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ライトノベルの賞に応募する(10)

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 ミワはいつもの通り、すやすや寝ていた。すやすやという表現はミワのためにあるみたいだ。音も立てず静かに呼吸している。拝むみたいに両手を重ねて、顔の下にひいている。ミワの寝るときの癖だ。ミワの寝顔を見ていると、悪夢みたいなさっきまでの感情がいつの間にか引いていった。ミワの顔をそっと撫でる。僕の気持ちが安定していくのがわかる。
「ミワ、朝だよ。」
僕の声には落ち着きが戻っていた。
「ミワ、起きよう?」
僕はミワの輪郭に優しく手を添えて言った。
「ミワ、おはよう。」
ミワが目をつぶったまま、寝ている向きを変えた。僕に背を向けたミワの肩に手を乗せて、優しく揺する。
「ミワ、朝だよ。」
ミワが、全身を丸めている。
「んんーーー。」
という声の後に、今度は大きく伸びをした。
「ミワ、朝ごはんできてるよ。起きて、幼稚園いこう?」
「んんーーーーー!」
伸びをしたミワが、パチッと目を開いた。
ミワの目は大きい。フランス人形のビロードのガラス玉みたいなバランスの大きさだ。
ミワと目が合う。起きがけのミワの目は少し潤んでいた。
「お兄ちゃん…。おはよおお。」
布団の中から、ミワが言葉を発する。
「ミワ、おはよう。朝ごはんできてるから、着替えて食べよう?」
「んんーーー。」
ミワが目をこすりながら。また布団の中に消えようとする。
そりゃ誰だって起きるのは嫌だ。布団の中から出たくない気持ちもわかる。
「ほら、早く起きて、着替えよう。」
僕はそう言って、ミワの布団に手を伸ばした。
「んんーーー。」
ミワがむくりと起き上がり、90度回転してベッドに腰かける。
僕は、昨日寝る前にミワと用意したブラウスを僕の膝の上で広げる。
ミワはまだぼーっとした様子で、パジャマのボタンに手を掛けている。
「今日お弁当なあに?」
「? いつもと一緒だよ?」
「……。」
浮かない表情のミワ。
「…ミワも、アンパンマンとか、かわいいお弁当がいい。」
「そうかー。」
きっとお友達が、キャラ弁でも持ってきているのだろう。僕もさすがにキャラ弁は作ったことがない。
「アンパンマンがいいの?」
一応聞いてみる。
「アンパンマンとか、かわいいやつがいい!」
「お兄ちゃんも、勉強してみるね。」
「うん。」
キャラ弁か…。やってできないことはないのだろうけど、時間も手間もかかる。僕は明日からもう1時間早く起きて、お弁当作りをしなければならないのかもしれない。
ミワを着替えさせて、リビングに降りると、もう母親が起きていた。僕とミワの分のご飯とみそ汁も並んでいる。
「二人ともおはよう。」
母が僕たちに声を掛ける。
「おはよう。」
「おはよう。」
「シュン、今日もありがとう。」
母親が僕に言う。
「うん。」
ミワが母に言う。
「まま、ミワもね、みんなみたいなかわいいお弁当がいい!」
ミワはさっきの主張を母親にも繰り返す。
「ミワちゃんはお兄ちゃんがおいしいお弁当を作ってくれてるじゃない。」
母が言う。
「アンパンマンとか、かわいいやつがいいの!」
ミワはさっきのセリフを繰り返した。
「そんな、贅沢言わないの。お兄ちゃんが作ってくれたお弁当おいしくないの?」
「…おいしいけど…。」
ミワは口ごもる。
「シュンの時は、お弁当もなかったのよ? 保育園は給食なの。」
「きゅうしょく?」
「そう、お弁当じゃなくて、先生が作ってくれるご飯だから、ミワの嫌いなものも出るのよ? その方がいい?」
「…。」
ミワは下を下をうつむいて、首を左右に振る。
「じゃあ、贅沢言わないの!」
「…はーい…。」
ミワは渋々返事をした。
「ミワ。お兄ちゃんも調べて勉強してみるから、ちょっと待ってな。」
ミワが僕の方を見る。
「本当に?」
「うん。調べてみるから。すぐにはできないけど、我慢できる?」
「うん!」
ミワの機嫌が少し良くなる。
朝のトラブルは避けたい。遅くなればミワの幼稚園にも、僕の学校にも間に合わなくなってしまう。
「シュン、悪いわね…。」
「いいよ。さっ、ご飯食べよう。」
僕が促して、朝食がスタートした。
先に食べ終えた母が、祖母の部屋に向かう。
大きな声で、祖母を起こしているのが聞こえる。今日の朝の祖母の面倒は、母がやってくれる。そう思うと、少し肩の荷が楽になった。
3人分の食器を下げて台所へ向かう。ミワも自分の使った食器を、対面式のカウンターの上に運んだ。
「ミワ、お片付けできて偉いな。」
「うん!」
そういうと、ミワはテレビの方に走っていった。少しの時間だけ、子供向け番組を見るのだ。僕はその間に食器を洗って、朝食を作る前に回した洗濯機の中身を持って二階に上がる。乾いている洗濯物を取り込み、洗ったばかりの洗濯物を干す。乾いた洗濯物を畳んで個人ごとに分ける。サッカーの練習着とソックスを持って自分の部屋に向かい、サッカークラブ用のリュックに詰める。今日はサッカークラブの練習の日だ。いったん帰宅して、もう少しサイズが小さくなった子供用のマウンテンバイクに乗って練習に行く。ランドセルの中身に忘れ物がないかチェックして、階段を降りる。ミワの視界に入るように前に出て、幼稚園に行くことを促す。祖母を連れてリビングに出てきた母に、
「今日サッカークラブだから、ミワのお迎えお願いね。」
という。
「言っとく。行ってらっしゃい。」
母に見送られ、僕とミワは玄関を出る。ゴミ袋を右手に、ミワの手を左手に。
集積所になっている、電信柱のしたに、カラス避けのネットをめくってごみを捨て、また掛ける。
園バスの停留所に着くと、いつものお母さんたちが居た。
「ミワちゃん、シュウくん、おはよう。」
と声を掛けてくれる。
「おはようございます。」
と僕は返事をした。
挨拶をしたのとは別のお母さんが駆け寄る。
「シュウ君、サッカー上手いんだって?」
「…っえ?」
「昨日、お迎えに行った時にすごかったらしいじゃない!」
「…ああ…。」
帰りに園庭で少し遊んだ話が、もうこんなところまで伝わっているのか。
「いえ、普通ですよ…。」
僕は回答に戸惑った。
「すごかったって聞いたわよ! 今度うちのとも遊んでやってちょうだい。」
「…全然…。いいですよ…。」
ママさんたちのネットワークに驚いてしまう。こういう話はどうな風に伝わるのだろう…。
「うみ! こっちに来て挨拶しなさい!」
駐車場の後ろで遊んでいた男の子に声を掛ける。
「えー?」
「全然大丈夫ですよ。僕、学校あるので、今日もお願いしてよろしいでしょうか?」
僕はそういうと、連絡帳を挨拶してくれた、お母さんの一人に渡した。
「もちろんよ。シュウ君いってらっしゃい。」
「すみません。おねがいします。」
僕は照れ臭くなって、足早にその場を離れた。ちょっとボールで遊んだだけなのに、こんなに拡がってしまうとは…。予想外だった。でもまあ褒められるのは悪い気はしない。なんだかちょっとほっこりした気分になって学校へ急いだ。

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