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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第2話

前回の話はコチラ。ピヲピヲ。。。


 テキスト・コンテンツ投稿のためのプラットフォーム『ピーチク・パーチク』における八鳥のスタンスは揺るぎないものであった。   
 
 彼は、自分の書いた記事を読んで欲しいという欲求が非常に強かった。
 そして、読んでもらうだけでなく、コメント欄で自分の記事のどこがどう良かったのかを大いに褒めてもらいたい、記事を超えて自分という人間の知性や想像力、総合的な人としての魅力に敬意を表してもらい、崇めてもらいたいという承認欲求がとても強かった。

 しかし、その反面、八鳥は他人が書いた記事を読むことは滅多になかった。
 彼には『ピーチク・パーチク』で他人が書いた記事を読む「理由」というものが、そもそも全く思い付かなかった。

※※※※※

 他人の記事に興味を示すことの少ない八鳥にも、気になるピチカーは何人かいた。

 たとえば、その1人が向久鳥 七子(むくどり ななこ)であった。

 八鳥は、彼女を気にしていたが、それは「気に入っている」という意味ではなく、むしろ目の敵にしていた。
 七子はフォロワー数も100万人を超え、新たな記事を投稿すれば、瞬時に4桁のスキが付くという超人気ピチカーであり、インフルエンサーのような存在となっていた。
 彼女を教祖のように崇める「ムクドラー」とか「ナナキスト」などと呼ばれる信者のような支持者たちもいて、七子が『ピーチク・パーチク』を通じて発信するメッセージは彼ら、彼女らに大きな影響を及ぼしていた。

 お高くとまって、いけすかない女だ!
 八鳥は七子の記事を読むたび、心の中で毒づいた。

 八鳥は、七子の記事やその裏にある七子の人柄を面白いと感じていたわけではない。
 文章力、想像力、構成力、そして総合的な人間力で自分より遥かに劣るであろう七子が、いったいどのような阿漕な方法でスキやフォロワーを集めているのか、そのノウハウを盗みたいという一心で、定期的に七子のアカウントを訪れているのである。

 実は八鳥も内心、悔しながらも七子の記事の面白さを感じることはあった。
 しかしながら、七子の人気に対する八鳥の嫉妬心が、称賛の気持ちを遥かに凌駕していたため、彼は七子の記事を読むだけ読んで、決してスキを付けることはなかった。

※※※※※

 八鳥の気になるピチカーのうち、七子とは正反対な人物として閑古鳥 滑太(かんこどり かつた)がいた。

 八鳥は、閑古鳥が書くことすべてがどこかズレていると感じ、いつもバカにしていた。
 閑古鳥にはフォロワーも殆どおらず、頻繁に記事を更新するのはいいが、彼の記事にはスキもコメントも殆ど付くことはなかった。

 いつぞや、閑古鳥は八鳥の記事を読んでコメントを書き込んできたことがあった。
 しかし、八鳥はそれを取るに足らないくだらない内容と一笑に付した。

 その上、「貴殿の記事も拝見しましたが、僭越ながら申し上げると、全体的に自己陶酔されているかのような印象を受けました。また誤字・脱字が目立ち、読書の総時間数が不足しているのではないかとも推察いたします。つきましては、採否のほどは貴殿に一任するといたしまして、私からのアドバイスですが……」などと高圧的なコメントを返した。 

 では八鳥は、なぜ閑古鳥の記事を気にしているのか?

 八鳥は閑古鳥の記事の人気の無さを見るたび、自分がいかに優れた書き手であるかを再認識するかのような一種の心地良さを味わっていた。
 そして、閑古鳥を心の中で見下すことにより、自分のピチカーとしての立ち位置が相対的に上がるかのようにも感じていたのだ(彼は実際、誰かの記事が称賛を浴びると、その分、相対的に自分の立ち位置が下がると考えていた)。

 そういった意味で、八鳥は自分が頑張って書いた記事に対し、思ったほどスキやコメントが付かずにムシャクシャしたときは、必ず閑古鳥のアカウントに様子を見に行った。
 そして、閑古鳥の「不人気さ」を再確認し、「よし。コイツは今日も絶好調で絶不調だ。相変わらず、スキが付いていないな。いいぞ、その調子で頑張れ、いや……むしろ頑張るな!」などと、閑古鳥の記事を、いつしか自分の心の隙間を埋めるための拠り所としていたのである。

 そして、八鳥は……やはり閑古鳥の記事にもスキを付けることはなかった。

 結局のところ、八鳥は他のピチカーの記事には殆ど興味を示さなかったし、時間を割いてまで訪問するような数少ないピチカーの記事に対してでさえ、彼がスキを付けることは基本的になかった。

※※※※※

 他人の記事にスキを付けない八鳥であったが、彼はたまに他人の記事にコメントを残すことがあった。 
 しかし、それは主に以下のような内容である。

「私の旅行記を読んでくれてありがとうございます。今後とも、ぜひ読んでください。実はエッセイも好評なので、ぜひ読んでください。あと小説もなかなか味があってラストのどんでん返しや軽妙なセリフがウケているようですので、ぜひ読んでください。あと先月投稿して、特にスキが集まった阿波踊り記事もぜひ読んでほしいのですが……」

 要するに、八鳥が他人の記事にコメントを残す目的は、自分のフォロワーになってくれそうな人物を対象に自らの記事を売り込むことがすべてであった。

 自分が書く記事以外には全く興味のない八鳥としては、他人の記事にフォーカスした感想をコメント欄に残すなど、時間のムダ以外の何物でもないと考えていた(既述のとおり、そもそも彼は他人の記事など基本的に読んでもいないわけであるが)し、そんなことをするやつはバカだと思っていた。
 他のピチカーのコメント欄は、自分の魅力をアピールするという目的のためのコミュニケーションを図ることのできる絶好の場であり、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。
  
 さらに付け加えるとすれば、八鳥は自分のような質の高い記事を書く人間が、わざわざ時間を割いてまで読むに値する記事など『ピーチク・パーチク』の中に存在するわけがないと本気で考えていた。

※※※※※

 八鳥が金曜の夜に投稿した「質問募集記事」に対するスキは、週明けの月曜にはすでに300に迫る勢いであった。
 3日も経たぬうちに、これほどまでのスキを集めたのは初めてのことである。

 月曜の夜、八鳥の自尊心は大いに満たされていた。
 後は寄せられた質問をどう面白く料理するかだ!
 八鳥は自室のソファに1人座り、顔に薄ら笑いを浮かべ、指をポキポキと鳴らした。

(つづく)

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