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「香港人ジャッキーさん」の俄かに信じがたい話

(※この話に出てくる人物の名前は、一部「仮名」となります)

さて、このところ慣れない「ショートショート」に挑戦していたが、今日書く話は私の「作り話」ではない

ただし、最初聞いたとき「誰かの作り話」かと思ったくらい、バカバカしい話である。

私は以前、香港に住んでいた。
香港には、英国の植民地時代からIDカード(Identity Card)と呼ばれる身分証がある。

日本でもマイナンバー制度が導入されて暫く経つが、似たような制度だと思っていただいて結構である。

香港のIDカードについては、外国人を含め、11歳以上の「香港居住者」は原則取得することとなる。

と言うのも、これがないと銀行口座を開いたり、学校に入学したり、家を借りたり、、、という生活の基盤を築く上での手続が何もできないのだ。

さて、聞いたことがあるかもしれないが、香港人の中には、植民地時代の名残を受け、中国語名に加えて「英語の名前」を持っている人が結構多い。

そして、そのような英語の名前は、もはやニックネームのような位置付けを超え、公的な書類に登録されたりもする。

たとえば、張志健(チャン・ジーキョン)という名前の香港人がいたとして、彼が"Kevin(ケヴィン)"という英語名を持っているとしよう。

すると、この人の香港IDカードには「KEVIN, Chang Zhee Khian(ケヴィン・チャン・ジーキョン)」と名前が表記されたりするのである。
(※ 日常生活で英語名を使ってはいるが、香港IDカードには入れていないという人もいる)

そして、中国語名の後ろの方を少し省略して、香港人俳優や歌手が「ケヴィン・チャン」とか「ケリー・チャン」とか「ダニエル・ウー」とか「ニコラス・ツェー」とか言った具合に呼ばれたりするわけである。

若い人には話が通じない恐れがあるが、「サモハンキンポー」というカタカナ書きすると何ともインパクトのある名前の香港人アクションスターがいる。彼はとても恰幅がよく、見た目から想像付かない動きをするため、二重の意味でインパクトがある。

たとえば、彼の中国語名である「洪金宝」を広東語読みし、それを無理やりカタカナ書きすると「ホンガンボウ」みたいになる。そして、彼には「Sammo(サモ)」という英語名があるため、「SAMMO, Hung Kam Po(サモ・ホンガンボウ」になるという理屈である。

彼も地元の香港やハリウッドで「サモ」と呼ばれたり、上の理屈に当て嵌め「サモハン」と呼ばれたりする。

今の若い世代が、サモハンキンポーのことを意外と知らなかったりするので驚いている。そんな理由でサモの話で少し引っ張ったが、本記事の本筋にはあまり関係がない。

因みに、サモハンキンポーのIDカードはまだ見たことがないので、Sammoと表記されているかどうかも、よくわからない。


さて、私の知り合いに"Jackie(ジャッキー)"さんという香港人男性がいる。

年齢は、私より20歳ほど上である。

知り合いと言っても、私の中国人ソウルメイト「モンキーマジック」さんの女友達のご主人、、、というちょっと遠い関係ではある。

一度、上に挙げた4人(ジャッキーさんご夫妻、モンキーマジックさん、私)で会食をした。

ジャッキーさんは香港生まれ香港育ち、ご両親とも香港人(中国人)のため、彼の見た目もそのまま中国人である。

実はこのジャッキーさん、ローカルのレストランでシェフをされているとのことだったが、英語もあまりお得意でない様子である。

そういう私の広東語もなかなかの下手さ加減であるため、基本的に4人での会話は、モンキーマジックさんと彼女のご友人による「英語」なり「標準中国語(普通語)」の通訳に頼ることとなった。

ジャッキーさんは、たまに私に気を遣って片言の英単語で色々と言ってくれるが、そんなところに、何となくホスピタリティーを感じた。

そして、そんな彼を見ているうちに、ふと彼が「ジャッキーという英語名を持つに至った由来」が気になって、それとなく尋ねた。

すると、彼の奥さんが「いや、実はこの人はもともと英語名なんか持ってなかったのよ」と言って、「ジャッキー」の名前の由来について説明してくれた。。。

冒頭で説明した香港IDカード、昔は何度か制度が変わり、時折、必要書類を持参して役所に出向き、カードの更新手続をしなくてはならなかったらしい。

数10年も前の話、香港の役所が今のようなコンピュータ処理ではなく、担当者がすべて手作業で「香港居住者」のIDカード更新手続を行っていた頃の話である。

その日、香港人の「張志健(チャン・ジーキョン)」さんは、自分の氏名や住所などを記入した申請用紙を持ち、役所で「香港IDカード更新手続」のための行列に並んでいた。

彼には、英語名がないため、更新後の新しい香港IDカードには、「CHANG ZHEE KHIAN」という彼の中国語名が入る予定であった。

ついに自分の番が来て、張さんは、カウンター越しに必要書類を役所の担当者に手渡した。

役所には、香港居住者たちの長蛇の列ができており、多忙な担当者はろくに張さんの顔も見ずに、必要書類を受け取った。

それから担当者はデスクに向かい、暫く必要書類を照合しながら、「張さんの新しいカード」に記入すべき情報を紙に書き落とし始めた。

張さんは、そのままカウンターの前で担当者の作業が終わるのを待っていたが、ペンだか何だかを落として、それを拾うために「一瞬」かがんだらしい。

そして、カウンター内の担当者のデスクからも、「一瞬」カウンターの陰に隠れた張さんの姿が見えなくなった。

その「一瞬」、担当者がふと顔を上げ、カウンター越しに行列の方を指差し、「書類は問題ないが、あなた英語名とかはないの?」と聞いた。

『カウンターの陰でかがむ張さん』の真後ろに並んでいた男性が、よそ見でもしていたのだろうか、ふとカウンターの向こうから自分を指差す担当者と目が合った、、、のだろう。

そして、「、、、んっ?オレっ?」みたいになって「、、、あー、英語名?ジャッキーだけど」と言った。

「はいはい、ジャッキーね」と言って、担当者はまたデスクに向き直り、更新作業を進めた。

その直後に、ペンだか何だかを拾い上げた張さんが立ち上がった。

まさか、自分のIDカード更新のために、担当者と後ろの男が、自分の頭越しに話しているとは思わなかったらしい。

かくして、英語名を持たない「ただの張志健さん」が受け取った新IDカードには、「JACKIE, CHANG ZHEE KHIANの名前がデカデカと表記されることになったのである。

それを見た張さんが、「えぇっ?ジャッキーって、オレのことっすか?」となったのは言うまでもない。

ジャッキーさんの「名前の由来」は以上である。。。

、、、

、、、って、いやいやいや、いくらひと昔前とは言え、こんな奇想天外なことが起こり得るのか?

この話には、登場人物が3人(「担当者」「張さん」、そして「後ろに並ぶ男」)いるが、揃いも揃って「かなりちゃんとしていない人」ばかりが居合わせたために起こり得たミラクルのような話である。

そして、一番不思議なのはジャッキーさん(張さん?)だが、それから数10年間、否定することもなくジャッキーを名乗り、周りにもジャッキーと呼ばせ続けているわけである。

現に、目の前にいる彼の奥さんも、彼のことを「ジャッキー、ジャッキー」と呼んでいる。

何か冗談のような話かとも感じたが、目の前の「何ともマイペースそう」なジャッキーさんを見ているうちに、なんか有り得ない話でもないと思った。


さて、私はこの話を信じ続けてきたが、もしかしたら、ジャッキーさん夫婦恒例の「お題:香港IDカード」ショートショートか何かだったのかとも勘繰り始めている。

最近、ショートショートに挑戦していた折、このような話を思い出した次第であった。

(完)


~あとがきに代えて~
この話を公開した後に、ふと思ったのだが、「香港人ジャッキーさん」のタイトルを見て、ジャッキー・チェンの話かと勘違いして飛び込んで来る人がいそうな気もする。

実は、私の知り合いのジャッキーさんの中国語名は仮名にしたが、「ジャッキー」の部分は本名である。

「出てくるのはサモハンキンポーの話だけで、タイトル詐欺だ!」みたいに言われると困るので、「ジャッキー・チェンにかかわる、どうでもいい俄かに信じがたい話」を3つ追記しておく。

1.私は10代の頃、ジャッキー・チェンに憧れて空手を始めたが、一番最初に私の「夢」の中に出てきた有名人で記憶しているのが、光栄にもジャッキー・チェンである。

2.私は香港に到着した初日から、「香港でジャッキー・チェンに偶然会えたらいいな」と思っていた。一番最初に働き始めた会社の先輩から初日に「昨日の日曜日、友達とピーク(山頂)に行ったら、偶然ジャッキー・チェンがいて、一緒に写真撮ってもらった」と自慢され、悔しかった(私は香港でついぞ会えなかった)。

3.日本やアメリカで人気のあるジャッキー・チェンだが、女性関係にだらしないとかいう理由で、現地(香港)の女性からは、結構ネガティブなリアクションが来ることがあるぞ!頑張れジャッキー?!

おまけ:ジャッキー・チェンに偶然会うことはできなかったが、香港のセントラル(中環)にある「IFCモール」というショッピング・モールで、周りに人があまりいない状況で、サッ!と振り返った長身の女性と「肩が触れ合うぐらいの距離」ですれ違った。。。「ケリー・チャン」だった、、、という偶然はあった。

さあ、これで「タイトル詐欺」はないぞ!
悔しいので、開き直ってタグにも「ジャッキー・チェン」を入れておいたぞ!

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