(奇妙な話/怖くない話)ダンスフロアに現れる幽霊

「レコードを回すと必ず踊りに来る娘がいるんだ」
 自称・元人気DJは言った。
 ウイスキーの瓶をラッパ飲みしながら話しているのだから“無礼”も甚だしい。
 あまりにもバカにしている。
 
 文学部に通う私は、ライターを志す21歳女子。
 友人の紹介でしょうもないインタビューをしている。
 クラブの片隅置かれているフリーペーパー。
 全く金にならないが、経験を積む修行だと気乗りしないながらも話を聞いて回っている。

 いってみれば「あの人はいま」的な企画。
 相手はDJとはいうものの只のおっさん。
 日サロで焼いてヒップホップホップファッションをしているが、まるで似合っていない。

 私は、それまでクラブ界隈には出入りしたことがなかった。
 あの業界は、不真面目な印象があって好きではない。
 できれば距離を置いていたかった。
 
 男は純日本人だが、外国人風の名前で活動しているらしい。
 ディスコブームが過ぎ去った今でも、時折クラブで音楽をかけることがあるという。
 日サロで焼き続けていて皮膚がボロボロである。

「女には困らなかったな」
 そのうち男が昔はモテたと自慢話を始めた。
 そもそも女性絡みの武勇伝を聞かされても、クラブ紹介のフリーペーパーでは初めから記事にならない。
 私はとっくにレコーダーのスイッチを切っていた。
 
「当時から、よく踊りに来てくれる子がいてね」
 男が遠い目をする。

「どんな娘さんです?」
 私は、その表情が気になってメモを取るふりをした。

「女子大生。ディスコ全盛期の時にはボディコン着て男たちの羨望のまなざしを浴びていた。まあ、俺の追っかけみたいなもの。それが今でも当時と同じ衣装を着てわざわざ来てくれるのだから嬉しいね」

「当時のファンが今も来ているのですか?」
「そうさ。つまらない女子大の授業のうっ憤を晴らす為に踊りに来ているんだ」
「え。今も女子大に通っているって?」
 どういうことだろう。
「その子、もう亡くなっているんだ。ディスコの帰りに交通事故で死んだ」
「……」
 言葉が出ない。メモをする手が汗ばんでいて気持ち悪い。

「幽霊だね。正真正銘の幽霊。幽霊でも俺のファンであることに変わりはない。プライドをかけて俺は夜を徹してレコードを回す。時にはその女子大生しかいないこともある」

「………」
 私は、酒を浴びるように飲み続けるその男が怖かった。帰り道、私は駅のゴミ箱にメモしたノートのページを破って捨てた。
 
 


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