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ライトノベルの賞に応募する(11)

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 帰りの会が終ると、僕は急いで帰った。ランドセルを放り投げ、サッカークラブ用のリュックを背負い、水筒にポカリスエットと氷を足した。
玄関のすぐ横の父親の部屋の扉をノックした。
「お父さん。ミワのお迎えお願いね!」
「ああ。」
低い父親の声が聞こえた。
よし、僕の仕事はここまで! サッカーに行こう!
僕は自分のマウンテンバイクを引っ張り出し、またがって先を急いだ。もうすっかり陽気は夏だ。桜が咲いていたのがついこの間なのに、葉桜になってから、日に日に暑くなり、もう夏がすぐそこまで来ている。過ごしていると、一日一日はとても長いのに、カレンダーが変わるのはいつの間にかだ。わくわくして、僕の中でテンションが上がるのがわかる。頭の中で激しいギターの音が鳴る。僕は今日、自由だ。

my life is a normal life
(俺の人生は平凡そのもの)
working day to day
(毎日毎日ただ働くってだけ)
no one knows my broken dream
(俺にも夢があったなんて、誰も思いもしない)

I forgot it long ago
(もうずっと前に忘れてしまったけれど)
I tried to live a fantasy
(ファンタジーの中を生きようとしたことが俺にもあったんだ)
I was just too young
(若すぎたんだね)
In those days you were with me
(あの頃はいつもお前と一緒だったよなぁ)
the memory makes me smile
(いま思い出しても笑っちゃうよ)

I won't forget
(俺は絶対に忘れないから)
when you said to me "stay gold"
(「輝き続けろよ」ってお前が言ってくれたこと)
I won't forget
(俺は絶対に忘れないから)
always in my heart "stay gold"
(その言葉、いまも心の中にしまってあるんだ)

it was you such a lonely time
(寂しかったことも思い出したよ)
after you were gone
(お前がいなくなってから、寂しい時を過ごしたんだ)
you left me so suddenly
(お前は突然去ってしまったけれど)
they was how you showed your love
(それがお前なりの気持ちの伝え方だったんだね)
now I see the real meaning of your love
(今なら俺にもお前の言った言葉の意味がわかるよ)
now I see the way to laugh
(本当に笑わせてくれるよな)
though your way was awkward
(お前はいつも不器用なんだから)

I won't forget
(俺は絶対に忘れないから)
when you said to me "stay gold"
(「輝き続けろよ」ってお前が言ってくれたこと)
I won't forget
(俺は絶対に忘れないから)
always in my heart "stay gold"
(その言葉、いつも心の中にしまってあるんだ)

「あい うぉん ふぉげーっ♪」
頭の中で何回もループする。友達から教わって、youtubeの白黒の動画を何度も見た。少し昔のバンドで、すごく売れたらしい。単純で粗削りでストレート。僕は一日でこの曲を覚えてしまった。ハイスタンダードってバンドも知らないし、英語だって完璧にわかるわけじゃない。でも一人で自転車を漕いで走っていると、この曲が頭の中で勝手に流れ出す。僕はこの曲が気に入っていた。今は近くに居ない、特別な友達の言ってくれたことを、いつまでも大事にする歌。僕が生まれるずっと前の曲だし、そんな風に思う、別れた特別な友達も居ない。でもなんだか、この歌の言ってることがわかる気がする。僕ももう5年生。あと二年も経たず小学生を終了する。去年の卒業式あたりから、そんなことを思うようになった。当たり前な事だけど、小学校も六年で終了して、中学校に上がる。いつまでも小学生でいるわけにはいかない。中学は地元の公立にいくのか、本当に私立を受験するのかもわからない。先のことがわからないからこそ、今の当たり前の環境を大事にしようと思う。当たり前だと思っているものは、ずっと続くわけじゃなくて、いつの間にか誰も気が付かないうちに少しずつ形を変える。もしくは大きな音を立てて、ある時突然、あっという間に終わる。だから、今できることを精一杯やれ。やったことは自分の中に残る。だから、やるなら必死でやれ。この曲は僕にそんなことを言ってるんじゃないかと思った。
 駐輪場はまだ空いていた。あと15分もすれば自転車でいっぱいになるだろう。チェーンキーを掛けて、クラブコートに向かう。コートにはすでにタカシが居た。
「お疲れー。」
と声を掛けると、タカシは右手を上げて返事をした。僕もシューズを履き替えて脛あてを入れてコートに出る。
タカシは一人でリフティングをしている。こうやって一人で遊んでいる時間も、ボール捌きがいちいちうまい。僕も負けじとリフティングを始めた。
「いち、にー」
ミワとお風呂に入って出るときみたいに、頭の中で数を数える。
30まで数えたところで、メンバーが増えてきた。コーチの集合の声が掛ったから47回でやめて、みんなの後に続いた。メンバーは同じ学校の人がタカシと僕ともう一人の三人だけで、あとは別の小学校だ。同じ5年生。コートを持ってるこのスクールに通うために、結構遠くから送り迎えをしてもらってる奴もいる。一昨年、3年生の時にセレクションを受けて通った。それから週に2回の練習と月に二、三回、土日に試合があるのに出ている。去年コーチからミッドフィルダーの指示を受けて、それからポジションが確立した。タカシもミッドフィルダーだが、実質フォワード寄りだ。フォワードの方がタカシの性格に合ってると思う。タカシには、自分で決め切るという我の強さがあるし、もちろんそれに見合った技術もある。サッカーをしている奴に、我の強い奴は多いが、性格だけでプレイが伴ってないことも多い。ただ目立ちたい、かっこいいことがしたいではない。ミッドフィルダーの僕だって、ゴールを常に意識しているが、ゴールの瞬間だけがプレイではない。点を取ることが正義。それには違いない。でも、キックオフからたった一人でゴールまで運んで、ゴールしてってわけにはいかない。メンバーは11人いるわけだし、ゴールを決めるために自分がどういう立ち回りをするべきなのか、常にゴールすることを念頭に動きを考えなきゃいけない。ゴール運びとか技術がどんなに高くても、ゴールできなきゃ意味がない。それは変わらない。けど、それを一人で全部するのなんか、学校の体育の授業でも無理だし、現実的じゃない。戦略を頭に叩き込んで、自分のなすべき役割を理解し、状況、状況に応じて位置取りだったり、動く相手にどう対峙するべきか考えながら動かなきゃいけない。ボールを持っている瞬間より、その前後の動きが大事になる。動く相手のポジションを見て、どこに動けば効率的にゴールを決められるか。そういうプレーをしてる時は、決して目立たない。90分あるとしたら、80分はそういう時間だ。僕たちはゴールを決めるために、ボールを奪う方法を考え、運ぶ方法を考え、どうやって最後ゴールを決めるかを考える。それを実行に移すために、静視野の範囲を拡げる訓練をしたり、利き足でない方の足でも自由にボールを扱えるように訓練したり、身体からボールが離れないように訓練をする。そういう地道な努力の積み重ねをしないと、結果として目立つかっこいいプレーなんかできない。かっこいい部分だけをしたいなんてのは土台無理な話なのだ。
 ストレッチと軽いジョギングをした後、いつもの通り、対面パス、コーンを置いてジグザグドリブルをした。コーチがみんなに向かって、次の練習メニューの目的を話す。何をするためのプレーの練習で、どういうシーンを想定しているのか。何に気を付けてプレーをしたらいいか。コーチは時にホワイトボードと駒を使いながら丁寧に説明する。コーチの言っていることを理解しようと、僕が一番頭を働かせる時間だ。コーチの言っていること、目的を、深く理解して、納得して、記憶する。目的がわからないままプレーするより、納得するということが僕にとっては大事だ。小学生にとって、一学年上という体格差は大きい。でも僕は4月生まれだから、その点では有利だ。この間、11歳の誕生日が来たばかりなのである。同じ学年でも早生まれの奴は一回り体が小さいように感じる。サッカーを始めて、学年ごとに分けられる練習になって、4月生まれのメリットを強く感じた。
 ロンド、鳥かご、スクエアパスと、コーチが用意した課題を、理解を持ってこなしていく。練習の目的が分かっていれば、どういう動きが必要になるか、計算式を解くように、おのずと答えが見えてくる。常にゴールを意識して、今の段階で自分が何をするべきなのか、逆算して考えるようにすると試合をしているときに、相手の動きの意図もわかるし、それに自分がどう応じたらいいのかもわかる。自分たちがゴールするために、今何をすべきなのか、常にそういう思考が染み付いてくる。
「ポーハ!」
上手くいかないとコーチが叫ぶ。本当の意味はよく分からないが、きっとポルトガル語で、ファックとかそういう汚い言葉なんだろう思う。
コーチは繰り返し、戦わない事を指摘する。なぜそこに身体を入れて戦わないか、戦う意思や姿勢、プレーをしない事が、コーチの一番の沸点だ。簡単に諦めることが一番コーチに叱られる。繰り返し指摘される。
一通りのメニューをこなした後、5対5のミニゲームをすることになった。タカシと同じチームだった。僕たちは赤いビブスをつけて、本当のコートの半分くらいの大きさで試合をする。試合の前に、コーチから赤チームにメンバー対して、配置とさっきの練習でポイントになった部分を実戦でどう生かすか、この試合で何を気を付け、何を身に着けるべきか作戦を授けられる。フォワードのポジションにタカシ、すぐ下に僕の配置だった。短い時間でコーチからの要求を理解し、頭に叩き込む。5人で肩を寄せてスクラムを組み短い言葉でお互いに激を飛ばす。
「俺が絶対ゴールを決めるから、パス回せ!」
タカシが言った。
「行くぞっ! し~あわせなら手をたたこっ!」
「はい! はい!」
今僕たちの中で、流行っている試合前の掛け声だった。その合図とともに守備位置に散らばった。
タカシが僕と歩調を合わせ、右後ろから声を掛けてくる。
「お前、タイミングわかるよな? お前がボール持ったら、俺すぐ前に出るから、絶対回せよ?」
タカシに念を押される。
「わかってる。」
僕は頷く。
キックオフは相手チームからだった。僕たちは守備について、早いうちからプレッシャーをかけていく。僕の目の前の選手にボールが回る。ボールを奪って、3タッチでパスを回そう。僕は心の中に目を閉じても分かる位、鮮明にその状況を思い描く。僕は静かに、静かに、相手に自分がボールを奪われたことを気が付かせないくらい静かに、左から身体を入れて、右足でボールを奪った。1タッチ。そこで体を半回転させ、ボールを左足元で制止させる。2タッチ。前方にタカシが走り出している。その2m先めがけて、とんとボールを叩いて送った。相手陣営は攻撃のポジションから、守備に移るのに思考が間に合っていない。回転しない静止したままのボールが、タカシに音もなくすっとパスが通る。
「イッソ!」
コーチが叫ぶ。
 タカシは全速力で走りながら、前方に3回ボールをドリブルして、するりとゴールを決めた。ハヤブサや鷲のように、タカシが大げさに両手を拡げて、大きく半回転円を描いた後、僕の元に走り寄る。ほかのメンバー3人も僕のところに走ってくる。タカシは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「やるじゃん!」
「やったな!」
メンバーが衝突するように勢いよく集まって、僕の頭を撫でる。僕は少し前かがみになって、走って守備に戻りながらそれに応じた。
「今の調子で、もう1点行くぞ!」
タカシが激を飛ばす。

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