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[ピヲピヲ文庫 連載小説] 『私に何か質問はありますか?』第1話

「では、フォロワーの皆さん、あっ! フォロワーさん以外でも構いません ^^ 何か質問があればコメント欄まで!」


 そう締め括り、男は「投稿する」のアイコンをクリックした。

※※※※※

 彼の名は八鳥 六郎(はちどり ろくろう)

 名前と言っても、ハンドルネームではあるが、これからお話しする奇妙なエピソードを理解するためには、彼をハンドルネームで呼ぶ方が都合がいい。

 八鳥は、IT系上場会社の経理部で管理職として働いている。

 年齢は40歳で、昭和基準で謂うところの「高学歴、高収入、高身長」を一応満たしていた彼は、異性にモテなくもないのだが、偏屈で潔癖な性格もあってか、独身生活を楽しんでいる。

 八鳥は若い頃に公認会計士の資格を取得し、海外駐在も経験している。
 専門性を活かし、仕事も卒なくこなすが、この年齢となり、近年は大した出世欲もない。
 貪欲に上を目指すより、今はワークライフバランスを重視した毎日を送っている。

 数年前、女性関係で面倒な経験をしてからというもの、特定の彼女をつくることもせず、週末は専ら趣味に時間を割いている八鳥であるが……その「趣味」が彼を予想だにしなかった不思議な世界に連れてゆくことになるのである。

※※※※※

 今日は金曜の夜。

 八鳥は仕事を終え、寄り道もせず、真っ直ぐに首都圏近郊の C 県に購入した自宅に帰ってきた。

 彼は半年ほど前より、『ピーチク・パーチク』というテキストコンテンツをメインに配信するプラットフォームで記事を書くことに嵌まっていた。
 それ以来、特に用事のない週末(と言っても、ここ半年間、彼は努めて週末に用事を入れないようにしていたのだが)にはエッセイ、旅行記、そしてたまに小説などを投稿している。

 『ピーチク・パーチク』では、SNSでよくある「いいね!」などの代わりに「スキ」という機能を通じ、他者が書いた記事への称賛や共感を示すのが特徴的であった。
 また同プラットフォームで記事を配信するユーザーは「ピチカー」などと呼ばれ、このところ人気ピチカーは各方面のメディアを賑わせていたりもする。

 記事の投稿を開始して以来、八鳥のフォロワーは右肩上がりで増え続けていた。
 
 元来、八鳥は少々傲慢な性格をしており、且つ自己評価が非常に高い男である(それが、自信となって表れ、若い頃から一部の女性を惹き付ける理由ともなっているのかもしれないが)。
 彼は自分が書いた記事に寄せられる「スキ」の中には、礼儀やマナー、付き合いといった意味合いで付けられたものも混ざっているだろう……ということは微塵も考えず、自分の記事にスキを付けてくれる人は例外なく、自分の記事の面白さ、意外性、展開の巧みさなどに魅了されているものと信じて疑わなかった。

 正直、八鳥は20代のときから続けている自分のキャリアにも飽き飽きしていたし、(あわよくば、このプラットフォームで人気を得て、今から文壇デビューなんてのもいいな)などと本気で考えてもいた。
 
 今日も彼は軽い内容のエッセイを書き終え、投稿の準備をした……が、そこで少し思い留まった。

 (待てよ。皆、このオレ様に興味深々なわけだ。ここいらで1つ、ファンサービスでもしておくか。オレ様のことだから、フォロワー数が1万人を超えるのも時間の問題だが、短期間でファンを増やす企画を考え付いたぞ)

 八鳥は、エッセイの最後に以下のように追記した

「ところで……皆さん! いつも私の記事をお読みいただき、ありがとうございます。唐突ですが、私に何か質問はありますか? 今回は特別に、皆さんから私に対する質問を受け付けることにしました。ぜひコメント欄に皆さんからのご質問を……」

 そこまで書きかけて、八鳥は「ぜひ」という単語を削除した。

「ぜひ」というのは、何とも卑屈な感じがするな。そして、人気者のオレ様に質問できるという「有難み」というか「光栄さ」というものを、もう少し強調した方がいいかもしれない)

 八鳥は文章を何度か推敲し、締め括りは最終的に以下のとおりとなった。

「……プライベートな質問にも差し支えない範囲でお答えします。多忙でもあり、このような質問を受けるかどうかについては、正直迷ったのですが、皆さまとの距離を少しでも縮めたいと思って! では、フォロワーの皆さん、あっ! フォロワーさん以外でも構いません ^^ 何か質問があればコメント欄まで!

 八鳥は「エッセイ」の最後に「質問募集」の告知を追記した記事を投稿し、未だ見ぬ質問を想像し、いつもより早めにベッドに入った。
 (この投稿の瞬間が一番ワクワクするな。今回は質問も募集したことだし、いつもより多めの「スキ」と「コメント」がくるかもしれない)


 一夜明けた土曜の朝、八鳥は朝食を取る間も惜しんで、『ピーチク・パーチク』にアクセスした。

 そして、昨晩寝る前に投稿した記事を開き、ニヤリとした。
 昨晩の記事には、いつもより格段に速いペースで「スキ」が付いていた。

 いつもの投稿であれば、最初の数日間はせいぜい2桁の「スキ」がいいところで、たまに1週間ほどかけて「スキ」が3桁に達するというのがお決まりのパターンであった。

 それが今回はひと晩で「スキ」がすでに3桁に達しようかという勢いである。

(よしよし。「質問募集」への食い付きがいいようだ。このペースだと、驚くほどの速さで「スキ」が4桁に到達する可能性も否定できないな)

 八鳥はすでに質問のいくつかを頭の中でシミュレーションしていた。
 面白い質問をいくつかピックアップし、ユーモアのある回答と混ぜ合わせた別記事にして投稿しよう。
 当然のことながら、自分の知性や誇るべき経歴を不自然にならない程度に織り交ぜることは必須である。

 彼の脳内の「想定問答集」では、質問をどのように面白く料理するかのシナリオが出来上がっており、彼には今回のQ&Aを通じてファンを増やす大きな自信があった。

※※※※※

 その日の晩、わずか1日足らずで、ついに「質問募集記事」へのスキが100を超えた

(つづく)


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