っ切ろうとするが……
「!?」
 フロントガラスの向こうに見えたのは……
「まさか……」
 踏切に貨物列車が走っていた。
「ヤッベェ!!」
 咲が慌ててブレーキを踏もうとすると……
「間に合わねぇ!! ここは……」
「!?」
 レイはハンドルを奪い……
「アクセルだぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 咲の右足もろともアクセルを全力で踏みつけた。
「ッイタァッ!!!!」
 トラックのタイヤが全力で廻る。真直ぐ前に突き進み……グワガシャ!!!! 違法駐車された車をタイヤが巻き込むと、違法駐車の車を踏み台にトラックは空中へ翔んだ!! そして……
 ちょうど貨物列車の貨物がなくなった車両列、車両を越えてトラックが……

 バン!!
「キャッ!!!!」
 踏切を越えた。バタンと大地に着地し、運転席が反動で揺れた。
「うっしゃぁ!! 突っ切れぇぁ!!!!」
 トラックはそのまま踏切を越え、道路へと無事……走り出した……

「……」
 廻りの車に乗った人々が、一瞬の出来事に眼を丸くしている頃……
「カックイイ……」
 ミニカーを片手に握った男の子は、鼻水をたらして云っていた。

「……」
 道路を走るトラックは、荒ぶる運転にボロボロになったのか車体の至る処が凹んでいる上にタイヤもフラフラだ。
「ふー、やっと落ち着いたな~」
 レイがシートにもたれかけて……
「これでやっとこの息苦しいマスクとおさらばだ~」
覆面を外し、安堵の息をつくと……

ボカボカ!!!!

 両隣の席にいる、咲とフリーダに頭を叩かれてしまった。
「っ痛ってぇな!!」
「こっちのセリフよボケぇ!!!!」
「あぁ!?」
「もうちょいレディーの扱いは丁寧にしてほしいものねぇ」
「何だとぁ!? おかげで助かっただろぉがぁ!!!!」
「ふん!!」
 隣の運転席で咲はそっぽを向いたが……クスリと咲ってボソリと……“おバカさん ”と呟いていた。

第九話 致死という名の知りすぎた知識

「ハァ……ハァ……ハァ……」
 地下鉄駅……鉄の電車とレンガ仕掛けの壁が覆うこの空間は、明かりを失い闇に覆われていた。闇の地下空間に赤い警報機のライトが無数に瞬き、紫色の煙がユラユラと蠢いて……バタバタと無数の死体が倒れゴロゴロと転がっていた。スーツ姿の青年の骸、学ラン姿の少年の骸、OL姿の婦人の骸、セーラー服の少女の骸……小さな子供の骸が転がっていた……
「ハァ……ハァ……ハァ……」
 闇に覆われた地下鉄に、ガスマスクの赤い眼光が光る……OL姿の女性が大きな黒い鞄を片手に、ガスマスクを着けて地下鉄を駆けていた……すると、
「!?」
 コツン……コツン……という、甲高い音が闇に響いた。彼女は……
「ハンス!! ハンスなのね!!!!」
 闇に叫んでいた。
「ハンス!! やったわよ!! あなたの云う通りにしたわ」
 しかし彼女がどれほど叫ぼうとも……
「あなたの云う通り、毒ガスをまいた。座長の娘も……」
 コツン……コツン……という甲高い音は止むことなく……
「だからリリーを……リリーを返して!! あなたのかつての義妹でしょ!!!!」
段々と大きくなって……

「!?」
 彼女の首筋を鋭い何かがピッと刺さる感覚がして……OL姿の女性は倒れた。倒れる前にふと後ろを振り向くと……
「……」
 幽かに残った意識は、赤い眼光を輝かせる黒いガスマスクの男を見た……黒いロングコートを身にまとい……右腕に……前腕固定型松葉杖をついていた…………

「これでフリーダは日人よ」
「うん……ありがとう」
 メトロポリス中央区に位置する領事館……そこの一室で、咲はフリーダと書類の管理をしていた。
「後は仕事と住居だけね。よかったらその手続きも……」
「の前にだ!!」
 席の向こう側で窓の外を眺めていたレイは後ろを振り返り、フリーダをギロッと睨むと……
「そろそろ聴かせてもらうぜ。ゼロの話をよ」
「……そう……ですね」
 フリーダは間を空けたが、ボソボソと話し始めた。咲は向かいの席で、レイは窓際に立ち、ジッと躰をフリーダに向ける。
「あのサーカス……裏に……座長ヤバイとこと繋がりあるみたいで……」
「あぁ!」
「流れ者バカリの団員だけど……使えなくなった団員はみんな売られるか消されるか……ハンスも……あたしも!! いつかハンスみたいに!! 撃たれて海に!!!!」
「落ち着けって!!!!」
「……」
 呼吸を乱すフリーダを、咲はなだめるように肩をなでて……
「つまり……座長はバックにヤバい組織が絡んでいて、あなたは恐くて逃げたかったのね」
 フリーダは下をうつむきながらコクリと頷いた。レイは話しかけるワケでもなくしばらくジッと彼女を見ていた。
「ゼロ……ハンスが片脚を亡くした……っていう処までは情報が入ってるわ」
「……」
「その後のお話が聴きたいの。ハンスが右脚を亡くしてからのお話を……ゆっくり、深呼吸して、聴かせてちょうだい」
「……」
 フリーダは段々と落ち着いてきたのか……ゆっくりと順を追って話しはじめた。

「えっと……ハンスがウチに来たイキサツはご存知ですか?」
「ええ、漂流してきたのよね?」
「はい……ウチのサーカスは、たいていそういう人バカリです。何か事情があって還る場処のない人、そういう人を座長は集めてるんです」
「……」
「実はあたしも……家族に棄てられて、人買いをたらい廻しにされるウチに座長に買われました」
「そう……ごめんね、辛いお話させて……」
「ううん……でもその中でもハンスはとび抜けて働いていて、特に空中ブランコはスゴかったです。もともとの才能もあったのかもしれないけど……何だろうな……まるで何かに摂り憑かれたみたいっていうか……必死に背負っているモノを忘れようとして空中ブランコを翔んでいる……なんか、そういうタイプでした」
「……」
 レイと咲はその話を聴くと……やはりふたりともが同じ過去を思い浮かべてしまっていた。そう……アイのことを……

「そのせいかサーカスでの人気もとび抜けていました」
「……」
「ハンスはやがて、“ヨーコさん ”って方と結婚しました」
「え?」
「ヨーコさんも同じサーカスの団員で、面倒良い性格……というのもあったのでしょうけど、もともとハンスには世話を焼いていました」
「……そっか……あのゼロも結婚してたんだ……想像できないな」
「結婚式の夜のことはよく憶えています。サーカスの裏方で、それはそれは大祝いでした。あたしも……これが、始めてゼロがあたしたちの仲間になった瞬間なんだなって、当時は本気で想ってました」
「……」
「ヨーコには妹がいました。“リリー ”という妹です。彼女もハンスのことは“お兄ちゃん ”と呼んで慕っていました」
「そっか……」
 咲とレイはちょっと複雑な気持ちになっていた。この国で実の妹を、アイを亡くしたゼロが隣の華連邦で義理の妹を持つこととなった……けれど、もしかしたらゼロにとって、それが一番しあわせなのかもしれない……

「ハンスもヨーコと結婚してからは変わりました。これまで必死に忘れるように空中ブランコを翔んでいたのが、ヨーコと結婚してからは生き生きと翔ぶようになりました」
「……」
「だけど……あの日を境に変わってしまいました」
「!?」
「空中ブランコの事故……些細な事故でした。いつもならしっかりキャッチするハズのブランコを……その日は疲れもあったのか、キャッチし損ねたんです」
「……」
「結果……彼は右脚を亡くしました」
「…………」
「だけど、彼が亡くしたのは右脚だけじゃなかったんです」
「!?」
「彼はまず仕事を亡くしました……空中ブランコの仕事はなくなり、ハンスは表舞台の仕事を追い出されました。代わりにあったのは…………裏方も裏方、掃除や磨き仕事バカリです」
「……」
「そんな彼を見切ったのか、ヨーコとリリーは彼の元を離れました」
「え!?」
「仕事が堕ちたから……もうかつてみたいな生活できないことを危惧して、ヨーコとリリーはハンスを棄て、街へ出ました」
「ひどい……」
「ちょうどヨーコを買いたい……と、座長に申し出る街の社長もいましたから、彼女に迷いはなかったようです……」
「……」
「彼はそれから変わりました……依然と違って……」
「……」
「ううん……あの、始めの頃とも違う。もっと眼が鋭くて、まるで……」
「……」
「地獄が服を着て歩いてるような……」
「…………」
 窓際に立ち腕を組んだレイは、何も話すことなく鋭い眼で聴いていた。ジッとして寡黙だった。

「それで……彼は、仕事がもうないからって……バックに消されたの?」
「いえ!! 違います。彼はまだしばらくはサーカスの裏仕事をしていました」
「……」
「彼が黒いスーツのサングラスを着けた男たちに撃たれたのを、あたしはジッと見てました。彼が撃たれた理由も知ってます。ハンスはクレオパトラを…………」

バン!!!!

「!?」
 一瞬だった。一瞬だ……鋼鉄の弾丸が窓を突き抜け……レイの顔の右側を通りすぎ……咲の左頬をかすめ…………

 真直ぐにフリーダの眉間を貫いた

「誰だ!?」
 プシューっとフリーダの血が部屋中に噴き散った。咲とレイは身を構え、すぐに窓の外を見たが……刺客はメトロポリスの街に……ネオンの輝く深層都市に消えていった……窓をふと見ると……もう陽は堕ちて……漆黒の夜が訪れていた……

第十話 歴史は血と涙の大地の上で繰り返される

ガタンガタン……ガタンガタン……ガタンガタン……
漆黒の夜……レイと咲を乗せた列車が再びメトロポリスを離れた。だが……
「……」
 列車の中には沈黙と溜息が渦巻いていた。
「クソッ……結局……何も判らなかった……か……」
 それもそのハズだ。ゼロと復讐戦線の関係について結局判らなかっただけでなく……ふたりがやっと助け出したフリーダが……殺されたのだから……
「ただね……進展はひとつあるよ」
「あ?」
「フリークサーカス……そのバックにいる組織……たぶん、彼女はそいつらに殺られたのよ」
「……そりゃそうだけどよ……問題はそいつらが何なのかってことだ」
「これはあたしのカンだけどね……」
「あぁ?」
「……いや……やっぱりいい……」
「んだよ。話すだけ話してみろや」
「……」
 両手を膝につきジッとかがむようにして考えた咲は、チラッとレイの顔を見てみた。そうだ……眼の前にいるのは高校時代からの幼馴染で、同じ仲間だ……咲はちょっとだけ頬を上げたが、すぐに真直ぐな表情に戻した。

「レイ……あたいが一番得意だった科目、憶えてる?」
「あ? ああ……オレそもそも授業に出てなかったからな……あれか? 科学室のバーナーでスキヤキ! オレ得意だったぞ~」
「……」
 こいつに聴いた自分がバカだった……と、咲は一瞬思った……
「社会!! 特に歴史が得意だったぁ!!!!」
「そうだったか。それで刑事(デカ)になったってぇ話か?」
「ん? ん……まぁ、それもあったかもね」
「で、それが今の話と関係あんのか?」
「ええ……実はね……“ヤ族 ”って知ってる?」
「? いや」
「もともとはセーレに住んでいた民族だった。けれど彼等は不遇だった……キッカケは西の大州オメガ帝国にセーレを占領されたこと。ヤ族は故郷を引き裂かれ奴隷としての生活を強いられたのよ」
「……」
「それから東の華国……いまの華連邦ね、にも一度支配されてる。すると今度はオメガ帝国がセーレ奪還を名目に十字軍を派遣。またオメガ帝国に支配され……て具合に隷属としての歴史を何千年も積み重ねた不遇な民族」
「……」
「いまは世界連合からセーレに独立を……とりあえず認められたね。ヤ国を建国。だけどもっと云うとそこにはヤ族のいない間にラム族が住んでいた。そこを無理矢理ヤ族が国を建国したモノだから、ラム族は反発してセーレ解放戦線を組織、未だに百年近く闘っている……ってワケだよ」
「……」
「ごめん、話が永くなったね。で何が云いたいかっていうと。実は世界の大富豪って、いまほとんどヤ族が多いんだ。彼等は永い隷属の歴史があったから、そこから這い上がるために死ぬほど努力したのよ。生き残るために知恵をふりしぼってね」
「……」
「で、その大富豪のひとつに、キング財団っていう財団があるんだ。そのキング財団の勢力範囲に確か華連邦が含まれていた……それがもしかしたらフリークサーカス団のバック……」
「……」
「いや、もちろんそれだけじゃあ証拠にならない。ただね……ひとつ気になることがあって……ゼロが……復讐戦線が旅客機追突テロを起こしたウチのひとつ、オクトミア国際ビルなんだけど……実はキング財団のビルなんだよね……これは何か関係があるんじゃないかなって」
「……」
「レイ……?」
「グ~……」
「!?」
 咲がふと向かいのレイを見てみると、レイは……
「こいつ……寝てやがる……」
「ス~……」
「この野郎に話したあたいがバカだった……」

 ガタンガタン……ガタンガタン……ガタンガタン……

 翌朝……キサラギ町の港町へ還ったふたりは、居酒屋へと還るべく海を見下ろす丘の上を歩いていて……
「なぁ咲、オレなんでたんこぶできてんだ?」
「知っかぁ!!」
 ガラガラガラ…………ふたりがそうやって居酒屋の扉を開いた。
「還ったぞ~、ミハル~」
 しかし……どういうワケか返事が返らず……
「ミハル?」
 ゾッと嫌な予感を感じたふたりは、すぐに身構えた。キッとした鋭い眼を見せ、ソロリソロリと店の奥へと歩みを寄せる。やがて……
「!!」
 キッと、ふたりはミハルの部屋へと入った。そこには……

「……」

 ノートパソコンのブルーライトに照らされ、畳に大の字になりグッスリと爆睡する青いワンピースの……
「って……」

“起きろバカヤロァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ”

「ん~……あ、おかえり~レイさん、咲さん」
「おかえりじゃねぇよ。オレらぁテッキリお前が……」
「ん? あ、そうだ。ゼロのこと何か解った?」
「……」
 沈黙と溜息がふたりに甦り……咲は首を横にふり、レイはハー……っと溜息をついていた。するとミハルは……
「そっか、こっちはね……」
 ニタリとドヤ顔を見せると、
「復讐戦線のウェブにアクセスできた」
 親指をたてた……
「な……」

“なんだとコノヤロァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ”

「もう~。声おっきいんだから~」
 ミハルは両耳に指をあてると、ハァ~っとアクビをして見せていた。
「いや……だってお前、んな簡単に……」
「簡単じゃなかったよ~。ダークウェブ結構廻った。それに……たぶんAI(エーアイ)がいなかったらできなかったと想う。ねぇ~AI(エーアイ)」
「ハハ……」
 レイは一瞬苦笑を見せたが、すぐに……
「うっしゃぁ、よくやった」
「でしょでしょ。もっと誉めてよ~」
「それで、復讐戦線とゼロに関して何か解ったか?」
「慌てなさんなって、昨晩やっと見つけたんだから。続きは……」
 ミハルはサッとパソコンのデスクトップに向かい逢うと……
「レイさんと咲さんが還ってからにしよって、想ってたんだ」
 パチパチパチパチパチパチ……………………と、ノートパソコンのキーボードを打ち始めた。レイと咲は後ろからジッと見ている……黒い画面に白い文字の羅列が並んで……ピピピーーー…………緑の二進数が無数に黒い画面に並び始めた。
「幸運だったのは相手が量子コンピュータを使ってなくて古典コンピュータを使ってくれていたこと。そして……」
「……」
「相手もAI(エーアイ)を頼ってた……ってこと」
「な……なんだと。そりゃいってぇ……どういう意味だ」
「これはあたしの想像だけど。“彼 ”は実はあたしたちとおんなじ“素人 ”じゃないかなって」
「!?」
「あたしたちと同じ市販のノートパソコンを使って、市販のノートパソコンを最大限に駆使してネットの世界を暴れてる……あたしが見た復讐戦線の姿はそんな感じがした」
「……」
「だからせいぜいよいしょしても“天才ハッカー ”ぐらいがいいトコ。裏に大きな組織が絡んでるとか、やれマフィアだやれ政治だって、そこまでおっきなモノにはどうも見えないんだ」
「ほぉ……」
「ただ気になるのは……まぁ別にいいよ。テロを名乗るのは勝手よ。ただ……国際手配にまで発展してるのになんで今日まで逮捕はおろか、その全容さえ明らかになってないんだろ? ってこと」
「……」
「あたしぐらいでもAI(エーアイ)と協力したらここまでアクセスできたんだから、国際レベルだったらせめて組織の全容ぐらい判ってもよさそうなんだけどね」
「……まぁ、何にしても箱を開いてみようぜ。それっきゃねぇんだからよ。前に進む道は」
「オッケェイ」
 ピピピ……パァァァァァ…………デスクトップに映像が映った。そこには……
「!?」
 ダークウェブの彼方、世界を震撼させるテロ組織、復讐戦線の姿が……
「これは……」

 復讐戦線のサイトに映ったのは……無数の映像が走馬灯のように映った。モノクロの古い映像や、古文書のような写真、その他文字も多くみられる……文字の多くは象形文字のようなモノが多いことから、中東の方の言葉が多いような印象を受ける。けれど所々にアルファベットも見える。ただそれは我々が一般に知る英語ではない。
「あ……」
 ただ……ひとつの言葉だけがハッキリと大きく読めた。それは……
「……」

“ジェノサイド構想 ”

「ジェノサイド構想……」
「ねぇ見て……」
 ジェノサイド構想の裏に映る映像に咲が……
「これってさ……先の大戦の映像だよね。ほらこの……赤い旗に黒いサークル、赤いカギ十字……これってどう考えてもあのシンボル……」
「……」
「それにこれ……オメガ教会に見える。この服、この白い三角頭巾……オメガ教会の服だ。何かの儀式だよ。ただ……いつのどこの映像なのか……」
「何が云いてぇんだ?」
「 “ジェノサイド ”って意味知ってる?」
「……」
「 “大量虐殺 ”を意味し、広い意味での“絶滅 ”。そしてこの言葉を使ったのは史上ひとつの国家だけなんだ」
「あ!?」
 レイはさすがにその意味を気づいた。そうだ……それほど、これは有名……いや、有名なんて言葉で表現できる代物でない……歴史に深く刻み込まれた血の歴史……闇の歴史だ……
「ミレニアム・オブ・エンパイアー……千年王国の野望をかざし、全世界に闘争を宣言した帝国……」
「……」
「ヒドラ総統率いる戦闘集団」
「あぁ……」

彼等はこの時始めて気がついた。いや……予感がした。とてつもない予感が……それは……あまりにも強大な闇の影……

「ソドム第三帝国」

第十一話 始まりは静かに、終りは残酷に

「!?」
 ここは地下鉄の奥……無数に交錯する地下の迷宮の一区画。パイプだらけの四角い部屋にアセチレンランプだけが天井からユラユラと揺れて……
「……」
 裸の男はベッドからとび起きた。筋肉のついた細い躰には汗がビッショリとぬれていて……
「また嫌な夢見たの? ゼロ……」
「!?」
 男がギロッと部屋の隅に眼をやると、そこには青い服をつけた少女の姿が……
「いつものことだよ……美冬……」
「……」
「それより奴の……ヨーコの様子はどうだ?」
「もうすぐ起きそう……」
「よし、計画をつづけよう……美冬、手伝ってくれ」
「うん……」
 ゼロの傍に来ると、美冬は肩を貸した。ゼロは左脚をつきながら、部屋の隅に向かい……バッと、ロッカーを開いた。そこには……黒いロングコートと銀色の松葉杖が……

「ん……ここは……」
 OL姿の女が眼を醒ますとそこは……闇だ。地下の闇が覆って……
「まだ……地下鉄の中……?」
 彼女が段々と暗闇に眼を慣らすと……そこは……
「ウ……臭いが……」
 パイプが無数に交錯する……下水道だろうか? 筒状の一本道の中だ。すぐ近くに汚水が流れていて、彼女はその傍らのコンクリートブロックに寝かされていた。
「……ヒッ!!」
 彼女は汚水を流れるある物体を見て悲鳴を挙げた……それは……
「……」
 子供の死んだ顔だ。白眼を剥き、口から蛆があふれだしている……もっと奥の方に眼をやると、まだまだ死体がゴロゴロと流れているようだ。水を吸収したのか膨らんで白黒い……
「……あたしが殺した……地下鉄の人……?」
 彼女はしばらく考えたが、前に進む道は一本しかない。彼女はパイプの無数に交錯するこの道を歩いた。

「……」
 ゼロは右半分を黒髪に隠して、闇に腰かけると……フ……と闇に堕ち着いていた……
「……」
 ジッとして寡黙だ。独り……ただ、こうして闇に堕ち着くと……闇の中に浮かぶ景色があるのだ。それは……
「あぁ……」
 始めに浮かぶのは……結婚式だ。小さな結婚式だった……けれど……ささやかな結婚式だった……

“おめでとう!! ”
 サーカスの団員だけで見世物小屋の裏、ひっそりと行われた。ヨーコとゼロの結婚式……
“おめでとう!! ”
 正直云うとゼロは複雑な気持ちでいっぱいだった。実の妹を失った自分に……幸福になる権利などあるのか? と……
“おめでとう!! ”
 友達との約束を果たせなかった自分に……幸福になる権利などあるのか……だが……
“おめでとう!! ”
「!?」
 笑顔が見えた。ゼロとヨーコの結びを祝福する笑顔だ。一番喜んでいたのは実を云うと……ゼロと同い年の義妹だ。
「……」
 ヨーコは実を云うとゼロよりも十バカリ年上だった。それもあってか義妹になるのは自分と同い年の女……というのがおもしろい。ただ彼女はそれをとても喜んでいるように見えた。そして何より……団員のみなが……
「……」
みなの笑顔を見て、ゼロは、始めて……
「ああ……」
 自分は“幸福になってよい ”のだと実感することができた。だから……
「オレ……大切にします。ヨーコと……義妹……リリーを。一生を懸けて……大切にすることを誓います」

「……」
 闇に浮かぶ景色は自分が見える……さわやかな姿をしている。とてもさわやかな姿をした“彼 ”は……空中ブランコを踊っていた。サーカスのステージに彩られて、踊っている……いま、自分がいる居場所に、迷いがないようなさわやかな顔だ。そう……さわやかだ……
「!?」
 だが“彼 ”は……ブランコを……掴みそこねた……
「!!」
 羽根をもがれた天使は、闇に叩きつけられる……その先に……

「……」
 “彼 ”は全身に包帯を巻いていた。右眼だけを覗かせて……ただ……
「……」
 “彼 ”はかつて“右脚 ”があったハズの場所に、包帯だらけの手をやってみた。でも……
「ウ……ウウ……」
 そこには“虚空 ”が広がっているだけだ……何もない……何も……だが、

「だが泣くのはまだ早いぞ……」

 闇に堕ち着いたゼロが闇に見る景色は……かつて“三人 ”で暮らしていた部屋が見える……
「なんだって……引っ越す?」
「……」
「どういうことだ? サーカスを出る……という意味か……」
「ええ……」
 “彼 ”が部屋に還ると、そこには荷物がなかった……“彼 ”の荷物を遺して……
「日人の若い社長さんがあたしのこと気に入ってくれてね……日国に引っ越すんだ」
 “彼 ”の荷物だけ、置いてきぼりにされたかのようにポツリととり遺されて……
「リリーのことも受け入れてくれたから、“ふたり ”で海を渡るわ」
「ちょっと待て……」
「……」
 包帯だらけの松葉杖をついた“彼”に、ヨーコは……
「オレはどうなるんだ?」
「ハッ?」
 ヨーコは……
「何言ってんの?」
「え……」
 ヨーコは…………
「あんたは見世物小屋に遺るに決まってるでしょ。あの人が買ってくれたのはあたしとリリーなんだから」
「な……」
 ヨーコは………………
「座長にも挨拶してある。じゃ……」
「ちょっと待て!!!!」
 ヨーコは……………………
「あーしつっこい!!!!」
「!?」
 包帯だらけの松葉杖をついた男を転ばせるのは、ヨーコにはたやすかった……だから転んだまま起き上がれない男をジッと見下ろして……
「あんたこれからどういう生活になるか知ってる?」
「……」
「片輪にできる仕事なんてたかが知れてるでしょ」
「……」
「今までみたいな生活なんてできないんだから……“あたしたちを大切にする ”なんて綺麗事、できないでしょ?」
「あ……」
「だからサヨナラよ」
「ま……」
 “彼 ”は躰を芋虫のように蠢かせながらクローゼットの中を開いた。そこには……
「待ってくれ、リリー……」
 指輪が入っていた……
「ほら……リリー……」
「……」
「お前の誕生日プレゼントだ……」
「……」
「お前……オレ達の“結婚指輪 ”……羨ましがってたろ? だから……」
「……」
「こっそり金、ためてたんだ……」
「……」
 一人では地上から這い上がることが叶わなくなってしまった“彼 ”を、義妹は見下ろしたまま……
「!?」
 ヨーコとリリーは、黙って部屋を後にし……
「!!」

 バタン……と、扉はしまった……

「ア……アア……アァァァァァァァ」

 アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!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「……あぁ……」
 羽根をもがれた天使は……
「涙……まだ零れるんだな……」
闇に叩きつけられ……
「とっくに枯れてしまったと……想っていたよ……」
闇に堕ち着いた……

「!?」
 カチャ……OL姿の女がコンクリート仕掛けの部屋に入ると、蛍光灯が光った。
「!!」
 眼が慣れないのか……彼女は目頭を手で押さえて……
「……」
 段々と眼が慣れてくると……部屋の様子が判り始めた……コンクリート仕掛けの殺風景な部屋には、眼の前にガラスがあるようだ。ガラスは始め光が反射して向こうがよく見えなかった。ただ見えたのは……ガラスの中央、右と左に赤いボタンがあることだ。
「辿り着いたね……ヨーコ……」
「!?」
「羽根をもがれた先にある……闇という大地へ……」
「ハンス……」

 !?

 ゆっくりと……ガラスの向こう側が見えた。そこには……
「な……」
 ふたつの椅子があった。向かって左の椅子には黒いロングコート姿の男……ハンス……いや……ゼロが座っている……そして……向かって右の椅子には……
「!?」
 縛り憑けられ、身動きができないまま……猿轡を咥えさせられた少女の姿が……
「リリー!!」
「ヨーコ、ゲームをしよう」
「え……」
 ゼロはしゃがれた低い声でヨーコに話し始めた。ヨーコをジッと見る眼は……まるで地獄に洗われたような空虚で鋭い瞳をしている……
「私がこのスイッチを押すと、十秒後に、私とリリーはドリルで串刺しになる」
「!?」
「私はお前に“命の選択 ”をゆだねたい」
「え……」
「眼の前のふたつのスイッチだ」
「!!」
「それは装置の解除スイッチだ」
「……」
「あとは……判るだろ? 十秒以内に、お前は……私かリリーか……どちらかを助ける権利がある……」
「な……」
「私は“お前 ”に選んでほしい。ただ……私も“お前ら ”と一緒で“命は惜しい ”」
「……」
「命を惜しむモノの戦慄と断末魔をよく考えることだ。ゲームスタート」
「ちょ……」

 カチ!!

「!?」
 ゼロがスイッチを押した。チ……チ……チ……チ……と、時を刻む音が哭る……ゼロはスイッチ床に棄てた。ヨーコは……
「!!」
 迷うことはなかった。何故いまの夫を殺し、妹を誘拐した男を助ける必要がある。それが……前の夫であったにせよ……彼女は……
「ウ……ウウウ!!!!!!!!」
 右のスイッチに向かった。迷わなかった。迷わず……彼女が向かうと、猿轡を咥えたリリーは必死に何か言いた気にもがいていて……
「!!!!」
 時間がない……彼女は真直ぐ、右のスイッチを押した。すると……

「!?」

 ドリルにハラを突き破られ、血を吐き、涙を噴き……喘ぐように悶える妹の姿が……

――ゼロはウソをついていた――

 眼を見開いたまま魂に“トラウマ ”を刻み憑けたヨーコは、“トラウマ ”を叫んだ妹を見た。

――スイッチは“解除スイッチ ”でなく“発射スイッチ ”だった――

 魂に深い“トラウマ ”を刻み憑けたヨーコは、眼球を左側へ動かすと……

 右脚のない男がニヤリと嗤って……

“お前らしいな……ヨーコ…… ”

 アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!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第十二話 片脚のクリスマスソング

 五年前……十二月二十四日、イブの夜……

「……」
 ホワイトクリスマスだった。華連邦アザナギ町に雪が降った。切々と降る雪は、アザナギ中央公園にそびえるツリーを真白に染めた。
「……」
 片脚のない男は黒い帽子を深く被り、黒いロングコートの襟をたて、ベンチに座っていた。独りベンチに座りながら白く染まっていくツリーをジッと見上げていた。
「……!」
「隣いい? おじさん」
 彼がベンチに独り座っていると、青いコートを着けた少女が現れて……
「……あ、ああ……勝手にしろ」
 彼の隣に座った。雪を被った少女は、少し寒そうに見えていた。
「ハァー……ハァー……」
 彼女は手に息をふきかけていて、真白に染まる息が紅い手を覆っては消えていった。
「ねぇー、おじさん」
 すると彼女は突然彼に話しかけ始めた。話す度に白い息が口から散っていく……
「おじさん何かできないの?」
「……何も」
「またブランコ踊らないの? 空中ブランコ」
「!?」
「おじさんサーカスにいた人だよね? あたしよく見てたよ、テントの外から……怒られちゃったけど」
「……驚いたな。オレがフリークサーカスにいたのは二年も前の話だぞ」
「一目見て解っちゃった。何でだろう……」
「……しかし道化師だったのも二年前の話だ。いまはご覧の通り……」
 彼は無いハズの右足と、右手の前腕固定型松葉杖を彼女に見せてみた。彼女は驚くそぶりもなく……
「……あの事故……やっぱりそれでおじさん」
「事故も観ていたのか……そうだ、オレは羽根をもがれ、天使から悪魔になったんだ」
「でも元々は天使だったんでしょ?」
「……」
「おじさん何かできないの? ブランコ以外でいいから……あたしおじさんが踊ってる姿、大好きだったんだ。なんかいつも顔が……」
「黙れ!!!!」
「……」
「………………すまない……大声を出してしまって……」
「……ううん……あたしの方こそ……」
 彼はツリーを見上げていた顔を足元に向けた。彼女は……瞳をうつむかせて、全身を小さくちぢこめてしまった。
「……」
 ふたりはしばらくベンチに黙り込んでいた。黙り込んだまま……段々白い雪がふたりを覆っていた。黒いロングコートを……青いコートを……段々……白く……

ゴーン!!
「!?」

 彼が驚いて公園の時計を見てみると……すっかり陽が暮れ始めていた事に気がついた……
「……」
 隣を見てみると……彼女は雪を被って真白に染まったまま、うつむいたままだった。
「……」
 彼は彼女の肩にそっと手をやろうとしたが……
「……」
 やはりやめてしまった。なんとなく違う気がした……というのもそうだが、何より……ちょっと“嫌な事 ”を思い出して、またさっきのように怒鳴ってしまう気がしたからだ……すると……
「!?」
 彼は懐かしい響きを躰に感じた……
「……」
 ツリーの下、ギターを片手に若い青年がストリートライブをしていた。アコースティックギターを奏でる青年は前に空き缶を置いてチップを求めていたが、彼に眼を向けるモノは誰もいなかった……
「……」
 彼は青年のギターを見ると……“想ひ出 ”を想い出していた。それは……
「あぁ……」
 友達の家だ……友達の家で、下手糞な四人が集まって、気ままに楽器を弾いていた。楽器を弾きながら……来るはずのない未来を夢に語って咲っていた。咲いながら……ワケも判らず、ただ……楽しかった……
「……」
 彼は前腕固定型松葉杖をギュッと握ると、サッと立ち上がり……
「え……」
 彼女がうつむいた顔を上げて彼を見ると……彼は松葉杖をつきながら、ゆっくりゆっくりと前に進んでいた。
「……」
 彼が雪に松葉杖と左脚の跡を残すと……
「おい……」
「!?」
 ギターを弾く青年の……空き缶にシワクチャの金をいれて……
「ちょっとギター、貸してくれないか?」
「……」
 青年はしばらく黙していたが、黙って彼にギターを手渡した。彼は……松葉杖を片手にうまくツリーの幹に背中をもたれかけると松葉杖をおいて……サッとギターのストラップを肩にかけた。片脚のギターリストがツリーの下に立った……
「……」
 彼は始め……ボーン……と、六弦の低い音を親指で鳴らしてみた。それから……ピーン……と、一弦の高く甲高い音を人差し指で鳴らした。そして……ジャーン……と、右手で弦を弾いて……
「あ……」
 青いコートの少女はベンチの上で……見ていた。そして感じていた。彼のギターを……クリスマスソングだ。彼が、優しいクリスマスソングの音色をギターに奏でる時……
「!?」
 パッとツリーに灯が灯った。
「あぁ……」
 輝くツリーの下で、片脚のギターリストがクリスマスソングを奏でる夜……彼女は……
「綺麗……」
 と、一言だけ呟いた……

「……」
 輝くツリーの下で彼がギターを奏で終わると、ふと静寂が訪れて……

 パチパチパチ
「!?」
 たったひとりの観客が拍手を贈っていた。彼女はベンチの上で拍手を贈ると、立ち上がり……
「……すまない、返すよ」
 パパパと彼の元へ歩み寄って来た。彼はギターを青年に返して、その場を去ろうと松葉杖を手に取ったが……
「ねぇ!!」
「……」
「あたしも連れて往って」
「あぁ?」
「あたし一人になっちゃったんだ、実は……今日お父さんがまた離婚して、だからお家とびだしてきたんだ」
「それが?」
「え……」
「オレには関係ない。家に戻れ」
「待ってよ!」
「……お前よ、オレがいま何してんのか判んのか?」
「関係ないよ!! もう還る場所なんてないんだから!!!!」
「あいにくオレは“女 ”はもう造らねぇって決めてんだ」
「じゃああたし、女じゃなくてあなたの右脚になるわ!!!!!!!!」
「!?」
 彼がジョーク交りの皮肉交じりに軽くあしらって、立ち去ろうすると……彼女は冗談なのか本気なのかそんな事を口にした。彼が想わず彼女の顔を見ると……彼女は顔を真赤にしていた。
「それならいいでしょ!!」
「……プ……アハハハハハハハ」
「!?」
 彼は胸を逸らして大笑いしてみせた。可笑しくてたまらなかった。ただ……それはきっと、彼女が、じゃない……自分が可笑しくてたまらなかった。
「お前で“三人目 ”だな……誰とも知らない女に人生預けんの……」
「……」
「バカのひとつ憶え……とはよく云ったモノだ。ふふ……“あいつ ”のバカが移ったかな」
「……」
「ついて来い」
「!!」
「お前がオレの右脚にふさわしいかどうか、ためしてやる」
「はい!!!!」
 彼女は嬉しそうな笑顔を見せて、彼の右肩に手をあてた。
「もう戻れないぞ……お前が契約を交わす相手は、“悪魔 ”だからな」
 ツリーが輝くイブの夜、雪は深々と降っていた。深々と降る雪に、みっつの足跡が刻まれて……
「そうだ、名前……あたしは“美冬 ”、美冬って云うんだ」
「オレは……“ゼロ ”だ」
「よろしく」
「……」
 白い世界に黒いロングコートの男と、男を支える青いコートの少女の背が揺れて、彼方に消えていった……雪は深々と降っていた。深々と……輝くツリーを白く染め、みっつの足跡を白く……消していった……

第十三話 業(カルマ)からの招待状

「ヤバイ!!」
「!?」
 海を見下ろす丘の上……忘れ去られたような居酒屋の二階、畳六畳の小さな部屋で、ノートパソコンを睨んだミハルは突然声を挙げた。
「何だ!? 何が……」
「復讐戦線にアクセスしたの、連中に気づかれたみたい!!」
「何だとぁ!!」
 レイが驚くと、咲はキッとした顔でミハルに……
「振り切れない?」
「やってみる」
 ミハルは真剣な顔でデスクトップに向かい逢い、キーボードをカチャカチャと叩き始めた。
「……」
 けれど……段々とミハルの顔は蒼褪めて……
「ヤバいこのままだと……ハッキングされて……この場所も……」
 ミハルは泣きそうな顔をし始めた。咲はまだ若い彼女に何と云えばよいか判らなかったけれど……ただ自分も、ネットの世界はよく解らない……いまは、彼女一人に……まかせるしかないのか……もどかしい想いを胸にジッとデスクトップを見ると……

 バン!!

「!?」
 デスクトップがノートパソコンごと砕けて散って……
「これで解決だ」
 レイが金属バッドを片手にノートパソコンを叩き割ったのだ。金属バッドを床にドンと置き、片手をのせると……
「アァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 ミハルは発狂した。
「テメェの血は何色だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「いや、悪かった。確かにお前のパソコンを壊したのは悪かった。弁償してやるから……そのうち……」
「そのうちってなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ブツブツブツ…………」
 メンタルゲージ0になってしまったミハルが、カウンターでスマートホン片手にAI(エーアイ)に愚痴をこぼしている……なんとか機嫌をとろうとレイはカウンターで晩飯を調理していた。
「おい咲~。お前からも何とか云ってやってくれよ」
「モトはと云えばあんたが機嫌損ねっちゃったんでしょうが」
「そりゃそうだけどよ」
「ミハルちゃんの代わりに洗濯手伝ってやってるだけ感謝しなさい」
 咲は桶に水を浸し、洗剤を片手に洗濯物を洗いながらクスリと笑っていた。しかし……

 三人がそうして過ごしている頃……居酒屋に訪れようとしている影があった。それは……

 ガラガラガラ…………
「!?」
「!?」
 ミハルと咲がハッとなって玄関を見たが、レイは晩飯の支度をしたまま気づかず……
「ワリィ、今日は臨時休業なんだ。明日来てくれ」
「あなたたちですか、復讐戦線にアクセスした一般人は」
「!?」
 レイがハッとなって玄関を見ると、そこには……黒い帽子を被ったサングラスの……黒づくめのスーツの男たちがいた。
「おこし願います。会長が会いたがっています」
「メン・イン・ブラック……って奴かい」
 レイは晩飯の支度をしていた手を止め……ギュッと拳を握った。

 ガタガタ……ガタガタ……ガタガタ……黒いベンツの後部座席、目隠しをされたレイとミハルと咲は、何処かへ連れ出されていた。
「……」
「!」
 咲は腕を組み、レイは寡黙なままだったが……ミハルは、レイの右手をギュッと握った。
「……」
 レイは寡黙なままだ。寡黙なまま……ミハルの左手をギュッと握り返した。
「……」
 ずいぶん長いこと車に乗せられていること、そして……潮のにおいがいつしか消えたことから、内陸の方に向かっているのだと直感していた。
「!?」
 そんな事を考えていると……車が止まった。
「着いたぞ、降りろ」
「……」
 三人がベンツを降りて、目隠しを解かれた先は……鬱蒼と茂った森の中にポツリとある、大きな古い洋館だった。
「……」
 三人は男たちに連れられ、屋敷の奥へと案内された……
「……」
 屋敷の中には中世の鎧や獣の頭、時折古い花瓶や絵なども無数に並び、古めかしい威厳を演出していた。三人がやや緊張しながらレッドカーペットをしばらく歩いていくと……
「……」
獅子の模様が彫られた大きな扉が眼の前に見えた。男たちが「入れ」と言わんバカリのジェスチャーをすると……ギー……という音をたてて、扉が開いた……
「!?」
 扉が開かれると……中には古風な部屋が広がっており、奥の本棚の向かいには、着物姿のヒゲをたくわえたシワだらけの男が座っていた。
「誰かと思えば……」
 男は葉巻を片手にフッ……と煙を吐いた。ミハルには誰なのか判らない……ただ、レイと咲には誰なのかすぐに判った。だからなのか……
「アイを見棄てた親父さん……」
レイはすぐに眼光を鋭くさせ、懐かしすぎて反吐が出るとも云わんバカリに睨んでいた。
「ゼロとアイよりも学校長の立場大事の親父さんじゃねぇか」
 男は動揺するでもなく机に肘を立てて……

「復讐戦線の……息子の組織にアクセスした初めての人間が君らとは……おもしろい因果だ」
 真直ぐな黒い眼光がギロリと……レイと睨み合った……

第十四話 運命(サダメ)を前にあまりにもちっぽけで大切な物語

「アイを見殺しにしたテメェが息子可愛さにオレらを呼ぶのかい?」
「……」
 レイはズカズカと着物の男へ近づく。ミハルが止めようとしたが……咲はサッと彼女を止めて、首を横に振った。
「なんだぁ? アイを殺したことを今さら後悔したのか?」
「……」
「だったら最初っから見殺しにしてんじゃねぇよぁ!!!!」
 ダン!! と、レイは机を叩き、顔面を男に突き出した。その時黒づくめのスーツの男たちが銃を身構えたが、男は右手を突き出し、サッ……と止めた……
「娘は……」
「……」
「自殺したんだ」
「アァ!!!!」
「将来を苦にしての自殺、我々にはどうしようもなかった」
「ハァ!?!?!?」
「その話は十年前に終わっている。いまは復讐戦線の話だ」
「なにぇ!!!!!!!!!!!!」
 緊張が走った。レイは額を男の額に当て、眼と眼で睨み合った。スーツの男たちは背広の裏に銃を握り、ミハルと咲はジッと寡黙に見護ったまま……
「へ……しゃーねぇな。復讐戦線の話を聴きてぇのはこっちも山々だ」
「……」
「とりあえず停戦……ってワケだ」
「勘違いするな。要求するのは我々だ」
「っへ」
 レイが男の席から離れ、ミハルと咲の元へ歩み還った。誰もがホッと一息をついて、緊張が一時ほぐれたが……レイと着物の男はまだ眉間にシワを寄せたままだ……
「オレらが“初めてアクセスした ”って云ったな? どういうことだ」
「それはこちらのセリフだ。どうやった?」
「どうやったって……」
 レイはミハルを横目に見て、ミハルは一瞬ビクッ……となったが……
「あ、別に特別なことは……ただ、AI(エーアイ)に復讐戦線の情報を調べてもらって……それから……例のオクトミア国際ビル旅客機テロ事件の時の、旅客機とその周辺の電波を信号化して、それから……」
「AI(エーアイ)!? いまAI(エーアイ)と云ったか?」
「!? あ、はい!!」
「んん……」
 男の鋭い眼光にミハルは動揺したが、男は呻るように黙して……
「復讐戦線のあらゆるデータは……AI(エーアイ)がまるで“護る ”かのように封じているのだ」
「!?」
「そのため我々はおろか、国際機関でさえ復讐戦線の全容を知らない……」
「え、それって……AI(エーアイ)がゼロに“恋 ”してる……」
「ほぉ……“恋 ”とはおもしろい表現だね、お嬢さん」
「でも……いや、ありえるのか……AI(エーアイ)は人類が開発した『人工知能』意志を持つプログラム……あたしだってプライベートの友達同様に仲良くしてるけど……」
「ではお嬢さんは、我々にアクセスできず君らがアクセスできたのは、個人的な“プライベート関係 ”をAI(エーアイ)が選別してる……とでも云うのかね?」
「いや……やっぱりありえないよ!! AI(エーアイ)が殺人の……テロをサポートするなんて!! あたしには信じられない!!!!」
「もし彼等復讐戦線が、何らかの方法でAI(エーアイ)を制御してる……としたら?」
「!?」
「そして彼等は君らを選び……“あえて ”アクセスさせたとしたら……」
「まさか……」
 一瞬間が訪れたが……男はすぐヒゲをたくわえた口元に葉巻をくわえ……フーッと一息ついた。
「どのみち……君らはこの事件の大きなキーポイントだ」
「……」
「セーレに出向いてくれ」
「ハァ!?」
「君らが復讐戦線にアクセスした時、逆に我々が君らのパソコンにアクセスすることで幾何かの情報が得られた……」
 男は葉巻を灰皿に押し当てて……
「連中はセーレの何処かに潜んでいる……そこが連中の本拠地だ」
「……」
「セーレまでは我々、光明財団が送ろう」
「……」
「君らしかできない、連中を止められるのは」
「テメェ……」
「!?」
 バン!!!! 再び着物の男にヅカヅカ近づいたレイは、男の頬を想いっきり殴りつけた。
「!?」
 途端に緊張が走り、スーツの男たちが銃を構え、ミハルはハッと口あけ、咲はキッと身構えた。
 ドタン……と、着物の男の鈍い音が床に響いて……
「ざけぇんなぁ!!!! 自分(テメェ)が往ってやれよぁ!!!!!!!!」
「……」
「お前ら大人はいつでもそうだ……アイが死んだ時だって!! 大人(テメェ)は何をしてやれたぁ!!!!」
「……」
「あいつがテロってんのだって全部……アイが殺されたからだろぉがぁ!! テメェら大人によぁ!!!!」
「それはどうかな?」
「何……」
 男はニヤリと嗤った……微笑みに不気味さを感じたが、ただ……
「それで……どうするんだ? 往くのか、往かないのか」
「……」
「往って確かめてみたらどうだ?」
「……」
「あの事件に隠された真実(ほんとう)の真相を……事の重大さと残酷さを……」
「っち」
 レイは舌打ちをし、口元を歪め……
「ノってやろうじゃねぇか、テメェの策にまんまとよ」
「ふ……それでこそだ……」

 ガチャン……扉が閉まった。頬を痛めた着物の男は手をつき……葉巻をくわえた。スーツの男がサッとライターで火を灯した。
「よろしいのですか光明会長……あそこまで好き勝手させて」
「よいよい……むしろ……」
 会長は……
「おもしろそうだ……」
 ニヤリと……
「あの大戦から百年余り停滞していた計画を……息子と、彼等によって成就できるかもしれない」
 嗤った。
「ヒドラ総統直属の計画……かつて大日帝国とソドム第三帝国が共同で計画したゴルゴダの奇跡……決戦兵器マリアとジェノサイド構想を!!!!」

 バラバラバラ……光明財団のシンボルを刻んだヘリコプターが洋館を翔び立ち、レイと咲とミハルが日国を後にした……
「あ……」
 ミハルは空中から……港町を見た。海にカモメが鳴くここは小さな港町、人気もそれほどない錆びれた港町、忘れ去られたような下町の港町だ。
「あんなに……ちっちゃい……」
段々と小さくなっていく港町に……ちっぽけな居酒屋がある。忘れ去られたように小さな……けれど、いろいろな事があった居酒屋が……あった……
「ねぇ……」
「あぁ?」
 レイは腕を組み、ジッとして寡黙だった……咲はレイにそっと尋ねてみた……
「どういうこと……アイの自殺に……何が……」
「判らねぇよ」
 レイはギロッと……
「判らねぇから確かめに往くのさ」
 目前にある光明財団の……シンボルを睨みつけた。

第十五話 オクリビト、或いは魂を喰らう鳥

「ダスト・トゥー・ダスト アチスト・トゥー・アチスト ゴースト・トゥー・ゴースト」
 夜……黒い森に白い三角頭巾の男たちが集まった。彼等はみな手に焔をかかげ……大きな十字架を中心に円となった。そして……ボッ……と、十字架に火を放ち、焔の十字架を中央に祈りを捧げた。
「……」
 男たちの廻りには……フリークサーカス団の団員たちが集い、ヘラクレス座長が神妙な顔で十字を切った……
「……」
 男たちが次々に列をなし森に消える中……顔の下半分を頭巾から出したリーダー格と思われる男が、ヘラクレス座長の元へ……
「お悔み申し上げます……」
「んん……」
「奥様のこと……オメガ法王も胸を痛めていることと存じ上げます」
「まさか今年の儀式を妻の葬式と共にすることとなるとは……」
「どうかお気になさらず……魂を弔うこともまた、我々の役目ゆえ」
「いや……こちらこそ感謝いたします。オメガ法王陛下にもその旨お伝えください」
「もちろんであります」
 リーダー格の男は右手で十字を切り……黒い森へと消えていこうとしたその時、
「あ、そういえば……」
「?」
「あなたの処の団員……金髪の女性もわたくしどもで始末いたしました」
「!?」
「あやうくクレオパトラの事が漏れる処でしたよ」
「……」
男は黒い森へと消えた。男が消えたあと、ヘラクレス座長はギロッと後ろにいる団員たちを睨んだが……ふっと溜息をついて中央の燃える十字架に……哀愁の瞳をみせると十字架へと歩み寄った。そして裏ポケットから妻との家族写真を出すと、サッと燃える十字架に投げた。
「……」
 団員たちはそろって黙祷を装っていたが……ボソリと……
「マダムの式はいつする……」
「この後だ……」
「ったく……自分(テメェ)の家族の式はあげても、団員には式さえ上げることを許さない……」
「シッ!! 聞こえるぞ……」
「仕方ねぇか……それでもあいつに喰わしてもらってるんだからな」
「団員は“意志 ”を持ってはいけないんだ」
 燃える十字架の……鱗粉がパッと夜空に散っていった……

「座長!! 座長!!!!」
 鱗粉が夜空の星となる頃……黒い森の奥から一人の団員が駆けてきた。団員は大きな声を挙げながら座長の元へ駆け寄り……
「なんだ騒々しい!! 妻の見送りだぞ」
「失礼いたしました!!」
「貴様らハキダメは礼儀も知らん……で、何の用だ?」
「は、このような怪文章が……」
「!?」

――娘は密葬に処す故、お立会い願いたい
  葬列はヘラクレス座長一人で参列されたし
  受付はフリークサーカスを出た片脚ピエロにて――

「なんだこれは……」
「はい……オメガ教会からの報告書の中に……」
「そんなことは判っている……」
「は?」
「なんだこれはと訊いているんだ?」
 座長はグシャ……と招待状を握りつぶして、
「ふざけるな!!」
「は!?」
「なんだこのふざけた手紙は……」
「は……」
「娘の遺体が見つからないことにつけこんで……」
「しかし……オメガ教会からの報告書に紛れるなどよほど……もしほんとうなら……」
「判っておるわ!!!!」
 ヘラクレス座長は招待状をバッと団員の胸元に突きつけ、
「貴様らで探せ……今すぐだ!!」
「は!!」
 眉間にシワをよせたまま興奮したまま、その場を立ち去った……
「大体なんだ“片脚ピエロ ”とは……ふざけた名前だ……」
 座長はブツブツと言いながら黒い森を抜けた。団員たちは慌てふためいたように話し合い、散り散りに捜索へ出た。
「大体サーカスを出たモノなど……腐るほどおるわ」
 散り散りになる団員たちを後に、座長はリムジンの後部座席に乗って……
「お帰りだ!! 発車しろ」
 バタン!! と扉を閉めると。座長はリムジン備え付けの水をグッとひと飲みして……
「……」
 落ち着いて考えてみた。
「まてよ……」
 幽かな記憶から浮かぶ人物があった……
「片脚……片脚……そう言えば七年前、キング財団の会長に気に入られた女が……片脚……たしか……クレオパトラ……」
 だが消えかけた記憶の奥に……
「いや……たしかもう一人いたな……もう一人……誰だ……」
 座長はそうして記憶を巡っていたが……夜の森に、いつまでもリムジンが発車しないことに気づいて……
「おい運転手!! なにをしておるか!! 早く発進しろ!!!!」
「それが……できないんです」
「何!?」
「アクセルが踏めないんで……」
「何だと……何故だ?」
「それは……」
「!?」
 座長は急にめまいがしたかと思うと……眠気が全身に襲ったことに気づいた。だが変だ……明らかに違和感を感じる……
「!!」
 座長は……先ほど飲んだコップを見た……まさか……
「実は私……」
「……」
「右足がないんです」
「!?」
 座長は蒼褪めた。自分が乗った車の意味を知ったからだ。この車は……“棺桶 ”だ。
「でもご安心してください。もうすぐ……」
「!?」
 幽かな意識はサイドミラーに……車へ歩み寄る青い少女の姿を見て。
「代わりの運転手がきますから」
 バックミラー……男の口元が、ニヤリと嗤った。

 タッタッタッタ…………白い三角頭巾から顔を出した男は黒い森をスタスタと歩いていた。パパパ……と夜鷹が飛び、枯れ木にとまると男をジッと視た。
「……」
 やがて男は鬱蒼とした森に隠された……廃墟の教会へと辿り着いた。
「……」
 廃墟の教会の奥に往くと、そこには白い三角頭巾の男たちが無数にいて……
「……」
 十字架に磔り憑けられた血の涙を零す神を前に、サークル状に列をならして……
「……」
 男たちは右手に握った松明の焔を、足許のレンガにやると……

 ボ……と焔が点いた。まるで篝火のように……

 ちょうどその時、雲に隠れていた紅い三日月が顔を出した。三日月の紅い光は黒い森に射し……教会の割れたステンドグラスを射した……

白い三角頭巾の男たちは輪になっていた。まるで篝火のように燃える……カギ十字を囲んで、
「!!」
 右手を真直ぐに伸ばし……

“ジーク・ソドム!!!! ”

「……」
 夜鷹は森の奥……枯れ木の上からジッと見ていた、紅い三日月の映すモノ総てを……

“キョキョキョキョキョ ”

第十六話 覚悟を砂漠に誓って

 セーレ……雲ひとつない青空には太陽がひとつだけ……下には何処までも砂漠が広がるだけだ。青空の下で焼かれた砂漠には……砂煙をあげる車が一台だけ……

ジープだ。ジープには黒い布をまとった男たちがいる。みな眼元だけを出して黒づくめだ。ただ……その眼は鋭くシャープだった……あるモノは銃器を握り、あるモノはナイフをちらし、あるモノは水筒をガブ呑みする……
「……」
 彼等が運転するジープの荷台には……
「おい咲ぇ」
 男一人と……
「喉乾いちまったぜ。お前国テロだろ。何とかしろよ」
 女二人が縛り上げられていた。
「今は我慢しな。とりあえず様子見だ」

 一時間前……
バラバラバラ……光明財団のシンボルを掲げたヘリが白い建物の庭に着陸した。プロペラの風が勢いよく廻りのヤシの木や芝生を吹き上げ、中からスーツの男たちと……レイたちが降り立った。
「……」
 異国へ降り立ったレイは、鼻の奥をつんざく臭いを最初に感じていた。それは日国と異なる国のかおりで、こんな場所の何処かに……ゼロがいる、ということが不思議としっくりこなかった。

セーレ・ヤ国領事館……
「なんだとぁ!?」
 国テロの咲を通訳に、レイたちは役人たちともめていた。
「どういうことだぁ。なんでオレらがテメェらから金借りなきゃいけねぇんだ?」
「……(まず君らはヤ国での活動申請をしなければならない。それには数ヶ月かかる。ただし……千ヤピー払えば明日に終わる)」
「で、なんで借金しなきゃいけねぇんだよ」
「……(君らはヤピー紙幣を持ってない。だから我々が利子を着けて貸す、と言っているのだ)」
「だからここにある日国紙幣を換えりゃいいだけの話じゃねぇか」
「……(ヤ国は日国紙幣が通用しない)」
「じゃあ日国紙幣をドル紙幣に換えて、それをテメェらの金に換えりゃいいんだろ」
「……(ヤ国自体に日国紙幣の価値がないため、ドル紙幣にも換えることができない。だから我々が貸す。ここの契約書にサインしなさい。返済は日国のヤ国大使館で、利息は……)」
「テメェらはどうしても利息が欲しいのかぁ!!!!!!!!」
「……(儲かりゃなんでもいいんでぃ)」
 白い領事館……役所の中で、レイたちは復讐戦線の足取りに悩まされる以前に「金」の話で悩まされていた……その時!!

 ドカーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 突然爆発音が響き、領事館全体が振動した……そして間髪いれず!!
「!!」
 黒い布をまとった男たちが銃器を握ってやってきて……

 ダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!!!!」
 男たちは一斉射撃をし、役人たちを皆殺しにした。パンパンパンパンパン………………と、薬莢が転がる。一瞬だ……冷徹すぎるほど一瞬だった。
「……」
 転がる薬莢を踏みつけて、あとに残されたレイたちを見た彼等は異国の言葉を交わし始めた……
「……(おいこいつら、ヤ族じゃないぞ)」
「……(日人だ)」
「……(領事館にいる日人とは……ただの日人じゃないな。要人か?)」
「……(そう言えば日国の財閥がヘリをよこしたと聞いた……財閥の人間かもしれない)」
「……(どうする? 消すか)」
「……(いや、生け捕ろう……使えるかもしれない。アジトに連れていけ)」

 聞いたことのない言葉を交わす彼等を前に……ミハルは不安そうな表情を見せレイの腕をギュッと握った。レイは……
「おい咲……こいつらなんて言ってんだ?」
「……あたいたちを生け捕るらしいよ」
「マジかよぁ!?」
 愕然としたままハァ……と溜息をついて尋ねた。
「なぁこいつら……どう考えてもアレだよな……」
「ええ……誰がどう考えても……」
 咲は汗をかいた。緊張……いや、
「ラム族のセーレ解放戦線よ……」
 気を張っていた。自分の立場を思い出したのだ。そう……いま仲間を……レイたちを助けられるのは、国テロである自分しかいない……と……
「……」
日国では見たこともない鋭い眼を相手に……どれだけのことができるだろう? 訓練では見たこともない眼光を相手に……それでもやらなければ……咲は覚悟をこの砂漠の大地に誓った。いま眼の前にいて、いまから向き逢わなければならない彼等が血の誓いをたてたであろうこの砂漠の大地に……

 現在……
 ゴツゴツとした岩に洞窟があった。洞窟の中には無数の蝋燭が火を灯していて、奥に武器弾薬を詰め込んだ無数の木箱が置いてあった。レイたちがそんな洞窟に連れ込まれると……
 奥から男たちがやってきた。みな黒い布を全身にまとい、鋭い眼をしていた。ただ一人を除いて……中央にいる一人はヒゲをたくわえた男で、哀しみを裏にまとったような穏やかな眼をしていた……
「……」
 咲は一目みて解った。中央にいる彼はセーレ解放戦線のリーダー……イル・ラム……その人であると……
「……」
 咲はゴクリとツバを呑んだ。自分がひとつでも間違えれば……みんな死ぬ……けれど……
そうだ……これから始まるのは……闘いではない。戦争ではない。ここにいるセーレ解放戦線のみなが彼を前に砂漠の大地へ誓ったように、いま、自分も彼に見せなければ……覚悟を……
「……」
 イル・ラムはうっすらと彼女の瞳に気づいた。彼女の瞳は……段々と鋭く、力強くなっていった。彼は彼女の瞳に……そう、自分たちと似たものを感じた。

 第十七話 砂漠に咲く野薔薇のような愛

「……」
 黒づくめの男たちとイル・ラムは、みな異国の言葉を交わし始めた。
「なんて云ってやがんだ」
「シ!!」
「?」
 レイはボソッと云ったが、すぐにミハルが止めた。何故なら……
「いまは咲さんにまかせましょ」
 咲の背が、いつもに増して真直ぐだったからだ。

「……(陛下、彼等はなぜセーレを訪れたのでしょうね)」
「……(私たちに敵意はありません)」
「!?」
 咲がラム語を交わすと、解放戦線の人間たちは驚きを隠せなかった。だが……イル・ラムは冷静にそして毅然として……
「……(ほぉ……お嬢さんは我々の言葉を話せるのですか?)」
「……(はい……あなたが偉大なるラム家の末裔イル・ラム陛下であり、未来、アーシ王国の国王となられるその人であることも……存じております)」
「……(……では単刀直入に聴くが、お嬢さん方は何をしにここに来られた?)」
「……(わたくしどもは特使であります)」
「……(特使? 日国のかね)」
「……(ええ……恐れながら伺います。陛下は、復讐戦線なる戦闘集団が、いま世間を騒がせていることを御存じでありますか?)」
「……(……よく)」
「……(先日復讐戦線なる組織のモノと思われるテロが、日国でもありました。それ故、日国への脅威となる可能性のある復讐戦線の情報を確かめるべく辿った処……ここセーレにその足取りを見出したのであります)」
「……(なるほど……)」
「……(わたくしどもがヤ国領事館にいたのもまさに復讐戦線の足取りを掴むため、決して偉大なるイル・ラム陛下にも、アーシ王国にも一縷の敵意はございません)」
「……(あなたのラム語を聴く限り、我々ラム族に対しての敬意は感じます。ただ……)」
「……(ただ……)」
「……(では、お嬢さんは、もしも……我々が復讐戦線と関わりがある……と云ったら、どうします?)」
「!?」
 イル・ラムからの言葉に一瞬戸惑った。だが……
「……(偉大なるイル・ラムさま……)」
 咲は……
「……(私たちに……)」
 迷ってはいけなかった。
「……(敵意はありません)」
「……(……)」
「……(恐れながらいまひとつ伺いたいことがあります。陛下は日国憲法第九条を御存じでありますか?)」
「……(いや……)」
「……(我々はいかなる場合においても国防以外の戦闘はせず)」
「!?」
「……(我々が戦闘する場所があるとすればそれは日国本国……祖国を侵すモノのみです。つまり……)」
「……(つまり?)」
「……(我々日国は、祖国を侵犯した復讐戦線以外眼中になく、復讐戦線を支援するあらゆる勢力は眼中にありません)」
「……(ハハ、ハハハハハ)」
「!?」
 ハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!

 イル・ラムは胸を逸らして大笑いしてみせた。
「……(ハハハ……日国はよくそんな態度で生き残ってこれたな?)」
「……(我々は平和を愛する故、平和に護られてきました)」
「……(ハッ)」
 そして……解放戦線の兵士に命じてみせた。
「……(おい、彼等の縄を解いてやれ。彼等は戦闘員でない。特使だ。特使に無礼は赦さん)」
 緊張がゆるんだ。レイたちの縄が解かれ、咲も緊張がほぐれたのかホッとしていた。だがその時……

「……(あ、思い出しましたぞ!! 陛下!!!!)」
「!?」
 奥に潜んでいた兵士の一人が突然大声を出した。
「……(そこの女!! その女の制服は、日軍の兵士の服です!!!!)」
「!?」
 咲は自分の制服を見た。そうだ……警視庁国際テロ対策本部の制服……正確には兵士でないが、彼等にはそう思えて仕方がない……
「……(連中はヤ国と協同しようとしていたに違いありません!! この女……陛下を騙そうと企むとは、かくなる上はこの場でオレが!!!!)」
「……(イル・ラム陛下!!!!)」
「!?」
 一気に緊張する空気に咲は……真直ぐな眼をして立ち上がった。
「……(陛下……私たちに、敵意は、ありません)」
「……(その証拠に……)」
「!?」
 咲は制服のボタンを外し……サッと服を脱いだ。レイは唖然と口を開いたが、ミハルがガンと殴りつけすぐに彼の眼を押さえ……同じ女として、咲の覚悟をジッと見護るしかなかった。
重い制服が段々とはだけていく。国テロで鍛えられた躰がさらされていき……パチっと……下着を脱いだ。咲は一糸まとわぬ躰を、セーレ解放戦線の兵士たちに見せつけた。
「……(どうです陛下、私たちには武器ひとつなく、敵意を示すモノはひとつもありません)」
「……」
「……(なにもない我々から、これ以上何を示せとおおせになりますか? 陛下!!!!)」
「……(よい!!!!)」
「!?」
 イル・ラムの一声に、唖然としたセーレ解放戦線の男たちはみな……
「……(疑う余地なし!! 彼等は立派な特使だ。みな、武器を降ろし無礼を詫びよ。彼等を客人として迎え入れろ!!!!)」
「……(は!!!!)」
 慌てて武器を下げた。
「……(おいお前!!)」
「!?」
 イル・ラムは咲に……
「……(聴き忘れていたことがある……名はなんという?)」
「……(は……咲と申します)」
「……(咲、そこのバカそうな男はお前のなんだ?)」
「!?」
 尋ねられると、咲はレイのことをチラリと見た。
「……(友達……です……)」
「……(ほぉ……)」
「……(でもただの友達でなく……幼馴染です……)」
「……(なるほど……)」
 イル・ラムはクスリと笑って……
「……(私には……お前が恋人を必死に我々から護ろうとしているように見えたがな)」
「え!?」
「……(いやいや冗談だ。ハハハ……咲とやら)」
「……(……はい)」
「……(日人の女とは大したモノだな……あとで日国について聴かせてくれないか?)」
「……(あ、はい。もちろん。喜んで陛下)」
「……(それとな咲)」
「……(はい……)」
「……(そこの男には私から……“咲に感謝しなさない ”と伝えておくれ)」
「……」
 イル・ラムは彼女にそう告げて、奥へと還っていった。

「!!」
「痛ってぇ~なにすんだミハル!!!!」
 咲の後ろで……ミハルはレイの頭はボコッと殴ると真剣な顔をして……
「レイさん後でちゃんと咲さんにお礼云うんだよ!!!!」
「お……おう」
 レイはワケも判っていなかったが、ミハルはペコリと咲に頭を下げた。すると咲はふたりを見て……クスッと咲いながら手をふった。

第十八話 運命という蜃気楼に迷える旅人のよう

 イル・ラム……未来の国王を約束された王族の部屋……そこは洞窟の奥、他の兵士の部屋と同様に火薬のにおいが渦巻き申し訳程度に王族の絵が飾られていた。高貴な人間の部屋とはとても思えぬ程質素な部屋だった。
 そこに咲とミハルとレイは座らされていた。後ろには二人、見張りの兵士がいたが……彼等はレイたちにわずかな食料を差し出した。
「……」
「!? 咲さん……」
「あ、ごめ~んミハルちゃん。なんか……今頃震えちゃってる」
 ミハルが手をあてた咲の肩は……震えていた。
「……なぁ咲……」
 彼女の肩を見たレイはボソボソと……
「その……すまなかったな……」
「え? 何が」
 ゴツン!! と、ミハルがレイの頭をこづいた。
「違うでしょ」
「あ、ああ……その……ありがとな。おかげで、助かったみてぇだ」
 レイが頭をボソボソとかぐと、咲はクスリと咲った。

「……(やぁやぁ偉大なる日人の方々)」
「!?」
 するとイル・ラムが部屋を訪れ、ラム語で挨拶を交わす。
「……(どうしました、我々の歓迎を受けてはくださらないのですか?)」
「……(あ、いえ……)」
 咲がラム語で応えると……
「ほらほらみんな、ここは遠慮なく食べましょう」
 イル・ラムはニコリと微笑んで、席についた。
「……(先ほどは我々の部下が大変失礼した)」
「……(いえ、ああでもしないと納得していただけぬモノと……こちらこそ陛下の前で滅相なモノを……)」
「……(いや、悪いのは部下を押さえられなかった私だ)」
 イル・ラムはゴクリと水を飲みほすと……頭にまとった布の先を首の後ろにまいた。
「……(本題に入りたい咲……あなたがたは“復讐戦線 ”について調べにここへ来た……と云ったね)」
「……(はい……)」
「……(では咲、貴女の覚悟をたたえ、私の知っている“復讐戦線 ”について話せるだけ話そう)」
「!?」
「……(彼等の何を知りたい?)」
「……(そうおおせになりますと陛下、やはり先刻おっしゃったことは……)」
「……(ああ、我々セーレ解放戦線は、彼等と盟約を結んでいた)」
 ゴクリと咲は唾を呑んだ。咲とイル・ラムの緊張感に気づいたレイは……
「おいどうした咲?」
「……イル・ラム陛下は……復讐戦線について知ってるらしい……」
「なんだと!? それは本当か咲!!」
 コクリと頷いた。続けて真っ先に聴いたことは……
「……(陛下は……復讐戦線のリーダーにお会いになりましたか?)」
「……(ええ……)」
「……(そのモノは……ゼロ、という名でしたか?)」
「……(片脚の男ですね……彼は自らを“総統 ”と名乗っていました。ただ……)」
「……(ただ……)」
「……(彼には青い服の少女が常についていました)」
「!?」
「……(彼の側近かはたまた……いずれにしてもたしか彼女が彼のことを……)」
「……」
「……(“ゼロ ”……と、呼んでいる場面を目撃した事があります)」
「え……」
 不思議だ……「復讐戦線」のリーダーが「ゼロ」であるという事実を知った彼女は、まるで始めての事実を知ったように驚愕していた。
「おい咲、あいつなんて云ってんだ」
「……復讐戦線のリーダーは……ゼロ……って呼ばれていたって……」
「何!?」
それは……心の何処かで「彼」が「ゼロ」であってほしくない……と想っていたからなのかもしれない。
「……(陛下、教えてください……彼等は、復讐戦線は何をしようとしているのですか?)」
「……(実を云うと私も彼等の実態を知りません)」
「……」
「……(ただ……)
「!?」
「……(我々セーレ解放戦線は彼等復讐戦線と密約を交わしました。それは……)」
「……(お待ちください陛下!!)」
「……(ん?)」
「……(その……ありがたいのですが……わたくし共にそこまでお話になられてよいのですか?)」
「……(……ぷ……)」

 アハハハハハハハ

「!?」
 咲からの疑問にイル・ラムは笑ってみせると、咲もふくめた三人は思わずキョトンとしてしまった。
「……(いやいやすまない。ハハハ……咲があまりに真面目なので笑ってしまった)」
「……(は……)」
「……(日人とはみな咲のように真面目なのか?)」
「……」
「……(ハハハ、私はすっかり日国が気に入ってしまった。いずれは訪れてみたいモノだ)」
「……(……ありがたき幸せ)」
 彼女は半ば恥ずかし気に、コクリと小さく会釈を返した。

「……(話をつづけよう。彼等は我々に武器弾薬などの軍需品を要求しました)」
「……」
「……(対して彼等が見せた見返り、そのひとつが……)」
「!?」
「……(オクトミア国際ビルのテロです)」
「……(な……)」
「……(しかしそれは誇示に過ぎません。彼等はその後、セーレへの進出を目論んでいたキング財団をネット攻撃しました)」
「……」
「……(彼等の恩恵によって、ヤ国は確かに弱体化しました。ただ……同時に我々は彼等の横暴すぎる程のやり方を恐れました。結局彼等の目的がハッキリしていないからこそ……)」
「……(彼等の要求した軍需品……というのは?)」
「……(……相当の量です)」
「!!」
「……(しかも取引したのが我々だけでないらしいことから……一国の軍隊に匹敵するかそれ以上の軍需品を持っている計算になります)」
「……(なんですと……)」
「……(そして……我々に約束したキング財団への攻撃は総てがネット攻撃……いまも彼等は相当の軍需品を持っているハズ……)」
「……」
「……(彼等の目的が見えない……そもそも彼等はそれほど大きな組織なのか? 我々に要求した軍需品がテロに利用されていないのなら何処へ……我々はあまりに恐ろしく、彼等との密約を破談にしました)」
「……(イル・ラム陛下……率直にお尋ねしたいことがあります)」
「……(……何でしょう?)」
「……(彼等は……ゼロは、今でもセーレにいるのでしょうか?)」
「……」
 咲からの質問に、イル・ラムは眼をとじしばらく考えたが……
「……(これは私のカンが大きいのですが……恐らくいません)」
「!?」
「……(彼等との最後の会談はネット上……彼は、“ちょうど自分もセーレを離れている ”と云っていました)」
「……」
「……(実際に我々が掴んだ足取りにおいても……それ以後彼等をセーレにおいて確認することはできませんでした)」
「……」
 咲はこの意味を深く考えていた。光明財団との会話にズレがあるからだ。財団は復讐戦線がセーレを拠点にする……そう突き止めたと云っていた。じゃあこの話は何なのだ……一体何が起きていて……自分たちは一体何処にいるのだ……

第十九話 主は愛を護るゆえ愛に護られる

 大州オメガ教会……
 ゴーン……ゴーン……ゴーン……大きな鐘がオメガの街に響き、白いハトがバタバタと飛び交った。大きな泉の向こうに巨大な大聖堂がある。その奥には……巨大なレッドカーペットを渡るモノがいた。スーツ姿の巨漢の男はレッドカーペットを渡り切ると、膝を曲げ頭(こうべ)を垂れた。彼の先には……
「……」
 巨大なステンドグラスの灯にシルエットとなる影がある。
「猊下……」
 無数の三角頭巾の男たちに囲まれた影は、片手に大きな十字架をたずさえ、椅子に腰をかけた。
「……キングよ……計画の程はいかに……」
「は……」
 影がボソボソと話し掛けると……男は静かに話し始めた。
「クレオパトラの容態は順調……やはり“血は合った ”ということでしょう」
「うむ……」
「聖杯は完成しました。あとは聖釘と聖槍を探すのみ……」
「そのことだがなキング」
「は……」
「余はこの計画を中止したいと想う」
「は!? それはまた何の御心で」
「卿(けい)は、“復讐戦線 ”なる組織を知っておろう」
「……よく」
「彼等の狙いもまた、“最終兵器マリア ”と“ゴルゴダの奇跡 ”にある……と聴いた」
「!?」
「それが真であるなら……卿(けい)は身をもって解っておろう? 我々が計画を進めることがどれほど危険か」
「……」
「クレオパトラには悪いが、計画は中止したい」
「オメガ法王陛下!! それでは今日まで二千年に渡る血と涙は一体!!!!」
「キングよ……余はこの頃想うのだ」
「!?」
「二千年前……ゴルゴダの奇跡は起きたが、世界の再構成は叶わなかった」
「……」
「ただマリアさまは……主の復活を望んだだけだった。それは何故だろう?」
「……判りかねます」
「余は……最初からマリアさまは、世界の再構成など望んでいなかったのでは? と想うのだ」
「!?」
「結局マリアさまの望みは……世界の再構成など望んでおらず、ただ、ささやかなしあわせを望んでいたのでないか? と、最近考えておるのだ」
「……」
「我々がなすべきことは、二千年前の奇跡にとらわれることでなく。いまのしあわせを願うことでないか、二千年前の主とマリアさまがそうであったように」
「……」

 キングは深く頭(こうべ)を垂れると、スタスタとスーツをなびかせレッドカーペットを後にした。

「……」
「猊下、キング財団はこのまま引き下がると思われますか?」
 キングが去った後、横の扉からひっそりと現れる影があった。それは……
「光明よ、キングのことはまかせてよいか?」
 髭をたくわえた着物の男が……無数のロウソク並ぶ聖堂に杖をついて現れた。
「おまかせくださいオメガ法王陛下」
「……まことに醜きことよ……己のエゴを剥き出しにしよって……」
「……」
「すまない……このようなことになろうとは、できれば血は流したくなかったのだが……」
「お気に病むことはありません、猊下。元はと言えば、キング財団が“ジェノサイド構想 ”を持ち出したのが悪いのです」
「第三帝国の亡霊を利用しようという財団が、いまでは第三帝国の亡霊に摂り憑かれておる……時間が止まっておるのだよ……あの……迫害と虐殺から……」

 光明はレッドカーペットの上で正座をし、杖を降ろして深く頭(こうべ)を垂れた。
「猊下、本日お話したいことは別にあります」
「……申してみよ」
「復讐戦線の在り処が判りました」
「なんと、それはまことか?」
「はい……彼等は、セーレにいます」
「セーレ……よりによって聖地セーレにか」
「はい……」
「やはり彼等も目的は同じ……ということか……」
「恐らく……聖遺物を探しているのでしょう」
「うむ……」
 深く一礼をした光明は、杖を手に取るとのそのそと歩きレッドカーペットを後にした。

「……」
 キング財団と光明財団が去った後、ステンドグラスの灯にシルエットとなった影は、手にペンを持ち出した。すると三角頭巾の男が影の前にひざまずき……
「聖令を告げる。ドルコ騎士団、リドラ騎士団、アルタ騎士団に集結を命ずる」
「……十字軍でありますか、猊下」
「うむ……仕方あるまい……」
「……」
「聖地セーレ・復讐戦線を打ち倒すのだ」

 バタバタバタ…………と、白いハトが飛び交った。大聖堂からスーツ姿の巨漢の男が現れると大きな泉の向こう……白いリムジンにむかった。
「あらあなた」
 白いリムジンの後部座席からは、
「ご機嫌ななめじゃない?」
鉄の左足を出した女が……
「なにかあったの?」
 扇子を仰ぎながら、タバコを一服ふいて見せた。
「後で話すよ……」
 キングはそう云いながら、黙ってリムジンに乗り、扉を閉めると……
「クレオパトラ……」
 バン!! と、背広から出した拳銃を撃ち、薬莢がカランカランと転がった。
「!?」
 クレオパトラは驚くようにギョッとなった。バタン……と、運転手が倒れ……
「キング財団をなめよって」
 キングは運転手をどかすと、自分が運転席に乗り出し……
「我々ヤ族は二千年に渡り耐えてきたのだ。ここで終わらせるワケにいかない」
 ハンドルを握るとキッと唇を噛んだ。

第二十話 軽蔑に始まり、迫害に終わる

「ん……ここは……」
 眼を醒ますと暗闇……男は手探りで、自分のシルクハットを手にした。すると……
「!?」
 パッと眼の前に灯が灯った。そこには……
「うわぁ」
 男は思わず尻もちをついてしまった。灯のついたそこには鉄格子があって、中に……女がいた。
「……」
 ブツブツと何かをつぶやく女は髪を乱し、下着を乱した姿で眼は虚ろなままヨダレを垂らしていた。そして……
「……」
 彼女はマネキンの……“右脚 ”を……いつまでも大事そうに抱えている。

――お目覚めになりましたか? ヘラクレス座長――
「!?」
 ピピーというノイズ音とともにスピーカーから、低く嗄れた声が響きだした。
――申し遅れました、ワタクシ……片脚ピエロと申します――
「何……」
――眼の前にいる女は“ヨーコ ”といいまして、七年前にあなたのサーカス……フリークサーカスを出たモノです――
「……」
――彼女の抱えている“右脚 ”をお取りください。それが最初の鍵です――
「あ!?」
――“右脚 ”をとると自動的に扉はひらかれます――
 ピー……スピーカーはノイズ音を残し切れた。ヘラクレス座長は……

「……」
 鉄格子を開いてみた。
「……」
 それから……
「おい……ヨーコ……と言ったね」
「……」
「悪いが、右脚を私に渡してはくれぬか?」
「……」
「大丈夫だ。悪い様にはせんから」
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
 ヘラクレス座長がマネキンの右脚を取ろうとするとヨーコは発狂した。座長は思わず右脚を握ったまま尻もちをつくと……
「アァァァァ!!!!!!!!!!!! アァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……」
 ヨーコの右脚は壁に鎖で繋がれていた。
「なんだ、これなら簡単だ」
 ニヤリと嗤った座長は、マネキンの右脚を手に握ったまま立ち上がった。すると……
「!?」
 ダー……と、部屋の扉が開かれ、向こうに薄暗い灯が灯った……扉の向こうには石の廊下が続いているようだ。

 ピピーーー…………再びノイズ音が走り、スピーカーから例の低い声が聴こえた。
――では座長、その“右脚 ”を持ったまま廊下をお進みください。それは“鍵 ”です――
「鍵……?」
 不審に思いながらも座長は、恐る恐る部屋を後にした……
「ウアァァァァァァ………………アァァァァァァァ……………………」
 後ろからヨーコの呻り声が聞こえてくるが……座長は一言、
「悪く思うなよ」
 とだけ言い残し、部屋を後にした。
「ガアァァァァァァァァァ………………アァァァァァァァ……………………」
 後ろからは延々とヨーコの呻り声が聞こえる。座長は声をもろともせず石の廊下を延々と歩きつづける……

――座長はお憶えですか?――
 声はスピーカーから、終始ヘラクレス座長に話しかけてきていた。
――七年前……ヘラクレス座長の元には“ふたり ”の片足ピエロがいました……――
 声は七年前の……記憶の彼方に忘却し、忘れ去った、忘れたハズの記憶を語り始めた……

七年前……華連邦フリークサーカス団……
「おらハンス!! 靴磨きにいつまでかかっておるか!!!!」
「すいません……座長……」
 見世物小屋の裏方……ハンスは松葉杖を壁におき床に腰を掛け、団員の靴を磨いていた。
「ったく、公演はもうすぐだぞ!!!!」
「ただいま仕上げます」
「貴様のような片脚の役たたずのせいで、ウチの花形クレオパトラのショーが遅れとるんだ!!!!」
 ゲシ!!!! ヘラクレス座長はハンスの松葉杖を蹴飛ばした。
「……」
 慣れてしまった軽蔑を気にすることなくハンスは靴を磨いていた。すると……
「だいじょ~ぶ~」
「!?」
 松葉杖を拾うモノがいた。彼女は……
「ったく座長も、ちょっとひどいよね」
「あ……」
 綺麗な顔立ちとスタイルのいい躰つき……フリークサーカスの花形、クレオパトラだった。
「はい……」
「……」
 彼女は松葉杖を彼の手元に戻してあげた。
「あ……」
 すると彼は……
「ちょうど仕上がりました」
「そう、ありがと」
 クレオパトラに靴を差し出し、彼女は機嫌よく靴をはくと、ハンスを後に……
「……」
 ショーのステージに立った。
「……」
 ハンスは松葉杖をついて裏側から……ステージをこっそりと覗き見ていた。
「!!」
 彩とりどりの証明に照らされた輝くステージの……真ん中にはクレオパトラがいた。
「綺麗だな……」
 ハンスの空虚な瞳にうつったステージの色彩はクレオパトラを映した瞬間、哀愁の彩へと変わっていった。

その時!!
「!?」
 ハンスは……
「!!」
 事故を目撃してしまった……
「!!!!」
 一瞬の不幸な事故に、ステージはおろか観客席の人々までが動揺を隠せなかった……

数日後……

その事故はあまりにも不幸なモノだった。玉乗りから転んだクレオパトラは、不運にもゾウに左脚を踏まれてしまったのだ。そして……彼女は左脚を失った。
「……」
 ハンスは見世物小屋の裏で、松葉杖を片手に背中を丸めた彼女を見た時……
「……」
 クレオパトラの未来が容易に想像できてしまった……
「……」
 痛いほどに……
「あ……」
 だから……
「……」
 ハンスは松葉杖を片手にクレオパトラの元へ寄りそうと……
「クレオパトラ、ちょっと話がある……」

「え!? サーカスを出るの!!」
「しっ!!!! 聴こえるぞ」
 ハンスは、廻りに誰もいないことを伺うと、息を殺して話しだした。
「このままだとお前……飼い殺されるぞ。オレのように」
「……」
「今夜零時アザナギ海岸のクルス岩に来てくれ、バイクを用意する」
「……」
「最初は苦労するかもしれんが、オレとお前……片輪と片輪ならまともさ」
「……ありがとう。そう云ってくれてすごく嬉しい……じゃあ今夜零時だね」
「ああ、手配はオレがする。確認だがアザナギ海岸の……」
「憶えたわ。クルス岩に零時」
「よし」
 ハンスは口元をニコリと歪ませると、松葉杖をつき……その場を後にした。
「……」
 クレオパトラもハンスが去った後、松葉杖をついてその場を去った。

「おいクレオパトラ」
「あ、座長……」
 しばらく歩くとヘラクレス座長に呼び止められて……
「ちょっと来てくれ、お前に会いたい人がいるそうだ」
「え?」

 午前零時……アザナギ海岸のクルス岩……
「……」
 片脚のライダーがそこにはいた。
「……」
 ゼロはこれからのことを考えていた。普段は慎重で冷静なゼロだが、らしくないことにこの時は深く先のことを考えていなかった。けれどそれでいいような気がした……だからクスリと口元を歪めだのだ。心によぎったのは学生時代の……
「!?」
 だがゼロは……夢から叩き起こされるように……
「な……」
 サーチライトに照らされた。
「!!」
 周囲を黒いスーツのサングラスを着けた男たちが囲んでいて、中央に……
「!?」
 三人のシルエットが映っていた。スーツを着けた巨漢の男と、ヘラクレス座長、そして……
「クレオパトラ!?」
 !? クレオパトラは左脚に……
「な……」
鉄の義足を着けていた。
「なんだと……」
真直ぐに立ったその顔は……ニヤリとほくそ笑んで……
「まさか……」
 彼女の冷たいシルエットを見たゼロは……
「オレを……」
 震えていた。
「裏切ったのか……」

 カチャカチャ…………黒いスーツの男たちがサングラス越しに銃を構えた。ゼロは……
「!?」
 表情を恐怖に歪め、バイクを乗り捨て必死に逃げたが……
「!!!!」
 全身を……

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 撃ち抜かれたゼロはそのまま……アザナギ海岸の海へまっしぐらに堕ちていった。その時のゼロの眼は……この世ならざるモノを視たような……地獄を視たような眼をしていた……それは、月から海へ海から月へ永遠に反復する闇を神に約束された……呪いと業の眼だ。そしてこの世界に……自分一人取り残されたような不条理にも似て、もう夏の光も春の花も……毒にしか見えないという孤独の眼だった。

 ドボン!!!!

「……」
 アザナギ海岸のクルス岩に……男たちと三人のシルエットが並んで……義足の美女は底を見下ろしニヤリと嗤った。
「……」
 金髪の少女……フリーダは一部始終を岩陰からずっと見ていた。彼女は……
「……」
岩の上から見下ろす義足の美女のシルエットに……美しささえ感じ、背筋が凍るほどの恐怖を憶えた。

――片脚ピエロは二度羽根をもがれた――
 スピーカーからは低い嗄れ声がずっと響いていた。
――道化芝居の意味と……みなの嗤いの意味を知って――
 座長が記憶の彼方に葬った……いや、忘れてしまっていた記憶……
――闇の底の深淵の彼方……ずっと奥の誰もいない冷たい海を必死にもがき――
 道化芝居とはそういうモノだと……憶えてさえいない記憶を……
――そしてオレは悪魔に産まれ変わったんだ!!!!!!!!――
 スピーカーの向こうで道化師が、低く嗄れた声で叫んでいた。

「!?」
 ヘラクレス座長が薄暗い闇の廻廊を抜けた時……眼の前にはふたつの扉があった。
「……」
 よく見るとふたつの扉にはそれぞれ……道化師(ピエロ)の人形(マネキン)が番人のように立っていた。ただ……右の扉のピエロは右脚がなく。左の扉のピエロは左脚がなかった。

――ようこそ座長……葬儀場へ――
「!?」
――右の扉の向こうには私が、左の扉の向こうには……娘さんがいます――
「なに……」
――扉を開く鍵は座長……その手に握った“片脚 ”です――
「!!」
――片脚をピエロの片脚にはめてください。そうすれば扉は開きます。ただし……鍵は一度しか使えません――
「……」
――よく考えてください。その片脚があるべき人は“誰 ”なのか……ゲームスタートです――

 ピー……ノイズ音を走り、声は消えた。座長は……
「!!」
 駆けるように、
「!!!!」
 “左のピエロ ”に走った。そして慌てるように“右脚 ”をピエロの“左脚 ”に無理矢理はめこんで……
「!?」
 右脚を左脚に添えた歪な道化師(ピエロ)の人形(マネキン)が出来た。すると……左の扉がギー……と開いて、
「!!」
 座長は左の部屋に入った。そこには……
「んん!! んんん!!!!」
 石の壁に鎖で繋がれた娘がいた……
「!!!!」
 座長は娘に駆け寄り、強く抱きしめた……その時!!

 アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 石の壁中に女の断末魔が響いた。それは……
「ヨーコ……?」
 瞬間、“二本の右脚 ”を生やした歪な道化師(ピエロ)が……

パッパラパー!!!!!!!!

「!?」
 “ラッパ ”を吹き始めた……
「な……」

 ピピーーー…………再びノイズ音が走り、
――座長はお憶えですか?――
 スピーカーから声が響いた……
――フリークサーカス団が日国公演に訪れた時……――
 声は……
――トラが一匹行方不明になったことを……――
記憶の彼方に忘却し……
――そのトラは食事の時いつも……――
忘れ去った……
――ラッパの音を合図に“エサ ”を喰っていたことを――
忘れたハズの記憶を語り始めた……

「!?」
 ヘラクレス座長が扉の向こうを見ると……座長は眼を見開いた。
「あぁ……」
 そこには……獣のにおいが渦巻いていて……
「あぁぁ……」
 闇の中に一匹の……獣が立っている……

 アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 右の扉……沈黙の中、右脚のない道化師(ピエロ)の人形(マネキン)が虚しく守る扉の向こうで……
「……」
 右脚のない、ロングコートを着けた男は椅子によりかかり、黒い帽子を深く被ったまま片手の赤ワインを呑むと……
「……ふっ」
 机に置いた一本のボトルと……もうひとつのグラスを見てニヤリと嗤い……
「……」
 もうひとつのグラスをサッ……とはらいのけ……

 パリン!! 石の床に堕ちたグラスは割れて、赤ワインが跳び散った。

第二十一話 わが闘争 (地獄は焔のように懐かしい)

「……(イル・ラム陛下!!!!)」
「!?」
 洞窟の奥……咲たちと話していたイル・ラムの処に突然、黒い布をまとったセーレ解放戦線の兵士が現れ……
「……(なんだ、騒々しい。客人の前だぞ)」
「……(申し訳ありません……)」
「……(よい、報告したまえ)」
「……(ハッ、いま……復讐戦線総統が、世界中のネットをハッキング、全世界にネット声明を発信しています)」
「……(なんだと!?)」
 ただならぬ空気にレイたちも動揺を隠せなかった。そんな彼等に……
「……(咲……ついて来なさい。何かが始まっている……)」
 イル・ラムはそう告げると、三人を洞窟の更に奥へ案内した。そこには……
「!?」
 セーレ解放戦線のコンピュータ室が広がっていた。洞窟の壁に巨大な画面を設置し、それを中心に無数のコンピュータが並び、コードが無数に洞窟の床を覆っていた。
「……」
 無数のデスクトップと……巨大な画面はひとつの映像を映し出していた。そこには……
「ゼロ……」
 黒いロングコートをなびかせる男の後ろ姿があった。黒いサークルに赤い模様を刻む赤い腕章を左腕に着け、黒い手袋をした男が右手を上げながら、演説台へと上がろうとしていた……
「……」
 黒いサークルに赤い模様を刻んだ赤い縦旗が並ぶ演説台の階段を、一歩ずつ……一歩ずつ……残酷なまでに歩く男の……
「……」
 右脚は“義足 ”だった……

「……」
 演説台に立った男は顔の右側を黒髪で隠したまま、右手をサッと挙げて……
――オレの名はゼロ……復讐戦線総統である――
「……」
――同時にかつてのソドム第三帝国ヒドラ総統が遺したクローンであり、ソドム党正統党首こと第三帝国国家主席の正統後継者である――
「なんだとぁ!?!?」
 レイたちも含め、セーレ解放戦線のみな……いや、世界中の人間が驚きを隠せなかった。ただ……イル・ラムただ一人は、ただならない予感に……汗を一粒かいていた。

希望に裏切られ、調和に傷つけられ、平和に殺されたみなよ

オレは正義の味方に非ず、惡の救世主であり、お前たちの味方だ

オレはお前たちの友であり、お前たちの仲間だ

みなよ、オレはお前たちを愛している

オレとお前は同志であり、オレとお前は同じ感覚を共有するモノではないか

それは絶望だ!!

オレが嫌いな言葉を教えてやる、それは「仲間」だ

何故ならそれは“仲間外れ ”を産む言葉だからだ

オレが嫌いな言葉を教えてやる、それは「調和」だ

何故ならそれは“仲間外れ ”を圧殺する言葉だから

オレが嫌いな言葉を教えてやる、それは「民主主義」だ

何故ならそれは“少数派 ”を抹殺する言葉だからだ

オレが嫌いな言葉を教えてやる、それは「平和主義」だ

何故ならそれは「仲間」「調和」の元に犠牲となった“仲間外れ ”“少数派 ”を忘殺する言葉だからだ

オレが嫌いな言葉を教えてやる、それは「人道」「倫理」「道徳」「正義」だ

もしそれらが真実ならば
何故オレ達を助けてくれなかった
何故護ってくれなかった
何故救ってくれなかった
何故支えてくれなかった
何故だ!!!!

必死に護るハズだった純粋なこころや愛が
犯され、傷だらけになり、殺されていくのは
あまりにも哀しいことだ

奴らの物量に圧殺され抹殺され忘殺されるのが好きだ

奴らの見下ろす下で、夢も希望も奪われていくのが好きだ

それらの絶望さえもが奴らにとって安易にして容易なモノで
ことごとく忘れ去られ、奴らだけが幸福を噛みしめるのは屈辱の極みだ

みなよ想い出せ、オレ達を忘却の彼方へと葬り去り、闇の奥深くへと忘れ去ってきたのは誰だ?

オレ達から総てをことごとく奪い去り、ことごとく忘れ去ってきたのは誰だ?

そうだ、みな記憶の中に眠っているだろう

忘れるハズがない忘れてたまるかあの哀しい記憶をオレ達は決して忘れない

何故なら、忘れることができないからだ

オレ達の胸の奥に染み憑いた赤黒い傷跡は
ほんのわずかな触発で侵喰していき
まるで蟲や針のように胸の奥から喉の奥へと這いずってくる

どんなに幸福が訪れようとも、どれほど幸せを噛みしめようとも
それはオレ達の胸の奥から忍び寄り
あの絶望を永久に反復しているのだ

ならば、その記憶を力に変えよう
その記憶を怒りに変えよう

反復するエネルギーを無限の力に変え
哀しみと絶望を怒りと憎しみに変え
奴らに想い知らせてやろう

光の世界から引きずり降ろし
泣き叫んで命乞いをする奴らを
一匹残らずジワリジワリと喰らってやろう

オレ達のこの絶望の感覚を、奴らの記憶に叩きつけてやろう

オレ達がかつて味わい
無限永久に反復するこの屈辱を
奴らに想い知らせてやろう

オレ達が受けたイタミと屈辱を
何十何百何千何万何億何兆何京倍にして想い知らせてやろう

そうだ、奴らを同志にしてやるのだ、オレ達の同志に

言葉や行動を持って解らん連中には
恐怖と絶望をもって想い知らせてやろうじゃないか

みなよ、オレはお前たちにかつて一つの約束をした

“決してお前を一人にはしない ”と

ならばオレは今、ここにもう一つ約束をしよう

“誰も傷つけ合わない世界を創る ”

この闘争の果に、必ずオレ達の夢見る理想郷があることを約束しよう

オレ達は所詮この社会で生きることを赦されなかった存在
反社会的逸脱者と社会的無生産者の集まりに過ぎない

だがお前たちは、神にも比類する能力(チカラ)を持った
社会が最も恐れる存在だとオレは確信している

お前たちのその胸の赤闇を見ろ

それは何よりも純粋で

何よりも真直ぐで

何よりも美しく

何よりも気高く

何よりも繊細で

何よりも秀逸で

何よりも優等で

何よりも完美で

何よりも麗しく

何よりも芳しく

何よりも誇らしく

何よりも力強いモノだ

何を隠そう
奴らがお前たちを闇に葬り去ったのは
その能力(チカラ)を恐れてのことだったのだ

そんなオレ達の、底知れぬ能力(チカラ)を
奴らは恐怖し、畏怖している

奴らの夢見る悪夢を現実のモノとしてやろう
奴らの望む地獄郷を築いてやろう
奴らに地獄を見せてやろう

連中に、オレ達の瞳の純粋さを想い出させてやる

連中に、オレ達のイタミを想い出させてやる

連中に、オレ達の屈辱を想い出させてやる

連中に、断末魔と戦慄の音を想い出させてやる

連中に、引きつる表情を想い出させてやる

連中に、絶望の味を味あわせてやる

連中に、オレ達の脚の裏を舐めさせてやる

連中に、生きることなど赦さない
連中に、死ぬことなど赦さない
五六億七千万の刻を越えようと救われぬ
一心不乱のトラウマを叩きつけてやる

胸の赤闇が夜明けとなり、オレ達を再び光のモトへと導く日がやってきた

支配と服従が入れ代わり、オレ達がかつての支配権を取り戻す日がやってきた

オレ達の苦しみが終わり
奴らが、オレ達以上の孤独と苦しみを
屈辱とイタミを甘んじて受ける日がやってきた

耐え忍んできた胸の赤闇の能力(チカラ)で、総てを焼き憑くしてやる

連中の退化しきった脳髄と感情では想像もできんような能力(チカラ)で、総てを奪い憑くしてやる

絶望の感覚を知らん連中に、絶望の感覚を教育してやる

地獄から眼を背けてきた連中を、地獄に引きずり降ろしてやる

みなよ、オレは約束通り生きて還ってきたぞ

あの絶望から、あの地獄から

みなを理想郷へ導くために

奴らを地獄郷へ誘うために

そしてオレ達の愛のために

復讐戦線各員に伝達、総統直属命令である

みなで創ろう、“誰も傷つけ合わない世界 ”を、オレ達の理想郷を

奴らの地獄郷を

「……」
 踊るように喰らうように翔ぶように自由自在に演説したゼロ……その映像が世界中のネットに流れた……
「……」
 演説を終えた後には……オクトミア国際ビルの旅客機テロ事件の映像が流れた。オクトミア共和国の誇る巨大なビルが音をたてて崩れてゆく……
「……」
それから……先の大戦の映像が流れた。モノクロの映像はかつてのヒドラ総統の演説、ソドム党の党大会、第三帝国軍の映像、電撃戦と爆撃の映像、そして……
「……」
 かつてヤ族に対して行ってきた大量虐殺の映像……無数の死体が山のように塵のようにゴミのように積まれ、棄てられ、燃やされる映像が……流れた……
「……」
それらを世界中の若者が見ていた。第三帝国のシンボルも、党大会のパレードも、兵士たちの軍靴の音も、迫害されるヤ族も、燃やされるヤ族も、虐殺されるヤ族も……絶滅を謳うヒドラ総統と第三帝国も……

「!?」
 一人のセーレ解放戦線の兵士が……
「……(イル・ラム陛下!! 大変な事が判りました)」
「……」
「……(ただいま逆探知した情報によると、復讐戦線のメンバーは……)」
「……」
「……(独りです……)」
「……(なん……っだと……)」
 イル・ラムはさすがに驚きを隠せない眼をしていた。復讐戦線とは……今までのテロは……ゼロがたった独りでやってきたことだったのだ。そして……

「!?」
 イル・ラムは……世界でいま何が起きているのかを……映像に観た。
「……」
 若者だ。社会に弾き出された若者たち、社会に居場所を赦されなかった若者たち、社会に存在を消された若者たち、闇の中をもがいてきた若者たちが……一筋の居場所と希望を見出したのだ。
「……」
 復讐戦線という希望を……
「……(あぁ……)」
 世界各国で若者たちが、自らを“復讐戦線 ”と名乗り立ち上がった。バイクにまたがり街を暴れ、火をつけ、爆破し、乱射し、略奪し、強姦し、殺し……ソドム第三帝国のシンボルを街中にスプレーで描きだした。そしてみな右手を真直ぐにのばして……

“ジーク・ソドム!!!!!!!! ”

「……(違うな……)」
「……(は?)」
 映像を観たイル・ラムは、たまらない眼をしていた。
「……(復讐戦線のメンバーは……いま、世界中に増殖している……ネットを通してな)」
 その眼が見ているモノは世界中の人間が百年前、遺伝子に刻んだ恐怖……“戦争 ”だった……
「……(イル・ラム陛下……ヒドラが遺した言葉にこのような一節を御存じですか?)」
「!?」
 “戦争 ”を目の当りにした咲は……ふとイル・ラムにこんなことを話した……

“諸君に眠れる業がある限りわが闘争は終わらない ”

「……」
 “戦争 ”を目の当りにしたレイは……SNS上に流され、繰り返されるゼロの演説を見てただ……
「ッチ」
 舌打ちをした。

第二十二話 産まれながらの王

「……(大州ラマス国首都ロパで銃乱射事件発生)」
「……(ロバタ共和国大使館襲撃、大使が銃殺)」
「……(日国アタラ島オクトミア軍基地襲撃事件、死者負傷者多数)」
「……(華連邦で四百人あまりによる集団強姦殺人事件発生)」
「……(ジバタ連邦でバスハイジャック並び爆破テロ発生)」
「……(ヤマタ国大聖堂で放火事件発生、市街地へ広がっています)」
「……(リータ連邦首都タラア、市街地にて暴動発生、死者負傷者多数)」
 
セーレ解放戦線のコンピュータ室は混沌(カオス)が渦巻いていた。兵士たちが次々にコンピュータ上から流れる情報を、あふれて氾濫する事実を口々に告げるのだが……そうだ、世界は地獄に堕ちた。世界中で自らを“復讐戦線 ”と名乗る若者たちが戦争を繰り返し、もう誰にも止められなかった。ソドム第三帝国という名の、復讐戦線という名の、ゼロという名のツナギを得た若者たちの闇は、総てが社会への復讐へ転嫁され、爆発した。そして地獄を創ったのだ。
「……」
 レイたちは氾濫する情報を……世界中に蔓延する地獄を見て……
「……」
 なにも言葉がでなかった……
「……」
 ただ……
「……」
 ゼロを……
「あぁ……」
かつての友のことを想っていた。
「……これが……」

“ゼロの見てきた世界か…… ”

「……(イル・ラム陛下!! 復讐戦線ゼロからの文章がネット上に流出!!)」
「!?」
 セーレ解放戦線の兵士の一言から、眼の前の大画面にひとつの言葉が映し出された。復讐戦線総統ゼロからのたった一言と、ひとつのURLだ。その一言とは……

――総統命令である、復讐戦線各員はセーレに集結せよ――

「……」
 世界中にあふれた復讐戦線が……セーレに集まる……
「……(イル・ラム陛下)」
「……」
「……(添付のURLには……世界各国に忍ばされた復讐戦線兵士の装備並びに武器弾薬……それと飛行艇の地図が添付されております)」
「……(なんだと……)」
「……(飛行艇はAI(エーアイ)にて自動でセーレに飛行するそうです……各員は飛行艇に忍ばされている武器弾薬を装備し、セーレへ向かうようにと……)」
「……(……そういうことか……)」
 イル・ラムは気づいた。
「……(ゼロが我々から要求した軍需品は、総てこの日のためのモノだったんだ)」
ゼロが計画していた恐ろしい考えを……
「……(しかし……)」
 ひとつだけ判らないことがある……
「……(なぜだ……なんのためにそんなことを……ここまで……)」
「……(イル・ラム陛下!!)」
「!?」
 兵士のひとりが、ネットからメモを走り書くと……イル・ラムの処にやってきた。そのメモ書きには……
「……(つきとめました。奴の居処)」
「……(なに!?)」
「……(こちらです……)」
「……」
 兵士から受け取ったメモには……
「……(なんと……)」
 ひとつの国名とひとつの島、ひとつの場処が書かれていた。そこは……
「……(……咲)」
「!?」
「……(この場処が判るか……)」
「……」
 レイたちは、イル・ラムが見せたメモ書きを見た。
「!?」
 それを見たレイたち……特に咲とレイは、
「なん……っだと」
 大いなる運命(メッセージ)を感じざるえなかった。
「……日国……」
 そこにはハッキリと……
「パノラマ島……」
 レイたちの……
「しかもパノラマ高校だと……」
 かつての高校の名が書かれていた。

「……」
 運命(メッセージ)を読んだ咲は、
「……これって……」
 その意味を考えていた。
「決まってんだろ……」
「!?」
 だがレイは……
「オレらに喧嘩売ってんだよ」
 運命(メッセージ)を受け取るだけだ。
「対(サシ)で語り逢いてぇってダチが云ってんだ。買ってやろうぜ!!」
「……」
 レイはメモ書きをギュッと握りしめた。その姿を見た咲は……
「……(イル・ラム陛下……)」
 半ばボソボソと尋ねた。
「……(セーレ解放戦線はこの地へ……ゼロの元へ往かれるのですか?)」
「……」
 咲がそう聴くと……
「……(いえ……)」
「!?」
 驚くことに微笑を返した。
「……(私たちはこの地を護る故……)」
「……」
「……(反対に聴きたい咲)」
「!?」
「……(咲はゼロの元へ往かないのですか?)」
「……(あ……)」
「……(あなたたちにも、護るべきものがある……そうですね?)」
「……(……はい)」
「……(うむ……)」
 イル・ラムは咲の返事を聴くと、懐から……
「!?」
 銃を取り出して、
「……(な……)」
 それを……
「!!」
 咲に手渡した。
「……(……これは、陛下……)」
「……(咲……あなたたちは特使である故、敵意を示すモノはないと云いましたね)」
「……」
「……(しかし咲……ここからは違う……)」
「……(え……)」
「……(これからあなた方は……特使から防人(さきもり)とならねばならない、そうですね?)」
「……」
「……(ならばこれを受け取りなさい)」
「……」
「……(そしてその地へ出向くためのヘリを用意しましょう)」
「……(え……)」
「……(わが軍のステルスヘリです)」
「……(ちょっとお待ちください!! 陛下……)」
「?」
「……(その……なぜ……わたくし共に……そこまで……?)」
「……(……ぷ……)」

 アハハハハハハハ

「!?」
 咲からの疑問にイル・ラムは笑ってみせると、咲もふくめた三人は思わずキョトンとしてしまった。
「……(いやいやすまない。ハハハ……咲があまりに真面目なので笑ってしまった)」
「……(は……)」
「……(ふふ……)」
「!?」
 イル・ラムは……
「……(え……)」
 ひざまずくと……
「……(へ、陛下……)」
咲の左手に口づけをした……
「……(咲……)」
「!?」
「……(私はすっかり日国が気に入ってしまったようだ)」
「……」
「……(いずれは訪れてみたいモノだ。その時にはどうか……私を案内してはくれないか?)」
「……(……ありがたき幸せ)」
 彼女は半ば恥ずかし気に、コクリと小さく会釈を返した。そんな彼女にイル・ラムは、ニコリと微笑みを返した。

 バラバラバラバラバラ……………………
 咲たちを乗せたステルスヘリは、いち早くセーレを飛び立った。イル・ラムは……
「……」
 彼女を見送ることもないまま……
「……」
 基地の奥にいた。
「……(始めてだったな……あんな女……)」
 イル・ラムは軍服をまとい、
「……(アーシ王国の女たち……ラム家に仕えた女たちは、みな真実(ホント)は見せてくれなかった)」
 銃を手にとり、
「……(狭い世界しか見れなかった私が、咲のような女と逢えたのだ……)」
 基地の奥……
「……(それだけでも……みながたたえるように、私は素晴らしい人生を歩めたのかもしれない)」
「!!」
 セーレ解放戦線の、黒い布を顔にまとった兵士たちが整列した。みな銃を肩に背負い、闘志と覚悟を眼にたぎらせていた。イル・ラムは彼等を眼の前に、迷うことない穏やかな……しかし覚悟を見せた眼を見せ……
「……」
 彼等の先頭に立った。
「……(セーレ解放戦線全兵士に告ぐ!! これは聖戦である!! 我に命を捧げよ!! アーシ王国にその命を捧げるのだ!!!!)」

“アーシ・アラバクル(アーシ王国万歳!!) ”

「……」
 ステルスヘリの中で……咲は窓の外をジッと見ていた。段々と遠のき、砂色に消え、雲の奥へ空の彼方へ消えていくセーレを見護る彼女は……
「イル・ラム陛下……どうかご無事で……」
 一言そう云うと……自分の左手の甲をたまらない瞳でジッと見ていた。

第二十三話 空の下に血の雨(なみだ)は零れる

 この惑星(ほし)で起きた出来事を見護りつづけた“空 ”。そんな空に、いま……ふたつの軍団が翔ぼうとしていた。

ひとつは黒の軍団……
 焼き憑くされ、奪い憑くされた街、廃墟の街を焔が覆って、至る処にはソドム第三帝国のカギ十字が紅く刻まれている……街の至るショウウィンドウは叩き割られ、子供の首が血の泪したたらせ無数に飾られている。電柱という電柱には、OLとサラリーマンが交互に突き刺さり、流血を電柱からアスファルトに流していた。

「オギャア、オギャア、オギャア」

 骸と血と臓具が染めるアスファルトに、臍の緒を垂らした赤児が産まれた。哭いても哭いても誰にも届かない地獄に産まれた赤児は、骸の上をもがくように哭いて……やがて赤い雨が降りそそぎ、黒いカラスが啄ばむ。生きて生かされた赤児の血が大地に染まり……

 アスファルトの地下に、ザ・ザ・ザ・ザ………………と軍靴の音が響いた。黒いロングコートをまとった人々は左腕に赤い腕章を憑け、みなシュタールヘルム型ヘルメットと赤い眼光瞬く黒いガスマスクを憑けた。空冷式機関銃を肩に背負い、軍靴の音を響かせた人々は……

 ザ・ザ・ザ・ザ………………アスファルトの地下、無数に交錯するパイプを辿るとそこには……モノクロームのパイプが交錯する巨大な空間があって……中央に大きな円盤型の飛行艇があった。それには確かに……黒いサークルと赤いカギ十字のマークがあった。

 サッ……と、黒いガスマスクの人々は右手を真直ぐに伸ばして……

“ジーク・ソドム!!!! ”

 ゴォォォォォォォ……………………赤い焔が燃える夜の街に、呻り声のようなそれが響き渡ると……

バァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 アスファルトの大地に焔の亀裂が伸びて、裂けた……ウゥゥゥゥゥゥ……………………焔を切り裂き現れたそれは……第三帝国シンボルを飾った円盤群だ。街から無数に黒い空へ現れ、それらは……

 バァァァァァァ………………闇の空へ消えていった……

 もうひとつは白の軍……
 夜の白い大聖堂に三つの軍団が並び始めた。
ザ・ザ・ザ…………整然とした音は、白い街並みに三角頭巾の影を揺らし、街を十字架の灯に照らした。
ザ・ザ・ザ…………三つの軍団は大聖堂の門に集まり、規則正しく並ぶと……先頭に立つ三人の男が聖堂に膝を降ろした。三角頭巾から顔半分を出した男たちの後ろには……
白い三角頭巾を憑けた鎧に身を固める騎士団がいた。みな肩に銃剣を立てて、右手に焔を燃やした十字架を握っていた。

 カツ……カツ……カツ……大聖堂の奥から丸い眼鏡と十字架の光が見えると……十字架を首から下げた神父が、聖書を片手に現れた……

「!!」
 先頭に立った三人の男たちは立ち上がり、十字を切ると次々に言葉を唱えた。
「ドルコ騎士団千名、集結致しました」
「リドラ騎士団千名、集結致しました」
「アルタ騎士団千名、集結致しました」

“我ら主の教えと神言(みこと)に従い、銀の貝に血を垂らすこと、銀の貝を舌に舐めること、銀の貝に命を捧げることを誓います ”

 十字を切った神父は、聖書を広げ彼等に宣誓をした。
「オメガ法王陛下より神言(みこと)を授からん。汝らに問う、主を愛さんとするモノ塵は何処に還さん」
“ダスト・トゥー・ダスト(塵は塵へ還さん) ”
「ならば汝らに問う、主を愛さんとするモノ灰は何処に還さん」
“アチスト・トゥー・アチスト(灰は灰へ還さん) ”
「ならば汝らに問う、主を愛さんとするモノ魂は何処に還さん」
“ゴースト・トゥー・ゴースト(魂は魂へ還さん) ”

「オメガ法王陛下より主の言葉授からん。黒き軍を殲滅し我らが聖地を取り戻せ、ダスト・トゥー・ダスト アチスト・トゥー・アチスト ゴースト・トゥー・ゴースト 目標は聖地セーレの大地、十字軍、出陣せよ」

“ダスト・トゥー・ダスト アチスト・トゥー・アチスト ゴースト・トゥー・ゴースト ”

 三角頭巾の騎士団はその言葉を何度も唱えながら立ち上がり、十字の焔を空へと掲げた。そして……

バラバラバラバラ………………次々に降り立つ十字架を刻んだ輸送ヘリに、整列した彼等が規則正しく乗り込み……空中へと翔び立つ。死の天使は羽根をのばしたのだ。神の名において戦争するため、神のために闘い、神のために殺し、神のために死ぬために……

ゴォォォォォォォ……………………
黒と白の軍団が空を翔ぶ時……もうひとつ空を翔ぶモノがいた。それは……
「キング会長、復讐戦線はセーレに集結中、また、オメガ教会よりドルコ騎士団、リドラ騎士団、アルタ騎士団集結、十字軍を結成、同じくセーレに向かっています」
「うむ……」
 キング財団のシンボルを翼に刻んだ専用ジェットだった。
「聖地セーレにおいて、セーレ解放戦線の動きがあった模様……徹底抗戦を覚悟しているモノかと……」
 ジェット機の中でキングは……義足の美女の肩を抱き、ソファーに腰をかけたままワインを呑んでいた。
「それと……会長の指示通りオクトミア海兵隊も出動中、大量破壊兵器が隠されていることを名目にセーレに向かっております」
「ふふ……ついにこの時が来たか……」
 キングは上機嫌にワインをグラスに傾けていた。
「セーレは元々我々ヤ族のモノだった。それが……我々なき後オメガ教が聖地とし、次はラム教が……」
「いよいよね、あなた」
 ドレスをつけた化粧姿の女は組んだ足から義足をちらつかせ、自分もワインをグラスに傾けた。
「あぁ……二千年前の“アブダクション ”を施したお前の手の平の上で、ゴルゴダの奇跡が起きる。クレオパトラ……我々の世界再構成はもう少しだ」
「あたしに出来るかしら……AI(エーアイ)の融合とコントロールが」
「できるさ……」
 キングはクレオパトラの唇に口づけすると、グラスを傾けた。ニヤリと嗤ったクレオパトラとキングは乾杯をし、グッとワインを呑み干した……

 ダン!!

 瞬間、黒いスーツの男がキングの右頭部を撃ち抜いた。血がプシューと噴き散らし、頭からドッと血を浴びたクレオパトラが発狂した……

 ダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 発狂するクレオパトラにもいとわず、飛行機の奥から黒いスーツの男たちが現れ、機銃で周りにいるキング財団の人間を皆殺しにした。後に遺されたクレオパトラの元へ……
「奴隷から高利貸しに成り下がって生き抜いたキング財団と違ってな……」
 着物を着けたヒゲをたくわえる男が……
「我々日人は太陽神を魂とする誇り高き“侍 ”だ。光明財団をなめるなよ」
 葉巻をくわえながらやって来た。
「ジェノサイド構想は元々ソドム第三帝国と大日帝国が共同で行ってきた本土決戦最終計画だ。お前等ヤ族の玩具ではない」
 男はキッと……怯えるクレオパトラを睨んだ。

第二十四話 戦争を知らない子供達、生命(いのち)を知らない子供達

 セーレ……ヤ教・オメガ教・ラム教の三つの信仰が聖地となす地、二千年に渡り“正しい同士 ”が寄せては返すこの地……

二千年前から変わらない、血よりも赤い夕陽だけは……

 ゴォォォォォォォ………………血よりも赤い夕陽にシルエットが映った。無数の黒い円盤群はシルエットを夕陽に覆っていく。赤い夕陽が黒いシルエットに染まっていって……カギ十字を刻んだ円盤群はやがて砂漠の都市を覆い始めた。砂にまみれた都市の頭上をゴウゴウと翔び交い……
 ガチャン……ガチャン……復讐戦線の黒い兵士たちが眼光を赤く瞬かせ、空中降下の準備を始めた。空冷式機関銃を手に握り、ガスマスクを待ちきれないように装着して……
 一斉降下を始めた!! 黒い兵士は円盤群から砂漠の都市へ降りたつ。セーレの都市を紅いパラシュートが覆った。第三帝国のシンボルを刻んだ紅いパラシュートは、黒いロングコートの兵士を運ぶ。兵士たちは無表情のガスマスクに砂の都市を見た。これからここを地獄に変えるのだと、乾いた眼光が地獄を描いた。彼等が砂の都市に足を踏み出した瞬間……

 ドカーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 地雷が爆発した。都市中に地雷が散布されているようだ……

 ダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
 と同時に、混乱する黒い兵士たちへ一斉射撃が始まった。都市中の家という家、壁という壁、マンホールというマンホールに忍び込んだセーレ解放戦線の兵士たちだ。

「……(ゼロ……社会から弾き出された若者を味方にしたのは褒めてやる)」
 地下の前線基地……ネット上の地図に細かく勢力図が描かれた大画面を前に、イル・ラムは街中に散らばせた兵士に指示をしていた。
「……(だがこれでは徒党の集まり、数だけ自慢の烏合の衆に過ぎん)」
 イル・ラムの指示に従った兵士たちは、彼の指示にひとつの生命体のように動き正確に戦争をしていた。
「……(所詮は戦争を知らない子供の集まり、戦争を生きてきた我々とは格が違う)」
 黒い布に顔を覆った兵士たちの……瞳は鋭かった。彼等の攻撃を前にガスマスクの兵士たちは次々に殺されていった。だが……
「!?」
 空中降下中の復讐戦線の一部が、黒いロングコートからナイフを取り出し……
「……(な……)」
 自分のパラシュートを切るや……
「!?」
 モノスゴイ速度で空中から都市へ駆け下りてきた。彼等は空冷式機関銃をギュッと握り……

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 メチャクチャに機銃乱射を始めた。彼等は勢いよく大地に降り立つ瞬間……

 ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 懐に抱えた手榴弾を爆破させ、さながら空爆投下の爆弾の如く砂の都市を砕いた。
「……(なんということだ……自分の命を兵器に変えた無差別爆撃……)」
彼等につづいて何人もの復讐戦線の兵士が自分のパラシュートを切断、次々に死なばもろともの銃乱射と自爆を始めた。
「……(こいつら……生きて還ることを始めから想定していない……いや、それ以前に……)」
彼等の爆撃によってセーレの都市がガレキと焔に包まれていく……セーレ解放戦線の兵士たちが次々に爆撃と銃乱射に噴き跳ばされ……
「……(“命を軽視 ”している……敵の命はおろか自分の命さえ……)」
 爆撃によって廃墟と化したセーレという戦場に、今度はパラシュート降下の黒い兵士たちが降り立ち……銃を乱射し、火炎放射を燃やした。
「……(なるほどな……こいつら……)」

“戦争を知らないが、生命(いのち)の価値も知らない ”

「……(イル・ラム陛下!!)」
「!?」
「……(奴ら……)」
「……(なに……)」
 セーレ解放戦線は空中降下を迎えた後ゲリラ戦を展開していた。それが彼等の作戦だった……砂の都市の民間人に紛れ……罠を張り、銃を握り、敵を待ち伏せていたが……

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 第三帝国の腕章を左手につけた黒いロングコートの兵士たちは、民間人も兵士も構うことなく殺していた。
「……(なんということだ……)」
女も子供も老人も……生あるモノはメチャクチャに皆殺しだ。
「……(これが奴らの闘い方か……)」
黒いガスマスクの兵士たちはモノを視るような赤い眼光で人々を狙い、撃ち殺し、焼き殺した。生かしたまま、殺したまま……何度も……何度も……
「……(もはや戦争ではない……ただの虐殺だ……)」
 始めから占領や支配などという概念が頭にない。ただ“何人殺したのか ”それだけが勝利の証なのだ。
「……(セーレ解放戦線全兵士に告ぐ!!!!)」
「!?」
 前線で直視する兵士たち……それを報告する兵士たちは獣(ケダモノ)のような闘い方に戦慄と恐怖さえ憶えたが……イル・ラムは冷静だった。
「……(これより戦術を切り替える。私の声を直接全兵士に音声で繋げ)
「……(は!!)」
「……(全民間人はセーレ解放戦線前線基地への非難を命じる)」
「!!」
「……(次に各部隊を小隊ナンバーで呼ぶからそのように。三は東に一区画移動、右の敵を射撃。七は北に三区画移動後待機せよ。六は地下から西区三番街に移動後地上に)」
 イル・ラムの細かな指示に従い、セーレ解放戦線の兵士たちは正確に動き出し正確に戦争をしていた。その動きに一ミリの迷いもなかった。何故なら……イル・ラムの声が彼等に迷いを与えず、安心と緊張を同時に与えていたからだ。しかし……

「……」
 イル・ラムの盲点で、それは起きていた……
「ウ、ウウ……」
「!!」
 街角……ラム族の子供の首をナイフで切った黒い兵士のガスマスクが赤く染まった。冷徹な赤い眼光は、子供を殺すと布にまかれた服を剥ぎ……
「……」
 兵士は赤く染まった黒いガスマスクをぬいだ。それは……まだ十代前半の少女だった。彼女は黒い装備を脱ぐと、死体から剥ぎ取った服を着け始め……

「……(おいお前!! イル・ラム陛下から指示があったぞ……)」
「……」
 彼女は砂の都市……死に恐怖する難民に混ざると、マンホールの梯子を降りた。
「……」
 血と涙と泥にまみれた難民たち、女子供や老人にケガ人……みな血と涙と泥にぬれた眼をしていた。疲れた足取りで地下空間を歩き、下水に下半身を浸からせ避難していたが……
「……」
 ただ独りの少女だけ……下半身を血の海に浸からせながら眼光を鋭く睨ませ、冷たい輪郭と残酷な空気をまとっていた。

第二十五話 引き裂かれた聖地

 砂の都市を焔が覆い、漆黒の夜を焔が照らす都市に……
「!?」
 空中に白い天使が羽根をのばした……
「……」

 ドーン!! ドーン!! ドーン!!

 空中に現れた白いヘリの軍勢は、次々にロケット弾を放った……放ったロケット弾はカギ十字を刻んだ円盤群を撃ち墜としていく。AI(エーアイ)が操縦する円盤群は獣(ケダモノ)をこの地に輸送したことで役目を終えたかのように……次々に光を失い、あっけなく墜落していく……
「……」
 黒い布をまとった兵士たちも、黒いガスマスクを覆った兵士たちも、空中に現れた白い軍団を見上げていた。彼等は敵なのか、それとも……
「!?」
 輸送ヘリから白い三角頭巾の鎧を着けた騎士団が顔を出した。彼等は……
「!!」
 地上を機銃射撃し始めた。

 白い天使は全身に血しぶきを浴び……まるで地上に裁きを与えるように、神のイカヅチを代行するように、アポカリプスを告げるように……地上に群がる黒い布をまとった兵士と黒いガスマスクを覆った兵士を、まとめて空中射撃した。

「!!」
 途端に地上に群がった兵士たちは散り散りに分散した。ガレキと焔にまみれた市街地をくぐり抜け殺された骸を踏みしめバラバラに散ると……

 ダーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 彼等は戦場の隅から天使を撃った。黒いロングコートの兵士はロケット弾を撃ち、黒い布をまとった兵士は対空砲を撃った。空を覆った白いヘリは次々に倒れていく……だがそれにも増して次々にヘリは現れ地上を銃撃の嵐に覆った。

 ササササササササ……………………黒いガスマスクを覆った兵士たちは、黒いロングコートをなびかせながら第三帝国の赤い腕章を憑けセーレの街を走る。
 ブゥァァァァァァ……………………黒い布をまとった兵士たちは、ジープにまたがると銃器を撃ちながらアーシ王国の黒い旗をなびかせセーレの街を走る。
 バラバラバラバラ……………………白い三角頭巾の騎士団を乗せたヘリは次々に……血まみれに染まった壁の前に降り立った。壁を前に白い鎧を着けた騎士団は、規則正しくヘリを降りると壁を前にズラッと列をならし、盾と銃剣を構えた……

「!!」「!!」「!!」
 セーレの壁……二千年の血と涙にまみれた壁を前に、三つの軍団が集まった。黒いガスマスクと黒い布と白い三角頭巾の軍団は、壁を前に三角の間をひらいて睨み合った。群れをなす黒いガスマスクの兵士はシューシューと呼吸音を響かせ、群れをなす黒い布の兵士はウゥゥゥ…………と呻り声を響かせ、規則正しく整列した白い三角頭巾の兵士は聖歌を低く響かせ……

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 セーレの壁を前に三つの軍団がぶつかり合った。
「ジーク・ソドム!!!!」
 黒いガスマスクの軍団はそう叫びながら空冷式機関銃を撃ち、ブツカリ合った。
「アーシ・アラバクル!!!!」
 黒い布をまとった軍団はそう叫びながら機銃を撃ち、ブツカリ合った。
「ダスト・トゥー・ダスト!! アチスト・トゥー・アチスト!! ゴースト・トゥー・ゴースト!!!!」
 白い三角頭巾をつけた軍団はそう叫びながら銃剣を撃ち、ブツカリ合った。

 ヤ教とオメガ教とラム教の三つの信仰に分裂した聖地セーレ……この地をいま三つの軍団が闘い、血と涙に染め上げる、それはまるで……二千年に渡り三つの信仰が奪い合い殺し合ってきた聖地を、血と涙の大地に築き上げられてきた聖地を、三つの正しいモノ同士がお互いに正しいと言い軽蔑と迫害を繰り返してきた聖地を、カタチにするような光景だった。

 ウオァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 壁を前に黒いロングコートと黒い布と白い三角頭巾の人々が血にまみれ、槍に突き刺され、晒されていく……黒いガスマスクと黒い布と白い三角頭巾の首が血にまみれ、槍に突き刺され、晒されていく……黒い兵士と白い騎士が……

あぁ……またセーレの壁に血と涙のシミが増えていく……

「……(第四小隊全滅!!)」
「……(第七小隊音信途絶!!)」
「……(第五小隊救援要請!! これ以上はもちません!!!!)」
「……(第三小隊負傷者多数!! 戦闘不可により戦線離脱を進言しております!!)」
 セーレの地下深く……解放戦線の前線基地は混乱に満ちていた。大画面にはセーレの地図と赤や緑の信号を発する無数のポイントが輝き、それらが矢印となりブツカリ合っては消滅する……そんな大画面の前には混乱に満ちた黒い布を覆う兵士たちが……
「……(落ち着け!!)」
「!?」
 だが彼等を前にイル・ラムは毅然としたまま……
「……(落ち着け、ひとつひとつはシュミレーション通りだ。同時に起きているから混乱しているに過ぎない。ひとつひとつに細分化し対処せよ)」
「……(は!!)」
「……(戦術を切り替える。小隊は各オペレーターの指示に切り替えろ。私は前線基地に避難した民間人を……)」

 !?

 衝撃が走った……イル・ラムが眼を見開くと、ハラに穴が空いて血がボタボタと滴っているのが判った。
「……」
 イル・ラムの背後には……血と涙と泥にぬれた布をまとい……眼光を鋭く睨ませ、冷たい輪郭と残酷な空気をまとった……少女が銃を両手に握り、立っていた……
「……」
 カラン……カラン……と薬莢が転がる時、イル・ラムが眼をとじ膝を曲げ、バタリと倒れる……
「!!」

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 立ち上がったセーレ解放戦線の兵士たちは、少女を一斉射撃した。彼女はバタバタと全身を鋼鉄の銃弾に撃ち抜かれ、肉壁を躍らすように壁にのたうつと……ニヤリと嗤って右手をのばし……
「ジーク……ソドム……」
 バタリと倒れた……

「……(イル・ラム陛下!!)」
 兵士たちは次々にイル・ラムの元へ駆け寄り、介抱すると……
「……(まだ……)」
「!?」
「……(まだ……十……二、三にも満たないな……そこの……兵士……は……)」
「……」
 イル・ラムは彼女を見て、死に悶えながら云っていた……
「……(ゼロよ……これが……お前の望んだ……戦争……なのかぁ……)」
「……(陛下!!)」
 血を吐いた……血を吐き苦しむ彼は、瞳にうっすらと涙を浮かべた。その涙が意味するものとは……
「……(全兵士に命じる……)」
「……(は……)」
「……(撤退せよ……)」
「!?」
「……(中央ラマまで……撤退せよ……民間人を連れて……できるだけ……早く……)」
「……(イル・ラム陛下!!)」
「……(なお……この場で起きたことは……)」
「!?」
 イル・ラムは撃ち抜かれたハラを抑え、立ち上がると……苦しみながらもふらつく足取りで指令席に座り……
「……(絶対機密に……私のことは……撤退後……)」
 ニヤリとほくそ笑んだ。
「……(殉死した……と伝えてくれ……)」

第二十六話 燃える聖地に蜃気楼を見た

 セーレの郊外……荒野に疲れた足取りの難民たちがいた。全身に布をまとった人々は黒い布を顔にまとう兵士たちに護られながら、ひたすら夜の砂漠を踏みしめていた。一歩ずつ……一歩ずつ……故郷(ふるさと)を背に沈むように地平を目指す彼等は、血と涙と泥にまみれ、諦めにも似た溜息をついた……
「……(見ろ!!)」
「!?」
 彼等は背に沈むセーレに……悪夢を見た……ヒュー……ヒュー……と、空中から幾つもの火花が翔び交ったと思うや……ドーン!! と音をたてて、セーレの都市が……街が、故郷(ふるさと)が、焔に沈んでいく……

 セーレから西方二百キロ、ダクト湾……
 ドーン!! ドーン!! オクトミア共和国軍第五艦隊がそこにはいた。海に浮かんだ無数の軍艦から何発もの巡行ミサイルが撃たれ、ミサイルは空中に焔をあがて翔んだ。そして……

 セーレの壁……
黒いガスマスクの軍団と白い三角頭巾の軍団が入り混じる時……彼等は空を見た。そこには……
「!?」
 真赤な花火がこちらに向かい……

ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 セーレの街を焼き払った。黒い軍団も白い軍団も……ガレキも……廃墟も……骸も……

「オクトミア共和国!! オメガ教会を裏切ったなぁ!!!!」

 ダァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!! 巡航ミサイルは嵐のように次々にやってきて、焔は何もかもを燃やし憑くした。黒いロングコートと白い三角頭巾が焔にまみれ、息絶える時……

 バラバラバラバラ……………………オクトミア共和国の国旗を刻んだヘリの軍勢が次々にセーレに現れ、海兵隊が降下作戦を始めた。聖地セーレに星のマークを刻んだ迷彩の軍団が降下し、最新機器を持って聖地を占領した。そして……骸の山の上に、星の旗を立てた……

 セーレ郊外……
 セーレを後に足を引きずる難民たちは、丘の上から見ていた……セーレが燃えていくのを……沈んでいくのを……奪われていくのを……そして……
「あぁ……」
 彼等は思っていた。故郷(ふるさと)が燃え、沈み、奪われていくのを見て……自分たちから……

“居場所が消えた ”

 セーレ地下……解放戦線の前線基地……
 タタタタタタタタタタタタ…………………………オクトミア共和国軍の兵士たちが最新機器を装備し、地下へと潜入した。やがて……
「!!」
 彼等は地下の奥……セーレ解放戦線の指令室へたどり着いた。そこには……ピ……ピ……と、誰もいなくなった地図から虚しく音だけ響く大画面があって、床一面に書類がバラバラに散らばり……
「……」
 中央には布をまとった男が椅子に座っている……
「!?」
 男はふっと振り返り、銃を握った。すると海兵隊が……

 ダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「……」
 男を一斉射撃した。全身を撃ち抜かれた男は銃を堕とすと……
「!?」
 ニヤリと嗤って……
「!!」
 右手で背後の……デスクトップのスイッチを押し……
「!!!!」

“咲…… ”

 ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
「どうした咲?」
「いや……」
 ちょうどその時……自分たちの運命の地へ、かつての故郷……パノラマ島へ向かう咲は……
「……」
 ふと左手の甲を見て……
「イル・ラム陛下……」
 ポツリと涙を零していた……

「アァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 イル・ラムは自爆スイッチを押し……前線基地は噴き跳んだ。そして同時に……セーレに地震が起きた……地下空間一体を焔が覆うと、セーレ中の大地が裂け、焔を上げたのだ。
「ウアァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 オクトミア共和国の海兵隊たちは叫んだ。セーレの街が裂け、沈んでいく……
「ヒィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!! ヒィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 裂ける大地に、誰もが平等に沈んでいく。生けるモノも、死ぬるモノも……みな……

ヤ教とオメガ教とラム教の三つの信仰に分断され、二千年に渡り血と涙を繰り返してきた聖地は……燃え……そして、沈んだ……皮肉にも沈むときだけはみな平等だ……皮肉にも……

 セーレ郊外……
 血と涙と泥にまみれた難民たちは、沈むセーレをこの眼に焼きつけて……居場所を失ったことを実感した。だが……
「……(イル・ラム陛下……)」
「!?」
 民間人たちは突然そのように唱えると、セーレに向かって深く五体投地した……
「……」
 イル・ラムの指示通り、中央ラマに辿り着くまで彼のことは一切機密にしていたのだが……彼等は何故か総てを悟ったように五体投地していた。そして……
「!?」
 誰もが燃えるセーレの焔に……黄金都市の蜃気楼を見たという。それは……
「アーシ・アラバクル……」
 だから誰もが沈むセーレに向かって、深く五体投地をしていた……

第二十七話 冷たくなった故郷

 バラバラバラ………………血の涙を零す聖地を後に、レイたちを乗せたヘリは海を越え日国の片隅……パノラマ島へ辿り着いた。すると……
「!?」
 辿り着いたそこは……
「なんだこりゃ……」
 故郷ではなかった。
「……」
 かつての故郷は……自衛隊に占拠されていた。望郷の余地もない……島から島民は強制退去されかつての人影はなく……あるのは冷たい程の緊張感だけだった。島の至る処に自衛隊員とテント、装甲車両……戦車がいた。
「!?」
 すると……レイたちが感傷に浸る間もなくヘリを……
「……」
 自衛隊の戦闘機が囲み始めた。

――警告する、ここは先日未明より光明財団の私有地であり独立地帯である――
「んだとぁ!?」
――これより先に侵入すれば不法侵入とみなす――
「光明財団……あいつら光明財団っつったか」
――ただちに所属を名乗り、退去せよ。繰り返す……――
「へっ、何をエラそうに……とどのツマリは……」
―― !? ――

 レイたちは真直ぐに……
「クーデターっていいてぇんだろ」
 パノラマ高校へ機体を傾けた。

 !!!!

 瞬間……怯えた猛獣の如く自衛隊は総攻撃を仕掛けた。地上から対空砲火を浴びせ、空中では戦闘機が遊撃を始める。それらの攻撃が……
「!?」
 羽根をもがこうと……
「やっべぇ」
 レイたちは真直ぐに向かった。
「お前ら頭をさげろぁ!! 不時着する!!!!」
 立ち止まるワケにいかない……運命(サダメ)ならば。

 バァァァァァァァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 パノラマ高校の裏に広がる森林に、プロペラを撃ち抜かれたヘリが突っ込んだ。そして残骸となり、焔と煙を上げた……
「ウ……」
 レイが操縦席で気を失っていると……
「おいレイ!! しっかりしろぁ!!」
「ん……」
 咲がレイの肩をゆすった。
「この野郎無茶しやがって……とっととズラかるぞ……」
「お、おう……」
 眼を醒ましたレイは慌てるように……咲と一緒にヘリを抜けたが……
「おい待て……」
「ん?」
「ミハルが……いねぇ……」
 そのことに気づき、ハッとなったふたりがヘリの外から辺りを眺めると……
「!?」
 彼は学校裏の……窓から顔を覗かせていた……
「な……」
 十年前とは雰囲気がまるで違った。けれど……ふたりには一瞬で彼が誰か解った。彼の背負った残酷さを知っているから……彼は、
「ゼロ!!」
「……」
 顔の右側を黒髪に隠したゼロは、窓の外からレイたちをジッと見た。そして……
「!?」
 腕を押し上げ……抱きかかえたものを見せた。それは……
「な……」
 頭から血を流し、気を失っている青いワンピースの……
「ミハル!!」

 ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「!?」
 レイたちが手を伸ばすのと同時に……ヘリが爆発した。ふたりが爆風に吹き跳ばされ、校庭に投げ出されると……
「お前たちが……」
「!?」
 ゼロはボソリボソリと話し始めた。
「お前たちが来るのは計算内だったが、この女は誰だ?」
「あぁ!?」
「まぁいい……よく聴け、レイ、咲」
「!?」
「部室だ」
「あぁ!?」
「オレたちが……」
「!!」
「オレたち四人だけが集まっていた部室……そこのドラムを暴け、道がある」
「何!?」
「!!」
「ちょ……」
 ゼロはそれだけを云い遺すと、ハイテクな義足を着けているのか……瞬足の速度で学校の奥へ走り去っていった。

「あったぞ!! ヘリだ!! 墜落している!!」
「!?」
「生存者がいないか確認しろ」
「な……」
 自衛隊だ。森の奥からサーチライトを照らし、迫って来る……
「時間がない……往くよ、部室だ」
「お、おう。確か……西館だったな」
 咲の声にハッとなったレイが、彼女の後を追うように空き窓から高校へ侵入するが……
「!?」
 廊下に足を踏み込んだ瞬間、駆ける咲の足取りが揺れた気がして……
「咲……」
 レイは嫌な予感がした。だから呼び止めようとしたが……
「ぼさっとしてんじゃないよ!! ミハルちゃんがピンチなんだ!!!!」
「!?」
 彼女の声を聴くと、時間がないことを思い出したのか……レイは、
「おう!!」
 嫌な予感からは眼を逸らした。

第二十八話 ホコリの積もった想ひ出

 パノラマ高校……木造建築の古臭い香りが渦巻く廊下を、レイたちは走り続けた。階段を昇り、降り、渡り廊下を通って科学室や音楽室を抜けた。
「……」
 走り抜け、通り抜けるだけでもあの時を思い出す……懐かしすぎて反吐が出る程の記憶が前から後へ流れるようだ。だからなのかレイは……後ろが気になっていた。誰もいないハズの高校の暗闇に……今にも大人たちが迫って来るような気がして……
「着いたよ」
「!?」
 そんな感傷に浸る間もないほど時間は早く過ぎ去る……レイと咲は部室に辿り着いた。
「……」
 懐かしい……バンドを組んだレイたちが部室を要求し、学校の西の端……ほぼ倉庫化していた区域を部室としてもらい受けたのだ。勝手の悪い木戸を開くと靴箱が右に並んでいて……狭い廊下がある。そこを曲がると大きな空間が……
「……」
 窓からの光がホコリをさす……足を踏み出すたびギーギーいう部屋には、大きなドラムセットがひとつだけあって……
「……」
 壁には至る処にスプレーでラクガキがしてあった。漫画や冊子、CDが……まるであの頃のままそこら中に散らばっていた。
「あぁ……あの頃のままだ……」
「……」
「ほとんど邪魔者扱いのポイで、学校の片隅に見捨てられたオレらだったからな」
「……」
「見捨てられたまま忘れ去られたのが……幸か不幸かあの頃のままホコリ積もったんだな」
「……」
 ふたりはそのままドラムセットの前にきた。あぁ……こうしてみると、このまましばらく練習してダベッていたらあの兄妹が……ゼロとアイがやってきそうだ。そして今までが全部夢だったよって、また四人で……
「!!」
 レイと咲はふたりでドラムセットをどかしてみた。するとそこには……
「!?」
 ゼロが掘ったのだろうか……人一人通れるほどの大きさの穴が床に開けられていて、床下の土にも人一人通れるほどの穴が掘られていた……
「……往こう」
「あぁ……」
 咲とレイは床下に潜りこみ、穴をくぐった……
「……」
 まるでモグラにでもなった気分だ。ふたりは……十分ほどだろうか、息苦しさを耐え全身を土だらけに汚しながら前へ進むと……
「!?」
 大きな空間に出た。
「ちょっと待って……」
 咲は胸ポケットから懐中電灯を取り出し……カチっと電気を照らした。
「!?」
 ふたりは辺りを伺った。そこは……壁画だ。象形文字と絵が無数に彫られた壁画が辺りを覆い、一本の路を造っていた。
「これは……」
「ゴルゴダの処刑と主の伝承……」
「!?」
 咲は壁画の絵を見るや思わずそう云っていた。ただ……
「なんでセーレから遠く離れた日国の、こんな島に……」
 それだけが判らなかった。
「……よく解らねぇが、先に進もうぜ。おおかたゼロが待ってんだろ」
「……」
 咲は壁画を見ながら考えていたが、そのままレイと一緒に路を進み始めた……

「ん……ここは……」
 ミハルは眼を醒ますと、まず自分が暗闇にいることが解った。そして躰を動かそうとすると……
「!?」
 自分が縛られていることに気づいた。十字架に縛られているようで……動けない……
「え……」
「気づいたか……」
「!?」
 パッと灯が灯った。眩しい。眼をギュッととじる。すると……
「ミハル……なんであんたがここに」
「!!」
懐かしい声が聴こえ、驚いたミハルはジッと眼をこらした。するとそこに……
「!?」
 ふたりの影があった。ひとりは黒いロングコートを着けた男の影、もうひとりは青い服を着けた……
「お姉ちゃん!!」
「!!」
「!?」
 ゼロはミハルの口をギュッと手で抑えた。
「驚いたな……お前が十年前、両親の離婚で美冬と生き別れた妹とは……」
「……」
「何の業か因果か知らんが、まぁ……お前とレイの関係は察しがつく」
「……」
「こいつぁちっと……」
「!?」
「めんどくせぇかもな……」
「!!」
「美冬!!」
「!?」
 口元をニヤリと歪めたゼロは、美冬に……
「時間がない。計画を続けるぞ。お前は下がっていろ」
 そう云うと彼女はコクリと頷いて、闇に消えていった……
「ねぇ!!」
「!?」
 ミハルはキッとしたままゼロに……
「どういうこと!! 一体何をしようとしているのよ!! ジェノサイド構想って何!!」
「知りたければ……」
「!?」
「教えてやる」
「……」
 ゼロはニヤリと微笑んだが、ミハルは臆することはなかった。彼が復讐戦線の総統である……ということはなく、ただ……レイの友達なのだということだけが、頭にあった。

第二十九話 絶望に咲く野薔薇のような愛

 二千年前の聖地セーレ……当時はヤ教を信仰するヤ族がセーレにはいた。しかしある時……マリア様という女性が主をお産みになった。主は神とマリア様の間に産まれた子であり、神の子であった。神の子である主は人々から苦しみを逃れる術を説かれたという。それは“愛 ”であった。主は“愛 ”についてを人々に説いたが……ヤ族は主の教えがひとつの信仰となり、ヤ教を脅かすことを恐れた。それゆえ主を宗教裁判に掛け、ゴルゴダの丘へ磔の刑に処し、処刑とした……

「けれど三日後……マリアの涙にぬれた主は復活をとげられた」
「……」
「そして主は神となり、主の教えは今でも人々を導かれる……と、ここまでが教科書的なオメガ教のルーツの話」
「……」
「ただ……この壁画を素直に解釈すると……」
「……」
「主はその後マリア様とともに華連邦へ渡り、海を渡ってここまで来た……ってことみたいね」
「……」
「そういえばパノラマ島にもこんな伝承があった……」
「……」
「この島にはその昔、ナギとナミという夫婦(ツガイ)の神様が降り立った。で、釘と槍をもって日国を造られたって伝承……その子孫が日人であるという話」
「……」
「それとこれを照らして……もしも、ナギを主とし、ナミをマリア様とするならば……」
「!?」
 レイは話を聴いていて気づかなかったが……
「ただ気になるのは……」
「あ……」
 咲の顔をふと見ると……
「ここにある円盤……ほら、多分マリア様だと思うけど、女の人を光で覆っている円盤の絵……」
「おい咲」
「ん……」
 咲は……
「お前……顔色悪くねぇか?」
「……」
 一瞬間を空けたが、ニコリと微笑んで……
「ううん、平気」
「……」
「それより先いそご。ミハルちゃんが……」

 !?

 ちょうどその時……背後から音がした。それは……
「まさか……」
 無数の人間の足音だ……部室をギーギーという音が、地下を通してここまで聞こえてきた。
「やべぇ……まさか奴ら……」
「……」
「!?」
 すると……咲は眼をとじたまま後ろに倒れた。レイは……
「おい咲!!」
 慌てて受け止めた。すると……
「!?」
 背中を受け止めた手には……
「……」
 血がビッショリと塗れていた。
「お前!!」
「レイ!!」
「!?」
 咲は重い躰を起こすように……
「あたいを置いて先に往って……」
「ハァ!?」
「あたいは足手まといになるよ……」
「何云ってやがんだバカヤロー!!!!」
「このままだとふたりとも!!」
「うるせぇコラ!!!!」
「!?」
 レイは……咲の肩をギュッと握って……
「十年前……オレの勝手で、オレ達はお前を置いて往っちまった……」
「……」
「そして……結局みんなバラバラになっちまって……オレは……独りになった……」
「……」
「お蔭でミハルと逢えたのかもしれねぇけどよ……もうあんな想いはたくさんなんだ!! お前の代わりなんていねぇんだからよぁ!!!!」
「あぁ……」
 咲はうつむくと……
「ミハルちゃん……ごめんね……」
「!?」
レイの唇にキスをした。
「……」
 強くふるまう普段の姿と反して、唇は……やわらく、何処か切ない味をしていた。
「……レイ」
「……」
「それでも往くのよ」
「……」
「十年前の……あんたの勝手でバラバラになって、あんたの勝手でゼロが迷ってるっていうなら……あんたにはその責任をとる義務がある」
「……」
「あたいはね……もう……これで満足だから……」
「……」
咲はまた顔を下にむけた。だからなのかレイは……
「……」
 立ち上がった。そして……咲を背に、後ろは振り向かないと決めた。ただ……
「咲……」
「……」
 一言だけ……
「何年かかってもいい……どんなカタチでもいい……生きろよ……生きて……またオレの店にこい……」
「……ええ……」
 そう云い遺すと電灯を片手に……走り去っていった……

 タタタタタタ………………壁画の路を自衛隊たちが駆けてくる。彼等は電灯を先につけた銃を片手に握り、迫って来るのだ……しかし、
「!?」
 路を進んだ先に……
「……」
 女が壁に寄りかかっていることに気づいた……
「!!」
 彼女は……
「……」
 ユラユラと立ち上がると、こちらに向かって……
「!?」
 裏ポケットから……銃を出した。
「!!!!」
 途端に緊張が走り、自衛隊員は一斉に銃を握った……

“レイ……ありがとう…… ”

 バン!!

第三十話 戦争――大切なものを護るために、大切なものを失う――

「ハァハァハァ…………」
 レイはひたすら路を走り続けた。後ろは振り向かなかった、後ろは……そして、
「!?」
 壁画の路の向こうには……巨大な空間があった……
「よく来たな、レイ……」
「!!」
 パチン……と、指を啼らす乾いた音が響くと、カチ……と、裸電球が光った。裸電球は天井をゆらゆらと揺れて……
「!?」
 電球が映したそこは巨大な球体状の空間だ……壁一面には無数の書類とモノクロ写真が貼り憑けられており、前方には……
「……」
 大日帝国の旭日旗とソドム第三帝国の鉄十字旗が並んでいた……その中央に、義足のゼロと……
「ミハル!!」
 十字架に縛られたミハルがいた。
「!!」
 レイがミハルと叫ぶやゼロは、
「ウ……」
 ミハルの唇に口づけをした。まるで黙らせるかのように……すると……
「グッ……」
 ミハルはゼロの唇を噛んだのか……口から血がポタリポタリと垂れた。ゼロは血をぬぐいながら……
「気の強い女だ……」
「ゼロ!!」
「!?」
 レイは眉間にシワを寄せ、ギロリとゼロを睨み……
「どういうことだ……」
「ふ……壁画を見たろう。ここは先の大戦時、オメガ教会の隠ぺいした情報を辿った大日帝国と第三帝国が共同で……」
「んなこと聴いてんじゃねぇ!!」
「……」
「ゼロ……咲は死んだぞ……」
「!?」
 咲は死んだ……その言葉を聴いたゼロはギョッと眼を見張った。
「ゼロ……お前が起こした戦争で、誰が犠牲になったと思う?」
「……」
「弱い人だよ……」
「……」
「いいかよく聴けゼロ!! どんな綺麗事を並べようとな、戦争ってなぁ弱い奴から死んでいく。いい奴だろうが悪い奴だろうが強けりゃ生きて弱けりゃ死ぬ、それだけだ」
「……」
「テメェの目的が何なのか知らねぇが、犠牲になるのは弱い人バカリなんだよぁ」
「……多少の……」
「あぁ?」
「多少の犠牲はやむをえん」
「あぁ!?!?」
「もう誰にも止められんのだ……運命の歯車をな」
「テメェ!!!!」
 レイは走り出す程の気持ちをグッとこらえた。そして……ふっと深呼吸をすると、ゆっくり話し出した。
「おいゼロ……お前の目的は何だ?」
「……」
「やっぱりアレか……アイの……」
「アイの自殺はな……」
「!?」
 レイはゼロの云った一言に驚きを隠せなかった。ゼロは……死んだような眼で一言……
「オレのせいなんだよ」
「あぁ!?」
 そう云うと……ボソリボソリと話し始めた。
「十年前……オレは……」
 あの日の業と……
「忘れたかった……眼を逸らしたかったんだ……」
 あまりにも大きすぎる運命(サダメ)を……
「だからネズミ先公のせいにした……それが真相だ」

第三十一話 運命(サダメ)を背負った日

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