注射嫌い

私は注射が嫌いだ。まぁ積極的に好む人がいるとも思えないが、大人なな皆さん、すました顔で予防接種を受けたり採血されたりしている。

私は違う。注射を受けるときには毎回、まるで試合に臨む柔道選手のように顔に自らビンタをし気合を入れなきゃいけない。もちろん受けなくても良い注射は、できる限り避けている。

痛いのが嫌なのではない。注射針が皮膚を貫き体内に金属が入ってくるあの感覚が大嫌いなのだ。毎年の健康診断での採血時も、担当の看護師さんに「ちょっと待ってくださいね、気合い入れますので」と一言断り、顔を叩いている。

あれは確か、高校3年生の頃だったと思う。私のもとに役所から一通の封筒が届いた。なんの予防接種だったかは忘れたが、幼児の際に受けなければならない注射を受けていないので接種するようにーーという内容だった。戦慄した。

予防接種会場はさながら地獄の光景だった。場所は町の小児科のクリニック。私の予防接種同期たちは、年端も行かぬ幼児たちだった。院内に響きわたるのは断末魔のような泣き声の数々。「ギャー」という声が近づいて来るたびに、私は肝を冷やしたのだった。

いよいよ自分の番になる。医者は「やっと楽に打てる患者が来た」と少しホッとしたような顔をしていた。だが私は簡単には打たせない。

「子どもめちゃくちゃ泣いてましたね」、「注射久しぶりなんです」、「高校生で打つのは珍しいんですか」などとどうでもいい言葉を並べ、注射までの時間を稼ごうとしていた。

医者はやはり頭が良い。私の魂胆を見抜くやいなや、「腕を出しなさい」と臨戦態勢を取った。私の抵抗は虚しくも散ろうとしていたが、最後に「顔を引っ叩くので少し待ってくれ」と伝えた。ドン引きされた。

かくして私への注射は終わったのだが、接種後、医者からはこんなことを言われた。「大人でこんなに注射を嫌う人は見たことがない」。ご褒美として、子どもたちに配る用の飴をもらった。

大嫌いな注射を終えると、心が晴れ渡る。私はご褒美を口に含んで意気揚々と病院を出た。病院前の横断歩道では、さっきまで院内で泣いていた予防接種同期とその母が、信号待ちをしていた。

私は同期に向かって「俺たち頑張ったな。戦友だな」という眼差しを向けた。だが戦友から届いたのは「なんで大人が飴玉貰って喜んでいるんだ?」という侮蔑のこもった視線だった。

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